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第85話 懇意にしているお友達
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私がディアナ嬢たちと別れて、ソファーに座って足を休めていると。
「ここ、いいですか?」
問いかけられて私は右を見て左を見た。他のソファーは空いている。なぜわざわざここを指定するのか。
お気に入りのソファー? それとも。
「……どうぞ」
「ありがとう」
彼がにっこり笑って座ると同時に私は立ち上がった。
「では、ごゆっくりどうぞ」
「――ちょっとちょっと!」
私が立ち去ろうとする前にオーブリー公爵子息はすぐに声を上げる。
「俺たち友達の握手交わしたよね? 相変わらず俺の扱い、酷くない!?」
「あら。心外ですこと。あなたが出会いの頃と同じ演出をなさるから、わたくしも乗って差し上げましたのに」
ほほほと笑うと彼は苦笑いする。
「いや。別にわざと演出したわけじゃないし……。まあ、いいから座れば?」
顔を横向けて隣を示すので、私は素直に腰を下ろした。
「オーブリーさんもお見えになっていたのですね」
「もちろん。殿下のご招待を断ろうとする人はいないでしょ」
目の前にいます。しかも年甲斐も無く駄々をこねて、お目付役のユーナを困らせました。
「それにさ、何か面白いことでも起こるかもと思って」
「不謹慎な事を言わないでいただけます? そういうことって、大抵が私に関わる出来事なのですから」
「むしろ自分から厄介事に首を突っ込んで行っているんじゃないの」
「仕方がないでしょう。いつ何時、トラブルの原因をわたくしのせいにされるか分からないのですから」
私だってできるものなら傍観者でいたい。
はぁとため息をついた。
「ちょっと神経過敏すぎない? 人はそんなに君のせいにしないでしょ」
「だといいのですが」
「――ああ。なるほど。エミリア・コーラルが来ているのか」
彼女の姿を捉えたようだ。彼は納得の声を上げる。
私は彼の視線の方向に従って目をやると、殿下と一緒にご歓談しているところが見えた。二人とも笑顔を見せていて、実に楽しそうだ。
「男爵で来ているのは彼女くらいじゃない?」
「そうですね。殿下が懸想しているお方ですから、特別枠なのではないですか?」
「懸想って。俺の目にはそうは見えないけどね。と言うか、嫉妬しているならここで愚痴をこぼさないで殿下に直接言えば?」
「だーれがっ、嫉妬しているんですか、誰が!」
ユーナみたいなことを言わないでほしい。
拳を作ってぶんぶん振ると、オーブリーさんはぷっと笑った。
「君さ、普段は澄まし顔しているくせに、殿下のことになると途端に表情が崩れるね」
「何のことです。わたくしはむしろ敵視しているのですから」
「敵視って、何それ。ああ。かわいさ余って憎さ百倍っていうやつ?」
「だーかーら。違いますわよ!」
指さしてからかってくるオーブリーさんにムキになって否定していると、不意に前方が陰る。何事かと目をやるとそこに立っていたのは、不機嫌そうにこちらを見下ろしている殿下だった。
さっきのエミリア嬢と話していた時の笑顔とは違う。殿下は私といるといつも不機嫌そうだ。心の中でため息をつく。
私とオーブリーさんは立ち上がった。
「楽しそうだな」
楽しんでいるかという遠回しの意味だろう。勝手にこちらの気持ちを決めるな言いたいところだけれど、仕方がない。お世辞を言っておこう。
「ええ。楽しませていただいております」
にっこり笑ったら、殿下は眉をぴくりと上げた。
不機嫌度が増した気がしたけれど、どういうわけか。こちらが言いたくもないお世辞を言ってあげているというのに。
「殿下?」
人が尋ねているのに彼は私を無視するようにふいっと顔を背けると、横のオーブリーさんを見た。
「……今気付いたが、君はあの時の人だな。確かレナルド・オーブリーだったか」
何ですって。殿下が人の名前を覚えているとは。……ああ、でも会が始まる前に挨拶をしているでしょうし、さすがに公爵子息だから覚えているかしら。
「名前を覚えてくださっているとは光栄です」
「ああ。ところで、俺の婚約者とは知り合いだったのか?」
「ええ」
オーブリーさんはこちらを一瞥すると、殿下ににっこりと笑いかけた。
「ヴィヴィアンナさんとは懇意にさせていただいております」
ヴィヴィアンナさん? そんな風に呼ばれたのは初めてです。
男性に言われると何だか少し気恥ずかしい。
「そうなのか?」
視線を移して問われたのは私だ。
慌てて意識を戻してはいと頷くと、ますます殿下の眉間の皺が深くなる。
「……羽目を外しすぎるなよ」
羽目を外しすぎるなよ?
私も眉をぴくりと上げつつ、笑みを見せた。
「まあ。ご冗談を。人生において、いまだかつて羽目を外しすぎたことは一度たりともございませんが?」
「そうじゃなくて」
何か言おうとしていたけれど、殿下はもういいと息を大きく吐く。
「じゃあ、俺は他も回るから」
「はい。では、ごきげんよう」
軽く送り出すと、殿下はギンッと音がしそうなくらい私をひと睨みして去って行った。
「ここ、いいですか?」
問いかけられて私は右を見て左を見た。他のソファーは空いている。なぜわざわざここを指定するのか。
お気に入りのソファー? それとも。
「……どうぞ」
「ありがとう」
彼がにっこり笑って座ると同時に私は立ち上がった。
「では、ごゆっくりどうぞ」
「――ちょっとちょっと!」
私が立ち去ろうとする前にオーブリー公爵子息はすぐに声を上げる。
「俺たち友達の握手交わしたよね? 相変わらず俺の扱い、酷くない!?」
「あら。心外ですこと。あなたが出会いの頃と同じ演出をなさるから、わたくしも乗って差し上げましたのに」
ほほほと笑うと彼は苦笑いする。
「いや。別にわざと演出したわけじゃないし……。まあ、いいから座れば?」
顔を横向けて隣を示すので、私は素直に腰を下ろした。
「オーブリーさんもお見えになっていたのですね」
「もちろん。殿下のご招待を断ろうとする人はいないでしょ」
目の前にいます。しかも年甲斐も無く駄々をこねて、お目付役のユーナを困らせました。
「それにさ、何か面白いことでも起こるかもと思って」
「不謹慎な事を言わないでいただけます? そういうことって、大抵が私に関わる出来事なのですから」
「むしろ自分から厄介事に首を突っ込んで行っているんじゃないの」
「仕方がないでしょう。いつ何時、トラブルの原因をわたくしのせいにされるか分からないのですから」
私だってできるものなら傍観者でいたい。
はぁとため息をついた。
「ちょっと神経過敏すぎない? 人はそんなに君のせいにしないでしょ」
「だといいのですが」
「――ああ。なるほど。エミリア・コーラルが来ているのか」
彼女の姿を捉えたようだ。彼は納得の声を上げる。
私は彼の視線の方向に従って目をやると、殿下と一緒にご歓談しているところが見えた。二人とも笑顔を見せていて、実に楽しそうだ。
「男爵で来ているのは彼女くらいじゃない?」
「そうですね。殿下が懸想しているお方ですから、特別枠なのではないですか?」
「懸想って。俺の目にはそうは見えないけどね。と言うか、嫉妬しているならここで愚痴をこぼさないで殿下に直接言えば?」
「だーれがっ、嫉妬しているんですか、誰が!」
ユーナみたいなことを言わないでほしい。
拳を作ってぶんぶん振ると、オーブリーさんはぷっと笑った。
「君さ、普段は澄まし顔しているくせに、殿下のことになると途端に表情が崩れるね」
「何のことです。わたくしはむしろ敵視しているのですから」
「敵視って、何それ。ああ。かわいさ余って憎さ百倍っていうやつ?」
「だーかーら。違いますわよ!」
指さしてからかってくるオーブリーさんにムキになって否定していると、不意に前方が陰る。何事かと目をやるとそこに立っていたのは、不機嫌そうにこちらを見下ろしている殿下だった。
さっきのエミリア嬢と話していた時の笑顔とは違う。殿下は私といるといつも不機嫌そうだ。心の中でため息をつく。
私とオーブリーさんは立ち上がった。
「楽しそうだな」
楽しんでいるかという遠回しの意味だろう。勝手にこちらの気持ちを決めるな言いたいところだけれど、仕方がない。お世辞を言っておこう。
「ええ。楽しませていただいております」
にっこり笑ったら、殿下は眉をぴくりと上げた。
不機嫌度が増した気がしたけれど、どういうわけか。こちらが言いたくもないお世辞を言ってあげているというのに。
「殿下?」
人が尋ねているのに彼は私を無視するようにふいっと顔を背けると、横のオーブリーさんを見た。
「……今気付いたが、君はあの時の人だな。確かレナルド・オーブリーだったか」
何ですって。殿下が人の名前を覚えているとは。……ああ、でも会が始まる前に挨拶をしているでしょうし、さすがに公爵子息だから覚えているかしら。
「名前を覚えてくださっているとは光栄です」
「ああ。ところで、俺の婚約者とは知り合いだったのか?」
「ええ」
オーブリーさんはこちらを一瞥すると、殿下ににっこりと笑いかけた。
「ヴィヴィアンナさんとは懇意にさせていただいております」
ヴィヴィアンナさん? そんな風に呼ばれたのは初めてです。
男性に言われると何だか少し気恥ずかしい。
「そうなのか?」
視線を移して問われたのは私だ。
慌てて意識を戻してはいと頷くと、ますます殿下の眉間の皺が深くなる。
「……羽目を外しすぎるなよ」
羽目を外しすぎるなよ?
私も眉をぴくりと上げつつ、笑みを見せた。
「まあ。ご冗談を。人生において、いまだかつて羽目を外しすぎたことは一度たりともございませんが?」
「そうじゃなくて」
何か言おうとしていたけれど、殿下はもういいと息を大きく吐く。
「じゃあ、俺は他も回るから」
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