婚約破棄に向けて悪役令嬢始めました

樹里

文字の大きさ
上 下
88 / 113

第88話 仲がよろしいですわね

しおりを挟む
「無礼ですわよ。人を指ささないでくださいませ」
「悪い。――じゃなくて! まさか」

 殿下ははっと表情を変えた。

「まさかお前、さっきのあれ。エリミア・コーラルを庇おうとしていたのか!?」
「いいえ。何のことです? 偶然通りかかっただけですわ。そもそもなぜ下級貴族である彼女を、公爵家の娘であるこのわたくしが身を挺して庇わなければならないのです」

 腕を組んで、つんと顔を背けてみせる。

「今さら何、気取っているんだ? 水桶の時、普通にコーラルの心配をしていたじゃないか」
「ああ、あれは高貴なる殿下の御身が危ないと動揺して、なぜか彼女に言ってしまっただけですわ」
「ほう。その高貴なる御身をお前は力強く突き飛ばしたわけだが?」

 あ。忘れていました。

「えーっと。つまり殿下の手前言ってみただけってことですわね」
「だったら、普段からもっと俺に媚びへつらう態度を見せるべきじゃないのか? 言い訳が適当すぎるだろ」

 しまった。普段の殿下への不遜な態度のせいで、説得力を失ってしまった。

「と、ともかくも。エミリア様に嫌がらせをしようとしていた方は分かったのですから、いいではありませんか」

 首謀者は彼女かどうかは分からないけれど、後で彼女を引っ張れば分かること。
 話を打ち切るために、私はそう言った。

「あ?」

 殿下は眉を上げる。

「お前、今、嫌がらせと言ったな。俺は水桶のことが気になるとは言ったが、嫌がらせとは言っていないぞ。つまりさっきの事故、お前はコーラルへの嫌がらせだと思ったんだな? それにあの時、わざと・・・と言っていたよな。やっぱりお前、分かっていて庇っただろ」

 話を変えようとして、さらに失言してしまった。しかし、殿下に私の事情なんて知るよしもない。すっとぼけておけばいい。

「先ほども申し上げましたが、わたくしが彼女を庇う理由なんて何一つございません。わざとと言ったのは、わたくしへのことであって、それ以上でもそれ以下でもありません。また、殿下が庇うなどと口にされるから、わたくしは嫌がらせでも受けているのかしらと思っただけです。いわゆる女性特有の勘ですわ。揚げ足を取るようなことをおっしゃらないでくださいな」

 私は話にもなりませんわと呆れるフリをして見せた。

「お前が饒舌な時は、決まって何かを誤魔化そうとする時なんだけどな」

 殿下は何か言いたそうな顔だったけれど、私はあくまでも知らぬ存ぜぬを通すと、諦めたようにため息をつく。

「ところで、コーラルが狙われていると思うのか」
「エミリア様はあれ程の美貌ですし、性格もいいですし、男性からは好意を持たれる方ですわ。それに嫉妬した女性に嫌がらせを受けてもおかしくはないでしょう」

 クラスメートからの嫌がらせはオーブリー公爵子息によって、現在は無くなったと聞くけれど、それ以外は今のところ手の回しようがない。都度、潰していく他なさそうだ。

「ふーん。大変そうだな」

 何と気のない返事でしょう。他人事すぎます。私がこんなにも努力しているというのに! 諸悪の根源がこれですか!

「殿下。お言葉ですが」
「ん?」

 私が口を開こうとした時、控えめに扉がノックされる音が聞こえた。
 それによって殿下は現在の状況にふと気付いたようだ。

「ああ。あまり主催者が閉じこもっていては客人に失礼だったな。そろそろ行くか」

 話が途切れてしまったけれど、いくら婚約者同士でも二人でこもっていることは確かによろしくない。
 私は殿下のエスコートに従って部屋を出た。すると、待ち構えていたかのように廊下に出ていたエミリア嬢がこちらへと足早にやって来た。

「ヴィヴィアンナ様、大丈夫でしょうか」
「ありがとう。何ともないわ」
「そうですか。良かったです。……あ、あの。も、もしかしてですが。私を庇ってくださったのでは?」

 腕を組んでほら見ろと言わんばかりに、じとっとこちらを見る殿下に、私は少し眉を上げてみせる。

「いいえ。勘違いなさらないで。たまたま側を通りがかっただけよ」
「で、でも」
「あなたが近くにいただなんて知らなかったわ。そもそもわたくしがあなたを庇う理由なんてありませんもの。そうでしょう?」

 本人を前にきつい言い方だけれど、庇う理由などないと言われたら、さすがに彼女も何とも言えなかったようで、困ったような仕草をする。
 彼女は殿下と目を合わせると、彼が首を振るのを確認して頷いた。

 アイコンタクトだなんて、仲がよろしいことですわね。

「あ、あの。お、お大事にしてください」
「ありがとうございます。では参りましょう」

 話が一区切りして、私が会場に向かおうとすると。

「ヴィヴィアンナ」
「はい?」

 まだ何用か。

「やっぱりそのドレスの方が似合っている」
「――っ!? あ、ありがとうございます」

 殿下の呼びかけに一度は振り向いた私だったけれど、すぐに熱を帯びた頬を隠すために身を翻した。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

21時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜

言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。 しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。 それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。 「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」 破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。 気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。 「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。 「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」 学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス! "悪役令嬢"、ここに爆誕!

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

処理中です...