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第91話 洞察力が高い彼女
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何だか既視感を覚える。ああ、そうだ。ディアナ嬢のお茶会に誘い出された時のようだ。
ディアナ嬢は迎える立場だったけれど、察しの良い彼女はすぐ状況を読んでくすりと笑う。
「こんなお気分だったのですね」
すごい。穏やかに笑う余裕があるなんて、さすがディアナ様だ。私はどう頑張っても引きつり笑いしかできなさそうなので、笑わないことにしよう。
私はすかさずエリーゼ嬢から強奪した扇を広げると、横のディアナ嬢に目だけで合図して歩き出す。
目力だけは幾多もの視線からも負けない自信はある。
案の定、私と目があった人間は怪物に出逢ってしまったかのように硬直している。石にならないよう、お茶を飲んでいるふりをして目を合わせまいとしている人も見受けられた。
……ええ。それなりに傷ついています。
ともかく目的が変わってしまった以上、今はとにかく目立つことが課題だ。私は目元だけ余裕の表情でもって、辺りを見回しながら練り歩く。
公爵家から伯爵家までのご令嬢ご一行様はどうしても目につくらしく、注目されているのがよく分かる。とりわけ、最後尾のエミリア嬢に視線が集中しているように思う。
彼女の容姿に見とれている者もいるだろうし、あるいはどういった集まりなのだろうかと勘ぐっている者もいるかもしれない。
まあ、何にせよ、計画通り。しっかり注目しなさい。
少し視線を横に流すと、ディアナ嬢は人の目など全く気にならないようで自然体だ。
聡明で人当たりも良いし、人望も厚いし、お美しいし、度胸もある。なぜ彼女が殿下の婚約者候補から外されたのだろう。謎すぎる。
さらに目線を奥にやると、殿下が相変わらずのごとく、この場の空気を読まずに誰かと談話している姿が見えた。
殿下のことだ、一瞬の沈黙には気付いたかもしれないけれど、すぐに興味を失って会話を再開したのだろう。
本当にあの人は我が道を行く人だなと、扇の下で思わず苦笑いしたくなる。
さて、状況観察はそこまでとして。
先ほど私にお茶を引っかけてくれた彼女はどこでしょうか。――あ。発見。
私は彼女に近付くために、ディアナ嬢よりも一歩足を前にやって進路変更をした。すると、ディアナ嬢も私の動きに気付いて寄り添ってくれる。本当にできたお方だ。
わざと彼女のテーブルすぐ近くまでゆっくりと歩き、そこでようやく気付いたふりをする。目元で微笑んで再度牽制すると、彼女は落ち着きなく視線を泳がせて目を半ば伏せた。
彼女から視線を外してそのテーブルにいる他の人も見たけれど、皆、身を小さくしていて、とても地位も度胸もある人の集まりには見えない。
残念。外れだ。もし単独犯ではなく、首謀者がいるとしても、ここにはいない。
私は近付いた時と同じくらいの速度でその場を離れた。
「ヴィヴィアンナ様、あのテーブルが空いております。あちらに参りませんか?」
「え、ええ。そうね」
色々考え事をしていたから、どちらの方向に行けば良いのか一瞬、目的地を見失ってしまった。しかし、ディアナ嬢が上手く誘導してくれる。
私たちが席に着いた頃には、会場に張り詰めていた空気が和らいでいた。
その空気を吸って一息を吐きたいところだけれど、まだ一つすることがある。
「エミリア様」
もう席に戻って良いのかと、対応に戸惑っている様子のエミリア嬢を側に呼び寄せる。
「はい」
私は扇を広げたまま内緒話するように顔を寄せた。
先ほどよりも会場に話し声が聞こえるようになってきたけれど、未だ周辺は私たちに注目しているからだ。
「ありがとうございました」
「い、いいえ。お役に立てたのでしたら光栄です」
「ええ。とても助かりました」
「そうですか。良かったです。――では、これで失礼いたしますね」
「ええ」
自分の席へと戻って行くエミリア嬢を目で追う人々の姿に、私は少しだけ笑みを零した。
首尾よく行った。ディアナ嬢方のご協力に感謝しなければ。
私はお礼を言うために、上機嫌で彼女たちに向き合う。
「ありがとうございました。ディアナ様、エリーゼ様、アニエス様、セリア様」
ああ、そうそう。エリーゼ様にお借りした扇を返さなくては。
扇を閉じ、彼女に再び向いて返そうと思ったところ。
「エ――」
「ヴィヴィアンナ様」
笑んだディアナ嬢の呼びかけに、突如ぶるりと寒気が襲ってきた。
……あら。風邪かしら。
「あ、はい。何でしょうか、ディアナ様」
「わたくし、気付いてしまいましたの。ヴィヴィアンナ様、わたくしを利用しましたわね?」
にーっこりと笑ったディアナ嬢を前に、私は返すつもりだった扇を再び広げて顔ごと隠した。
ディアナ嬢は迎える立場だったけれど、察しの良い彼女はすぐ状況を読んでくすりと笑う。
「こんなお気分だったのですね」
すごい。穏やかに笑う余裕があるなんて、さすがディアナ様だ。私はどう頑張っても引きつり笑いしかできなさそうなので、笑わないことにしよう。
私はすかさずエリーゼ嬢から強奪した扇を広げると、横のディアナ嬢に目だけで合図して歩き出す。
目力だけは幾多もの視線からも負けない自信はある。
案の定、私と目があった人間は怪物に出逢ってしまったかのように硬直している。石にならないよう、お茶を飲んでいるふりをして目を合わせまいとしている人も見受けられた。
……ええ。それなりに傷ついています。
ともかく目的が変わってしまった以上、今はとにかく目立つことが課題だ。私は目元だけ余裕の表情でもって、辺りを見回しながら練り歩く。
公爵家から伯爵家までのご令嬢ご一行様はどうしても目につくらしく、注目されているのがよく分かる。とりわけ、最後尾のエミリア嬢に視線が集中しているように思う。
彼女の容姿に見とれている者もいるだろうし、あるいはどういった集まりなのだろうかと勘ぐっている者もいるかもしれない。
まあ、何にせよ、計画通り。しっかり注目しなさい。
少し視線を横に流すと、ディアナ嬢は人の目など全く気にならないようで自然体だ。
聡明で人当たりも良いし、人望も厚いし、お美しいし、度胸もある。なぜ彼女が殿下の婚約者候補から外されたのだろう。謎すぎる。
さらに目線を奥にやると、殿下が相変わらずのごとく、この場の空気を読まずに誰かと談話している姿が見えた。
殿下のことだ、一瞬の沈黙には気付いたかもしれないけれど、すぐに興味を失って会話を再開したのだろう。
本当にあの人は我が道を行く人だなと、扇の下で思わず苦笑いしたくなる。
さて、状況観察はそこまでとして。
先ほど私にお茶を引っかけてくれた彼女はどこでしょうか。――あ。発見。
私は彼女に近付くために、ディアナ嬢よりも一歩足を前にやって進路変更をした。すると、ディアナ嬢も私の動きに気付いて寄り添ってくれる。本当にできたお方だ。
わざと彼女のテーブルすぐ近くまでゆっくりと歩き、そこでようやく気付いたふりをする。目元で微笑んで再度牽制すると、彼女は落ち着きなく視線を泳がせて目を半ば伏せた。
彼女から視線を外してそのテーブルにいる他の人も見たけれど、皆、身を小さくしていて、とても地位も度胸もある人の集まりには見えない。
残念。外れだ。もし単独犯ではなく、首謀者がいるとしても、ここにはいない。
私は近付いた時と同じくらいの速度でその場を離れた。
「ヴィヴィアンナ様、あのテーブルが空いております。あちらに参りませんか?」
「え、ええ。そうね」
色々考え事をしていたから、どちらの方向に行けば良いのか一瞬、目的地を見失ってしまった。しかし、ディアナ嬢が上手く誘導してくれる。
私たちが席に着いた頃には、会場に張り詰めていた空気が和らいでいた。
その空気を吸って一息を吐きたいところだけれど、まだ一つすることがある。
「エミリア様」
もう席に戻って良いのかと、対応に戸惑っている様子のエミリア嬢を側に呼び寄せる。
「はい」
私は扇を広げたまま内緒話するように顔を寄せた。
先ほどよりも会場に話し声が聞こえるようになってきたけれど、未だ周辺は私たちに注目しているからだ。
「ありがとうございました」
「い、いいえ。お役に立てたのでしたら光栄です」
「ええ。とても助かりました」
「そうですか。良かったです。――では、これで失礼いたしますね」
「ええ」
自分の席へと戻って行くエミリア嬢を目で追う人々の姿に、私は少しだけ笑みを零した。
首尾よく行った。ディアナ嬢方のご協力に感謝しなければ。
私はお礼を言うために、上機嫌で彼女たちに向き合う。
「ありがとうございました。ディアナ様、エリーゼ様、アニエス様、セリア様」
ああ、そうそう。エリーゼ様にお借りした扇を返さなくては。
扇を閉じ、彼女に再び向いて返そうと思ったところ。
「エ――」
「ヴィヴィアンナ様」
笑んだディアナ嬢の呼びかけに、突如ぶるりと寒気が襲ってきた。
……あら。風邪かしら。
「あ、はい。何でしょうか、ディアナ様」
「わたくし、気付いてしまいましたの。ヴィヴィアンナ様、わたくしを利用しましたわね?」
にーっこりと笑ったディアナ嬢を前に、私は返すつもりだった扇を再び広げて顔ごと隠した。
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