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第90話 ささやかな望み
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エミリア嬢とそんな会話を交わしていると、間もなくディアナ様方が来てくれた。
「ディアナ様、ご足労いただき申し訳ございません」
「いいえ。どうかされたのですか?」
私は手早く事の次第を伝えると、彼女は頷いた。
「そうでしたか。お気持ち分かりますわ」
え。分かるのですか。ディアナ嬢は私と違って常に堂々とされていて、人目など気にしないと思っていました。あるいはもしかしたら私に気遣って、そう言ってくれているだけだろうか。
するとまた機敏に察した彼女がくすりと笑う。
「わたくしも同じです。常に人の視線が集中していると、やはり気疲れしてしまいますもの。ところで」
ディアナ嬢は少し離れた所にいるエミリア嬢にさっと視線を移した。
彼女はマーレ伯爵令嬢とランバート子爵令嬢に話しかけられている。聞き耳を立ててみると。
「エミリア様、その髪型とても素敵ね。どちらの髪結い師さんにやっていただいたの?」
「……あ。お恥ずかしい話ですが、じ、自分で」
「ご自分で!? すごい技術を持っていらっしゃっているのね!」
「どうやってやるの!? どれくらい時間がかかるの?」
「え、ええっと。そうですね――」
さすがディアナ嬢のご友人たちだ。身分で人を見下したりせず、本当に感激した様子で和気あいあいと楽しそうにやっている。……正直、私も現実逃避してあちら側に混ざりたい。
「彼女もご一緒にということですか?」
不意にディアナ嬢に問われて、私は慌てて現実から意識を引き戻す。
「え、ええ。彼女が偶然席を外しておられましたので、一緒に残っていただきました。人が多い方が注目度も減るかと」
「そうですか。分かりました」
唇に指をやって少し考えたようだったけれど、ディアナ嬢は同意して微笑んでくれた。
救世主様! 女神様! ディアナ様!
ありがとうございます!
「では。ディアナ様、先導をよろしくお願いいたしますね」
私は手を添えて促すと、彼女はそこで初めて困惑したような表情を浮かべた。
「……わたくしが先頭ですか?」
「ええ。お願いいたします」
「序列上、おかしいでしょう。いくらご学友というくくりであっても、それだけはできないご相談ですわ」
「ですがわたくしが先頭となり、皆様が続いて入るのであれば、かえって目立ってしまうことに」
「まあ。本当ですわね。でも駄目です」
そう言った線引きは譲れないらしい。再度お願いと言ってもだめだめと首を振って承諾してくれない。
私は藁にも縋る思いで、横にいるエリーゼ嬢に頼み込む。
「エリーゼ様、ディアナ様への説得のご協力をどうぞお願いいたします」
すると振られた彼女は最初きょとんとしていたけれど、すぐににっこりと笑った。
あ。これはなかなか良い感しょ――。
「ヴィヴィアンナ様。顔を上げて胸を張り、常に毅然としてください。好奇の目に負けては駄目ですよ。頑張って!」
「…………ハイ」
以前、彼女にかけた言葉で返された私は反論できず、ただ、がくりと項垂れるしかなかった。
結局、根気強く交渉を続けてみた結果、ディアナ嬢と私が先導するということで収まった。
端から見たら、私がディアナ嬢らを率いる形になってしまうのだけはどうしてもできないと言うと、渋々納得してくれたからだ。
良かった。これで最初の注目は二分される。
私はエリーゼ嬢から召し上げた武器(扇)を強く握りしめ、気合いを入れ直した。
「で、では。皆様、すぐ後ろに。すぐ後ろに付いて来てくださいね! わたくしの側から決して離れないでくださいね。何なら密着して囲っていただいても」
私は入る前に何度も振り返って懇願すると、彼女らは朗らかに笑う。
ディアナ嬢もまたくすくすと笑った。
「まるで幽霊屋敷にでも訪れるみたいですわね」
「幽霊屋敷の方がまだマシですわ。生きている人間の方が余程怖いですから」
「なるほど。それは真理です。さあ、それでは参りましょう」
意外と誰も私たちのことを注目せずに、すんなり入れるかもしれない。自意識過剰だったわねと笑い話にできるかもしれない。
私はそんな期待を抱きながら、扉が解放されるのを見届ける。
すると。
華やいでいたはずの会場は急に静まり、こちらにいくつもの視線が一気に集中するのが肌でびしばしと痛いほど感じられた。
――はい。淡い期待は一瞬のうちに潰えました。
「ディアナ様、ご足労いただき申し訳ございません」
「いいえ。どうかされたのですか?」
私は手早く事の次第を伝えると、彼女は頷いた。
「そうでしたか。お気持ち分かりますわ」
え。分かるのですか。ディアナ嬢は私と違って常に堂々とされていて、人目など気にしないと思っていました。あるいはもしかしたら私に気遣って、そう言ってくれているだけだろうか。
するとまた機敏に察した彼女がくすりと笑う。
「わたくしも同じです。常に人の視線が集中していると、やはり気疲れしてしまいますもの。ところで」
ディアナ嬢は少し離れた所にいるエミリア嬢にさっと視線を移した。
彼女はマーレ伯爵令嬢とランバート子爵令嬢に話しかけられている。聞き耳を立ててみると。
「エミリア様、その髪型とても素敵ね。どちらの髪結い師さんにやっていただいたの?」
「……あ。お恥ずかしい話ですが、じ、自分で」
「ご自分で!? すごい技術を持っていらっしゃっているのね!」
「どうやってやるの!? どれくらい時間がかかるの?」
「え、ええっと。そうですね――」
さすがディアナ嬢のご友人たちだ。身分で人を見下したりせず、本当に感激した様子で和気あいあいと楽しそうにやっている。……正直、私も現実逃避してあちら側に混ざりたい。
「彼女もご一緒にということですか?」
不意にディアナ嬢に問われて、私は慌てて現実から意識を引き戻す。
「え、ええ。彼女が偶然席を外しておられましたので、一緒に残っていただきました。人が多い方が注目度も減るかと」
「そうですか。分かりました」
唇に指をやって少し考えたようだったけれど、ディアナ嬢は同意して微笑んでくれた。
救世主様! 女神様! ディアナ様!
ありがとうございます!
「では。ディアナ様、先導をよろしくお願いいたしますね」
私は手を添えて促すと、彼女はそこで初めて困惑したような表情を浮かべた。
「……わたくしが先頭ですか?」
「ええ。お願いいたします」
「序列上、おかしいでしょう。いくらご学友というくくりであっても、それだけはできないご相談ですわ」
「ですがわたくしが先頭となり、皆様が続いて入るのであれば、かえって目立ってしまうことに」
「まあ。本当ですわね。でも駄目です」
そう言った線引きは譲れないらしい。再度お願いと言ってもだめだめと首を振って承諾してくれない。
私は藁にも縋る思いで、横にいるエリーゼ嬢に頼み込む。
「エリーゼ様、ディアナ様への説得のご協力をどうぞお願いいたします」
すると振られた彼女は最初きょとんとしていたけれど、すぐににっこりと笑った。
あ。これはなかなか良い感しょ――。
「ヴィヴィアンナ様。顔を上げて胸を張り、常に毅然としてください。好奇の目に負けては駄目ですよ。頑張って!」
「…………ハイ」
以前、彼女にかけた言葉で返された私は反論できず、ただ、がくりと項垂れるしかなかった。
結局、根気強く交渉を続けてみた結果、ディアナ嬢と私が先導するということで収まった。
端から見たら、私がディアナ嬢らを率いる形になってしまうのだけはどうしてもできないと言うと、渋々納得してくれたからだ。
良かった。これで最初の注目は二分される。
私はエリーゼ嬢から召し上げた武器(扇)を強く握りしめ、気合いを入れ直した。
「で、では。皆様、すぐ後ろに。すぐ後ろに付いて来てくださいね! わたくしの側から決して離れないでくださいね。何なら密着して囲っていただいても」
私は入る前に何度も振り返って懇願すると、彼女らは朗らかに笑う。
ディアナ嬢もまたくすくすと笑った。
「まるで幽霊屋敷にでも訪れるみたいですわね」
「幽霊屋敷の方がまだマシですわ。生きている人間の方が余程怖いですから」
「なるほど。それは真理です。さあ、それでは参りましょう」
意外と誰も私たちのことを注目せずに、すんなり入れるかもしれない。自意識過剰だったわねと笑い話にできるかもしれない。
私はそんな期待を抱きながら、扉が解放されるのを見届ける。
すると。
華やいでいたはずの会場は急に静まり、こちらにいくつもの視線が一気に集中するのが肌でびしばしと痛いほど感じられた。
――はい。淡い期待は一瞬のうちに潰えました。
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