87 / 113
第87話 危険な目に遭ったことは……ございません
しおりを挟む
私のために一室を用意され、さらに服の用意までしていただいた。
「この服はもしかして」
「ええ。王女様、ローズマリア様の物です」
既にお嫁に行かれた殿下のお姉様のものである。茶会とあって準礼装なので派手さは抑えられているけれど、薔薇を思わせるような気品ある深紅のドレスだ。
「よろしいのですか」
「もちろんでございます。殿下がご用意されましたから。ヴィヴィアンナ様のお洋服はわたくしが責任を持ってお預かりいたします。染み抜きはお任せください」
王室付き侍女さんが胸を張ってくれる。
ええ。お任せくださいの言葉に重みを感じたのは久々です。
「ありがとうございます」
「いいえ」
ユーナを始め、馬車で付き添ってきた各家の侍従、侍女は一室で待機しているけれど、彼女には決して告げないようにしてもらう。気を揉ませるのは申し訳がないから。帰りまでに服は間に合わないから、結局分かってしまうだろうけれど。
服をお借りして着替えが終わった頃、扉がコンコンと鳴らされた。
侍女の方が扉へと向かうと、そこから顔を覗かせたのは殿下だった。
「いいか」
「はい。どうぞ」
侍女の方は殿下の入室と同時に部屋を去って行った。
「大丈夫か?」
「ええ。ありがとうございました。ローズマリア様はすらりとされたお方でしたものね。少しばかり服がきついですけど、大丈夫です」
腰が少々きつい。……胸ならともかく、腰がきついのは頂けない。
鏡を横目で見ながら姿形を確認する。
「服のことを言っているわけじゃ――いや。さっきの毒々しい服よりも、その赤い服の方がお前に似合っている」
「そう、ですか。ありがとうございます」
赤いしおりと言い、余程、赤い色がお好みらしい。
意外な言葉におっかなびっくりしながら、私はお礼を言った。
「いや。それで腕は火傷はしていないのか」
「ええ。大丈夫です」
「そうか」
殿下は頷くと近くの椅子に座り、私にも座るよう促したので腰掛ける。
「災難だったな」
「そうですわね」
「悪かった」
謝罪の意味が分からなくて眉をひそめる。
「何のことでしょうか」
「この寒い時期になぜ茶会かと聞いただろう。エミリア・コーラルといた時の水桶の件が気になっていたからだ。もしかしたらこの茶会で尻尾を出すかと思ってな」
「……ああ!」
私はぱちんと手を合わせた。
エミリア嬢へ危害を加えようとした相手が誰か突き止めようとしたのか。だから男爵家で唯一彼女を呼んだ。彼女への特別感を出せば何かしら行動を起こすだろうと思って。
なるほどね。殿下にしては考えている。でも水桶のことは、私が狙われたものかもしれないと言っておいたのに。それに嫌がらせは貴族とは限らなかっただろうに。
しかし、私が報告を忘れていたのもまた事実だ。
「色々ありすぎて、すっかり忘れて申し上げておりませんでした」
「ん?」
「あの水桶落下事件ですが、単なる事故でした」
「は? どういうことだ」
眉根を寄せる殿下にこれまでの事を簡単に説明した。
「つまり狙われたのはわたくしで、エミリア様は後ろ姿が似ているわたくしと勘違いされただけです。だから大丈夫ですわ。お騒がせいたしました」
彼は私の話を聞いて目を見張った。
――かと思った次の瞬間。
「お前は馬鹿か!」
怒声が飛んで来た。
今度は私が目を丸くしたけれど、すぐに立ち直って眉を上げ、腕を組んだ。
「はい? 馬鹿と聞こえましたが、わたくしの聞き違いでしょうか。万年主席のわたくしに向かってのお言葉とは、とても思えませんもの」
「馬鹿で間違いないだろ。狙われたのは自分だから大丈夫って、何が大丈夫なんだ。何、のんきなことを言っている。お前は大丈夫じゃないだろうが!」
なぜこの目の前の男はここまで怒っているのか。確かに私のことも心配してくれているようではあったけれど。
少し首を傾げながら見ていると。
「何だよ。言いたいことがあるなら言え」
「え? ええ。なぜそこまで怒っていらっしゃるのかと。確かにご報告が遅れましたことは申し訳なく思っておりますが」
「お前なー」
殿下は自分の前髪をくしゃりと掻き上げた。
「本当に分かっていないのか。お前に危機感が欠如しているからだよ」
「あら。それは大丈夫ですわ。危機管理については問題ありません。人一倍敏感ですので。ですから、これまで一度だって危ない目に遭ったことは」
そう言えば、倉庫に閉じこめられたことがあったかな。けれど無事に切り抜けたから、これは無かったことにして良いと思う。
私は思い出すために上げていた視線を殿下に戻すと、にっこりと笑った。
「ございません」
「今の間は何だ、今の間は!」
殿下は私にびしりと指をつきつけた。
「この服はもしかして」
「ええ。王女様、ローズマリア様の物です」
既にお嫁に行かれた殿下のお姉様のものである。茶会とあって準礼装なので派手さは抑えられているけれど、薔薇を思わせるような気品ある深紅のドレスだ。
「よろしいのですか」
「もちろんでございます。殿下がご用意されましたから。ヴィヴィアンナ様のお洋服はわたくしが責任を持ってお預かりいたします。染み抜きはお任せください」
王室付き侍女さんが胸を張ってくれる。
ええ。お任せくださいの言葉に重みを感じたのは久々です。
「ありがとうございます」
「いいえ」
ユーナを始め、馬車で付き添ってきた各家の侍従、侍女は一室で待機しているけれど、彼女には決して告げないようにしてもらう。気を揉ませるのは申し訳がないから。帰りまでに服は間に合わないから、結局分かってしまうだろうけれど。
服をお借りして着替えが終わった頃、扉がコンコンと鳴らされた。
侍女の方が扉へと向かうと、そこから顔を覗かせたのは殿下だった。
「いいか」
「はい。どうぞ」
侍女の方は殿下の入室と同時に部屋を去って行った。
「大丈夫か?」
「ええ。ありがとうございました。ローズマリア様はすらりとされたお方でしたものね。少しばかり服がきついですけど、大丈夫です」
腰が少々きつい。……胸ならともかく、腰がきついのは頂けない。
鏡を横目で見ながら姿形を確認する。
「服のことを言っているわけじゃ――いや。さっきの毒々しい服よりも、その赤い服の方がお前に似合っている」
「そう、ですか。ありがとうございます」
赤いしおりと言い、余程、赤い色がお好みらしい。
意外な言葉におっかなびっくりしながら、私はお礼を言った。
「いや。それで腕は火傷はしていないのか」
「ええ。大丈夫です」
「そうか」
殿下は頷くと近くの椅子に座り、私にも座るよう促したので腰掛ける。
「災難だったな」
「そうですわね」
「悪かった」
謝罪の意味が分からなくて眉をひそめる。
「何のことでしょうか」
「この寒い時期になぜ茶会かと聞いただろう。エミリア・コーラルといた時の水桶の件が気になっていたからだ。もしかしたらこの茶会で尻尾を出すかと思ってな」
「……ああ!」
私はぱちんと手を合わせた。
エミリア嬢へ危害を加えようとした相手が誰か突き止めようとしたのか。だから男爵家で唯一彼女を呼んだ。彼女への特別感を出せば何かしら行動を起こすだろうと思って。
なるほどね。殿下にしては考えている。でも水桶のことは、私が狙われたものかもしれないと言っておいたのに。それに嫌がらせは貴族とは限らなかっただろうに。
しかし、私が報告を忘れていたのもまた事実だ。
「色々ありすぎて、すっかり忘れて申し上げておりませんでした」
「ん?」
「あの水桶落下事件ですが、単なる事故でした」
「は? どういうことだ」
眉根を寄せる殿下にこれまでの事を簡単に説明した。
「つまり狙われたのはわたくしで、エミリア様は後ろ姿が似ているわたくしと勘違いされただけです。だから大丈夫ですわ。お騒がせいたしました」
彼は私の話を聞いて目を見張った。
――かと思った次の瞬間。
「お前は馬鹿か!」
怒声が飛んで来た。
今度は私が目を丸くしたけれど、すぐに立ち直って眉を上げ、腕を組んだ。
「はい? 馬鹿と聞こえましたが、わたくしの聞き違いでしょうか。万年主席のわたくしに向かってのお言葉とは、とても思えませんもの」
「馬鹿で間違いないだろ。狙われたのは自分だから大丈夫って、何が大丈夫なんだ。何、のんきなことを言っている。お前は大丈夫じゃないだろうが!」
なぜこの目の前の男はここまで怒っているのか。確かに私のことも心配してくれているようではあったけれど。
少し首を傾げながら見ていると。
「何だよ。言いたいことがあるなら言え」
「え? ええ。なぜそこまで怒っていらっしゃるのかと。確かにご報告が遅れましたことは申し訳なく思っておりますが」
「お前なー」
殿下は自分の前髪をくしゃりと掻き上げた。
「本当に分かっていないのか。お前に危機感が欠如しているからだよ」
「あら。それは大丈夫ですわ。危機管理については問題ありません。人一倍敏感ですので。ですから、これまで一度だって危ない目に遭ったことは」
そう言えば、倉庫に閉じこめられたことがあったかな。けれど無事に切り抜けたから、これは無かったことにして良いと思う。
私は思い出すために上げていた視線を殿下に戻すと、にっこりと笑った。
「ございません」
「今の間は何だ、今の間は!」
殿下は私にびしりと指をつきつけた。
10
お気に入りに追加
582
あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。

婚約破棄は誰が為の
瀬織董李
ファンタジー
学園の卒業パーティーで起こった婚約破棄。
宣言した王太子は気付いていなかった。
この婚約破棄を誰よりも望んでいたのが、目の前の令嬢であることを……
10話程度の予定。1話約千文字です
10/9日HOTランキング5位
10/10HOTランキング1位になりました!
ありがとうございます!!

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。


【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた
21時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる