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ターニングポイント⑥

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 商人ってすごかなあ。
 ボナさんの巧みな話術と人のいい笑顔で、晃太のアイテムボックスの中にある品のほとんどを放出した。
「いやあ、素晴らしい品々ですな。蜂蜜も素晴らしいですが、これ程きめの細かい麻や綿もそうですが、この針と鋏の拵えが素晴らしい」
 赤のギンガムチェックを見ながら、ボナさんはほくほくとした笑顔を見せる。
「まだ、お持ちではありませんか?」
 テーブル満載の蜂蜜や布の向こうで、さらに笑みを深くするボナさん。
「もうありませんがな」
 晃太がギブアップみたいな顔。
「これ以上は両親に相談しないと」
 私がやんわりお断りする。
「そうですか、確かに出発は明明後日でしたね。それまでに取り引きさせていただきたいですな。ミズサワ様でしたら、私がすぐに対応致します。では、買い取り金額ですが」
 蜂蜜          13000  35本
 メープルシロップ        20000  30本
 麻 無地(11色 10m)   40000  68枚
   ストライプ(7色 10m) 70000  29枚
   ギンガムチェック(5色 10m) 100000 17枚
 綿 無地(13色 10m)     50000  75枚
   ストライプ(7色 10m) 85000  30枚
   ギンガムチェック(4色 10m) 110000 25枚
 刺繍糸(38色) 1000   358本
 針 1800  78本
 鋏 78000 3本
 通って良かったディレックス、ぺんたごん。
「しかし」
 計算しながらボナさん。
「素晴らしいアイテムボックスの許容量ですね。商人ならぜひ欲しいスキルですな」
「そうですね。運がよくちょっと大きいだけです。これ以上はありませんがね」
 晃太は笑顔で答える。これ以上聞かないで、みたいな、顔で。
「そうですか」
 ボナさん、空気を読んでくれた。
「では、今から準備いたしますので、お待ちください」
「はい」
 ボナさんが退室したのを確認し、私は肩の力を抜く。
「まだ、残っとる?」
「出さんかったワインと毛糸くらいや。でも、まあ、売れて良かったやん」
「そうやね。かなり馬車に使ったしね。ユリアレーナでの生活費もいるしね」
 晃太はソファーに背中を預ける。
「けどこれ以上出したら、変に怪しまれんかね?」
「そうやな。ちょっとこれ以上は止めとこうか。これでもかなり目立つことやしなあ」
 私は山のような品々を眺める。
 おおむね生地は無地が7~8倍。ギンガムチェックは10倍以上になった。買い取り価格がこれなら、店頭に並ぶときはもっとするはず。
「お待たせしました」
 ボナさんが、書類と上品な色合いの革袋を持って来る。
「買い取り額ですが、ご確認をお願いします。蜂蜜は455000、メープルシロップは600000、麻は合計6450000、綿は9050000、刺繍糸は358000、針は140400、鋏は234000で合計20509400です。大金貨のお支払でよろしいでしょうか?」
 予想してたけど、すごい額。大金貨1枚は金貨100枚だ。
 私と晃太と顔を見合わせる。
「はい、大丈夫です」
「では、大金貨20枚、金貨50枚、銀貨9枚、銅貨4枚です」
 ボナさんが4種類の硬貨を並べる。
「はい、確かに」
「こちらにサインと」
 ちくっとな。
 毎回これだよ、本日三回目。
 ボナさんは硬貨を全部革袋に入れる。
「どうぞ」
「あの、袋は」
「どうぞ、こちらはサービスです。ところで」
 人のいい笑顔を浮かべるボナさん。次々に運び出される品々。
「これだけの品々、どちらで取り引きされたか、野暮なことは聞きません。他に何がごさいますか?」
 まだ言うかねこの人。
「これ以上は、両親と相談しないと」
 私の返事に、ふふふ、と笑うボナさん。
「ぜひお取引させていただきたいですな」
「はあ」
「何かサービスしてくれます?」
 気のない返事の私に、晃太は肩をすくめながら言う。
「サービスでございますか? そうですね、お持ちいただけたのなら、馬を魔法馬にいたしましょう」
「魔法馬?」
「?」
 私と晃太が?な顔をすると、ボナさんも?な顔。
「あ、すみません。私達、田舎から出てきてあまりそう言ったことに詳しくなくて」
 慌てて私が言い訳。
「そうですか。魔法馬は通常の馬より頑丈で馬力、スタミナがあります。確か大型Sランクの馬車でしたね。一頭で十分牽けますよ。もしもの時は、その脚力で逃げることも可能ですよ」
 そのもしもの時って知りたくないけど、やっぱり魔物とか盗賊だよね。あ、怖い。
「もし、向こうが馬でも?」
「うちの魔法馬は足が自慢ですからね。十分に逃げられますよ」
「そうですか」
 どうする晃太? アイコンタクトする。
 任せる、返事あり。
「では、今日は一旦帰ります。日を改めて伺います。ただ、本当に蜂蜜や布はありません」
 わずか数日で今日出した数は無理だ。今からディレックスやぺんたごんに通っても揃わないし、私の魔力が持たない。
「これだけの高い品質の品をお持ちでしたら、きっと素晴らしいものでしょう。どういった品でしょうか?」
「ワインと毛糸です」
「ワインでございますか、それは楽しみですな」
 ふふふ、なボナさん。
 あまり目立ちたくない私達は、その旨を伝えると、ボナさんはにこやかに笑って理由も聞かずに頷いてくれた。
「承知致しました。商人ギルドはお客様の情報を漏らすことはありません」
 良かった。
 私と晃太はボナさんにギルドのカウンターまで見送られる。出口までされると目立つからね。
 ギルドを出て、息をつく。
「なんとかなったなあ」
「そうやな」
「色々あったけどね」
 ユリアレーナ行きの馬車がなくて、商人ギルドでたらい回しになりそうになって、リーダーさんが声をかけてくれて。指折り数える。指名依頼出して、馬車借りて、リーダーさんとサブリーダーさんとユリアレーナまでの行程確認して、買い取りしてもらって、馬がグレードアップした。その間に聞いた、『聖女』の厄災。
 短期間とはいえお世話になった人達の顔が浮かぶ。
 大丈夫だろうか、私達が残した手紙、ヒュルトさん見てくれたかな? ディードリアンさん、イーリスさんに何の責任も無いことを書いたけど、おそらく今は華憐達が起こした森林火災でそれどころではないだろうけど。ぐるぐると答えのない思考の溝にはまりそうだ。
「姉ちゃん帰ろうや、花が待っとる」
 黙ってしまった私に、晃太は静かに声をかけてくれる。いかんね、私がしっかりせんと。
「そうやな」
 私と晃太は、両親と花が待つ宿に戻った。
 両親に森林火災の話をすると、言葉を失っていた。
 ただ、ディレナスに戻る選択はしなかった。
 もともと『聖女』の華憐を呼び出したのは、ディレナスなのだ。その華憐を『聖女』と担ぎ上げたのもディレナスだ。お披露目するまでの間に、ある程度の把握はできたはずだ、華憐達の性格を。大体、なんで破壊魔法なんて教えたんだろう? そんなの教えたら、使いたくもなるかもしれない。あの華憐だ、きっと軽い気持ちで使ったに違いない。どうなるかもよく考えないで。
 宿に戻り、ソファーで思考の海に沈む私に、父が晃太と同じことを言った。
「お前のせいやなか」
 涙腺が緩みそうだった。
 
 その日の夜、私は夕食が喉を通らず、眠れなかった。
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