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第100話 姉の幸せを願っているから
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「ヴィヴィアンナ様。よくお似合いです! とてもお美しいですわ! 本日はご卒業、本当におめでとうございます」
「……ありがとう、ユーナ」
ドレスを着せられ、そしてユーナお得意の髪結いを完成させた後、彼女は瞳を潤ませて喜んでくれた。
そう。とうとう私の人生の最終日がやって来たのだ。
結局あれから殿下は一度として、お見舞いに訪れてはくれなかった。ただし、卒業式にとドレスだけが届けられた。殿下が私に似合うと言った赤色のドレスだ。最後の餞別と言ったところか。
着ないという選択肢もあったけれど、最後の最後くらい自分の意思で殿下の言うことも聞いてやろうかという気持ちになり、着ることにした。それに椅子にゆっくり座れるようとの配慮か、スカートを膨らませるクリノリン無しでも見劣りしないドレスだったから。
「足はいかがですか?」
「少しは痛むけれど大丈夫よ」
ロングドレスの下には未だ白い包帯が巻かれている。腕も同様に傷はまだ癒えていない。お医者様の言うことには、まだ外さない方がいいとのことだった。
傷だけではなくて打撲もあるので、包帯を解けば青紫色に変わっているかもしれない。華やかなドレスの下では、婚約破棄前から既に格好のつかないまさに傷だらけの悪役令嬢だ。
唯一の幸いは、袖口がぴらぴらしており、ふんわり膨らみがあるおかげで見えにくいと言ったところかもしれない。少しばかり気をつけて動かせば包帯が目立つことはないだろう。
私は鏡台の前に椅子を用意してもらうと腰掛けた。
「お体も全快ではないのでしょう? 馬車の中でご気分が悪くなったりしましたら、おっしゃってくださいね」
「あら。前にそう言っても、何もしてくれなかったじゃないの」
「あれは仮病だったからですわ」
何もかもお見通しですよとユーナは澄ました顔をする。
私はそうだったわねと苦笑した。
「でも……ユーナ。あなたは今日の登校にはついて来なくて良いわ。別の人に頼むから」
「え!? な、なぜですか!?」
彼女は噛みつかんとせんばかりに詰め寄ってきた。
「あなたにしかできない重要な仕事があるの。わたくしが出かけたら、お父様の所に行ってちょうだい」
「重要な仕事ですか?」
「ええ。あなたの縁談を用意してもらっているの。その足ですぐ嫁ぎ先に向かってもらうつもりだから。相手の方はあなたの到着をとても楽しみにお待ちしているそうよ。ああ、あなたの荷物は後で届けるから問題ないわ」
「……は、い?」
ユーナは笑顔のまま固まる。
私は彼女から目をそらして鏡を見つめ、手直しするように髪に手をやった。
「伯爵家のご長男で、お顔もお金も麗しい好青年で職業婦人にも理解ある方らしいわ」
「あ、あの、ヴィヴィアンナ様?」
「あなたが望むなら髪結いの技術を本格的に学ばせてくれもするそう――」
「ヴィヴィアンナ様!」
鏡の中のユーナはこれまで私に向けたことのない険しい表情で、そして聞いたことがない強い口調で私の言葉を遮る。
心底驚いたけれどそれを気取られないよう、素知らぬふりして頬に手をやりながら目を伏せる。
「何が不満なのかしら。これ以上無い優良物件なのに。あなたには十二分に尽くしてもらったから厳しく条件をつけたつもりよ。人柄は特に厳選していただいたわ。候補の中に侯爵家以上の人間もいたけれど、プライドの高い鼻につく人間ばかりみたいだったから」
「わたくしは! わたくしはヴィヴィアンナ様が正式に王宮へと輿入れされることになったら、ご一緒するつもりで!」
「駄目よ。そうはさせないわ。あなたはお嫁に行くの」
そうはならないわ。……ならないの。
「お断りいたします!」
「これはお願いじゃない。命令よ」
「たとえヴィヴィアンナ様のご命令とは言え、従うことはできません! 従いません! わたくしはずっとヴィヴィアンナ様の側でお仕えさせていただきたいのです!」
「だからそれは」
「何と言われても嫌です! 私は行きません!」
私よりも年上でこれまで共に同じ時を過ごし、互いに成長してきたはずのユーナだったけれど、今や駄々をこねる子供のようだ。
私は振り返ると真っ正面から彼女の顔を見つめた。
「ねえ、ユーナ。聞いて。わたくしはあなたを本当の姉のように思っているの」
「え?」
険しい表情で凝り固まっていたユーナの顔が、驚きの表情に変わる。
「つらい時も楽しい時もいつも笑顔で私の側にいてくれた。あなたのおかげでたくさん、本当にとてもたくさん幸せな日々をもらったわ。あなたには驚かされたことも多かったけれどね」
彼女とのやり取りが思い出されて、私はくすくす笑う。
「ヴィヴィアンナ様……」
「今度はわたくしが返す番よ。あなたがわたくしの幸せを願ってくれているように、わたくしもユーナの、姉の幸せを心から願っているの。大好きよ、ユーナ。……どこにいても。たとえどこへ行ったとしても、私はあなたの幸せをずっと祈り続けているわ」
「――っ。ヴィ、ヴィヴィアンナ様!」
堪えきれず、大粒の涙を頬に伝わせたユーナを私は強く抱きしめた。
「……ありがとう、ユーナ」
ドレスを着せられ、そしてユーナお得意の髪結いを完成させた後、彼女は瞳を潤ませて喜んでくれた。
そう。とうとう私の人生の最終日がやって来たのだ。
結局あれから殿下は一度として、お見舞いに訪れてはくれなかった。ただし、卒業式にとドレスだけが届けられた。殿下が私に似合うと言った赤色のドレスだ。最後の餞別と言ったところか。
着ないという選択肢もあったけれど、最後の最後くらい自分の意思で殿下の言うことも聞いてやろうかという気持ちになり、着ることにした。それに椅子にゆっくり座れるようとの配慮か、スカートを膨らませるクリノリン無しでも見劣りしないドレスだったから。
「足はいかがですか?」
「少しは痛むけれど大丈夫よ」
ロングドレスの下には未だ白い包帯が巻かれている。腕も同様に傷はまだ癒えていない。お医者様の言うことには、まだ外さない方がいいとのことだった。
傷だけではなくて打撲もあるので、包帯を解けば青紫色に変わっているかもしれない。華やかなドレスの下では、婚約破棄前から既に格好のつかないまさに傷だらけの悪役令嬢だ。
唯一の幸いは、袖口がぴらぴらしており、ふんわり膨らみがあるおかげで見えにくいと言ったところかもしれない。少しばかり気をつけて動かせば包帯が目立つことはないだろう。
私は鏡台の前に椅子を用意してもらうと腰掛けた。
「お体も全快ではないのでしょう? 馬車の中でご気分が悪くなったりしましたら、おっしゃってくださいね」
「あら。前にそう言っても、何もしてくれなかったじゃないの」
「あれは仮病だったからですわ」
何もかもお見通しですよとユーナは澄ました顔をする。
私はそうだったわねと苦笑した。
「でも……ユーナ。あなたは今日の登校にはついて来なくて良いわ。別の人に頼むから」
「え!? な、なぜですか!?」
彼女は噛みつかんとせんばかりに詰め寄ってきた。
「あなたにしかできない重要な仕事があるの。わたくしが出かけたら、お父様の所に行ってちょうだい」
「重要な仕事ですか?」
「ええ。あなたの縁談を用意してもらっているの。その足ですぐ嫁ぎ先に向かってもらうつもりだから。相手の方はあなたの到着をとても楽しみにお待ちしているそうよ。ああ、あなたの荷物は後で届けるから問題ないわ」
「……は、い?」
ユーナは笑顔のまま固まる。
私は彼女から目をそらして鏡を見つめ、手直しするように髪に手をやった。
「伯爵家のご長男で、お顔もお金も麗しい好青年で職業婦人にも理解ある方らしいわ」
「あ、あの、ヴィヴィアンナ様?」
「あなたが望むなら髪結いの技術を本格的に学ばせてくれもするそう――」
「ヴィヴィアンナ様!」
鏡の中のユーナはこれまで私に向けたことのない険しい表情で、そして聞いたことがない強い口調で私の言葉を遮る。
心底驚いたけれどそれを気取られないよう、素知らぬふりして頬に手をやりながら目を伏せる。
「何が不満なのかしら。これ以上無い優良物件なのに。あなたには十二分に尽くしてもらったから厳しく条件をつけたつもりよ。人柄は特に厳選していただいたわ。候補の中に侯爵家以上の人間もいたけれど、プライドの高い鼻につく人間ばかりみたいだったから」
「わたくしは! わたくしはヴィヴィアンナ様が正式に王宮へと輿入れされることになったら、ご一緒するつもりで!」
「駄目よ。そうはさせないわ。あなたはお嫁に行くの」
そうはならないわ。……ならないの。
「お断りいたします!」
「これはお願いじゃない。命令よ」
「たとえヴィヴィアンナ様のご命令とは言え、従うことはできません! 従いません! わたくしはずっとヴィヴィアンナ様の側でお仕えさせていただきたいのです!」
「だからそれは」
「何と言われても嫌です! 私は行きません!」
私よりも年上でこれまで共に同じ時を過ごし、互いに成長してきたはずのユーナだったけれど、今や駄々をこねる子供のようだ。
私は振り返ると真っ正面から彼女の顔を見つめた。
「ねえ、ユーナ。聞いて。わたくしはあなたを本当の姉のように思っているの」
「え?」
険しい表情で凝り固まっていたユーナの顔が、驚きの表情に変わる。
「つらい時も楽しい時もいつも笑顔で私の側にいてくれた。あなたのおかげでたくさん、本当にとてもたくさん幸せな日々をもらったわ。あなたには驚かされたことも多かったけれどね」
彼女とのやり取りが思い出されて、私はくすくす笑う。
「ヴィヴィアンナ様……」
「今度はわたくしが返す番よ。あなたがわたくしの幸せを願ってくれているように、わたくしもユーナの、姉の幸せを心から願っているの。大好きよ、ユーナ。……どこにいても。たとえどこへ行ったとしても、私はあなたの幸せをずっと祈り続けているわ」
「――っ。ヴィ、ヴィヴィアンナ様!」
堪えきれず、大粒の涙を頬に伝わせたユーナを私は強く抱きしめた。
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