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005 「レベルすらも超越した人の可能性を、俺は知っている」
しおりを挟む——早いことに、俺がアイオンを呼び出してから三年の月日が経った。
年齢は十六。ミスラお姉ちゃんが生きていれば今年で二十歳だ。
来年の今頃には、魔王が活動を再開する。
そのことに不安も焦りもなければ、心拍が上がることもない。
この三年、俺はひたすら魔族を殺すためだけに刃を磨き続けたのだから。
「準備は十分。いつでも来いよ、魔王」
姉を、幼馴染を殺したその元凶、首魁。
あの日の憎悪を、一日たりとも忘れたことはない。
「おまえのこともな、アイオン」
そして、俺のことを救ってくれた赤髪の悪魔のことも。
「本当にいなくなりやがったな、あいつ」
数ヶ月前、五百層まで拡張したダンジョンにはびこる強力無比に育てた魔物の軍勢を、俺が呼び出した配下が一掃するさまを見届けながら、あいつは近々消えることを告げた。
理由は聞かなかったが、あいつが俺の側を離れるということは、一級相当の魔人をかるくひねれる程度には強くなったことの証。
引き止めはしなかったが、まさかその日のうちに消えるとは思わなかった。
消えるといっても、存在が消えたわけではない。俺の側からいなくなるだけで、召喚術の契約は解かれてはいない。
探そうと思えば探せるのだろうが、時間の無駄だからやめておく。
あいつが本気になって逃げたのなら、一年かかってもみつからない。
「結局、あいつがどれだけ強いのかは計り知れなかったな」
グラスに注がれた野菜ジュースに口をつけながら、笑みを深くする。
強くなった。たしかに俺は、あの頃と比べ物にならないほどに強くなった。
だが、それでもアイオンの底はみえなかった。
あいつが魔王の一柱だと言われても、信じてしまうほどに。
「……考えても仕方ない。来たる日、あいつは俺のまえに現れる。それは必然」
ならば、その日まで待てばいい。
あいつが俺に会わなくてはいけなくなる、その日まで。
「行くか……外へ」
きょう、ダンジョンの外へ向かう。
魔王が現れるまでここにいてもよかったのだが、アイオンがいなくなってから魔物の発生率が著しく下がってしまった。
レベル上げの効率が悪いのは外も一緒だろうが……それ以上に、いまの俺に必要なことがある。
課題といってもいい。いかんせん、俺には対人戦の経験が不足している。
ダンジョンに湧く人型の魔物では、まともな経験にならない。
「レベルすらも超越した人の可能性を、俺は知っている……かの勇者アムルタートのありがたい言葉だが」
それが本当ならば、やはり魔物ではなく人間で経験を積んだほうがいいに決まっている。
これから戦う魔人族のなかには、少なからず人型はいる。
多少レベルに差があろうと、それを覆せるほどの〝可能性〟を俺はみたい。
これから共に魔王と戦う仲なのだ。魔族の糧にしかならぬようでは、まっさきに潰す。
それがたとえ、おなじ人間種であろうとも。
「じゃあな。いつかまた」
ダンジョンを出る間際、三年の月日を過ごした部屋に別れを告げて。
俺は魔力を右腕に集中させて、天井へ向かって振り抜いた。
刹那——
轟音とともに紅の魔力が一直線に駆け抜けていく。
音速を超え、進行方向上にいた魔物をかき消して、ダンジョンの外へ——蒼天へと駆け上がる。が、しかし。
「……迎撃用の自動人形か? 他愛のない置き土産だなアイオン。それで試練のつもりか? それとも……」
遥か天上に迸った波動が、薄い膜のようなモノ——アイオンが張った結界に堰き止められ、勢いが徐々に弱まっていく。
薄れ虚空に四散した俺の魔力が、どこからともなく現れた人の形をした異形に吸い込まれていき……目覚めた。
俺が空けた穴からゆっくりと、展開した鉄の翼をはためかせて降りてくる。
その姿は、天界より降臨する天使のようでいて、しかし纏う魔力は神々しさのカケラもなかった。
それもそのはず、吸い取った俺の魔力で稼働しているのだ。美しいわけがない。
降り立った機械天使は、その身に宿す禍々しい魔力とは裏腹に、美しい容姿をしていた。
整った目鼻に白色の長髪。きらびやかに光る鉄の翼。平均的な女子の身長がどれくらいなのかは知る由もないが、俺と大差ないことからそれなりに高い部類に入ると思われる。
アイオンと似たようなスレンダーな体型は、なるほど、彼女が悪魔に堕ちるまえはこんな姿だったのだろうかと勘ぐってしまうほどに、どこか面影があった。
「………」
喋れないのか、それともそういう器官が存在しないのか。無言で俺を睨め付けてくる機械天使は、ゆったりとした、しかし一寸の隙もない動作で身の丈ほどの大剣を構えた。
ああ、なんだろうか。この感じ。
全身をピリピリと走る電流のような刺激。
これは、たぶん、そうだ。あのとき、はじめてワイバーンを前にしたあの瞬間に似ている。
己よりも圧倒的強者をまえに、俺は恐怖で動けなくなったあの日。
どんなに意志を固めようと、憎悪を纏おうと、死ぬ恐怖は拭えなかった。
ただ生きたい——復讐を誓った俺に、そう思わせるほどの威圧感を、あのワイバーンから感じ取っていた。
「ククッ……」
久方ぶりに感じるこれは、己を上回る強者から放たれる威圧に相違ない。
「クククッ……ああ、素敵だよアイオン。訂正しよう、なんてステキな置き土産だ」
心身が震える。狩り尽くした魔物相手では、このダンジョンの中では味わうことのなかった激情を思い出させてくれた。
「さあ、やろうか。俺はおまえを乗り越えて、外へ出るぞ。止めてみせろよ、加減なんてしない。おまえのすべてを喰らうぞ」
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