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第104話 犯人と対峙
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「公爵令嬢だと言うのに無様な格好ね、ヴィヴィアンナ様。お気の毒!」
目隠しされていて相手が誰かは分からないけれど、女性の声の主は少なくともこれまで関わってきた人間ではないことだけは分かった。
「あなたが殿下の婚約者だなんて、気に入らないわ! こんな風に惨めに転がっているのがお似合いよ」
きゃんきゃんと叫ぶその女性の声に、ああ良かったと思う。
最後の最後で身近な人からこんな対応されたら、婚約破棄宣言の前に心がぽっきり折れてしまっただろうから。
「ルイス殿下がエミリア・コーラルと懇意にしていると知ってからは、嫌がらせしてあなたがやらせた事にしようと画策したのにそれをことごとく潰してきてたりして!」
ダンッと地団駄を踏んだ衝撃が床を通して伝わってくる。子供じみた態度を取る人のようだ。
それにしてもこの人は何を言っているのだろう。誰だかは分からないけれど、仮に私の評判を落としたところで、この人の評価が上がるわけではなかろうに。むしろエミリア嬢により心が寄せられるだけで。
「階段から突き落としても、こんな風にぴんぴんしているし! たおやかでおしとやかな高貴なるご令嬢のはずなのに、どんな頑丈さで出来ているのよ!」
そんな事を言われても。今生では色々対処をするために、日々鍛錬は欠かせなかったのだから仕方がないでしょう。
「何よ、さっきから黙ってばっかりで! 何とか言ったらどう!」
お前は馬鹿か。
殿下ならそう言うに違いない。猿ぐつわを噛まされて、どうやって答えよと言うのか。教えてほしい。
それは彼女よりも先にお仲間が気付いたようで、低い声で耳打ちしている気配を感じた。
「ば、馬鹿にして! 早く取りなさい!」
傲慢そうだけれど、今ひとつ品性と威厳のない声で誰かにそう命じた。
そこで私は目隠しと猿ぐつわから解放され、ごほごほと咳き込んで呼吸を整えるとようやくほっと息とつく。
苦しかった……。
まだ手足を縛られた状態の私は、横たわりのまま彼女らを見上げた。
男性を数名侍らせて中心に立つ女性は確かに可愛らしいけれど、険のある表情をしている。その顔に見覚えはなくも、侯爵家以上ではないことは確かだ。ただ、男子生徒には少々見覚えがある者もいる。これまでやり込めた相手だ。
途中から結託したのか、最初から仲間だったのか。どちらにしろ、ディアナ嬢の目撃によると私を階段で突き落としたというのは、この人たちの誰かなのだろう。
冷静に分析していると。
「だ、誰が目隠しまで取れと言ったの! 猿ぐつわだけに決まっているでしょっ」
「今更!」
それに従って男性生徒が慌てて戻そうとするけれど、私はその前にきっぱりと言い放つ。
「もう今更遅いですわ。わたくしはあなた方の顔をしっかりと確認させていただいたのだから」
私は悔しそうに唇を噛みしめる彼女を見つめ、馬鹿にしたように鼻で笑う。
「頼りない取り巻きをお持ちだこと。やることが稚拙で無計画。何よりも殿下のお心はもう決まっているというのに、あなたごときが何をできると言うの。――身の程を知りなさい!」
お腹の底から一喝すると、空気がびりびりと響くかのようだ。
彼女らは咄嗟に怯んで身を引いた。けれど意外にも彼女はすぐに立ち直って笑う。
度胸だけはあるようだ。このような真似をするぐらいだし。
「ふふっ。今更何もできない? できるわよ。今からでもできることはある」
私が黙って彼女を見据えていると、彼女は引きつった顔をしたけれど、それでも唇を歪めて笑ってみせた。
「殿下はあなたが傷物になっても、そのお考えは揺るがないかしらね」
「揺るがないわ。殿下が揺らぐことは決してない」
私にとっては皮肉な言葉だけれど、彼女には強い思い上がりのように聞こえたのだろう。かっと私を睨み付けた。
「そう! じゃあ、その身をもって証明してみなさいよ!」
彼女の顎での合図と共に、男たちが嫌な笑いを滲ませて近付いてくる。
「一歩でも! それ以上一歩でもわたくしに近付けば、あなたたちの首と胴体は離れますわよ」
「自分に起こった事を言えるものならな」
最後の抵抗として上げた声も、彼らの行動を一瞬しか止めることできなかった。
私はぎりっと歯ぎしりをする。
――その時。
「そこまでだ!」
激しい音を立てて扉が開かれたかと思うと同時に、聞き慣れた怒声が上がった。
その声の主は殿下とたくさんの学生たち。皆、探してくれていたようだ。
「無事か! ヴィヴィ……お前らただで済むと思うなよ」
殿下は私の姿を見て顔色を変えると、低い声で凄んだ。
「ヴィヴィアンナ様! ご無事ですか!」
「――っ。何てこと。酷い」
「……許せない。よくもヴィヴィアンナ様を!」
彼の背後では無事を確認する声や批難の声が上がる。
「皆、こいつら押さえつけろぉぉーっ!」
「おぉぉぉー!」
「え? ちょ、待。お、押すなああっ――」
誰かのかけ声と共に先頭の殿下を呑み込みながら、たくさんの人が部屋になだれ込んできた。
目隠しされていて相手が誰かは分からないけれど、女性の声の主は少なくともこれまで関わってきた人間ではないことだけは分かった。
「あなたが殿下の婚約者だなんて、気に入らないわ! こんな風に惨めに転がっているのがお似合いよ」
きゃんきゃんと叫ぶその女性の声に、ああ良かったと思う。
最後の最後で身近な人からこんな対応されたら、婚約破棄宣言の前に心がぽっきり折れてしまっただろうから。
「ルイス殿下がエミリア・コーラルと懇意にしていると知ってからは、嫌がらせしてあなたがやらせた事にしようと画策したのにそれをことごとく潰してきてたりして!」
ダンッと地団駄を踏んだ衝撃が床を通して伝わってくる。子供じみた態度を取る人のようだ。
それにしてもこの人は何を言っているのだろう。誰だかは分からないけれど、仮に私の評判を落としたところで、この人の評価が上がるわけではなかろうに。むしろエミリア嬢により心が寄せられるだけで。
「階段から突き落としても、こんな風にぴんぴんしているし! たおやかでおしとやかな高貴なるご令嬢のはずなのに、どんな頑丈さで出来ているのよ!」
そんな事を言われても。今生では色々対処をするために、日々鍛錬は欠かせなかったのだから仕方がないでしょう。
「何よ、さっきから黙ってばっかりで! 何とか言ったらどう!」
お前は馬鹿か。
殿下ならそう言うに違いない。猿ぐつわを噛まされて、どうやって答えよと言うのか。教えてほしい。
それは彼女よりも先にお仲間が気付いたようで、低い声で耳打ちしている気配を感じた。
「ば、馬鹿にして! 早く取りなさい!」
傲慢そうだけれど、今ひとつ品性と威厳のない声で誰かにそう命じた。
そこで私は目隠しと猿ぐつわから解放され、ごほごほと咳き込んで呼吸を整えるとようやくほっと息とつく。
苦しかった……。
まだ手足を縛られた状態の私は、横たわりのまま彼女らを見上げた。
男性を数名侍らせて中心に立つ女性は確かに可愛らしいけれど、険のある表情をしている。その顔に見覚えはなくも、侯爵家以上ではないことは確かだ。ただ、男子生徒には少々見覚えがある者もいる。これまでやり込めた相手だ。
途中から結託したのか、最初から仲間だったのか。どちらにしろ、ディアナ嬢の目撃によると私を階段で突き落としたというのは、この人たちの誰かなのだろう。
冷静に分析していると。
「だ、誰が目隠しまで取れと言ったの! 猿ぐつわだけに決まっているでしょっ」
「今更!」
それに従って男性生徒が慌てて戻そうとするけれど、私はその前にきっぱりと言い放つ。
「もう今更遅いですわ。わたくしはあなた方の顔をしっかりと確認させていただいたのだから」
私は悔しそうに唇を噛みしめる彼女を見つめ、馬鹿にしたように鼻で笑う。
「頼りない取り巻きをお持ちだこと。やることが稚拙で無計画。何よりも殿下のお心はもう決まっているというのに、あなたごときが何をできると言うの。――身の程を知りなさい!」
お腹の底から一喝すると、空気がびりびりと響くかのようだ。
彼女らは咄嗟に怯んで身を引いた。けれど意外にも彼女はすぐに立ち直って笑う。
度胸だけはあるようだ。このような真似をするぐらいだし。
「ふふっ。今更何もできない? できるわよ。今からでもできることはある」
私が黙って彼女を見据えていると、彼女は引きつった顔をしたけれど、それでも唇を歪めて笑ってみせた。
「殿下はあなたが傷物になっても、そのお考えは揺るがないかしらね」
「揺るがないわ。殿下が揺らぐことは決してない」
私にとっては皮肉な言葉だけれど、彼女には強い思い上がりのように聞こえたのだろう。かっと私を睨み付けた。
「そう! じゃあ、その身をもって証明してみなさいよ!」
彼女の顎での合図と共に、男たちが嫌な笑いを滲ませて近付いてくる。
「一歩でも! それ以上一歩でもわたくしに近付けば、あなたたちの首と胴体は離れますわよ」
「自分に起こった事を言えるものならな」
最後の抵抗として上げた声も、彼らの行動を一瞬しか止めることできなかった。
私はぎりっと歯ぎしりをする。
――その時。
「そこまでだ!」
激しい音を立てて扉が開かれたかと思うと同時に、聞き慣れた怒声が上がった。
その声の主は殿下とたくさんの学生たち。皆、探してくれていたようだ。
「無事か! ヴィヴィ……お前らただで済むと思うなよ」
殿下は私の姿を見て顔色を変えると、低い声で凄んだ。
「ヴィヴィアンナ様! ご無事ですか!」
「――っ。何てこと。酷い」
「……許せない。よくもヴィヴィアンナ様を!」
彼の背後では無事を確認する声や批難の声が上がる。
「皆、こいつら押さえつけろぉぉーっ!」
「おぉぉぉー!」
「え? ちょ、待。お、押すなああっ――」
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