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第82話 お茶会に出たくない病
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何か事が起こった時にすぐ動きやすいように適度に着飾られ、髪型も流行を外してもらい、殿下が主催する茶会へと向かうことになった。なお、毒をイメージした葡萄色のドレスだ。
「ユーナ、大変! 体が熱いの。きっと熱が出てきたのだわ。やっぱりわたくし、体調が悪いみたいよ。ああ、もう駄目かも」
「そうですか。殿下にお会いできることに興奮なさっているのですね。大丈夫。よくあることですわ」
額に手を当ててユーナに訴えてみるけれど、彼女は笑って私の演技を軽く流す。
ここまでは想定内。次だ次。
「ねえ、ユーナ。わたくし、揺れる馬車で酔って王宮に着いたら、ぐったりしてご迷惑をおかけするわ。だからとても残念だけれど、欠席させていただこうかと思うの」
「王宮への道です。きちんと整備されておりますし、何よりこの馬車は特別製ですから大きく揺れて気分が悪くなるご心配はございませんよ」
「うっ」
彼女の言葉を証明するように、座り心地は悪くなく、揺れも気にならず快適に進んでいる。でもここで怯んでいては負けが決定する。
私は一つ咳払いした。
「何だか嫌な予感がするの。今日は日が悪く、わたくしはとんでもない失態を演じてしまうわ。お家の恥になるのは困るでしょう? だから」
「まあ! ヴィヴィアンナ様はいつから予言者に? わたくしの未来もお教えいただけないでしょうか」
「ぐっ」
馬車の中でも何とか最後の交渉を続ける私にも、ユーナはどこ吹く風だ。
今日は暖かくて良かったですね、さすが殿下のご人徳のおかげですとか、皆さんどんなドレスを召されるのでしょうとか、髪型もしっかりチェックしてきてくださいねとか話すユーナに、諦めて適当に相槌を打ちだした私を気にすることもなく、一人話し続けている。
「ユーナが髪結いに興味を持っていることも、その腕が一流なのも身をもって知っているわ。そんなに流行の髪型が知りたいのなら、ユーナがわたくしの代わりに出席してちょうだい」
「まあ。何てことをおっしゃるのですか」
さすがに咎められる。もしかしたらユーナに咎められたのは人生初かもし――。
「殿下にお会いしたいお気持ちを我慢してまで、わたくしのことを考えてくださっているとは。このユーナ、幸せにございます」
「だからぁ! そもそもわたくしはお会いしたくないんだってば!」
ハンカチで目元を押さえるユーナに対して、私はがーっと吠えた。
王宮に到着してすることはまず殿下へのご挨拶だ。
本日は殿下のご友人枠としてあくまでも内々のお茶会だから、国王様、王妃様のご出席は控えさせていただいているという話だから助かる。また、冬の寒さ故に今回は庭の解放は無いらしい。
良かった。もし庭でやろうなどと言い出した日には、殿下と視線で差し違える覚悟で臨むつもりだったから。しかし、そこまで非常識ではなかったらしい。それにいつもなら会が始まる前には顔見せしないのに、なぜか今日は客人を迎えている。『友人』の招待だからかもしれない。
「本日はご招待いただき、恐悦至極に存じます。殿下もご機嫌麗しく。麗しく……」
麗しく何だったかしら。ユーナにせっかくご挨拶を書いてもらって覚えたはずなのに忘れたわ。
「麗しく……」
「もういい。それよりお前は全然ご機嫌麗しくなさそうだな」
殿下に対して定例のご挨拶の途中、ど忘れして悩んでいると彼は苦笑いした。
「まあ。とんでもないことですわ」
私はにっこりと口元だけ笑う。
「寒いのに呼び出すとは、キサマ何様のつもりだ。あ。そのお姿が現れると皆がひれ伏す天下の殿下サマでしたね。これはこれは失礼いたしました。愚民ごときがご機嫌麗しくないに決まっているなどと考えて誠に申し訳ございませんと、口が裂けても申し上げられません」
「申し上げているっつーの! お前なー」
「まあ。半分冗談はこれくらいにしまして、本当にこんな季節になぜ開催されたのですか?」
殿下はむしろ半分本気なのかよと前置きする。
「んー。ちょっと考えがあってな」
ちょっと考えがある?
「何やら含みのある言い方だけれど、所詮、浅い殿下のお考えだ。大したことはなかろう」
「だから口にしているっつーの。と言うか、浅い殿下って何だよ、浅いって!」
「……あ。失礼いたしました」
口を押さえると、殿下は大きなため息をついた。
「お前さ、年々口が悪くなっていないか?」
「さようでございますか」
「だから! 何でそこだけ嬉しそうに笑うんだよ!」
緩んだ私の頬を引き締めてやろうとしたのか、こちらに手を伸ばす殿下を察知して、私はひらりと飛び下がった。
何度も何度も同じ手を食らうものですか。
「それでは殿下。後ほど」
おほほほと笑ってその場を去ろうとする私を殿下は止めようとしたけれど、少し離れた所でご挨拶をしたがっているご子息、ご令嬢でまだまだ行列しているので、彼は仕方なく手を下ろした。
私は諦めた殿下を前に礼を取ると、身を翻した。
「ユーナ、大変! 体が熱いの。きっと熱が出てきたのだわ。やっぱりわたくし、体調が悪いみたいよ。ああ、もう駄目かも」
「そうですか。殿下にお会いできることに興奮なさっているのですね。大丈夫。よくあることですわ」
額に手を当ててユーナに訴えてみるけれど、彼女は笑って私の演技を軽く流す。
ここまでは想定内。次だ次。
「ねえ、ユーナ。わたくし、揺れる馬車で酔って王宮に着いたら、ぐったりしてご迷惑をおかけするわ。だからとても残念だけれど、欠席させていただこうかと思うの」
「王宮への道です。きちんと整備されておりますし、何よりこの馬車は特別製ですから大きく揺れて気分が悪くなるご心配はございませんよ」
「うっ」
彼女の言葉を証明するように、座り心地は悪くなく、揺れも気にならず快適に進んでいる。でもここで怯んでいては負けが決定する。
私は一つ咳払いした。
「何だか嫌な予感がするの。今日は日が悪く、わたくしはとんでもない失態を演じてしまうわ。お家の恥になるのは困るでしょう? だから」
「まあ! ヴィヴィアンナ様はいつから予言者に? わたくしの未来もお教えいただけないでしょうか」
「ぐっ」
馬車の中でも何とか最後の交渉を続ける私にも、ユーナはどこ吹く風だ。
今日は暖かくて良かったですね、さすが殿下のご人徳のおかげですとか、皆さんどんなドレスを召されるのでしょうとか、髪型もしっかりチェックしてきてくださいねとか話すユーナに、諦めて適当に相槌を打ちだした私を気にすることもなく、一人話し続けている。
「ユーナが髪結いに興味を持っていることも、その腕が一流なのも身をもって知っているわ。そんなに流行の髪型が知りたいのなら、ユーナがわたくしの代わりに出席してちょうだい」
「まあ。何てことをおっしゃるのですか」
さすがに咎められる。もしかしたらユーナに咎められたのは人生初かもし――。
「殿下にお会いしたいお気持ちを我慢してまで、わたくしのことを考えてくださっているとは。このユーナ、幸せにございます」
「だからぁ! そもそもわたくしはお会いしたくないんだってば!」
ハンカチで目元を押さえるユーナに対して、私はがーっと吠えた。
王宮に到着してすることはまず殿下へのご挨拶だ。
本日は殿下のご友人枠としてあくまでも内々のお茶会だから、国王様、王妃様のご出席は控えさせていただいているという話だから助かる。また、冬の寒さ故に今回は庭の解放は無いらしい。
良かった。もし庭でやろうなどと言い出した日には、殿下と視線で差し違える覚悟で臨むつもりだったから。しかし、そこまで非常識ではなかったらしい。それにいつもなら会が始まる前には顔見せしないのに、なぜか今日は客人を迎えている。『友人』の招待だからかもしれない。
「本日はご招待いただき、恐悦至極に存じます。殿下もご機嫌麗しく。麗しく……」
麗しく何だったかしら。ユーナにせっかくご挨拶を書いてもらって覚えたはずなのに忘れたわ。
「麗しく……」
「もういい。それよりお前は全然ご機嫌麗しくなさそうだな」
殿下に対して定例のご挨拶の途中、ど忘れして悩んでいると彼は苦笑いした。
「まあ。とんでもないことですわ」
私はにっこりと口元だけ笑う。
「寒いのに呼び出すとは、キサマ何様のつもりだ。あ。そのお姿が現れると皆がひれ伏す天下の殿下サマでしたね。これはこれは失礼いたしました。愚民ごときがご機嫌麗しくないに決まっているなどと考えて誠に申し訳ございませんと、口が裂けても申し上げられません」
「申し上げているっつーの! お前なー」
「まあ。半分冗談はこれくらいにしまして、本当にこんな季節になぜ開催されたのですか?」
殿下はむしろ半分本気なのかよと前置きする。
「んー。ちょっと考えがあってな」
ちょっと考えがある?
「何やら含みのある言い方だけれど、所詮、浅い殿下のお考えだ。大したことはなかろう」
「だから口にしているっつーの。と言うか、浅い殿下って何だよ、浅いって!」
「……あ。失礼いたしました」
口を押さえると、殿下は大きなため息をついた。
「お前さ、年々口が悪くなっていないか?」
「さようでございますか」
「だから! 何でそこだけ嬉しそうに笑うんだよ!」
緩んだ私の頬を引き締めてやろうとしたのか、こちらに手を伸ばす殿下を察知して、私はひらりと飛び下がった。
何度も何度も同じ手を食らうものですか。
「それでは殿下。後ほど」
おほほほと笑ってその場を去ろうとする私を殿下は止めようとしたけれど、少し離れた所でご挨拶をしたがっているご子息、ご令嬢でまだまだ行列しているので、彼は仕方なく手を下ろした。
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