婚約破棄に向けて悪役令嬢始めました

樹里

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第93話 思い出を胸に

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 公爵令嬢様(私)を巻き込んだ騒動は牽制になったらしい。あれ以降は特に何事も起こらず、茶会は無事終了した。
 殿下によるお開きの言葉と共に、集まった学生たちは各々帰る準備を始める。
 オーブリーさんは私にお疲れと言うと、早々に帰って行った。
 私はディアナ様方にお礼と共に帰りの挨拶をするために足を向ける。それに気付いた彼女らは笑みで迎えてくれた。

「ディアナ様、皆様、本日はありがとうございました」
「こちらこそ、とても楽しい時間を過ごさせていただきました。そこまでご一緒しましょうか」
「いえ。少し殿下とお話がありますので」

 私たちのやり取りは少々厄介だから、人気が無くなる頃の方が良いだろう。

「そうですか。では、わたくし共はお先に失礼いたしますわね」
「ええ。皆様、ごきげんよう」
「また学院でお会いしましょう」

 優雅な礼を取ると、彼女らは出口にいる殿下の元へと向かう。二、三の挨拶を交わした後、彼女らが部屋を出て行く姿を見送った。
 その後も他の学生たちが笑顔の殿下と挨拶を交わし、続々と部屋を出て行く。

 茶会が始まる前と同様に人の動きが大きいけれど、いつの間にか赤くなっていた陽の光も手伝って、何だか寂しい感情が生まれる。
 疲れを感じていたのに、それなりに楽しんでいたのだろうか。いや、単に斜陽が生み出す物哀しさに浸っているだけかもしれない。

 ぼんやりそれらの光景を眺めていた私だったけれど、人のざわめきが少なくなっていることに気づき、私もまた殿下の元へと足を向けた。

「ああ。ヴィヴィアンナ」
「本日はお誘いいただき、ありがとうございました」
「……迷惑かけたな」

 珍しく殊勝な殿下に私は少し笑って、いいえと答える。

「そうだ。お前の服はまだ出来上がっていないらしい。後日返す」
「ありがとうございます。では本日はこのドレスをお借りいたしますね」
「ああ。姉上も置いていったぐらいだから、もう要らないとは思うんだが、俺の物じゃないからな。ここで今すぐやるとは言ってやれなくて悪い」
「いいえ。お貸しいただいただけでもありがたく存じますわ」
「そうか。まあ」

 殿下はなぜか少し照れくさそうに頬を掻く。

「その内、お前には別の似合う物を贈ってやるよ」
「……え?」

 ともすれば聞き逃しそうなくらいの小さな声の殿下に、聞き間違いかと私は思わず目を細めた。
 あの殿下が私にドレスを贈ってくれると聞こえたけれど。

 一体、何の罠ですか!?

「と、ともかくな! あの毒々しい色はお前には似合わないから! あんな色、二度と着るなよ」

 びしりと指を突きつけてなぜか睨み付けてくる殿下に、やはり何かの聞き違いをしていたらしいことを悟った。ほっとした反面、少しだけがっかりも……した。

「あら。そうでしょうか? 憎まれ口を叩くとおっしゃっているのに?」
「確かにそうだが、お前の場合は毒というより棘だからな。ちくちくと刺してはくるが、心までは毒して来ない。まあ、言うなれば。……そうだな」

 殿下は腕組みして、少し顔を傾げた。
 どうやら私を何かに例えてくれるらしい。棘のある高貴なる薔薇と言ったところだろうか。ほんの少しだけわくわくする。

「そうだな。――人慣れしていない警戒心が強い野良猫みたいな?」
「の、野良猫ですって? わたくしのような立派な淑女に対して何たる表現の仕方でしょう! これほどの侮辱を受けたことはございませんわ。わたくし、家に帰らせていただきます」

 本当にもう。少しでも殿下に期待するのではなかった。
 私はつんと顔を背けると、礼もそこそこに殿下の横を通り過ぎようとする。しかし、彼は慌てた様子で私の腕を取るものだから、否応なしに足を止められた。

「悪かった。そ、そうだな。あ! 猫の甘噛みか!」
「あのですね。猫から離れてくださらない!」

 私は腕をつかまれたまま腰に両手をやって、肩を怒らせる。

「ホントごめん。表現力の無さは自覚しているし、お前も分かっているだろ? 怒るなって」
「仕方がない人ですわね。もう少し女心を勉強なさってくださいませ」

 怒りを収めて腰から手を下ろすと、殿下も私の手首を解放した。当の本人は女心ねぇと顎に手をやって、眉根を寄せている。

 これは今後も期待しない方が良さそうだ。
 呆れていたけれど、ふと我に返った。……期待や希望など、とうに諦めたはずなのに。
 そんなことを考えた自分を嘲笑ってしまう。

「ヴィヴィアンナ?」

 呼びかけられて私はすぐに取り澄ました顔を作る。

「そろそろ帰りますね」
「ああ。気を付けて帰れよ」

 殿下の気遣いの言葉に私は黙って見つめ返す。

「な、何だよ」

 この先、婚約破棄を言い渡されてどんな未来が待ち受けていようとも、こんな良い瞬間もあったのだときっと幾度も思い返すことができるだろう。それだけで十分だ。

「ありがとうございます。……それでは」

 私は素直に笑顔で受けると、礼を取って部屋を後にした。
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