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第87話 危険な目に遭ったことは……ございません
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私のために一室を用意され、さらに服の用意までしていただいた。
「この服はもしかして」
「ええ。王女様、ローズマリア様の物です」
既にお嫁に行かれた殿下のお姉様のものである。茶会とあって準礼装なので派手さは抑えられているけれど、薔薇を思わせるような気品ある深紅のドレスだ。
「よろしいのですか」
「もちろんでございます。殿下がご用意されましたから。ヴィヴィアンナ様のお洋服はわたくしが責任を持ってお預かりいたします。染み抜きはお任せください」
王室付き侍女さんが胸を張ってくれる。
ええ。お任せくださいの言葉に重みを感じたのは久々です。
「ありがとうございます」
「いいえ」
ユーナを始め、馬車で付き添ってきた各家の侍従、侍女は一室で待機しているけれど、彼女には決して告げないようにしてもらう。気を揉ませるのは申し訳がないから。帰りまでに服は間に合わないから、結局分かってしまうだろうけれど。
服をお借りして着替えが終わった頃、扉がコンコンと鳴らされた。
侍女の方が扉へと向かうと、そこから顔を覗かせたのは殿下だった。
「いいか」
「はい。どうぞ」
侍女の方は殿下の入室と同時に部屋を去って行った。
「大丈夫か?」
「ええ。ありがとうございました。ローズマリア様はすらりとされたお方でしたものね。少しばかり服がきついですけど、大丈夫です」
腰が少々きつい。……胸ならともかく、腰がきついのは頂けない。
鏡を横目で見ながら姿形を確認する。
「服のことを言っているわけじゃ――いや。さっきの毒々しい服よりも、その赤い服の方がお前に似合っている」
「そう、ですか。ありがとうございます」
赤いしおりと言い、余程、赤い色がお好みらしい。
意外な言葉におっかなびっくりしながら、私はお礼を言った。
「いや。それで腕は火傷はしていないのか」
「ええ。大丈夫です」
「そうか」
殿下は頷くと近くの椅子に座り、私にも座るよう促したので腰掛ける。
「災難だったな」
「そうですわね」
「悪かった」
謝罪の意味が分からなくて眉をひそめる。
「何のことでしょうか」
「この寒い時期になぜ茶会かと聞いただろう。エミリア・コーラルといた時の水桶の件が気になっていたからだ。もしかしたらこの茶会で尻尾を出すかと思ってな」
「……ああ!」
私はぱちんと手を合わせた。
エミリア嬢へ危害を加えようとした相手が誰か突き止めようとしたのか。だから男爵家で唯一彼女を呼んだ。彼女への特別感を出せば何かしら行動を起こすだろうと思って。
なるほどね。殿下にしては考えている。でも水桶のことは、私が狙われたものかもしれないと言っておいたのに。それに嫌がらせは貴族とは限らなかっただろうに。
しかし、私が報告を忘れていたのもまた事実だ。
「色々ありすぎて、すっかり忘れて申し上げておりませんでした」
「ん?」
「あの水桶落下事件ですが、単なる事故でした」
「は? どういうことだ」
眉根を寄せる殿下にこれまでの事を簡単に説明した。
「つまり狙われたのはわたくしで、エミリア様は後ろ姿が似ているわたくしと勘違いされただけです。だから大丈夫ですわ。お騒がせいたしました」
彼は私の話を聞いて目を見張った。
――かと思った次の瞬間。
「お前は馬鹿か!」
怒声が飛んで来た。
今度は私が目を丸くしたけれど、すぐに立ち直って眉を上げ、腕を組んだ。
「はい? 馬鹿と聞こえましたが、わたくしの聞き違いでしょうか。万年主席のわたくしに向かってのお言葉とは、とても思えませんもの」
「馬鹿で間違いないだろ。狙われたのは自分だから大丈夫って、何が大丈夫なんだ。何、のんきなことを言っている。お前は大丈夫じゃないだろうが!」
なぜこの目の前の男はここまで怒っているのか。確かに私のことも心配してくれているようではあったけれど。
少し首を傾げながら見ていると。
「何だよ。言いたいことがあるなら言え」
「え? ええ。なぜそこまで怒っていらっしゃるのかと。確かにご報告が遅れましたことは申し訳なく思っておりますが」
「お前なー」
殿下は自分の前髪をくしゃりと掻き上げた。
「本当に分かっていないのか。お前に危機感が欠如しているからだよ」
「あら。それは大丈夫ですわ。危機管理については問題ありません。人一倍敏感ですので。ですから、これまで一度だって危ない目に遭ったことは」
そう言えば、倉庫に閉じこめられたことがあったかな。けれど無事に切り抜けたから、これは無かったことにして良いと思う。
私は思い出すために上げていた視線を殿下に戻すと、にっこりと笑った。
「ございません」
「今の間は何だ、今の間は!」
殿下は私にびしりと指をつきつけた。
「この服はもしかして」
「ええ。王女様、ローズマリア様の物です」
既にお嫁に行かれた殿下のお姉様のものである。茶会とあって準礼装なので派手さは抑えられているけれど、薔薇を思わせるような気品ある深紅のドレスだ。
「よろしいのですか」
「もちろんでございます。殿下がご用意されましたから。ヴィヴィアンナ様のお洋服はわたくしが責任を持ってお預かりいたします。染み抜きはお任せください」
王室付き侍女さんが胸を張ってくれる。
ええ。お任せくださいの言葉に重みを感じたのは久々です。
「ありがとうございます」
「いいえ」
ユーナを始め、馬車で付き添ってきた各家の侍従、侍女は一室で待機しているけれど、彼女には決して告げないようにしてもらう。気を揉ませるのは申し訳がないから。帰りまでに服は間に合わないから、結局分かってしまうだろうけれど。
服をお借りして着替えが終わった頃、扉がコンコンと鳴らされた。
侍女の方が扉へと向かうと、そこから顔を覗かせたのは殿下だった。
「いいか」
「はい。どうぞ」
侍女の方は殿下の入室と同時に部屋を去って行った。
「大丈夫か?」
「ええ。ありがとうございました。ローズマリア様はすらりとされたお方でしたものね。少しばかり服がきついですけど、大丈夫です」
腰が少々きつい。……胸ならともかく、腰がきついのは頂けない。
鏡を横目で見ながら姿形を確認する。
「服のことを言っているわけじゃ――いや。さっきの毒々しい服よりも、その赤い服の方がお前に似合っている」
「そう、ですか。ありがとうございます」
赤いしおりと言い、余程、赤い色がお好みらしい。
意外な言葉におっかなびっくりしながら、私はお礼を言った。
「いや。それで腕は火傷はしていないのか」
「ええ。大丈夫です」
「そうか」
殿下は頷くと近くの椅子に座り、私にも座るよう促したので腰掛ける。
「災難だったな」
「そうですわね」
「悪かった」
謝罪の意味が分からなくて眉をひそめる。
「何のことでしょうか」
「この寒い時期になぜ茶会かと聞いただろう。エミリア・コーラルといた時の水桶の件が気になっていたからだ。もしかしたらこの茶会で尻尾を出すかと思ってな」
「……ああ!」
私はぱちんと手を合わせた。
エミリア嬢へ危害を加えようとした相手が誰か突き止めようとしたのか。だから男爵家で唯一彼女を呼んだ。彼女への特別感を出せば何かしら行動を起こすだろうと思って。
なるほどね。殿下にしては考えている。でも水桶のことは、私が狙われたものかもしれないと言っておいたのに。それに嫌がらせは貴族とは限らなかっただろうに。
しかし、私が報告を忘れていたのもまた事実だ。
「色々ありすぎて、すっかり忘れて申し上げておりませんでした」
「ん?」
「あの水桶落下事件ですが、単なる事故でした」
「は? どういうことだ」
眉根を寄せる殿下にこれまでの事を簡単に説明した。
「つまり狙われたのはわたくしで、エミリア様は後ろ姿が似ているわたくしと勘違いされただけです。だから大丈夫ですわ。お騒がせいたしました」
彼は私の話を聞いて目を見張った。
――かと思った次の瞬間。
「お前は馬鹿か!」
怒声が飛んで来た。
今度は私が目を丸くしたけれど、すぐに立ち直って眉を上げ、腕を組んだ。
「はい? 馬鹿と聞こえましたが、わたくしの聞き違いでしょうか。万年主席のわたくしに向かってのお言葉とは、とても思えませんもの」
「馬鹿で間違いないだろ。狙われたのは自分だから大丈夫って、何が大丈夫なんだ。何、のんきなことを言っている。お前は大丈夫じゃないだろうが!」
なぜこの目の前の男はここまで怒っているのか。確かに私のことも心配してくれているようではあったけれど。
少し首を傾げながら見ていると。
「何だよ。言いたいことがあるなら言え」
「え? ええ。なぜそこまで怒っていらっしゃるのかと。確かにご報告が遅れましたことは申し訳なく思っておりますが」
「お前なー」
殿下は自分の前髪をくしゃりと掻き上げた。
「本当に分かっていないのか。お前に危機感が欠如しているからだよ」
「あら。それは大丈夫ですわ。危機管理については問題ありません。人一倍敏感ですので。ですから、これまで一度だって危ない目に遭ったことは」
そう言えば、倉庫に閉じこめられたことがあったかな。けれど無事に切り抜けたから、これは無かったことにして良いと思う。
私は思い出すために上げていた視線を殿下に戻すと、にっこりと笑った。
「ございません」
「今の間は何だ、今の間は!」
殿下は私にびしりと指をつきつけた。
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