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第99話 殿下のお見舞い
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何やら神妙な顔をして沈黙している殿下を前に、私から声をかけることにした。
「登校前にお越しいただいたのでしょうか。お忙しい中、わざわざわたくしの為に足をお運びいただき、ありがとうございます。このような格好で失礼いたします」
薄手の上着を引っかけてはいるけれど、目覚めたばかりの未だ寝間着姿でベッドからごきげんようだ。少々ばつが悪い。
しかし私がそんなことを考えている一方で、殿下からの反応はない。それどころか、最初の挨拶からの返事をもらっていないし、何よりも彼は突っ立ったままだ。
「殿下? どうかされ――」
尋ねると同時に殿下は大きな息を吐きながら、その場に崩れるように頭を抱え込んでしゃがみこんだ。
「で、殿下!?」
彼の行動に何事かと身を乗り出すと、体のあちらこちらに鈍い痛みが走って硬直してしまう。それでも一生懸命彼へと手を伸ばす。
「どうなさったのですか。ご体調が優れないのですか!? 先生をお呼びしましょうか?」
「馬鹿か! 怪我をしたのはお前の方だろ」
ようやく口を開いたかと思うと、殿下はなぜか恨めしげに顔を上げてそんな憎まれ口を叩く。
痛々しく包帯が巻かれた腕で精一杯まで手を伸ばしてあげているというのに、言うことに欠いて馬鹿とは実に許しがたい。
こめかみがぴくりと動いた。
「身体は大丈夫なのか」
文句の一つでも言ってやろうかと思ったけれど、気遣いを含んだ言葉で尋ねてきたので喉まで出かかった言葉を急いで引っ込めた。
「ええ。痛みはありますが、少し休めばすぐ動けるようになると思います」
「そうか。……心配したぞ」
短いけれど彼の掠れた言葉が、本当に心から思ってくれているように聞こえて胸に響く。
我ながら単純だ。
「申し訳ございません」
「いや。無事で良かった。本当に」
殿下はようやく立ち上がると用意された椅子に座った。
「もう間もなく卒業式だが」
何気なしに出す彼のその言葉に、私はびくりと反射的に震えてしまう。
「出られそうか」
「はい。それまでには。ただ」
起きたばかりでまだ自分の立ち姿を見ていないけれど、足の痛み具合から考えると歩行は可能でも卒業パーティーの参加、つまりダンスは負担が大きく難しいだろう。
寝具の下に隠れる自分の足に視線を向けた私に殿下も察したようだ。
「そうか。頭も打ったようだしな」
そう言って私の頭に巻かれる包帯を目を細めて見つめる。
「大袈裟に巻いてあるだけですわ」
「いや。無理はしない方がいい。当日は極力椅子に座っておくといい」
「申し訳ございません」
「謝ることじゃない。ところでお前、誰に階段から突き落とされた?」
「……え?」
彼のあまりにも流れるような、一呼吸おいて考える暇さえ与えない唐突な質問に取り繕うことができなかった。
動揺の瞬間を逃さなかった私の顔を黙って見ると、顔を歪めて苦そうな表情を浮かべる。
「やっぱりそうなのか」
殿下が自分で持つ情報と照らし合わせて、納得のいくところがあったのだろう。誤魔化して登校前の彼の時間を無駄にする必要も無い。
私は小さく頷いた。
「確かに押された感じはありました。けれど誰かまでは分かりません」
「……そうか。お前が階段から落ちて皆が集まる中、身を隠すように一人立ち去った人間を見かけたいう者がいたものだから」
全ての人間がそうとは言わないけれど、何やら大変な事が起こっている時に他の人間と違う行動を取るのは不審さはある。
「犯人に心当たりは?」
度が過ぎるけれど、おそらくエミリア嬢に対する嫌がらせの一環だろうとは思う。もしかしたら殿下の茶会の時に問題を起こした人かもしれない。けれどそれを口にしてしまうほど確信があるわけではなく、下手に口走れば冤罪をも生みかねない。
「いいえ。分かりかねます」
過去の事を鑑みても、エミリア嬢にはもうこれ以上の大きな出来事が起こることはないから、ここで私が黙っていても問題は起こらないだろう。それに実際、心当たりも無いし、そう答えるよりない。
首を振って否定した。
「そうか。分かった。ヴィヴィアンナ」
「はい」
「卒業式までどうせあと数日だ。それまでは学校を休んで、しっかり休養しておけよ」
「え? でも――」
「いいからたまには人の言うことを聞け」
反論しようとする私を抑えるかのように、珍しく険しい表情で告げられて言葉に詰まった。
「その代わり卒業式が終わった後、パーティーで発表があるから、その日ばかりは這ってでも出て来いよ」
厳しい表情のままでそう言われて、私は強く手を握りしめると無言で頷いた。
「登校前にお越しいただいたのでしょうか。お忙しい中、わざわざわたくしの為に足をお運びいただき、ありがとうございます。このような格好で失礼いたします」
薄手の上着を引っかけてはいるけれど、目覚めたばかりの未だ寝間着姿でベッドからごきげんようだ。少々ばつが悪い。
しかし私がそんなことを考えている一方で、殿下からの反応はない。それどころか、最初の挨拶からの返事をもらっていないし、何よりも彼は突っ立ったままだ。
「殿下? どうかされ――」
尋ねると同時に殿下は大きな息を吐きながら、その場に崩れるように頭を抱え込んでしゃがみこんだ。
「で、殿下!?」
彼の行動に何事かと身を乗り出すと、体のあちらこちらに鈍い痛みが走って硬直してしまう。それでも一生懸命彼へと手を伸ばす。
「どうなさったのですか。ご体調が優れないのですか!? 先生をお呼びしましょうか?」
「馬鹿か! 怪我をしたのはお前の方だろ」
ようやく口を開いたかと思うと、殿下はなぜか恨めしげに顔を上げてそんな憎まれ口を叩く。
痛々しく包帯が巻かれた腕で精一杯まで手を伸ばしてあげているというのに、言うことに欠いて馬鹿とは実に許しがたい。
こめかみがぴくりと動いた。
「身体は大丈夫なのか」
文句の一つでも言ってやろうかと思ったけれど、気遣いを含んだ言葉で尋ねてきたので喉まで出かかった言葉を急いで引っ込めた。
「ええ。痛みはありますが、少し休めばすぐ動けるようになると思います」
「そうか。……心配したぞ」
短いけれど彼の掠れた言葉が、本当に心から思ってくれているように聞こえて胸に響く。
我ながら単純だ。
「申し訳ございません」
「いや。無事で良かった。本当に」
殿下はようやく立ち上がると用意された椅子に座った。
「もう間もなく卒業式だが」
何気なしに出す彼のその言葉に、私はびくりと反射的に震えてしまう。
「出られそうか」
「はい。それまでには。ただ」
起きたばかりでまだ自分の立ち姿を見ていないけれど、足の痛み具合から考えると歩行は可能でも卒業パーティーの参加、つまりダンスは負担が大きく難しいだろう。
寝具の下に隠れる自分の足に視線を向けた私に殿下も察したようだ。
「そうか。頭も打ったようだしな」
そう言って私の頭に巻かれる包帯を目を細めて見つめる。
「大袈裟に巻いてあるだけですわ」
「いや。無理はしない方がいい。当日は極力椅子に座っておくといい」
「申し訳ございません」
「謝ることじゃない。ところでお前、誰に階段から突き落とされた?」
「……え?」
彼のあまりにも流れるような、一呼吸おいて考える暇さえ与えない唐突な質問に取り繕うことができなかった。
動揺の瞬間を逃さなかった私の顔を黙って見ると、顔を歪めて苦そうな表情を浮かべる。
「やっぱりそうなのか」
殿下が自分で持つ情報と照らし合わせて、納得のいくところがあったのだろう。誤魔化して登校前の彼の時間を無駄にする必要も無い。
私は小さく頷いた。
「確かに押された感じはありました。けれど誰かまでは分かりません」
「……そうか。お前が階段から落ちて皆が集まる中、身を隠すように一人立ち去った人間を見かけたいう者がいたものだから」
全ての人間がそうとは言わないけれど、何やら大変な事が起こっている時に他の人間と違う行動を取るのは不審さはある。
「犯人に心当たりは?」
度が過ぎるけれど、おそらくエミリア嬢に対する嫌がらせの一環だろうとは思う。もしかしたら殿下の茶会の時に問題を起こした人かもしれない。けれどそれを口にしてしまうほど確信があるわけではなく、下手に口走れば冤罪をも生みかねない。
「いいえ。分かりかねます」
過去の事を鑑みても、エミリア嬢にはもうこれ以上の大きな出来事が起こることはないから、ここで私が黙っていても問題は起こらないだろう。それに実際、心当たりも無いし、そう答えるよりない。
首を振って否定した。
「そうか。分かった。ヴィヴィアンナ」
「はい」
「卒業式までどうせあと数日だ。それまでは学校を休んで、しっかり休養しておけよ」
「え? でも――」
「いいからたまには人の言うことを聞け」
反論しようとする私を抑えるかのように、珍しく険しい表情で告げられて言葉に詰まった。
「その代わり卒業式が終わった後、パーティーで発表があるから、その日ばかりは這ってでも出て来いよ」
厳しい表情のままでそう言われて、私は強く手を握りしめると無言で頷いた。
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