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第79話 届いた言葉
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昼休みにディアナ侯爵令嬢の教室へと出向いた。
彼女は私に気がつくとすぐにやって来て、人気の無い所へと二人移動する。そこでシャルロット嬢のことを含めて全て伝えた。
彼女も今朝の出来事をエリーゼ嬢から聞いたそうだ。
「わたくしも本日、ヴィヴィアンナ様にお会いしなければと思っておりましたの。あれからミーナの元に何度も足を運んで問い詰めましたところ、泣きながら自分がしたことを告白しました」
ミーナ嬢からの話とも一致して、やはりほんの出来心で私に水をかけようとしていたところ、シャルロット嬢に見つかって手を滑らせてしまったようだ。黙っている代わりに盗難の犯人として名乗り上げるよう、彼女から脅迫されたらしい。だから人目のつく時間帯にわざと実行したと。
「ミーナは大変なことをしてしまっていたのですね」
「……ミーナ様は学校に?」
ディアナ嬢は小さく首を振った。
「このまま退学するつもりのようです。盗難の犯人になったことよりも、ヴィヴィアンナ様を危うく大怪我させてしまうところだったことに酷く動揺し、後悔しておりまして。ただ、どんなお咎めが下されても謹んでお受けすると言っております」
逃げたままにはしないという意味を込めているのかもしれない。
彼女がやったことを今すぐに許すという寬容な気持ちにはなれないにしても、もう制裁を受けているとは思う。
「そうですか。ですが今回は幸い怪我人も出ませんでしたし、事故のようなものでしょう。ミーナ様も……シャルロット様の被害者と言えば、そうですし」
「いえ。いずれミーナの方からあらためて謝罪に上がるとは思いますが、まずは友人として謝罪いたします。謝って許されるわけではないのは承知の上ですが、誠に申し訳ございませんでした」
気位が高い彼女が友人の為に謝罪する姿を見て、これ以上何を求めようと思うのか。
「ディアナ様が謝罪なさることではありません。ただ、わたくしも事を大きくしたくはありませんので、個人的な謝罪ならお受けさせていただきます」
一歩間違えれば、大変な事態になったことは確かではある。でもきっとこれ以上騒いでも、お互いの為にならないだろうから。
しかし、私と間違われてしまったエミリア嬢に対しては、有耶無耶にすることに申し訳なさが立つけれど。
ディアナ嬢はありがとうございますと半ば目を伏せた。
「それにわたくしがもっとミーナ様のお言葉に真摯に向き合っていたならば、こんな事は起こらなかったはずです。……わたくしこそ謝らなければ」
シャルロット嬢のことを妄信的に庇い、ミーナ嬢の言動を押さえつけてしまったのだから。
「いいえ。そんなことはございません。ヴィヴィアンナ様のお言葉一つ一つは決して間違ったものではありませんでした。ただ、彼女が感情の全てを理性で受け止めることができるほど、大人にはなりきれなかったというのみです」
「ありがとうございます」
たとえ慰めのための言葉だったとしても、シャルロット嬢から受けた深い傷をほんの少し癒してくれた気がした。
「……それでは」
「ええ。ではまた」
互いの報告が終わり、別れを告げて身を翻した。
歩き出そうとしたその時。
「ヴィヴィアンナ様、顔を上げて胸を張りなさい」
「え?」
背中に投げかけられたディアナ嬢の言葉に驚いて振り返ると、彼女は私を真っ直ぐに見つめていた。
「確かにお友達の異変に気付けなかったことは残念でした。けれど、あなたには人から後ろ指さされるようなことは何一つございません。それなのに暗い顔をして俯いていては、あなたに非があるのかと人は受け取ります」
「――っ!」
それは。
「自分には恥じ入るところはないのだと、常に毅然としていなさい」
……私の言葉。
「大丈夫。あなたには大切なお友達、エリーゼがいるわ。敬愛できる殿下もいる。そしてこのわたくしもいる。――ああ、最後のは余計だったかしらね」
ディアナ嬢は見たこともない茶目っ気さで笑った。
「ディアナ様……」
「あの時、あなたのお言葉がとても胸に響きましたの」
「胸に? わたくしの言葉が?」
「ええ。ここに響きましてよ。それはもう痛いほどに」
彼女は目を伏せ、手で胸を押さえる。
「……酷いわ。ディアナ様。わたくしは常に心乱さず、冷静でいなさいと言われて育ってきたのに」
こんなにも私の心を震わせるだなんて。
「あら。では仕返しですね。わたくしも今のあなたと同じように」
ディアナ嬢はくすりと一つ笑うと、私にハンカチを差し出してきた。
「え?」
ぼやける視界に気づいて瞬くと、溢れた雫が頬につと流れ伝う。
「あ……」
「わたくしも涙を止められませんでしたから。――どうぞ。お使いになって」
「ありがとう、ございます」
私はディアナ嬢の微笑みと共に受け取った。
何かを包み隠すためではなく、零れ落ちた熱い感情を拾うためのハンカチを。
彼女は私に気がつくとすぐにやって来て、人気の無い所へと二人移動する。そこでシャルロット嬢のことを含めて全て伝えた。
彼女も今朝の出来事をエリーゼ嬢から聞いたそうだ。
「わたくしも本日、ヴィヴィアンナ様にお会いしなければと思っておりましたの。あれからミーナの元に何度も足を運んで問い詰めましたところ、泣きながら自分がしたことを告白しました」
ミーナ嬢からの話とも一致して、やはりほんの出来心で私に水をかけようとしていたところ、シャルロット嬢に見つかって手を滑らせてしまったようだ。黙っている代わりに盗難の犯人として名乗り上げるよう、彼女から脅迫されたらしい。だから人目のつく時間帯にわざと実行したと。
「ミーナは大変なことをしてしまっていたのですね」
「……ミーナ様は学校に?」
ディアナ嬢は小さく首を振った。
「このまま退学するつもりのようです。盗難の犯人になったことよりも、ヴィヴィアンナ様を危うく大怪我させてしまうところだったことに酷く動揺し、後悔しておりまして。ただ、どんなお咎めが下されても謹んでお受けすると言っております」
逃げたままにはしないという意味を込めているのかもしれない。
彼女がやったことを今すぐに許すという寬容な気持ちにはなれないにしても、もう制裁を受けているとは思う。
「そうですか。ですが今回は幸い怪我人も出ませんでしたし、事故のようなものでしょう。ミーナ様も……シャルロット様の被害者と言えば、そうですし」
「いえ。いずれミーナの方からあらためて謝罪に上がるとは思いますが、まずは友人として謝罪いたします。謝って許されるわけではないのは承知の上ですが、誠に申し訳ございませんでした」
気位が高い彼女が友人の為に謝罪する姿を見て、これ以上何を求めようと思うのか。
「ディアナ様が謝罪なさることではありません。ただ、わたくしも事を大きくしたくはありませんので、個人的な謝罪ならお受けさせていただきます」
一歩間違えれば、大変な事態になったことは確かではある。でもきっとこれ以上騒いでも、お互いの為にならないだろうから。
しかし、私と間違われてしまったエミリア嬢に対しては、有耶無耶にすることに申し訳なさが立つけれど。
ディアナ嬢はありがとうございますと半ば目を伏せた。
「それにわたくしがもっとミーナ様のお言葉に真摯に向き合っていたならば、こんな事は起こらなかったはずです。……わたくしこそ謝らなければ」
シャルロット嬢のことを妄信的に庇い、ミーナ嬢の言動を押さえつけてしまったのだから。
「いいえ。そんなことはございません。ヴィヴィアンナ様のお言葉一つ一つは決して間違ったものではありませんでした。ただ、彼女が感情の全てを理性で受け止めることができるほど、大人にはなりきれなかったというのみです」
「ありがとうございます」
たとえ慰めのための言葉だったとしても、シャルロット嬢から受けた深い傷をほんの少し癒してくれた気がした。
「……それでは」
「ええ。ではまた」
互いの報告が終わり、別れを告げて身を翻した。
歩き出そうとしたその時。
「ヴィヴィアンナ様、顔を上げて胸を張りなさい」
「え?」
背中に投げかけられたディアナ嬢の言葉に驚いて振り返ると、彼女は私を真っ直ぐに見つめていた。
「確かにお友達の異変に気付けなかったことは残念でした。けれど、あなたには人から後ろ指さされるようなことは何一つございません。それなのに暗い顔をして俯いていては、あなたに非があるのかと人は受け取ります」
「――っ!」
それは。
「自分には恥じ入るところはないのだと、常に毅然としていなさい」
……私の言葉。
「大丈夫。あなたには大切なお友達、エリーゼがいるわ。敬愛できる殿下もいる。そしてこのわたくしもいる。――ああ、最後のは余計だったかしらね」
ディアナ嬢は見たこともない茶目っ気さで笑った。
「ディアナ様……」
「あの時、あなたのお言葉がとても胸に響きましたの」
「胸に? わたくしの言葉が?」
「ええ。ここに響きましてよ。それはもう痛いほどに」
彼女は目を伏せ、手で胸を押さえる。
「……酷いわ。ディアナ様。わたくしは常に心乱さず、冷静でいなさいと言われて育ってきたのに」
こんなにも私の心を震わせるだなんて。
「あら。では仕返しですね。わたくしも今のあなたと同じように」
ディアナ嬢はくすりと一つ笑うと、私にハンカチを差し出してきた。
「え?」
ぼやける視界に気づいて瞬くと、溢れた雫が頬につと流れ伝う。
「あ……」
「わたくしも涙を止められませんでしたから。――どうぞ。お使いになって」
「ありがとう、ございます」
私はディアナ嬢の微笑みと共に受け取った。
何かを包み隠すためではなく、零れ落ちた熱い感情を拾うためのハンカチを。
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