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第98話 目覚めると
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君は本当に不器用な生き方しかできないんだね。
誰かがそう言って、ちょっと困ったように私に笑いかけた。その声はどこかで聞いたことがある声で、懐かしさも感じる。
あなたは誰。あなたは一体誰。
無意識に手を差しのばすと、包まれる手の温もりに私は目を開いた。
「ヴィ、ヴィヴィアンナ様!? ヴィヴィアンナ様!」
私の手を包み込んでくれたその正体はユーナだったようだ。ということは、ここは私の部屋らしい。
慣れたベッドの感触も香りもいつもと同じであることが、後から情報として追いかけてくる。
「ユーナ! ユーナでございますよ! お分かりになられますか!? 聞こえますか!?」
まだぼんやりしている私にユーナは矢継ぎ早に尋ねてくる。しかも声が大きいこと大きいこと。
私は少し眉をひそめる。
「……ユーナ。少しうるさいわ。声を落として」
「ヴィヴィアンナ様! 良かった。いつものヴィヴィアンナ様ですね。良かった! 本当に良かった!」
一体それはどういう意味ですか。
「はっ。こうしている場合ではありませんね。旦那様方にお伝えしなくては」
ユーナはまだ私の部屋を出ていないのにもかかわらず、旦那様、奥様と叫んでいる。
動揺しているのか、ただ単にユーナだからか。いや、ユーナだからだろう。
「ヴィヴィアンナ様がお目覚になられましたあ!」
部屋から叫ぶのではなくて、出向いてはいかが?
ユーナの慌てっぷりを見ていると、自分は冷静になって徐々に現状が思い出されてきた。
私は階段から落ち……落とされたのだ。
叫ぶだけ叫んだら、こちらにそそくさと戻ってきたユーナに手伝ってもらって身を起こすと、色々な所が手当てされているのに気がついた。
確かに身体のあちこちが痛いし、頭も打って一時期は意識を失ったようだけれど、それでも大怪我にならなかったのは無意識に受身を取ることができたのだろう。
何にせよ、すっかり危機管理が欠如していた自分としては反省するよりないし、間違えてくれて助かったというところかもしれない。
そんな事を考えていると、普段は激しい物音などしない廊下に、どだどたと派手な音を立てて人が駆けつけてくるような音がした。
「ヴィヴィアンナァァァ!」
叫びながら家族の三人が駆けつけてきた。
「俺が分かるか、ヴィヴィアンナ!」
「……ヴィヴィアンナ」
「ヴィヴィアンナ! 痛い所は!? 気分は悪くない?」
血相を変えたお父様とお兄様、泣きそうになっているお母様に申し訳ない気分になる。
一方で、想像以上に心配してくれている事実に少し戸惑う。
「お父様、お母様、お兄様。ご心配おかけいたしました。身体は少々痛みますが、問題ありません」
「そうか。良かった。殿下にお前が階段から落ちたと聞いて、心臓が止まるかと思ったよ」
殿下は私が階段から落ちたとだけ伝えたのか。確かに落とされたと知っているのは私だけだ。ここは背中を押されたと下手に騒いで、事を大きくしない方がいい。
「ぼんやりしていて、うっかり足を踏み外してしまったようです。――ところでわたくしはどれくらい眠っていたのでしょう」
窓に目をやると外は明るいようだけれど。
「半日以上眠っていたよ」
お兄様が私につられたように窓を見て、答えてくれる。
「ということはこの明るさは朝ですか?」
「うん、そうだよ。ヴィヴィアンナからしたら、まだ登校前の時間って頃だね」
あらためて頷かれると、お腹に物が入っていないということに気付いて抗議しようとするのだろう、ぐぅぅと今日はいつもより長く鳴って空腹を主張した。
「おやおや。お腹が空いたかね」
「す、すみません」
お父様が笑ってそう言うので私は恥ずかしくなってお腹を押さえる。
「なあに。元気な証拠だよ」
「ずっと眠りっぱなしでしたものね。すぐに食事を用意させるわね」
そう言ってお母様が立ち上がった時、一人の侍女が近寄ってきた。
「失礼いたします。ルイス殿下がお嬢様のお見舞いにと、ご訪問になられたのですが、お通ししてもよろしいでしょうか」
「おお、構わんよ。わざわざ来てくださったか。じゃあ、私たちはお先に退室しようか」
お父様が提案すると、お母様とお兄様は頷く。
「じゃあ、ヴィヴィアンナ。ゆっくり体を休めるんだよ。無理に動かないこと」
「はい。お兄様」
「では、お話が済んで殿下がお帰りになったら、食事を運ばせるわ。いいわね」
「はい。分かりました」
家族との退室と入れ替わりに、案内された殿下が私の元へとやって来たのはすぐのことだった。
誰かがそう言って、ちょっと困ったように私に笑いかけた。その声はどこかで聞いたことがある声で、懐かしさも感じる。
あなたは誰。あなたは一体誰。
無意識に手を差しのばすと、包まれる手の温もりに私は目を開いた。
「ヴィ、ヴィヴィアンナ様!? ヴィヴィアンナ様!」
私の手を包み込んでくれたその正体はユーナだったようだ。ということは、ここは私の部屋らしい。
慣れたベッドの感触も香りもいつもと同じであることが、後から情報として追いかけてくる。
「ユーナ! ユーナでございますよ! お分かりになられますか!? 聞こえますか!?」
まだぼんやりしている私にユーナは矢継ぎ早に尋ねてくる。しかも声が大きいこと大きいこと。
私は少し眉をひそめる。
「……ユーナ。少しうるさいわ。声を落として」
「ヴィヴィアンナ様! 良かった。いつものヴィヴィアンナ様ですね。良かった! 本当に良かった!」
一体それはどういう意味ですか。
「はっ。こうしている場合ではありませんね。旦那様方にお伝えしなくては」
ユーナはまだ私の部屋を出ていないのにもかかわらず、旦那様、奥様と叫んでいる。
動揺しているのか、ただ単にユーナだからか。いや、ユーナだからだろう。
「ヴィヴィアンナ様がお目覚になられましたあ!」
部屋から叫ぶのではなくて、出向いてはいかが?
ユーナの慌てっぷりを見ていると、自分は冷静になって徐々に現状が思い出されてきた。
私は階段から落ち……落とされたのだ。
叫ぶだけ叫んだら、こちらにそそくさと戻ってきたユーナに手伝ってもらって身を起こすと、色々な所が手当てされているのに気がついた。
確かに身体のあちこちが痛いし、頭も打って一時期は意識を失ったようだけれど、それでも大怪我にならなかったのは無意識に受身を取ることができたのだろう。
何にせよ、すっかり危機管理が欠如していた自分としては反省するよりないし、間違えてくれて助かったというところかもしれない。
そんな事を考えていると、普段は激しい物音などしない廊下に、どだどたと派手な音を立てて人が駆けつけてくるような音がした。
「ヴィヴィアンナァァァ!」
叫びながら家族の三人が駆けつけてきた。
「俺が分かるか、ヴィヴィアンナ!」
「……ヴィヴィアンナ」
「ヴィヴィアンナ! 痛い所は!? 気分は悪くない?」
血相を変えたお父様とお兄様、泣きそうになっているお母様に申し訳ない気分になる。
一方で、想像以上に心配してくれている事実に少し戸惑う。
「お父様、お母様、お兄様。ご心配おかけいたしました。身体は少々痛みますが、問題ありません」
「そうか。良かった。殿下にお前が階段から落ちたと聞いて、心臓が止まるかと思ったよ」
殿下は私が階段から落ちたとだけ伝えたのか。確かに落とされたと知っているのは私だけだ。ここは背中を押されたと下手に騒いで、事を大きくしない方がいい。
「ぼんやりしていて、うっかり足を踏み外してしまったようです。――ところでわたくしはどれくらい眠っていたのでしょう」
窓に目をやると外は明るいようだけれど。
「半日以上眠っていたよ」
お兄様が私につられたように窓を見て、答えてくれる。
「ということはこの明るさは朝ですか?」
「うん、そうだよ。ヴィヴィアンナからしたら、まだ登校前の時間って頃だね」
あらためて頷かれると、お腹に物が入っていないということに気付いて抗議しようとするのだろう、ぐぅぅと今日はいつもより長く鳴って空腹を主張した。
「おやおや。お腹が空いたかね」
「す、すみません」
お父様が笑ってそう言うので私は恥ずかしくなってお腹を押さえる。
「なあに。元気な証拠だよ」
「ずっと眠りっぱなしでしたものね。すぐに食事を用意させるわね」
そう言ってお母様が立ち上がった時、一人の侍女が近寄ってきた。
「失礼いたします。ルイス殿下がお嬢様のお見舞いにと、ご訪問になられたのですが、お通ししてもよろしいでしょうか」
「おお、構わんよ。わざわざ来てくださったか。じゃあ、私たちはお先に退室しようか」
お父様が提案すると、お母様とお兄様は頷く。
「じゃあ、ヴィヴィアンナ。ゆっくり体を休めるんだよ。無理に動かないこと」
「はい。お兄様」
「では、お話が済んで殿下がお帰りになったら、食事を運ばせるわ。いいわね」
「はい。分かりました」
家族との退室と入れ替わりに、案内された殿下が私の元へとやって来たのはすぐのことだった。
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