婚約破棄に向けて悪役令嬢始めました

樹里

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第96話 深まる交流と彼らへの感謝の気持ち

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 外に出ると季節を思わせる花がうちの庭で美しく咲き誇っていた。

「おはようございます、ルーパーさん。今日もとても綺麗ね。いつもありがとう」

 庭師のルーパーさんに声をかけると、彼は目元に皺を寄せながら笑顔を見せる。

「お嬢様、おはようございます。お帰りになられるまでに、またお部屋に私が選んだお花をお届けしますね」
「ありがとう。楽しみだわ。では、行って参ります」
「行ってらっしゃいませ」


 冬の寒さが和らぎ、肌に触れる風も温かくなる季節につられるように、学院では特にこれといった問題が起こることもなく、私もまた変わらぬ平穏な生活を送っていた。

「おはようございます! ローレンス様」

 正門前で馬車から降りて校舎へと向かっていると、複数の駆け足と共に背後から声をかけられた。
 足を止めて振り返る。

「あら、皆様ごきげんよう」
「今日は勉強会ですよね。よろしくお願いいたします! ……でも、いつもお時間を取ってご迷惑じゃないですかね」

 そうだよなあ、と彼らは少し不安そうに互いに顔を見合わせる。

「いいえ。むしろ皆様と一緒にお勉強できるのが楽しいですのよ」
「本当ですか!? 良かった! では、またお願いいたします」
「ええ」

 いや、変わらぬと言ったら語弊がある。大きなトラブルが無く平和的に過ごせただけで、変わったことも大きい。勉強会で知り合った人たちが、気さくに声をかけてくれるようになったこともその一つだ。

 初めて勉強会に参加したその日は、私も他の皆も緊張していて、ムラノフさんが取りなしてくれても、私に誰も近寄って来ずに見学という形で終わってしまった。
 けれど回数を重ね、積極的に声かけをするようになった結果、徐々に私の元に来てくれる人が増えた。

 ひとえに自分の努力が大きかったと、ここは声を大にして言いたい。ええ、ええ。誰も言ってくれないから自分で自分を褒める!

 そのことを切っ掛けに、自分のクラスでも挨拶を交わし、会話を増やすことができるようになったのはとても大きな成果だったと思う。
 一方で悪役としての活動はこちらも順調に進んでいると自負できる。

 貴族という名の盾の元に同級生やら下級生を邪険に扱い、いじめを行う学生たちに、私も彼らに倣って公爵の立場を利用した。

「何をしていらっしゃるのかしら」
「はあ? 何だよ、おま――ローレンス公爵令嬢!?」

 一人を複数の男子学生たちが囲んでいじり、暴行すら加えている所にわざわざ女の私が立ち会い、声を上げたことにも度肝を抜かれたのだろう。

「一人を大勢で取り囲むことでしか、自分を大きく見せられないとは情けないこと。あなた方は男の風上にも置けませんわね」
「なっ! よくもお前!」
「――無礼者!」

 私はお腹の底から吐き出した強圧的な声と持っていた扇を、彼らにびしりと差し向けた。

「誰に向かってそんな口を聞いているのかしら。わたくしはルイス・ブルックリン殿下の婚約者であり、ローレンス公爵家の娘よ。躾けがなっていないようね。伯爵子息アベル・フィールド、子爵子息エイドリアン・ボワロ、男爵子息カーティス・シャルテ」

 自分の名前を次々と呼ばれて、彼らの表情が凍った。
 貴族位順に呼んだのは、下らないことだけれど、私なりの彼らへの配慮だ。

「これ以上、お家の恥をさらすのはお止めなさい。人の悪行ほど羽のように軽く、どこまでも飛んで行って人々の耳に入るわ。ご家族と代々背負ってきた貴族の名を傷つけたくないなら――ね」

 あらためて自分の立場を気付かされた彼らは、怒らせていた肩を落とし、小さくなってその場を後にした。
 このように穏便に済んだこともあったけれど、時には男の力で私をねじ伏せて来ようとする者もいた。しかし、そんな時は決まってオーブリーさんがひょっこりと顔を出してくれた。

 彼は決して加勢などはしてくれなかったけれど、自分は傍観者だから続けて続けてと足を組んで笑っている彼を薄気味悪く思ったらしく、誰もがすごすごと引き下がって行った。

 権力をもって誰かをいたずらに傷つけることは、より大きな権力者によって自分にもまたそれらが戻って来るということを、私がいかにも傲慢な悪役風情で振る舞うことで知ってもらった。
 もちろんそれは私にも同じく適用されることで、そう遠くない日に戻って来るのは覚悟の上だ。

 だから私はディアナ嬢方と親しくなっても、オーブリーさんと親交を深めても、勉強会で知り合った人たちと仲良くなっても、彼らとは決して一緒に行動することはなかった。
 私に楽しく有意義な日々を過ごさせてくれた人たちにまで、迷惑がかからないように。いつでもすぐに傍観者の立場へと戻れるように。

 ディアナ嬢曰く、格好ばかりつけたがる孤高を気取る高慢ちきな女性なるものかもしれない。それでも私には、彼らへの配慮と感謝を示す術はこれしかなかった。
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