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第89話 仲がよろしいですね
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あ……。
そう言えば、ここで殿下と一緒に入ると確実に注目されてしまうだろう。それは激しく嫌だ。ああ、嫌だ。そもそも必要以上に目立つことはしたくない。
――よし。殿下とは時間差で入ろう。それにこの機会を活用すると、上手く行くかもしれない。
一つ考えが浮かんだ私は足を止める。
「どうした?」
急に立ち止まった私に、殿下は足早に近付いて来た。
高級品の絨毯が敷かれた廊下は、殿下のそんな足音すら消すけれど、ふわりと辺りに広がる彼の爽やかな香が気配を感じさせる。
それらを振り払うように、私は勢いよくぐるりと彼に向き合った。
「な、何だ?」
私の気迫に押されたらしい殿下は少しどもる。
「どうぞ殿下、お先にお入りください。わたくしは時間をおいて入ります」
「なぜだ?」
「殿下は主催者ですから、いち早くお戻りになった方がよろしいかと」
「いや。お前ももう戻るだろ? 一緒に入ればいいじゃないか」
察しが悪い男ですね。まあ、言わない私が一番悪いのですが。
「先ほど目立った行動を取ってしまいましたから、人に紛れてそっと入りたいのです。せっかく殿下が開催してくださったお茶会ですもの。これ以上、下手な混乱を起こしたくはございませんわ」
「人に紛れて? どの人に紛れるんだよ」
私はつかつかとエミリア嬢に近付くと、彼女の腕を取った。
当然のごとく、彼女はびっくりして少し腰が引けている。
「彼女とです。それが何でしたら、わたくし、このまま帰っても構いませんが」
「いや、帰んなよ!」
確かに殿下の婚約者サマがご機嫌損ねて帰るとなると、体裁が悪いだろう。もしかしたらこのまま帰れるかなとちょっとぐらい期待したので、残念。
殿下はと言うと、眉根を寄せて少し思案した後、エミリア嬢を見る。
「……そうだな。分かった。じゃあ、コーラル。悪いが後を頼む」
「は、はい」
後は頼むってどういうこと。何か私がまた一波乱を起こしそうな言い方ですね。少しばかりかちんと来たけれど、まあよろしいでしょう。注目されるよりはましです。
「じゃあ、俺は先に行く」
「ああ、殿下。お待ちください」
「また何だ?」
身を翻そうとしていた殿下が胡散臭そうに目を細めた。
「顎で使いますが、ディアナ・ブランシェ侯爵令嬢様とそのお友達を呼んでくださいませんか?」
人数は多いに越したことはないけれど、これ以上、呼べそうな人物はいない。オーブリーさんも思いついたけれど、妙な勘ぐりをされてはたまらないから、今回は諦めることにする。
「はあ?」
殿下はさらに眉間に深い皺を寄せる。
「あ、失礼いたしました。ディアナ・ブランシェ侯爵令嬢様のお顔は存じておりませんでしたか」
「それっくらい、分かるっつーの」
私が残念そうな人を見るような目で見たのが気に入らなかったらしい。殿下は不愉快そうに腕を組んで眉を上げた。
「そんなことよりも、俺を顎で使うってはっきり言ってるからな、お前」
「ええ。もちろんとりわけ意識して使っております。気付いてくださって良かったわ」
にっこりと笑うと殿下は顔を引きつらせた。
「お前な、前から言おうと思っていた――」
「殿下、そろそろ急ぎませんと。皆様、お待ちですわよ。わたくしなどお構いにならず、どうぞお先を急いで」
扉の前で侍従さんが静かに控えているのが見えたので、私はそちらに視線をやって促す。
「ちっ。お前、覚えておけよ」
最後、悪役のような捨て台詞を吐いた殿下は、嫌々そうに中に入って行った。
やれやれ。やっといなくなりました。
ほっと息を吐いていると、後ろでくすくすと可愛らしい笑い声が立った。もちろん笑い声の主はエミリア嬢だ。
「あら、どうかなさったの?」
「いえ、申し訳ございません。ヴィヴィアンナ様と殿下の仲があまりにもよろしくて、自然と笑みがこぼれてしまいました」
「仲が良い? わたくしと殿下がですか?」
さっきの表情を見なかったのだろうか。毒舌を吐く私に対して、嫌そうな顔をしていたのに。そもそも仲が良いの定義とは何だろう? 親しい間柄と言えば、一応婚約者だからそうなのだろう。しかし殿下から見て、仲が良い間柄とは言い難いと思うのだけれど。
うーんと思い悩む私を見て、彼女はなぜかまた可笑しそう笑った。
そう言えば、ここで殿下と一緒に入ると確実に注目されてしまうだろう。それは激しく嫌だ。ああ、嫌だ。そもそも必要以上に目立つことはしたくない。
――よし。殿下とは時間差で入ろう。それにこの機会を活用すると、上手く行くかもしれない。
一つ考えが浮かんだ私は足を止める。
「どうした?」
急に立ち止まった私に、殿下は足早に近付いて来た。
高級品の絨毯が敷かれた廊下は、殿下のそんな足音すら消すけれど、ふわりと辺りに広がる彼の爽やかな香が気配を感じさせる。
それらを振り払うように、私は勢いよくぐるりと彼に向き合った。
「な、何だ?」
私の気迫に押されたらしい殿下は少しどもる。
「どうぞ殿下、お先にお入りください。わたくしは時間をおいて入ります」
「なぜだ?」
「殿下は主催者ですから、いち早くお戻りになった方がよろしいかと」
「いや。お前ももう戻るだろ? 一緒に入ればいいじゃないか」
察しが悪い男ですね。まあ、言わない私が一番悪いのですが。
「先ほど目立った行動を取ってしまいましたから、人に紛れてそっと入りたいのです。せっかく殿下が開催してくださったお茶会ですもの。これ以上、下手な混乱を起こしたくはございませんわ」
「人に紛れて? どの人に紛れるんだよ」
私はつかつかとエミリア嬢に近付くと、彼女の腕を取った。
当然のごとく、彼女はびっくりして少し腰が引けている。
「彼女とです。それが何でしたら、わたくし、このまま帰っても構いませんが」
「いや、帰んなよ!」
確かに殿下の婚約者サマがご機嫌損ねて帰るとなると、体裁が悪いだろう。もしかしたらこのまま帰れるかなとちょっとぐらい期待したので、残念。
殿下はと言うと、眉根を寄せて少し思案した後、エミリア嬢を見る。
「……そうだな。分かった。じゃあ、コーラル。悪いが後を頼む」
「は、はい」
後は頼むってどういうこと。何か私がまた一波乱を起こしそうな言い方ですね。少しばかりかちんと来たけれど、まあよろしいでしょう。注目されるよりはましです。
「じゃあ、俺は先に行く」
「ああ、殿下。お待ちください」
「また何だ?」
身を翻そうとしていた殿下が胡散臭そうに目を細めた。
「顎で使いますが、ディアナ・ブランシェ侯爵令嬢様とそのお友達を呼んでくださいませんか?」
人数は多いに越したことはないけれど、これ以上、呼べそうな人物はいない。オーブリーさんも思いついたけれど、妙な勘ぐりをされてはたまらないから、今回は諦めることにする。
「はあ?」
殿下はさらに眉間に深い皺を寄せる。
「あ、失礼いたしました。ディアナ・ブランシェ侯爵令嬢様のお顔は存じておりませんでしたか」
「それっくらい、分かるっつーの」
私が残念そうな人を見るような目で見たのが気に入らなかったらしい。殿下は不愉快そうに腕を組んで眉を上げた。
「そんなことよりも、俺を顎で使うってはっきり言ってるからな、お前」
「ええ。もちろんとりわけ意識して使っております。気付いてくださって良かったわ」
にっこりと笑うと殿下は顔を引きつらせた。
「お前な、前から言おうと思っていた――」
「殿下、そろそろ急ぎませんと。皆様、お待ちですわよ。わたくしなどお構いにならず、どうぞお先を急いで」
扉の前で侍従さんが静かに控えているのが見えたので、私はそちらに視線をやって促す。
「ちっ。お前、覚えておけよ」
最後、悪役のような捨て台詞を吐いた殿下は、嫌々そうに中に入って行った。
やれやれ。やっといなくなりました。
ほっと息を吐いていると、後ろでくすくすと可愛らしい笑い声が立った。もちろん笑い声の主はエミリア嬢だ。
「あら、どうかなさったの?」
「いえ、申し訳ございません。ヴィヴィアンナ様と殿下の仲があまりにもよろしくて、自然と笑みがこぼれてしまいました」
「仲が良い? わたくしと殿下がですか?」
さっきの表情を見なかったのだろうか。毒舌を吐く私に対して、嫌そうな顔をしていたのに。そもそも仲が良いの定義とは何だろう? 親しい間柄と言えば、一応婚約者だからそうなのだろう。しかし殿下から見て、仲が良い間柄とは言い難いと思うのだけれど。
うーんと思い悩む私を見て、彼女はなぜかまた可笑しそう笑った。
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