婚約破棄に向けて悪役令嬢始めました

樹里

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第106話 間違った発表

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 デザートを食べている間、事情を知ったディアナ嬢とエリーゼ嬢にくどくどと説教を受けた。
 少々苦いデザートにはなってしまったけれど、それでも心配してくれている嬉しさの気持ちの方が強く、私は笑顔でそれら全てを受け止めた。
 そして。

 ――ごちそうさまでした。

 最後の一口を終わらせると私はフォークをゆっくりと置く。そして少し離れた所にいる殿下に視線をやった。
 彼は頷くと舞台へと一足先に歩いて行く。
 その凛とした歩き姿に誰もが無意識に何かを察したに違いない。ざわめきがどんとん小さくなり、また殿下を中心に人がはけていった。

「私事だが、皆に発表したいことがある――ヴィヴィアンナ・ローレンス。こちらへ」
「……はい」

 私は同じ席のディアナ様方に笑みを見せると、歩いて行く。最後まで気品を持って誇り高く。
 殿下の元へと辿り着くと彼は私に手を差し伸べた。

 発表後、私が倒れかねないとの配慮からだろうか。大丈夫なのだけれど皆が注目している中、手を取らないのもおかしいだろう。
 私はその厚意を受け取ることにした。

 彼の横に並ぶと、色んな人の期待感に満ちた表情が目に入ってくる。
 特に目が行くのは、やはりオーブリーさんやディアナ嬢方を始め、勉強会で交流があった人たちやエミリア嬢である。

 オーブリーさんは何が面白いのか、いつもの笑みを浮かべて飄々としているし、ディアナ嬢やエリーゼ嬢は、私にはどこか頼りない所があると思われているのだろうか、しっかりと言わんばかりに手を組んで祈る様子を見せていた。
 ムラノフさんは優しい笑顔だし、その生徒さんたちは皆、キラキラした表情だ。エミリア嬢も笑顔でいる。

 他の大勢の人の視線は興味津々で刺さるように辛いけれど、彼らからの視線は柔らかく優しく感じた。

 殿下は思いやるように一度私に視線をやって笑顔を向けた後、胸を張り、口を開いた。

「本日の卒業式をもって、私、ルイス・ブルックリンとこちらのヴィヴィアンナ・ローレンスは正式に――」

 私は目を伏せる。
 次の言葉はこうだ。

「正式に婚姻を結ぶものとする」

 そう、婚姻を結ぶものと。……結ぶ? 結ぶものと? 結ぶって何の意味だったかしら。婚姻を結ぶ。――婚姻を結ぶ!?

 私は殿下の言葉を何度も反芻し、ようやく理解すると驚きでかっと目を見開く。
 気付けば会場は既にわっと沸いていた。

 や! 沸いている場合じゃない。

 決まらない男とは言っても、ここで言葉を間違えるとはいくら何でも酷すぎる。最悪だ。
 真っ青になった私は足の痛みなど忘れて、多少、ほんの多少は日頃の恨みも兼ねて殿下の足を思いっきり踏みつけてやった。

「――ってーっ! 何するんだ、ヴィヴィアンナ!」

 苛立った殿下の一声はその場を一瞬で沈黙させるのに十分だ。

「殿下こそっ!」

 私は繋いだ手を振り払うと彼の胸倉を両手で掴んだ。
 その勢いに殿下は怯む。

「殿下こそ、何間違っているんですか! 最悪ですよ、殿下!」
「ま、間違い? 俺、今、何か間違った事を言ったか!?」
「おっしゃいましたよ! おっしゃったじゃないですか。殿下と私は正式に婚姻を結ぶと」
「それの……どこに間違いがあるんだ?」

 殿下は疑問の中で私に胸倉を掴まれたまま横に視線をやると、その人は特にありませんと首を振る。

「無いって言っているだろ」
「言っているだろ、じゃありませんよ。何、人の意見に惑わされているのです。ご自分の気持ちに自信を持たないでどうするのですか!」
「何を言っているのかさっぱり分からん」

 こんな大勢の中で婚約破棄を言い渡そうと考えたのだから、それはそれは緊張したことだろう。混乱する気持ちは分かるし、今ならまだ取り返しはつく。

「ね。落ち着いてください、殿下」

 私は胸倉を離すと殿下の両肩にぽんと手を置いた。

「……いや。お前が落ち着け。俺は至って正気だ」
「エミリア様はどうなさるおつもりです」

 こそこそと尋ねる。
 まさか側室に? この国では許されていないはず。

「何で今ここでその名前が出る。しかもどうするって、どういう意味だ」

 何という心ない言葉!
 私はむっとして思わず声を大きく上げた。

「少しはエミリア様のお気持ちをお考えください!」
「え。私の気持ちですか?」

 突如、自分の名前が出てきてびっくりしている彼女は目を丸くしている。

「ええ。エミリア様、そうだわ。良い機会だわ。ここであなたのお気持ちを発表なさってもよろしいのよ。そうよ、そうしなさい!」

 何やら目の前でおかしな事が起こっている。しかし渦中の人物はこの国の王子にその婚約者の公爵令嬢だ。誰もが呆気に取られてはいるけれど、何も言い出せずに静観していると言ったところかもしれない。

「え、ええっと――それでは」

 そんな中に巻き込まれてしまった彼女はこの妙な空気が漂う場を収めなければいけないという使命を感じたのか、私たちを取り囲む輪の中から一歩前に出た。
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