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第105話 決まらない男
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一時は騒然としていたけれど、私を軟禁した首謀者とそのお仲間が取り押さえられ、先生方にどこかに連れて行かれたことで騒動は収まり、まだ手足を縛られたままだった私もようやく解放されることができた。
無理な体勢を強いられたことで、しばらく筋肉の痛みもあったけれど、解すことでそれも緩和された。
そして現在、私たちは殿下と共にパーティー会場に戻っている最中だ。
私を探してくれていた生徒はごく一部の者で、会場ではこの騒動は何も知らされておらず、パーティーはまだ続行されているからだ。
「大変だったな。本当に大丈夫か」
「はい」
「助けが遅れて悪かった」
「ええ。それは否定のしようがございませんね」
「……本気で悪い」
その道すがら殿下と私は今回の事件の経緯を聞かせてくれる。
連れ込まれた教室はやはり思っていた通り、そう遠くない場所だった。それでも私を探し出すのには苦労したそうだ。
学校なだけあって、教室はたくさんあるから致し方ない。
「冗談です。助けてくださってありがとうございました」
「いや。……お前の姿が消えた時は、やばいと思ったよ」
数日前の階段の事件があってから色々調査していたそうだ。
その調査によって大体の犯人の見当はついたけれど、決定的な証拠としては弱かったらしい。
「その証拠を掴むために、わたくしを自由に泳がせて囮にするつもりだったのですか?」
「言い方! っていうか、そんな事するわけないだろ! お前に見張りをつけてはいたんだよ。でも一瞬の隙によって見失ってしまったんだと。あいつの報奨は減額だな」
殿下は少し憤慨した様子だ。
怪我でダンスができない私はテーブル席でずっと飲食していたから、見張り役の人は気を緩めてしまったのかもしれない。それに私としても化粧室に立った時は、少々忍びながら行ったような気がする。
「また何か仕掛けてくるだろうと思ったから、お前がいなくなって探している間、気が気じゃなかったよ」
捕まえた女子生徒は伯爵家の人間だったけれど、私自身と言うより、ローレンス公爵家自体の失脚を狙っていたもっと上位の貴族級も絡んでくるかもしれないとの話だ。これからもっと調査を進めて行くつもりらしい。闇の深い話となりそうである。
その話と殿下の表情を見ていたら、卒業式まで来るなと言ったのは私の身の安全を考えてのことだったのだと、素直にそう思えた。
今生は殿下に色々ご配慮いただけて嬉しかった。……幸せだったと思う。
「痛ってぇ……」
「大丈夫ですか、殿下」
何かの角度で急に痛みが来たのか、腰を屈めて手をやる殿下に労りの声をかけた。
酷い目に遭ったのは私の方なのに、なぜ殿下が痛がっているかと言うと。
先ほど皆が一斉に部屋になだれ込んだことで先頭にいた殿下は押されて転び、皆我先にと犯人を取り押さえようと夢中になって、殿下もろとも押さえられたのだ。
一番下ではないけれど、かなりの体重がのしかかってきたのは間違いない。
「悪い。お前の方が痛かったし、怖かっただろうにな」
「……いえ」
「それに抱いてホールまで連れて行ってやるつもりだったのに」
第一声は姫を助けに来た勇敢な主人公のようだったけれど、終わってみれば何とも決まらない男である。
そういう立ち回りの星に生まれたのが殿下であると、私は前向きに考えてあげる。
「いえ。大丈夫です。全く期待しておりませんので」
当日の朝まで情緒不安定さを自覚していたけれど、今殿下を目の前にしても何も変わらぬ日常と同じように彼と落ち着いた気持ちで話をしていられる。
もしかしたら、さっきの出来事が荒療治にもなったのかもしれない。
「……うん。お前は元気そうだな」
「はい。おかげさまで」
苦笑いする殿下に私も澄ました顔で答える。
「今朝は少し元気無さそうに見えたから」
「少し感傷的になっていただけです。もう大丈夫ですわ」
私はもう大丈夫。腹はくくった。
だから私は予行演習のように、心の底からの笑顔を殿下に見せた。
「それって、そんなに重要なことか?」
ホールに着いた殿下はすぐに婚約破棄を発表をしたかったらしいけれど、私は色とりどり種類豊富なデザートのテーブルを前に踏ん張った。
彼は眉を落としている。
「ええ。重要も重要。このデザートを食さなければ、これから先のわたくしの人生に暗い影を落としかねません」
「そこまで!?」
拳を作って力説する私の迫力に殿下は押されたようで、渋々頷く。
「……分かった。じゃあ、それが終わったらな」
「ありがとうございます」
了解を得た私はすぐに殿下から視線を外して、最後のデザートに手を付けた。
無理な体勢を強いられたことで、しばらく筋肉の痛みもあったけれど、解すことでそれも緩和された。
そして現在、私たちは殿下と共にパーティー会場に戻っている最中だ。
私を探してくれていた生徒はごく一部の者で、会場ではこの騒動は何も知らされておらず、パーティーはまだ続行されているからだ。
「大変だったな。本当に大丈夫か」
「はい」
「助けが遅れて悪かった」
「ええ。それは否定のしようがございませんね」
「……本気で悪い」
その道すがら殿下と私は今回の事件の経緯を聞かせてくれる。
連れ込まれた教室はやはり思っていた通り、そう遠くない場所だった。それでも私を探し出すのには苦労したそうだ。
学校なだけあって、教室はたくさんあるから致し方ない。
「冗談です。助けてくださってありがとうございました」
「いや。……お前の姿が消えた時は、やばいと思ったよ」
数日前の階段の事件があってから色々調査していたそうだ。
その調査によって大体の犯人の見当はついたけれど、決定的な証拠としては弱かったらしい。
「その証拠を掴むために、わたくしを自由に泳がせて囮にするつもりだったのですか?」
「言い方! っていうか、そんな事するわけないだろ! お前に見張りをつけてはいたんだよ。でも一瞬の隙によって見失ってしまったんだと。あいつの報奨は減額だな」
殿下は少し憤慨した様子だ。
怪我でダンスができない私はテーブル席でずっと飲食していたから、見張り役の人は気を緩めてしまったのかもしれない。それに私としても化粧室に立った時は、少々忍びながら行ったような気がする。
「また何か仕掛けてくるだろうと思ったから、お前がいなくなって探している間、気が気じゃなかったよ」
捕まえた女子生徒は伯爵家の人間だったけれど、私自身と言うより、ローレンス公爵家自体の失脚を狙っていたもっと上位の貴族級も絡んでくるかもしれないとの話だ。これからもっと調査を進めて行くつもりらしい。闇の深い話となりそうである。
その話と殿下の表情を見ていたら、卒業式まで来るなと言ったのは私の身の安全を考えてのことだったのだと、素直にそう思えた。
今生は殿下に色々ご配慮いただけて嬉しかった。……幸せだったと思う。
「痛ってぇ……」
「大丈夫ですか、殿下」
何かの角度で急に痛みが来たのか、腰を屈めて手をやる殿下に労りの声をかけた。
酷い目に遭ったのは私の方なのに、なぜ殿下が痛がっているかと言うと。
先ほど皆が一斉に部屋になだれ込んだことで先頭にいた殿下は押されて転び、皆我先にと犯人を取り押さえようと夢中になって、殿下もろとも押さえられたのだ。
一番下ではないけれど、かなりの体重がのしかかってきたのは間違いない。
「悪い。お前の方が痛かったし、怖かっただろうにな」
「……いえ」
「それに抱いてホールまで連れて行ってやるつもりだったのに」
第一声は姫を助けに来た勇敢な主人公のようだったけれど、終わってみれば何とも決まらない男である。
そういう立ち回りの星に生まれたのが殿下であると、私は前向きに考えてあげる。
「いえ。大丈夫です。全く期待しておりませんので」
当日の朝まで情緒不安定さを自覚していたけれど、今殿下を目の前にしても何も変わらぬ日常と同じように彼と落ち着いた気持ちで話をしていられる。
もしかしたら、さっきの出来事が荒療治にもなったのかもしれない。
「……うん。お前は元気そうだな」
「はい。おかげさまで」
苦笑いする殿下に私も澄ました顔で答える。
「今朝は少し元気無さそうに見えたから」
「少し感傷的になっていただけです。もう大丈夫ですわ」
私はもう大丈夫。腹はくくった。
だから私は予行演習のように、心の底からの笑顔を殿下に見せた。
「それって、そんなに重要なことか?」
ホールに着いた殿下はすぐに婚約破棄を発表をしたかったらしいけれど、私は色とりどり種類豊富なデザートのテーブルを前に踏ん張った。
彼は眉を落としている。
「ええ。重要も重要。このデザートを食さなければ、これから先のわたくしの人生に暗い影を落としかねません」
「そこまで!?」
拳を作って力説する私の迫力に殿下は押されたようで、渋々頷く。
「……分かった。じゃあ、それが終わったらな」
「ありがとうございます」
了解を得た私はすぐに殿下から視線を外して、最後のデザートに手を付けた。
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