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第101話 皆に感謝を
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「それでは行って参ります」
玄関先にはお父様とお母様、お兄様。そしてすっかり赤く目を腫らしたユーナの他に何人もの侍従や侍女、料理長や庭師などに至るまで家族総出でお見送りに揃ってくれた。
「ああ。行って来なさい」
「気をつけてね」
「気分が悪くなったらすぐに休むんだよ」
家族が次々と笑顔で声をかけてくれる。
この笑顔も、この幸せも今日で終わりだ。だから私はこれまでの感謝を伝えることにした。
「お父様、お母様、お兄様。今まで本当にありがとうございました」
「何だい、畏まって」
皆、少しびっくりしたような表情を見せる。
私は彼らに笑みで返した。
「わたくしはこの家に生まれて、お父様とお母様の子供で、お兄様の妹でいられて本当に幸せでした。生まれ変わっても、またこの家の子になりたいと心から思います。わたくしは」
両親と兄、そして家の皆の顔を一人ずつ見ていく。
「わたくしは皆を愛しています。たくさんの愛で今まで育て上げてくださって、本当にありがとうございました」
感謝の言葉と共に礼を取ると、皆は戸惑ったような、感涙したような、困ったような色んな感情が複雑に絡み合った表情になり、家族は矢継ぎ早に言葉を投げかけてくる。
「何言っているんだ。もう帰って来ないみたいな言い方をして」
「そ、そうよ。今日は卒業式で、お嫁に行く日ではないわよ?」
「気が早いなぁ、ヴィヴィアンナは」
「……ふふ。そうでしたね」
私が笑って応えると、皆が安堵した表情に変わった。
「でも、なぜか急に感謝を申し上げたい気持ちになったものですから」
これまでは自分の境遇に嘆くばかりで、人に対する感謝ができていなかったから。こんな大勢の人たちに見守られて自分は育ってきたのだと、気付くことさえできなかったから。
「ま、まあ。そういう言葉は後で取っておいてくれな。泣きそうになるから」
「そうよ。あなたはいつもそそっかしいのだから」
お母様は目頭をハンカチで押さえている。ユーナに至っては、ハンカチを両手で押さえて顔が見えなくさえなっている。そんなに強く押さえていては、より目が腫れてしまうだろう。
「ユーナったら。ぱんぱんに腫れた目では相手の方にびっくりされてしまうわ」
「いいんです! それでがっかりされるような方なら、ここにすぐ舞い戻って来ますから!」
「おー! そうだそうだ。やるなら高飛車に振ってやれ!」
ユーナの強気な口調とお父様が煽るその言葉に、場が甲高い口笛と笑い声に包まれる。いつもはたしなめるお母様も笑っている。
こんな時間がいつまでも、これから先もずっと続けば良いのにと思った。
けれど。
「お嬢様、お時間です」
優秀なうちの侍従長は無情にも楽しい時の終わりを告げる。
私は素直に頷いた。
「はい。そうですね。それでは行って参ります」
そう言って優雅に礼を取ると笑顔を見せ、身を翻して前に足を進める。
すると。
「ヴィ――ヴィヴィアンナ!」
珍しいお母様の叫びに私は振り返ると、お母様はすぐにはっとした表情を見せた。
「……どうされましたか」
何かを感じ取ったのだろうか。お父様に抱き寄せられたお母様は少し不安げな笑顔を浮かべる。
「い、いいえ。気をつけて行ってらっしゃいね」
「はい。お母様。――行って参ります」
皆に最後の笑顔を見せると、私は開かれた扉へと足を踏み出した。
馬車では一人の侍女がついてきてくれたけれど、慣れない侍女に私は時折口を開く程度で、ほとんどは静かにしていた。
いつもならば、ユーナは一人でも話していて、私が適当にあしらうという構図なのに。しかし、最後の一時を静かに過ごすのもありかもしれない。
学校に到着すると、一転、ざわめきとどこか浮き足立つ人々の心を反映するように活気に溢れていた。
私は礼を言って校内へと足を進めていると、視界のあちこちに着飾った女子生徒やら気取った男子生徒を見かけることができた。卒業式後のパーティーに向けて気合いは十分だ。
自然と笑顔になりながら歩いていると、私を真っ先に見つけたムラノフさんを始め、勉強会で交流のあった人たちが一目散に駆け寄ってきた。
「ローレンスさん!」
「きゃー! やっぱりお綺麗、ヴィヴィアンナ様!」
「馬鹿! 先に体のことだろ! お体は! お体は大丈夫ですか!」
褒めてくれた女子生徒を横の男子生徒がたしなめると私を見た。
「そ、そうです。か、階段から落ちたって!」
「全然学校にも来られなかったし、皆で心配していて!」
集まってくれた人を安心させるように、私は少し拗ねたような笑みを浮かべてみせる。
「ご心配をおかけいたしました。全然ですのよ。周りが大袈裟にして、わたくしをベッドに縛り付けていただけですわ。走ったり跳んだりはできませんけど」
「そ、そうなんだ」
「良かったぁ」
ほっとした胸をなで下ろす人たちに囲まれて、私も同時に心が和まされた。
玄関先にはお父様とお母様、お兄様。そしてすっかり赤く目を腫らしたユーナの他に何人もの侍従や侍女、料理長や庭師などに至るまで家族総出でお見送りに揃ってくれた。
「ああ。行って来なさい」
「気をつけてね」
「気分が悪くなったらすぐに休むんだよ」
家族が次々と笑顔で声をかけてくれる。
この笑顔も、この幸せも今日で終わりだ。だから私はこれまでの感謝を伝えることにした。
「お父様、お母様、お兄様。今まで本当にありがとうございました」
「何だい、畏まって」
皆、少しびっくりしたような表情を見せる。
私は彼らに笑みで返した。
「わたくしはこの家に生まれて、お父様とお母様の子供で、お兄様の妹でいられて本当に幸せでした。生まれ変わっても、またこの家の子になりたいと心から思います。わたくしは」
両親と兄、そして家の皆の顔を一人ずつ見ていく。
「わたくしは皆を愛しています。たくさんの愛で今まで育て上げてくださって、本当にありがとうございました」
感謝の言葉と共に礼を取ると、皆は戸惑ったような、感涙したような、困ったような色んな感情が複雑に絡み合った表情になり、家族は矢継ぎ早に言葉を投げかけてくる。
「何言っているんだ。もう帰って来ないみたいな言い方をして」
「そ、そうよ。今日は卒業式で、お嫁に行く日ではないわよ?」
「気が早いなぁ、ヴィヴィアンナは」
「……ふふ。そうでしたね」
私が笑って応えると、皆が安堵した表情に変わった。
「でも、なぜか急に感謝を申し上げたい気持ちになったものですから」
これまでは自分の境遇に嘆くばかりで、人に対する感謝ができていなかったから。こんな大勢の人たちに見守られて自分は育ってきたのだと、気付くことさえできなかったから。
「ま、まあ。そういう言葉は後で取っておいてくれな。泣きそうになるから」
「そうよ。あなたはいつもそそっかしいのだから」
お母様は目頭をハンカチで押さえている。ユーナに至っては、ハンカチを両手で押さえて顔が見えなくさえなっている。そんなに強く押さえていては、より目が腫れてしまうだろう。
「ユーナったら。ぱんぱんに腫れた目では相手の方にびっくりされてしまうわ」
「いいんです! それでがっかりされるような方なら、ここにすぐ舞い戻って来ますから!」
「おー! そうだそうだ。やるなら高飛車に振ってやれ!」
ユーナの強気な口調とお父様が煽るその言葉に、場が甲高い口笛と笑い声に包まれる。いつもはたしなめるお母様も笑っている。
こんな時間がいつまでも、これから先もずっと続けば良いのにと思った。
けれど。
「お嬢様、お時間です」
優秀なうちの侍従長は無情にも楽しい時の終わりを告げる。
私は素直に頷いた。
「はい。そうですね。それでは行って参ります」
そう言って優雅に礼を取ると笑顔を見せ、身を翻して前に足を進める。
すると。
「ヴィ――ヴィヴィアンナ!」
珍しいお母様の叫びに私は振り返ると、お母様はすぐにはっとした表情を見せた。
「……どうされましたか」
何かを感じ取ったのだろうか。お父様に抱き寄せられたお母様は少し不安げな笑顔を浮かべる。
「い、いいえ。気をつけて行ってらっしゃいね」
「はい。お母様。――行って参ります」
皆に最後の笑顔を見せると、私は開かれた扉へと足を踏み出した。
馬車では一人の侍女がついてきてくれたけれど、慣れない侍女に私は時折口を開く程度で、ほとんどは静かにしていた。
いつもならば、ユーナは一人でも話していて、私が適当にあしらうという構図なのに。しかし、最後の一時を静かに過ごすのもありかもしれない。
学校に到着すると、一転、ざわめきとどこか浮き足立つ人々の心を反映するように活気に溢れていた。
私は礼を言って校内へと足を進めていると、視界のあちこちに着飾った女子生徒やら気取った男子生徒を見かけることができた。卒業式後のパーティーに向けて気合いは十分だ。
自然と笑顔になりながら歩いていると、私を真っ先に見つけたムラノフさんを始め、勉強会で交流のあった人たちが一目散に駆け寄ってきた。
「ローレンスさん!」
「きゃー! やっぱりお綺麗、ヴィヴィアンナ様!」
「馬鹿! 先に体のことだろ! お体は! お体は大丈夫ですか!」
褒めてくれた女子生徒を横の男子生徒がたしなめると私を見た。
「そ、そうです。か、階段から落ちたって!」
「全然学校にも来られなかったし、皆で心配していて!」
集まってくれた人を安心させるように、私は少し拗ねたような笑みを浮かべてみせる。
「ご心配をおかけいたしました。全然ですのよ。周りが大袈裟にして、わたくしをベッドに縛り付けていただけですわ。走ったり跳んだりはできませんけど」
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