93 / 113
第93話 思い出を胸に
しおりを挟む
公爵令嬢様(私)を巻き込んだ騒動は牽制になったらしい。あれ以降は特に何事も起こらず、茶会は無事終了した。
殿下によるお開きの言葉と共に、集まった学生たちは各々帰る準備を始める。
オーブリーさんは私にお疲れと言うと、早々に帰って行った。
私はディアナ様方にお礼と共に帰りの挨拶をするために足を向ける。それに気付いた彼女らは笑みで迎えてくれた。
「ディアナ様、皆様、本日はありがとうございました」
「こちらこそ、とても楽しい時間を過ごさせていただきました。そこまでご一緒しましょうか」
「いえ。少し殿下とお話がありますので」
私たちのやり取りは少々厄介だから、人気が無くなる頃の方が良いだろう。
「そうですか。では、わたくし共はお先に失礼いたしますわね」
「ええ。皆様、ごきげんよう」
「また学院でお会いしましょう」
優雅な礼を取ると、彼女らは出口にいる殿下の元へと向かう。二、三の挨拶を交わした後、彼女らが部屋を出て行く姿を見送った。
その後も他の学生たちが笑顔の殿下と挨拶を交わし、続々と部屋を出て行く。
茶会が始まる前と同様に人の動きが大きいけれど、いつの間にか赤くなっていた陽の光も手伝って、何だか寂しい感情が生まれる。
疲れを感じていたのに、それなりに楽しんでいたのだろうか。いや、単に斜陽が生み出す物哀しさに浸っているだけかもしれない。
ぼんやりそれらの光景を眺めていた私だったけれど、人のざわめきが少なくなっていることに気づき、私もまた殿下の元へと足を向けた。
「ああ。ヴィヴィアンナ」
「本日はお誘いいただき、ありがとうございました」
「……迷惑かけたな」
珍しく殊勝な殿下に私は少し笑って、いいえと答える。
「そうだ。お前の服はまだ出来上がっていないらしい。後日返す」
「ありがとうございます。では本日はこのドレスをお借りいたしますね」
「ああ。姉上も置いていったぐらいだから、もう要らないとは思うんだが、俺の物じゃないからな。ここで今すぐやるとは言ってやれなくて悪い」
「いいえ。お貸しいただいただけでもありがたく存じますわ」
「そうか。まあ」
殿下はなぜか少し照れくさそうに頬を掻く。
「その内、お前には別の似合う物を贈ってやるよ」
「……え?」
ともすれば聞き逃しそうなくらいの小さな声の殿下に、聞き間違いかと私は思わず目を細めた。
あの殿下が私にドレスを贈ってくれると聞こえたけれど。
一体、何の罠ですか!?
「と、ともかくな! あの毒々しい色はお前には似合わないから! あんな色、二度と着るなよ」
びしりと指を突きつけてなぜか睨み付けてくる殿下に、やはり何かの聞き違いをしていたらしいことを悟った。ほっとした反面、少しだけがっかりも……した。
「あら。そうでしょうか? 憎まれ口を叩くとおっしゃっているのに?」
「確かにそうだが、お前の場合は毒というより棘だからな。ちくちくと刺してはくるが、心までは毒して来ない。まあ、言うなれば。……そうだな」
殿下は腕組みして、少し顔を傾げた。
どうやら私を何かに例えてくれるらしい。棘のある高貴なる薔薇と言ったところだろうか。ほんの少しだけわくわくする。
「そうだな。――人慣れしていない警戒心が強い野良猫みたいな?」
「の、野良猫ですって? わたくしのような立派な淑女に対して何たる表現の仕方でしょう! これほどの侮辱を受けたことはございませんわ。わたくし、家に帰らせていただきます」
本当にもう。少しでも殿下に期待するのではなかった。
私はつんと顔を背けると、礼もそこそこに殿下の横を通り過ぎようとする。しかし、彼は慌てた様子で私の腕を取るものだから、否応なしに足を止められた。
「悪かった。そ、そうだな。あ! 猫の甘噛みか!」
「あのですね。猫から離れてくださらない!」
私は腕をつかまれたまま腰に両手をやって、肩を怒らせる。
「ホントごめん。表現力の無さは自覚しているし、お前も分かっているだろ? 怒るなって」
「仕方がない人ですわね。もう少し女心を勉強なさってくださいませ」
怒りを収めて腰から手を下ろすと、殿下も私の手首を解放した。当の本人は女心ねぇと顎に手をやって、眉根を寄せている。
これは今後も期待しない方が良さそうだ。
呆れていたけれど、ふと我に返った。……期待や希望など、とうに諦めたはずなのに。
そんなことを考えた自分を嘲笑ってしまう。
「ヴィヴィアンナ?」
呼びかけられて私はすぐに取り澄ました顔を作る。
「そろそろ帰りますね」
「ああ。気を付けて帰れよ」
殿下の気遣いの言葉に私は黙って見つめ返す。
「な、何だよ」
この先、婚約破棄を言い渡されてどんな未来が待ち受けていようとも、こんな良い瞬間もあったのだときっと幾度も思い返すことができるだろう。それだけで十分だ。
「ありがとうございます。……それでは」
私は素直に笑顔で受けると、礼を取って部屋を後にした。
殿下によるお開きの言葉と共に、集まった学生たちは各々帰る準備を始める。
オーブリーさんは私にお疲れと言うと、早々に帰って行った。
私はディアナ様方にお礼と共に帰りの挨拶をするために足を向ける。それに気付いた彼女らは笑みで迎えてくれた。
「ディアナ様、皆様、本日はありがとうございました」
「こちらこそ、とても楽しい時間を過ごさせていただきました。そこまでご一緒しましょうか」
「いえ。少し殿下とお話がありますので」
私たちのやり取りは少々厄介だから、人気が無くなる頃の方が良いだろう。
「そうですか。では、わたくし共はお先に失礼いたしますわね」
「ええ。皆様、ごきげんよう」
「また学院でお会いしましょう」
優雅な礼を取ると、彼女らは出口にいる殿下の元へと向かう。二、三の挨拶を交わした後、彼女らが部屋を出て行く姿を見送った。
その後も他の学生たちが笑顔の殿下と挨拶を交わし、続々と部屋を出て行く。
茶会が始まる前と同様に人の動きが大きいけれど、いつの間にか赤くなっていた陽の光も手伝って、何だか寂しい感情が生まれる。
疲れを感じていたのに、それなりに楽しんでいたのだろうか。いや、単に斜陽が生み出す物哀しさに浸っているだけかもしれない。
ぼんやりそれらの光景を眺めていた私だったけれど、人のざわめきが少なくなっていることに気づき、私もまた殿下の元へと足を向けた。
「ああ。ヴィヴィアンナ」
「本日はお誘いいただき、ありがとうございました」
「……迷惑かけたな」
珍しく殊勝な殿下に私は少し笑って、いいえと答える。
「そうだ。お前の服はまだ出来上がっていないらしい。後日返す」
「ありがとうございます。では本日はこのドレスをお借りいたしますね」
「ああ。姉上も置いていったぐらいだから、もう要らないとは思うんだが、俺の物じゃないからな。ここで今すぐやるとは言ってやれなくて悪い」
「いいえ。お貸しいただいただけでもありがたく存じますわ」
「そうか。まあ」
殿下はなぜか少し照れくさそうに頬を掻く。
「その内、お前には別の似合う物を贈ってやるよ」
「……え?」
ともすれば聞き逃しそうなくらいの小さな声の殿下に、聞き間違いかと私は思わず目を細めた。
あの殿下が私にドレスを贈ってくれると聞こえたけれど。
一体、何の罠ですか!?
「と、ともかくな! あの毒々しい色はお前には似合わないから! あんな色、二度と着るなよ」
びしりと指を突きつけてなぜか睨み付けてくる殿下に、やはり何かの聞き違いをしていたらしいことを悟った。ほっとした反面、少しだけがっかりも……した。
「あら。そうでしょうか? 憎まれ口を叩くとおっしゃっているのに?」
「確かにそうだが、お前の場合は毒というより棘だからな。ちくちくと刺してはくるが、心までは毒して来ない。まあ、言うなれば。……そうだな」
殿下は腕組みして、少し顔を傾げた。
どうやら私を何かに例えてくれるらしい。棘のある高貴なる薔薇と言ったところだろうか。ほんの少しだけわくわくする。
「そうだな。――人慣れしていない警戒心が強い野良猫みたいな?」
「の、野良猫ですって? わたくしのような立派な淑女に対して何たる表現の仕方でしょう! これほどの侮辱を受けたことはございませんわ。わたくし、家に帰らせていただきます」
本当にもう。少しでも殿下に期待するのではなかった。
私はつんと顔を背けると、礼もそこそこに殿下の横を通り過ぎようとする。しかし、彼は慌てた様子で私の腕を取るものだから、否応なしに足を止められた。
「悪かった。そ、そうだな。あ! 猫の甘噛みか!」
「あのですね。猫から離れてくださらない!」
私は腕をつかまれたまま腰に両手をやって、肩を怒らせる。
「ホントごめん。表現力の無さは自覚しているし、お前も分かっているだろ? 怒るなって」
「仕方がない人ですわね。もう少し女心を勉強なさってくださいませ」
怒りを収めて腰から手を下ろすと、殿下も私の手首を解放した。当の本人は女心ねぇと顎に手をやって、眉根を寄せている。
これは今後も期待しない方が良さそうだ。
呆れていたけれど、ふと我に返った。……期待や希望など、とうに諦めたはずなのに。
そんなことを考えた自分を嘲笑ってしまう。
「ヴィヴィアンナ?」
呼びかけられて私はすぐに取り澄ました顔を作る。
「そろそろ帰りますね」
「ああ。気を付けて帰れよ」
殿下の気遣いの言葉に私は黙って見つめ返す。
「な、何だよ」
この先、婚約破棄を言い渡されてどんな未来が待ち受けていようとも、こんな良い瞬間もあったのだときっと幾度も思い返すことができるだろう。それだけで十分だ。
「ありがとうございます。……それでは」
私は素直に笑顔で受けると、礼を取って部屋を後にした。
11
お気に入りに追加
582
あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた
21時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。


妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!
たぬきち25番
恋愛
気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡
※マルチエンディングです!!
コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m
2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。
楽しんで頂けると幸いです。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる