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第86話 お茶は飲むものです
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一体何なのでしょうかね、あの態度。エミリア嬢との時の態度とは大違い。
私はむっとして少々不作法にどすんとソファーに腰を下ろした。すると同じように座ったオーブリーさんがなぜか笑いを堪えているのが目の端に映った。
「何かおかしいことがございましたか」
こちらは面白くないのですが。
むっとした顔のまま彼を睨み付ける。
「いや、ごめんごめん。二人、似た者同士だなと思ってさ」
「はい? 殿下とわたくしがですか? どこがです」
「素直じゃないところ」
「失礼ですわね。わたくしはこの世で一番素直です。自分の心のままに生きると決めたのですから」
私は得意げに胸に手を当てた。
「大きく出たねー。でもさ、俺には君が心のままに生きているようには思えないけど?」
「そうですか? ではもっと精進いたします」
「その生真面目さが、障害となっていることに気付いていない件」
彼は呆れたような笑みを浮かべた。しかしすぐにその笑みを消して、眉をひそめる。
「何と言うか、君ってさ、いつも何かに追われている気がする」
「あら。わたくしの何を知って、そんなことをおっしゃるのかしら」
その言葉にどきりとしたけれど、私はいつもの澄まし顔を作ってみせる。
「俺の勘違いならいいんだけどね。でも、見ていて痛々しい時がある」
「あら、いやだ。見ていてですって? 怖いこと。わたくしをつけ回すだなんて、趣味が悪いですわよ」
「その言葉そのままお返しするね。エリミア・コーラルにご執心の君に」
軽く流そうとする私の心を読んだように、彼は表情を緩めるとひょいと肩をすくめた。
「まあ。……あまり無理しないで」
「ありがとうございます。大丈夫ですわ。それに」
これは仕方がないこと。だって私への――なのですから。
「あ。そのエミリア・コーラルだ」
彼の声で思考が遮断され、指さす方向を見た。
相も変わらず、男性に囲まれている。それ以外は特に不自然な点は無く。無く?
「なーんかさ。あの女、変な動きじゃない?」
「確かに」
ホールの中では互いの会話に夢中で誰も気付いていないけれど、離れてこうして眺めていると、カップを手にエミリア嬢に近付いてくる一人の女性の不審さが目立つ。
「うっかりお茶をかけたりしてね。……エミリア・コーラルに。なん――って、ちょっと!」
私の体が動いて歩き出していた頃には、すでに彼の言葉を背中にしていた。
自分の動きこそ周りから浮いて不自然にならないように、品を保ちながら足早に前に進む。
女性がエミリア嬢に近付くと腕を少し引き、お茶をかける動作を見せた。
間に合わっ――。
「きゃっ!」
「あら。ごめんなさっ!?」
彼女の悪意がこもったお茶が勢いよく腕に引っかけられた。
……私の腕に。
「ヴィヴィアンナ様!? だ、大丈夫ですか! こ、こちらを!」
すぐ側にいて事態を瞬時に察知したエミリア嬢は、私に布巾を差し出してくれる。
「ありがとうございます。大丈夫ですわ」
濡れて気持ち悪いけれど、お茶自体はそこまで熱くはない。もし火傷となったら、大事になるからだろう。濡れたぐらいなら、軽い謝罪一つで彼女を我慢させることができる。
それにしてもこんな色のお茶でとはね。もしエミリア嬢の薄い水色の服にかかったとしたら、染みついて跡が取れないに違いない。
「も、申し訳ございません!」
恐怖を含んだ謝罪が発せられたことでホール内は声が止み、重い静寂が落ちた。
「おい、何事だ?」
場が凍り付いたように誰もが動かなかった中、真っ先に声を上げたのは殿下だ。
視線が集中しているこの場に気付いた彼は駆け付けて来る。
「ヴィヴィアンナ!?」
中心人物が私だったせいか、袖を拭く私が気になったのか、殿下は顔色を変えた。
「何があった。大丈夫か!?」
「ええ。わたくしは」
視線を横に流すと、蒼い顔で棒立ちする女性がいる。すると殿下もつられたように彼女を見る。
「も、申し訳ございません! わ、わたくし」
「いいのよ。まさかわざとお茶をかけようとしたわけではないですもの。――ね?」
「わざと?」
唇を薄く引いて笑うと、殿下は不審そうに眉根を寄せた。
彼女は身を縮めて震え上がる。
「ち、違います! 決してわざとでは! し、信じてください!」
構いませんわ。よくある事故ですもの。
そう嗤って同じように彼女にお茶を引っかけてやれば、殿下の目前で私の高慢さと底意地悪さを演出できる。……けれど。
私は目を半ば伏せた。
「そう。でしたら構いませんわ」
私の言葉に、張り詰めていた場がほっと揺るむのに気付いた。
この対応が正解だったのか分からないけれど、少なくとも今日はこれ以上の騒ぎは起こさないだろう。
「では殿下。わたくし、少々失礼させていただきますわね」
「……分かった。部屋を用意しよう。すまなかった。皆は引き続き楽しんでくれ」
殿下はそう言って場を収めると、私を促してホールを後にした。
私はむっとして少々不作法にどすんとソファーに腰を下ろした。すると同じように座ったオーブリーさんがなぜか笑いを堪えているのが目の端に映った。
「何かおかしいことがございましたか」
こちらは面白くないのですが。
むっとした顔のまま彼を睨み付ける。
「いや、ごめんごめん。二人、似た者同士だなと思ってさ」
「はい? 殿下とわたくしがですか? どこがです」
「素直じゃないところ」
「失礼ですわね。わたくしはこの世で一番素直です。自分の心のままに生きると決めたのですから」
私は得意げに胸に手を当てた。
「大きく出たねー。でもさ、俺には君が心のままに生きているようには思えないけど?」
「そうですか? ではもっと精進いたします」
「その生真面目さが、障害となっていることに気付いていない件」
彼は呆れたような笑みを浮かべた。しかしすぐにその笑みを消して、眉をひそめる。
「何と言うか、君ってさ、いつも何かに追われている気がする」
「あら。わたくしの何を知って、そんなことをおっしゃるのかしら」
その言葉にどきりとしたけれど、私はいつもの澄まし顔を作ってみせる。
「俺の勘違いならいいんだけどね。でも、見ていて痛々しい時がある」
「あら、いやだ。見ていてですって? 怖いこと。わたくしをつけ回すだなんて、趣味が悪いですわよ」
「その言葉そのままお返しするね。エリミア・コーラルにご執心の君に」
軽く流そうとする私の心を読んだように、彼は表情を緩めるとひょいと肩をすくめた。
「まあ。……あまり無理しないで」
「ありがとうございます。大丈夫ですわ。それに」
これは仕方がないこと。だって私への――なのですから。
「あ。そのエミリア・コーラルだ」
彼の声で思考が遮断され、指さす方向を見た。
相も変わらず、男性に囲まれている。それ以外は特に不自然な点は無く。無く?
「なーんかさ。あの女、変な動きじゃない?」
「確かに」
ホールの中では互いの会話に夢中で誰も気付いていないけれど、離れてこうして眺めていると、カップを手にエミリア嬢に近付いてくる一人の女性の不審さが目立つ。
「うっかりお茶をかけたりしてね。……エミリア・コーラルに。なん――って、ちょっと!」
私の体が動いて歩き出していた頃には、すでに彼の言葉を背中にしていた。
自分の動きこそ周りから浮いて不自然にならないように、品を保ちながら足早に前に進む。
女性がエミリア嬢に近付くと腕を少し引き、お茶をかける動作を見せた。
間に合わっ――。
「きゃっ!」
「あら。ごめんなさっ!?」
彼女の悪意がこもったお茶が勢いよく腕に引っかけられた。
……私の腕に。
「ヴィヴィアンナ様!? だ、大丈夫ですか! こ、こちらを!」
すぐ側にいて事態を瞬時に察知したエミリア嬢は、私に布巾を差し出してくれる。
「ありがとうございます。大丈夫ですわ」
濡れて気持ち悪いけれど、お茶自体はそこまで熱くはない。もし火傷となったら、大事になるからだろう。濡れたぐらいなら、軽い謝罪一つで彼女を我慢させることができる。
それにしてもこんな色のお茶でとはね。もしエミリア嬢の薄い水色の服にかかったとしたら、染みついて跡が取れないに違いない。
「も、申し訳ございません!」
恐怖を含んだ謝罪が発せられたことでホール内は声が止み、重い静寂が落ちた。
「おい、何事だ?」
場が凍り付いたように誰もが動かなかった中、真っ先に声を上げたのは殿下だ。
視線が集中しているこの場に気付いた彼は駆け付けて来る。
「ヴィヴィアンナ!?」
中心人物が私だったせいか、袖を拭く私が気になったのか、殿下は顔色を変えた。
「何があった。大丈夫か!?」
「ええ。わたくしは」
視線を横に流すと、蒼い顔で棒立ちする女性がいる。すると殿下もつられたように彼女を見る。
「も、申し訳ございません! わ、わたくし」
「いいのよ。まさかわざとお茶をかけようとしたわけではないですもの。――ね?」
「わざと?」
唇を薄く引いて笑うと、殿下は不審そうに眉根を寄せた。
彼女は身を縮めて震え上がる。
「ち、違います! 決してわざとでは! し、信じてください!」
構いませんわ。よくある事故ですもの。
そう嗤って同じように彼女にお茶を引っかけてやれば、殿下の目前で私の高慢さと底意地悪さを演出できる。……けれど。
私は目を半ば伏せた。
「そう。でしたら構いませんわ」
私の言葉に、張り詰めていた場がほっと揺るむのに気付いた。
この対応が正解だったのか分からないけれど、少なくとも今日はこれ以上の騒ぎは起こさないだろう。
「では殿下。わたくし、少々失礼させていただきますわね」
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