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第102話 ホールまでの道
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彼らと別れて式が行われるホールに向かっていると、次に私の前に現れたのは腕を組んで壁にもたれかかっていたオーブリーさんだ。
「おはよう」
身を起こすと挨拶をしながら私に近付いて来る。
「ごきげんよう」
「そちらこそ、ごきげんいかが?」
いつものように少し笑んだ唇でからかうような言葉を出すけれど、その目は笑っていない。内心は心配してくれているようだ。
私は両手を広げて同じように茶化し返す。
「ご覧の通り、この上なくごきげんよろしくてよ」
「そ。それは良かった。ともかくも本日はご卒業おめでとうございます、ヴィヴィアンナ公爵令嬢様」
珍しく畏まった様子で彼は礼を取った。
「ありがとうございます」
「じゃあ、俺はこれで」
彼はそれだけ言うと踵を返した。かと思うと、背中越しで付け加える。
「無茶な立ち回りも今日で卒業してね」
「ありがとうございます。ご心配をおかけしてすみません」
「……ん。また、後でね」
小さく笑い、今度こそ私の前から去って行った。
私もまた同じように足を進めようとした時、前方にエミリア嬢が視界に入ってくる。同時に彼女も私の姿を捉えたらしい。血相を変えた様子で走ってきた。
「ヴィヴィアンナ様! おっおかっ、お体はいかがですか!」
「ありがとう。大丈夫ですわ」
「良かった」
彼女はほっと息をついた。
「殿下から問題ないとはお聞きしていたのですが、詳しくはお伝えくださいませんでしたので」
そう。殿下からお聞きに。……問題はないと。
「でも本当にお元気そうで良かったです。お顔を見て安心しました」
「ありがとうございます」
殿下がどういう伝え方をしたかは知らないけれど、信用されておりませんわよ。
「エミリアー!」
遠くの方で彼女を呼ぶ声がする。
「呼ばれておりますわね。行って差し上げて」
「も、申し訳ありません。……遅くなりましたが、本日はご卒業おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「ではお先に失礼いたします」
彼女は礼を取って、呼ばれた方向へと走って行った。
「おはようございます、ヴィヴィアンナ様」
「――っ!?」
やれやれと息をつく間もなく背後から急に声をかけられて、声こそ出さなかったけれど竦み上がった。
振り返るとそこにいたのは右手を腰に当てて、なぜか眉をひそめているディアナ侯爵令嬢だった。今朝は一人だ。
華やかなドレスに身を包んでいるけれど、それに決して負けておらず凛とした美しい姿である。
「ご、ごきげんよう。ディアナ様」
「ごきげんよう。お体はいかが?」
「ありがとうございます。打ち所が良かったのでしょう。もう大丈夫です。ご心配をおかけいたしました」
「そうですか。ですが、背中が隙だらけで心配ですわね。本当に大丈夫かしら」
意味深な最後の言葉にどきりとする。
ディアナ嬢は目を伏せてやれやれとため息をつく。
「やはりそうでしたのね。殿下に怪しい人物がいたと申し出たのはわたくしですのよ」
「そうだったのですか」
「ええ。でもあれだけの事があったのにあなた、全く危機管理がなっていないのですもの。わたくしの方が心配になりますわ」
ただ人間違いされただけの私には、当然そんな危機感は生じないわけで。
「ディアナ様は不審者をご覧になったのですよね」
「それが――」
「ぎゃははははっ!」
突如上がった男子生徒の大きく野太い声に、彼女の声が遮られた。
大声の出所を見ると、数人の男子生徒が互いの姿を指さして笑い合っている。皆、いつもより気取っているのだろうか。
さらに視線を動かすと、女子生徒が互いのドレス姿を褒め合ったり、水面下で女同士の戦いが起こっているであろう様子なども見られた。
そう言えば私の身に起こった出来事が大きすぎて、年頃の娘たちがするような話を飛ばしてすぐに本題に入ってしまったなと思う。……まあ、互いの腹の内を探り合うような真似をするぐらいなら、しない方が良いのですが。
「そこまでご一緒しながらお話ししましょうか」
「はい」
すぐに彼女の提案に乗り、私たちは何気ない日常会話を装いながら足を進める。
「見たと言っても男子生徒の後ろ姿だけですの」
「男子生徒ですか」
男子生徒と言えば、書庫で細工していたであろう人もそうだった。
「ええ。皆が異変に気付いて階段に集まっているのに、その人だけ忍ぶような行動でした。急いだ様子もなく、人を呼びに行くわけではないのだろうと。もちろんそれだけで怪しい人と断定できませんが」
「そうですね」
ただ、人が本能的に異質感を覚えたものは信用に足るとも言える。
「一応、殿下に特徴をお伝えしておきました。――あら。噂をすれば何とやらですわ」
いつの間にか落としていた視線を上げると、ホールより少し手前で殿下が立っている。私に気付くとこちらに歩いてきた。
「わたくしはここで失礼いたします。ヴィヴィアンナ様、ともかくお気をつけて」
「ありがとうございました」
彼女は軽く礼を取ると、一足早くホールへと入って行った。
「おはよう」
身を起こすと挨拶をしながら私に近付いて来る。
「ごきげんよう」
「そちらこそ、ごきげんいかが?」
いつものように少し笑んだ唇でからかうような言葉を出すけれど、その目は笑っていない。内心は心配してくれているようだ。
私は両手を広げて同じように茶化し返す。
「ご覧の通り、この上なくごきげんよろしくてよ」
「そ。それは良かった。ともかくも本日はご卒業おめでとうございます、ヴィヴィアンナ公爵令嬢様」
珍しく畏まった様子で彼は礼を取った。
「ありがとうございます」
「じゃあ、俺はこれで」
彼はそれだけ言うと踵を返した。かと思うと、背中越しで付け加える。
「無茶な立ち回りも今日で卒業してね」
「ありがとうございます。ご心配をおかけしてすみません」
「……ん。また、後でね」
小さく笑い、今度こそ私の前から去って行った。
私もまた同じように足を進めようとした時、前方にエミリア嬢が視界に入ってくる。同時に彼女も私の姿を捉えたらしい。血相を変えた様子で走ってきた。
「ヴィヴィアンナ様! おっおかっ、お体はいかがですか!」
「ありがとう。大丈夫ですわ」
「良かった」
彼女はほっと息をついた。
「殿下から問題ないとはお聞きしていたのですが、詳しくはお伝えくださいませんでしたので」
そう。殿下からお聞きに。……問題はないと。
「でも本当にお元気そうで良かったです。お顔を見て安心しました」
「ありがとうございます」
殿下がどういう伝え方をしたかは知らないけれど、信用されておりませんわよ。
「エミリアー!」
遠くの方で彼女を呼ぶ声がする。
「呼ばれておりますわね。行って差し上げて」
「も、申し訳ありません。……遅くなりましたが、本日はご卒業おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「ではお先に失礼いたします」
彼女は礼を取って、呼ばれた方向へと走って行った。
「おはようございます、ヴィヴィアンナ様」
「――っ!?」
やれやれと息をつく間もなく背後から急に声をかけられて、声こそ出さなかったけれど竦み上がった。
振り返るとそこにいたのは右手を腰に当てて、なぜか眉をひそめているディアナ侯爵令嬢だった。今朝は一人だ。
華やかなドレスに身を包んでいるけれど、それに決して負けておらず凛とした美しい姿である。
「ご、ごきげんよう。ディアナ様」
「ごきげんよう。お体はいかが?」
「ありがとうございます。打ち所が良かったのでしょう。もう大丈夫です。ご心配をおかけいたしました」
「そうですか。ですが、背中が隙だらけで心配ですわね。本当に大丈夫かしら」
意味深な最後の言葉にどきりとする。
ディアナ嬢は目を伏せてやれやれとため息をつく。
「やはりそうでしたのね。殿下に怪しい人物がいたと申し出たのはわたくしですのよ」
「そうだったのですか」
「ええ。でもあれだけの事があったのにあなた、全く危機管理がなっていないのですもの。わたくしの方が心配になりますわ」
ただ人間違いされただけの私には、当然そんな危機感は生じないわけで。
「ディアナ様は不審者をご覧になったのですよね」
「それが――」
「ぎゃははははっ!」
突如上がった男子生徒の大きく野太い声に、彼女の声が遮られた。
大声の出所を見ると、数人の男子生徒が互いの姿を指さして笑い合っている。皆、いつもより気取っているのだろうか。
さらに視線を動かすと、女子生徒が互いのドレス姿を褒め合ったり、水面下で女同士の戦いが起こっているであろう様子なども見られた。
そう言えば私の身に起こった出来事が大きすぎて、年頃の娘たちがするような話を飛ばしてすぐに本題に入ってしまったなと思う。……まあ、互いの腹の内を探り合うような真似をするぐらいなら、しない方が良いのですが。
「そこまでご一緒しながらお話ししましょうか」
「はい」
すぐに彼女の提案に乗り、私たちは何気ない日常会話を装いながら足を進める。
「見たと言っても男子生徒の後ろ姿だけですの」
「男子生徒ですか」
男子生徒と言えば、書庫で細工していたであろう人もそうだった。
「ええ。皆が異変に気付いて階段に集まっているのに、その人だけ忍ぶような行動でした。急いだ様子もなく、人を呼びに行くわけではないのだろうと。もちろんそれだけで怪しい人と断定できませんが」
「そうですね」
ただ、人が本能的に異質感を覚えたものは信用に足るとも言える。
「一応、殿下に特徴をお伝えしておきました。――あら。噂をすれば何とやらですわ」
いつの間にか落としていた視線を上げると、ホールより少し手前で殿下が立っている。私に気付くとこちらに歩いてきた。
「わたくしはここで失礼いたします。ヴィヴィアンナ様、ともかくお気をつけて」
「ありがとうございました」
彼女は軽く礼を取ると、一足早くホールへと入って行った。
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