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第92話 大切なものが増えるほど
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「ヴィヴィアンナ様。わたくしの目は節穴ではございませんのよ」
私はディアナ嬢の言葉に扇を少しだけずらして窺う。
「先ほどのお茶の騒ぎ、エミリア様をお庇いになったでしょう。ああ、誤魔化しても駄目ですよ。わたくし、ヴィヴィアンナ様の動向を見ておりましたから。なぜそのような真似をされるのか分かりかねますが、人に紛れて入りたいというのは建前で、エミリア様の後ろにはわたくしたちがついているとお見せになりたかったのでしょう?」
頭の回転が速い彼女相手では、適当な事を言って誤魔化しがきかないのは間違いないし、何よりも彼女との信頼関係を崩したくない。
私は一つ息を吐くと、扇を下ろして顔を出した。
「申し訳ございませんでした」
「それはわたくしの言葉を肯定されるということですか?」
「ええ。その通りです。ただ、目立ちたくないという気持ちも本当でした」
扇を閉じると、まずはエリーゼ嬢にお礼を言いながら返した。
「けれど彼女を守るという目的に変えたのですね。彼女は誰かから嫌がらせでも受けているのですか?」
「エミリア様はあの美貌の上、文武に秀でており、男性からとても好意を抱かれておられます。ですから今回もそのようなものでしょう」
「そうですか。でも、なぜヴィヴィアンナ様が庇われるのですか?」
ディアナ嬢は一度は納得して頷いたけれど、すぐに次の質問を投げてくる。
私は彼女を利用してしまった後ろめたさがある以上、素直に答えるしかない。
「全ては自分のためです。彼女が殿下と懇意になさっていることはご存知?」
私が尋ねると、ディアナ嬢は一瞬戸惑ってお友達と目配せしたけれど、すぐに存じておりますと少し困ったように微笑んだ。
「わたくしのことはお気遣い無く。そのせいでしょう。以前、彼女が嫌がらせを受けていた時、なぜかわたくしのせいにされたことがございますの。今回もどこかで事実がねじ曲がってわたくしのせいにされたら嫌ですもの。だからです」
「まあ。そんなことが……」
お気の毒にと同情の瞳を寄せてくれる。
「ええ。きっと日頃の行いが悪いのでしょうね。――殿下の」
悪いのは私ではなく、もちろん殿下のせいに決まっている。
私が澄まし顔でそう言うと、ディアナ嬢とお友達は一瞬目を丸くした後、すぐにくすくすと笑い出した。
「お帰り」
「ええ」
私はオーブリーさんがいるソファーへと戻ると腰を掛けた。
高級なソファーは疲れた体をしっかりと包み込んでくれる。思っていた以上に気を張っていたようだ。
「さっきは驚いたよ。まさか自ら庇いに行くとはね。火傷しなかった?」
彼は声を抑えているが、今や私たちに注目している人はいない。とは言え、人に聞かれたくない内容ではある。
「ありがとうございます。温くしていたようですわ。だから火傷は問題ありませんでした」
「そっか。良かった。でもちょっと無茶しすぎでしょ。もし熱かったら火傷したかもしれないのに」
いつも浮かべている笑みを消して彼は呆れたような瞳を私に向ける。
「そうですね。考える前に体が動いておりました。でも全ては自分のためですから」
「自分のためにって、さっきの対応だと悪役とやらからはかけ離れていたよ」
「……本当は手近にあるカップを取って、お茶でも引っかけてやろうかと思いましたの。ほらよくある事故ですものねって。いかにも悪役っぽいでしょう」
「まあ、そうだね。でもしなかった」
私は大きく息を吐いて肩を落とした。
「ええ。悪役に徹しようと行動していたはずでしたのに、その結果、大切にしたい人が増えてしまいました」
「大切にしたい人?」
「ええ。家族であったり、わたくし付きの侍女であったり。ディアナ様やエリーゼ様であったり。ああ、一応お情けで殿下も入れておきましょうか」
「一応って君ね」
彼は仮にも相手は婚約者でしょと苦笑するので、それぐらいの扱いで大丈夫なのですと返す。
「……それと」
一度言葉を切ると、視線を流してオーブリーさんの横顔を見た。
「あなたであったりね」
「え」
私は自分で発言しておいて照れくさくなって、ぷいっと顔を背ける。
「ともかくです。私の行動一つでその方々に迷惑をかけることになります。私は彼らの顔に泥を塗る真似ができないのです」
大切な人は私を強くしてくれる。頑張ろうという気持ちにしてくれる。けれど一方で、大切な人が増えれば増えるほど、私が振り撒く火の粉を被ってほしくないと思ってしまう。だから動けなくなる。雁字搦めになる。皮肉なものだ。
「三流役者だからでしょ。本当の悪役なら人の事なんて考えないよ。人の事を気にかけている時点で君は悪役にはなりきれない。……前にも言ったけど、引き返したら?」
「どうやってですか」
私は彼に同じ質問をすると。
「それは知らないけど」
やはり同じ答えが返ってきた。
私はディアナ嬢の言葉に扇を少しだけずらして窺う。
「先ほどのお茶の騒ぎ、エミリア様をお庇いになったでしょう。ああ、誤魔化しても駄目ですよ。わたくし、ヴィヴィアンナ様の動向を見ておりましたから。なぜそのような真似をされるのか分かりかねますが、人に紛れて入りたいというのは建前で、エミリア様の後ろにはわたくしたちがついているとお見せになりたかったのでしょう?」
頭の回転が速い彼女相手では、適当な事を言って誤魔化しがきかないのは間違いないし、何よりも彼女との信頼関係を崩したくない。
私は一つ息を吐くと、扇を下ろして顔を出した。
「申し訳ございませんでした」
「それはわたくしの言葉を肯定されるということですか?」
「ええ。その通りです。ただ、目立ちたくないという気持ちも本当でした」
扇を閉じると、まずはエリーゼ嬢にお礼を言いながら返した。
「けれど彼女を守るという目的に変えたのですね。彼女は誰かから嫌がらせでも受けているのですか?」
「エミリア様はあの美貌の上、文武に秀でており、男性からとても好意を抱かれておられます。ですから今回もそのようなものでしょう」
「そうですか。でも、なぜヴィヴィアンナ様が庇われるのですか?」
ディアナ嬢は一度は納得して頷いたけれど、すぐに次の質問を投げてくる。
私は彼女を利用してしまった後ろめたさがある以上、素直に答えるしかない。
「全ては自分のためです。彼女が殿下と懇意になさっていることはご存知?」
私が尋ねると、ディアナ嬢は一瞬戸惑ってお友達と目配せしたけれど、すぐに存じておりますと少し困ったように微笑んだ。
「わたくしのことはお気遣い無く。そのせいでしょう。以前、彼女が嫌がらせを受けていた時、なぜかわたくしのせいにされたことがございますの。今回もどこかで事実がねじ曲がってわたくしのせいにされたら嫌ですもの。だからです」
「まあ。そんなことが……」
お気の毒にと同情の瞳を寄せてくれる。
「ええ。きっと日頃の行いが悪いのでしょうね。――殿下の」
悪いのは私ではなく、もちろん殿下のせいに決まっている。
私が澄まし顔でそう言うと、ディアナ嬢とお友達は一瞬目を丸くした後、すぐにくすくすと笑い出した。
「お帰り」
「ええ」
私はオーブリーさんがいるソファーへと戻ると腰を掛けた。
高級なソファーは疲れた体をしっかりと包み込んでくれる。思っていた以上に気を張っていたようだ。
「さっきは驚いたよ。まさか自ら庇いに行くとはね。火傷しなかった?」
彼は声を抑えているが、今や私たちに注目している人はいない。とは言え、人に聞かれたくない内容ではある。
「ありがとうございます。温くしていたようですわ。だから火傷は問題ありませんでした」
「そっか。良かった。でもちょっと無茶しすぎでしょ。もし熱かったら火傷したかもしれないのに」
いつも浮かべている笑みを消して彼は呆れたような瞳を私に向ける。
「そうですね。考える前に体が動いておりました。でも全ては自分のためですから」
「自分のためにって、さっきの対応だと悪役とやらからはかけ離れていたよ」
「……本当は手近にあるカップを取って、お茶でも引っかけてやろうかと思いましたの。ほらよくある事故ですものねって。いかにも悪役っぽいでしょう」
「まあ、そうだね。でもしなかった」
私は大きく息を吐いて肩を落とした。
「ええ。悪役に徹しようと行動していたはずでしたのに、その結果、大切にしたい人が増えてしまいました」
「大切にしたい人?」
「ええ。家族であったり、わたくし付きの侍女であったり。ディアナ様やエリーゼ様であったり。ああ、一応お情けで殿下も入れておきましょうか」
「一応って君ね」
彼は仮にも相手は婚約者でしょと苦笑するので、それぐらいの扱いで大丈夫なのですと返す。
「……それと」
一度言葉を切ると、視線を流してオーブリーさんの横顔を見た。
「あなたであったりね」
「え」
私は自分で発言しておいて照れくさくなって、ぷいっと顔を背ける。
「ともかくです。私の行動一つでその方々に迷惑をかけることになります。私は彼らの顔に泥を塗る真似ができないのです」
大切な人は私を強くしてくれる。頑張ろうという気持ちにしてくれる。けれど一方で、大切な人が増えれば増えるほど、私が振り撒く火の粉を被ってほしくないと思ってしまう。だから動けなくなる。雁字搦めになる。皮肉なものだ。
「三流役者だからでしょ。本当の悪役なら人の事なんて考えないよ。人の事を気にかけている時点で君は悪役にはなりきれない。……前にも言ったけど、引き返したら?」
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私は彼に同じ質問をすると。
「それは知らないけど」
やはり同じ答えが返ってきた。
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