婚約破棄に向けて悪役令嬢始めました

樹里

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第95話 風向きは一方向

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 時間には限りがあるとあらためて実感して、その大切さに気付く。
 私は果たしてこれまでの人生を謳歌していただろうか。
 自身の手で自分の人生を華麗に散らせるために、立派な悪役令嬢になってみせると心に誓った。けれど、悪役に徹しようとすることばかりに気を取られすぎて気付かなかった。

 本当に人生を華麗に散らせたいと思うなら自分の心のままに生きて、最後はそう悪くない人生だったわと笑える生き方こそが悔いなき幕引きだということを。
 この世界に一欠片の悔いや未練も残してはいけない。

 自分のために生きているつもりで、何かに縛られていた気がする。私はまた重要なものを見失うところだった。
 限りある時間の中で、今度こそ私はから解放されるために、一歩足を進めることにした。


「ごきげんよう」

 ああ。自分の思うままに動こうと思ったけれど、やはり緊張する。
 少し強ばった笑みを作りながら彼の前に立って挨拶をすると、彼は穏やかな笑みを返してくれた。

「こんにちは、ローレンスさん。寒い日が続きますね」
「そうね。毎日の朝起きが大変だわ」

 取り留めの無い会話で何でもない風に装っているけれど、心臓はとくとくといつもより速い鼓動を打つ。
 私はそれを聞かれまいと、持っていた物を両腕でぐっと胸に引き寄せた。

「ローレンスさんは朝に弱いんですね」
「ええ。これまでずっと家の者に叩き起こされていますの」
「本当ですか? 意外だなあ」

 彼は春の日差しを思わせるような朗らかさで笑う。元々彼が持つ性格だったのだろう。

「ええ。でもこれからは毎日自分で……自分で」

 ああ。こんなことをいつまでも話したいわけではなくて。

「ローレンスさん?」

 言葉が詰まる私に彼は首を傾げる。

 踏み出す足はほんの一歩だけ。たったの一歩だ。
 私は深呼吸すると、気合いを入れるために彼をきっと睨み付けた。

「あ、あの、ムラノフさん!」
「は、はい!」
「ま、まだあれは。あ、あの勉強会は。そ、その……まだ続いているのかしら」

 胸に教材を強く抱いて決死の思いで尋ねると、彼はこれまでにないくらい嬉しそうな笑顔を私に見せた。


「お言葉に甘えまして、お茶会に参加させていただこうかと思ったのですが」

 学内のサロンまで足を伸ばした私は、ディアナ嬢の元まで歩みを進めた。

「お待ちしておりました、ヴィヴィアンナ様。ようこそ」

 今まで表面上の付き合いしかしてこなかった私が、人と心の距離を詰めたいと考えるようになった。
 何度も繰り返した人生はいつだって、悔いしか残らなかった。その分を今生こそ取り戻そう。そう考えられるようになった。
 そんな自分を感慨深く思う。

 これまでの人生は決して幸せではなかったけれど、私が変わるために必要なものだったのかもしれないと、今なら穏やかな気持ちで受け入れられる。
 だから今この瞬間を、精一杯羽を伸ばして楽しもうと思う。

 笑顔で出迎えてくれる彼女らに、私も自然と笑みが零れた。


「ヴィヴィアンナ!」
「あら、殿下。ごきげんよう」

 廊下を歩いていると、殿下に声をかけられたので足を止めて礼を取る。

「書庫に行くのか? 最近、お前は何だか楽しそうにしているよな。良い本でも見付かったのか?」
「いえ。ムラノフさんの勉強会に行きます」
「……は? 勉強会? それにムラノフって、お前と並んで首位のあのギルバート・ムラノフのことか?」
「ええ」

 さすがに殿下も名前を覚えたらしい。
 相変わらず首位を維持している彼のせいで、同位ながら私の名前は常に二番目に位置している。横並びで記載してもらえるよう、嘆願書を出すべきか悩んでいる。

「って、おい! そいつは男だろ!」
「それが何か?」
「何かって! その男と会うから楽しそうにしているのか!?」
「あら。エミリア様」

 話の途中だけれど、殿下の背後奥に彼女の姿が見えて思わず口走った。
 エミリア嬢は書庫へ入るのだろうか。
 彼女も殿下主宰のお茶会での騒動が効を奏したのか、今のところ平穏な学生生活を送っているようだ。
 これに関しては、少しは殿下に感謝しておこう。

「ありがとうございます、殿下」
「何の話だ。話を逸らすな」
「エミリア様です」
「訳が分からない。それよりさっきの話だ、だいたい嫁入り前の、しかも婚約者がいる未婚女性が男と――」

 殿下はエミリア嬢にも反応せず、説教を始めそうな気配を感じて、私は手の平を見せて言葉を遮る。

「何か勘違いされているようですね。ムラノフさんは他の学生さんに勉強を教えておられるのですよ。わたくしはそのお手伝いをしているだけです」
「お前が手伝いって、どういう風の吹き回しだ?」
「いいえ。殿下、違います。これから吹く風は一方向のみです」

 私は未来に向かって真っ直ぐ指さす。

「はあ!?」

 特に変わりばえのない指先の景色を見て、胡散臭そうにますます眉根を寄せた殿下だった。
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