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第110話 未来への道を描くのは君
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「……大丈夫?」
私がすっかり泣き疲れた頃、彼はそっと言葉をかけてくれた。
「はい。大丈夫……とは言いませんが。ありがとうございます」
「そっか」
泣き止むまで彼は何も言わず、けれどずっと側にいてくれたのだと思うと、涙で冷えた心が少しだけ温かくなったような気がする。
「これからわたくしはどうなるのでしょう」
気持ちが落ち着くと次の事が気になるのだから、人間とは現金なものだ。
「君の罪は許され、魂は浄化された。もうこの場に留まることはない。つまり、君は生まれ変わるんだよ」
「生まれ変わる?」
「そう。これから先の未来は何の束縛や義務も使命も無く、真っ白なままでね」
「ちょ、ちょっと待ってください」
私は聞き捨てならない言葉を耳にして、思わず手を伸ばすと彼の腕を強く握ってしまった。
「何の束縛や義務も使命も無く、ですか?」
「そうだよ」
「人生真っ白のまま?」
「そうだよ」
何を尋ねるのか、とでも言いたげな表情で淡々と返す彼に怒りすら感じてしまう。
「そ、そんな! じゃ、じゃあ、わたくしはどうやって生きていけばいいのですか!?」
そう叫ぶと彼はぷっと吹きだし、声を上げて笑った。
「次の人生は決まってしまった筋道なんてないよ。これからは君が道を描いていくんだ。人生を繰り返していたヴィヴィアンナ・ローレンス公爵令嬢としての最後の時のように、自分の思うがままに生きればいい」
「自分の思うまま? そ、そんな事を急に言われても! これまでは記憶があったから自分の思うがままに生きて来られただけで。そんな真っ白の所にいきなり放り込まれても困るわ!」
握った彼の腕を揺らして抗議する。
「力強いね」
「誤魔化さないでください!」
「誤魔化しているつもりはないんだけど」
彼は困ったように浮かべていた笑みを、子供を宥めるような穏やかな笑みに変えた。
「あのね。誰もが自分の行く末を知ることはできないんだ。それでも道筋の見えない暗闇の中で、皆手探りしながら一生懸命前に進んでいるんだよ。君だけが情報や知識を与えられないのではなく、君だけが不安なわけでもない。皆、君と同じなんだよ」
「皆?」
「そう。皆ね。これから君は皆と同じ条件の中で、道筋のない人生を自分で描いて生きていくんだ」
「皆と同じ条件で道筋のない人生を」
私は彼の言葉を繰り返すと、強く掴んでいた彼の腕から力なく手を落とした。
「そう。では、やっぱり家族や関わりのあった人たちにはもう会えないのね。その中でわたくしは生きていかなければならないのね」
「……んー。そうだね」
彼は腕を組んで小首を傾げる。
「意外と人間と人間の繋がりって強いんだ。良くも悪くもね。だから君の方から関わろうとするのならば、また彼らに繋がるかもしれない。ただし、縁という糸があっても、それをより強く太くするのは君の努力次第だね」
「私の努力次第……」
「うん。――おっと。そろそろお別れの時間かな」
目を半ば伏せて考え込もうとした時、彼がそんな風に言った。
「え?」
顔を上げると、私もまた自分の身体から光を発しているのに気がつく。
「え。待って。もう!?」
ついさっき知り合ったばかりなのに、もうお別れになってしまうのが惜しくて反射的に叫んだ。
「うん。浄化された魂は長くここには留まれないんだ」
「それも規則なのですか?」
不満げに尋ねると彼はまた可笑しそうに吹き出す。
「そうだね。もう少し名残を惜しむための時間を下さいって、これも意見書として出しておくよ」
「お願いします」
不慮の事故ですら刑罰の見直しが六十年も無視されているのだ。今、ここでごねても時間が延びるはずもない。時間は無駄にできない。
「では、最後にもう一つだけよろしいですか」
「うん? 何かな?」
「あなたのお名前は何ですか?」
そう尋ねると彼は一瞬目を見開いた。けれどすぐにふっと笑う。
「僕の名前は知らなくていいよ。知る必要はない。これから先、君が僕の名前を呼ぶことはないんだから。僕とあなたとの縁はここでもって切れるんだ。いいね?」
「そ、そんな。わたくしは」
「ごめん。時間だ。君が二度とここに戻って来ないように。精一杯生きることを心から願うよ。……さようなら、ヴィヴィアンナ・ローレンス」
「ま、待って!」
私がまだ納得し切れていないのに、それでも時は待ってくれない。彼は私の目に手をやる。
だから私は彼に伝えたい最後の言葉を叫んだ。
「あ、ありがとう! 四百年もの間、見守っていてくれてありがとうございました。……最後にあなたに会えて良かった」
彼はあの綺麗な笑顔で、こちらこそ君に会えて良かったよと小さく笑ったような気がした。
私がすっかり泣き疲れた頃、彼はそっと言葉をかけてくれた。
「はい。大丈夫……とは言いませんが。ありがとうございます」
「そっか」
泣き止むまで彼は何も言わず、けれどずっと側にいてくれたのだと思うと、涙で冷えた心が少しだけ温かくなったような気がする。
「これからわたくしはどうなるのでしょう」
気持ちが落ち着くと次の事が気になるのだから、人間とは現金なものだ。
「君の罪は許され、魂は浄化された。もうこの場に留まることはない。つまり、君は生まれ変わるんだよ」
「生まれ変わる?」
「そう。これから先の未来は何の束縛や義務も使命も無く、真っ白なままでね」
「ちょ、ちょっと待ってください」
私は聞き捨てならない言葉を耳にして、思わず手を伸ばすと彼の腕を強く握ってしまった。
「何の束縛や義務も使命も無く、ですか?」
「そうだよ」
「人生真っ白のまま?」
「そうだよ」
何を尋ねるのか、とでも言いたげな表情で淡々と返す彼に怒りすら感じてしまう。
「そ、そんな! じゃ、じゃあ、わたくしはどうやって生きていけばいいのですか!?」
そう叫ぶと彼はぷっと吹きだし、声を上げて笑った。
「次の人生は決まってしまった筋道なんてないよ。これからは君が道を描いていくんだ。人生を繰り返していたヴィヴィアンナ・ローレンス公爵令嬢としての最後の時のように、自分の思うがままに生きればいい」
「自分の思うまま? そ、そんな事を急に言われても! これまでは記憶があったから自分の思うがままに生きて来られただけで。そんな真っ白の所にいきなり放り込まれても困るわ!」
握った彼の腕を揺らして抗議する。
「力強いね」
「誤魔化さないでください!」
「誤魔化しているつもりはないんだけど」
彼は困ったように浮かべていた笑みを、子供を宥めるような穏やかな笑みに変えた。
「あのね。誰もが自分の行く末を知ることはできないんだ。それでも道筋の見えない暗闇の中で、皆手探りしながら一生懸命前に進んでいるんだよ。君だけが情報や知識を与えられないのではなく、君だけが不安なわけでもない。皆、君と同じなんだよ」
「皆?」
「そう。皆ね。これから君は皆と同じ条件の中で、道筋のない人生を自分で描いて生きていくんだ」
「皆と同じ条件で道筋のない人生を」
私は彼の言葉を繰り返すと、強く掴んでいた彼の腕から力なく手を落とした。
「そう。では、やっぱり家族や関わりのあった人たちにはもう会えないのね。その中でわたくしは生きていかなければならないのね」
「……んー。そうだね」
彼は腕を組んで小首を傾げる。
「意外と人間と人間の繋がりって強いんだ。良くも悪くもね。だから君の方から関わろうとするのならば、また彼らに繋がるかもしれない。ただし、縁という糸があっても、それをより強く太くするのは君の努力次第だね」
「私の努力次第……」
「うん。――おっと。そろそろお別れの時間かな」
目を半ば伏せて考え込もうとした時、彼がそんな風に言った。
「え?」
顔を上げると、私もまた自分の身体から光を発しているのに気がつく。
「え。待って。もう!?」
ついさっき知り合ったばかりなのに、もうお別れになってしまうのが惜しくて反射的に叫んだ。
「うん。浄化された魂は長くここには留まれないんだ」
「それも規則なのですか?」
不満げに尋ねると彼はまた可笑しそうに吹き出す。
「そうだね。もう少し名残を惜しむための時間を下さいって、これも意見書として出しておくよ」
「お願いします」
不慮の事故ですら刑罰の見直しが六十年も無視されているのだ。今、ここでごねても時間が延びるはずもない。時間は無駄にできない。
「では、最後にもう一つだけよろしいですか」
「うん? 何かな?」
「あなたのお名前は何ですか?」
そう尋ねると彼は一瞬目を見開いた。けれどすぐにふっと笑う。
「僕の名前は知らなくていいよ。知る必要はない。これから先、君が僕の名前を呼ぶことはないんだから。僕とあなたとの縁はここでもって切れるんだ。いいね?」
「そ、そんな。わたくしは」
「ごめん。時間だ。君が二度とここに戻って来ないように。精一杯生きることを心から願うよ。……さようなら、ヴィヴィアンナ・ローレンス」
「ま、待って!」
私がまだ納得し切れていないのに、それでも時は待ってくれない。彼は私の目に手をやる。
だから私は彼に伝えたい最後の言葉を叫んだ。
「あ、ありがとう! 四百年もの間、見守っていてくれてありがとうございました。……最後にあなたに会えて良かった」
彼はあの綺麗な笑顔で、こちらこそ君に会えて良かったよと小さく笑ったような気がした。
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