婚約破棄に向けて悪役令嬢始めました

樹里

文字の大きさ
上 下
79 / 113

第79話 届いた言葉

しおりを挟む
 昼休みにディアナ侯爵令嬢の教室へと出向いた。
 彼女は私に気がつくとすぐにやって来て、人気の無い所へと二人移動する。そこでシャルロット嬢のことを含めて全て伝えた。
 彼女も今朝の出来事をエリーゼ嬢から聞いたそうだ。

「わたくしも本日、ヴィヴィアンナ様にお会いしなければと思っておりましたの。あれからミーナの元に何度も足を運んで問い詰めましたところ、泣きながら自分がしたことを告白しました」

 ミーナ嬢からの話とも一致して、やはりほんの出来心で私に水をかけようとしていたところ、シャルロット嬢に見つかって手を滑らせてしまったようだ。黙っている代わりに盗難の犯人として名乗り上げるよう、彼女から脅迫されたらしい。だから人目のつく時間帯にわざと実行したと。

「ミーナは大変なことをしてしまっていたのですね」
「……ミーナ様は学校に?」

 ディアナ嬢は小さく首を振った。

「このまま退学するつもりのようです。盗難の犯人になったことよりも、ヴィヴィアンナ様を危うく大怪我させてしまうところだったことに酷く動揺し、後悔しておりまして。ただ、どんなお咎めが下されても謹んでお受けすると言っております」

 逃げたままにはしないという意味を込めているのかもしれない。
 彼女がやったことを今すぐに許すという寬容な気持ちにはなれないにしても、もう制裁を受けているとは思う。

「そうですか。ですが今回は幸い怪我人も出ませんでしたし、事故のようなものでしょう。ミーナ様も……シャルロット様の被害者と言えば、そうですし」
「いえ。いずれミーナの方からあらためて謝罪に上がるとは思いますが、まずは友人として謝罪いたします。謝って許されるわけではないのは承知の上ですが、誠に申し訳ございませんでした」

 気位が高い彼女が友人の為に謝罪する姿を見て、これ以上何を求めようと思うのか。

「ディアナ様が謝罪なさることではありません。ただ、わたくしも事を大きくしたくはありませんので、個人的な謝罪ならお受けさせていただきます」

 一歩間違えれば、大変な事態になったことは確かではある。でもきっとこれ以上騒いでも、お互いの為にならないだろうから。
 しかし、私と間違われてしまったエミリア嬢に対しては、有耶無耶にすることに申し訳なさが立つけれど。
 ディアナ嬢はありがとうございますと半ば目を伏せた。

「それにわたくしがもっとミーナ様のお言葉に真摯に向き合っていたならば、こんな事は起こらなかったはずです。……わたくしこそ謝らなければ」

 シャルロット嬢のことを妄信的に庇い、ミーナ嬢の言動を押さえつけてしまったのだから。

「いいえ。そんなことはございません。ヴィヴィアンナ様のお言葉一つ一つは決して間違ったものではありませんでした。ただ、彼女が感情の全てを理性で受け止めることができるほど、大人にはなりきれなかったというのみです」
「ありがとうございます」

 たとえ慰めのための言葉だったとしても、シャルロット嬢から受けた深い傷をほんの少し癒してくれた気がした。

「……それでは」
「ええ。ではまた」

 互いの報告が終わり、別れを告げて身を翻した。
 歩き出そうとしたその時。

「ヴィヴィアンナ様、顔を上げて胸を張りなさい」
「え?」

 背中に投げかけられたディアナ嬢の言葉に驚いて振り返ると、彼女は私を真っ直ぐに見つめていた。

「確かにお友達の異変に気付けなかったことは残念でした。けれど、あなたには人から後ろ指さされるようなことは何一つございません。それなのに暗い顔をして俯いていては、あなたに非があるのかと人は受け取ります」
「――っ!」

 それは。

「自分には恥じ入るところはないのだと、常に毅然としていなさい」

 ……私の言葉。

「大丈夫。あなたには大切なお友達、エリーゼがいるわ。敬愛できる殿下もいる。そしてこのわたくしもいる。――ああ、最後のは余計だったかしらね」

 ディアナ嬢は見たこともない茶目っ気さで笑った。

「ディアナ様……」
「あの時、あなたのお言葉がとても胸に響きましたの」
「胸に? わたくしの言葉が?」
「ええ。ここに響きましてよ。それはもう痛いほどに」

 彼女は目を伏せ、手で胸を押さえる。

「……酷いわ。ディアナ様。わたくしは常に心乱さず、冷静でいなさいと言われて育ってきたのに」

 こんなにも私の心を震わせるだなんて。

「あら。では仕返しですね。わたくしも今のあなたと同じように」

 ディアナ嬢はくすりと一つ笑うと、私にハンカチを差し出してきた。

「え?」

 ぼやける視界に気づいて瞬くと、溢れた雫が頬につと流れ伝う。

「あ……」
「わたくしも涙を止められませんでしたから。――どうぞ。お使いになって」
「ありがとう、ございます」

 私はディアナ嬢の微笑みと共に受け取った。
 何かを包み隠すためではなく、零れ落ちた熱い感情を拾うためのハンカチを。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

21時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜

言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。 しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。 それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。 「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」 破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。 気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。 「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。 「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」 学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス! "悪役令嬢"、ここに爆誕!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...