婚約破棄に向けて悪役令嬢始めました

樹里

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第88話 仲がよろしいですわね

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「無礼ですわよ。人を指ささないでくださいませ」
「悪い。――じゃなくて! まさか」

 殿下ははっと表情を変えた。

「まさかお前、さっきのあれ。エリミア・コーラルを庇おうとしていたのか!?」
「いいえ。何のことです? 偶然通りかかっただけですわ。そもそもなぜ下級貴族である彼女を、公爵家の娘であるこのわたくしが身を挺して庇わなければならないのです」

 腕を組んで、つんと顔を背けてみせる。

「今さら何、気取っているんだ? 水桶の時、普通にコーラルの心配をしていたじゃないか」
「ああ、あれは高貴なる殿下の御身が危ないと動揺して、なぜか彼女に言ってしまっただけですわ」
「ほう。その高貴なる御身をお前は力強く突き飛ばしたわけだが?」

 あ。忘れていました。

「えーっと。つまり殿下の手前言ってみただけってことですわね」
「だったら、普段からもっと俺に媚びへつらう態度を見せるべきじゃないのか? 言い訳が適当すぎるだろ」

 しまった。普段の殿下への不遜な態度のせいで、説得力を失ってしまった。

「と、ともかくも。エミリア様に嫌がらせをしようとしていた方は分かったのですから、いいではありませんか」

 首謀者は彼女かどうかは分からないけれど、後で彼女を引っ張れば分かること。
 話を打ち切るために、私はそう言った。

「あ?」

 殿下は眉を上げる。

「お前、今、嫌がらせと言ったな。俺は水桶のことが気になるとは言ったが、嫌がらせとは言っていないぞ。つまりさっきの事故、お前はコーラルへの嫌がらせだと思ったんだな? それにあの時、わざと・・・と言っていたよな。やっぱりお前、分かっていて庇っただろ」

 話を変えようとして、さらに失言してしまった。しかし、殿下に私の事情なんて知るよしもない。すっとぼけておけばいい。

「先ほども申し上げましたが、わたくしが彼女を庇う理由なんて何一つございません。わざとと言ったのは、わたくしへのことであって、それ以上でもそれ以下でもありません。また、殿下が庇うなどと口にされるから、わたくしは嫌がらせでも受けているのかしらと思っただけです。いわゆる女性特有の勘ですわ。揚げ足を取るようなことをおっしゃらないでくださいな」

 私は話にもなりませんわと呆れるフリをして見せた。

「お前が饒舌な時は、決まって何かを誤魔化そうとする時なんだけどな」

 殿下は何か言いたそうな顔だったけれど、私はあくまでも知らぬ存ぜぬを通すと、諦めたようにため息をつく。

「ところで、コーラルが狙われていると思うのか」
「エミリア様はあれ程の美貌ですし、性格もいいですし、男性からは好意を持たれる方ですわ。それに嫉妬した女性に嫌がらせを受けてもおかしくはないでしょう」

 クラスメートからの嫌がらせはオーブリー公爵子息によって、現在は無くなったと聞くけれど、それ以外は今のところ手の回しようがない。都度、潰していく他なさそうだ。

「ふーん。大変そうだな」

 何と気のない返事でしょう。他人事すぎます。私がこんなにも努力しているというのに! 諸悪の根源がこれですか!

「殿下。お言葉ですが」
「ん?」

 私が口を開こうとした時、控えめに扉がノックされる音が聞こえた。
 それによって殿下は現在の状況にふと気付いたようだ。

「ああ。あまり主催者が閉じこもっていては客人に失礼だったな。そろそろ行くか」

 話が途切れてしまったけれど、いくら婚約者同士でも二人でこもっていることは確かによろしくない。
 私は殿下のエスコートに従って部屋を出た。すると、待ち構えていたかのように廊下に出ていたエミリア嬢がこちらへと足早にやって来た。

「ヴィヴィアンナ様、大丈夫でしょうか」
「ありがとう。何ともないわ」
「そうですか。良かったです。……あ、あの。も、もしかしてですが。私を庇ってくださったのでは?」

 腕を組んでほら見ろと言わんばかりに、じとっとこちらを見る殿下に、私は少し眉を上げてみせる。

「いいえ。勘違いなさらないで。たまたま側を通りがかっただけよ」
「で、でも」
「あなたが近くにいただなんて知らなかったわ。そもそもわたくしがあなたを庇う理由なんてありませんもの。そうでしょう?」

 本人を前にきつい言い方だけれど、庇う理由などないと言われたら、さすがに彼女も何とも言えなかったようで、困ったような仕草をする。
 彼女は殿下と目を合わせると、彼が首を振るのを確認して頷いた。

 アイコンタクトだなんて、仲がよろしいことですわね。

「あ、あの。お、お大事にしてください」
「ありがとうございます。では参りましょう」

 話が一区切りして、私が会場に向かおうとすると。

「ヴィヴィアンナ」
「はい?」

 まだ何用か。

「やっぱりそのドレスの方が似合っている」
「――っ!? あ、ありがとうございます」

 殿下の呼びかけに一度は振り向いた私だったけれど、すぐに熱を帯びた頬を隠すために身を翻した。
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