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第78話 ごきげんよう
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今朝になっても、昨日からの雨はまだ続いていた。
少し憂鬱な気分になりつつ、私は昨日、シャルロット嬢と話をする際、追い返してしまった女子生徒たちに謝罪するために教室へと向かう。
教室の中を覗き込むと大半が既に来ており、だるそうにあくびしていたり、各々挨拶をしていたり、たわいもない話をして笑っている学生の姿が見受けられた。
私は足を踏み入れると目的の彼女らを見つけ、小さく手を振る。すると彼女らはいそいそと駆けつけてくる。
「ごきげんよう、皆様」
「ヴィヴィアンナ様! お、おはようございます!」
「ご、ごきげんよう。ヴィヴィアンナ様」
「お、おはようございます」
彼女らとはまだ信頼関係が築けていないため、少しぎこちなく朝の挨拶を交わした。
「昨日は追い返すような真似をしてしまい、失礼いたしました」
「そ、そんな」
「まさか、それでわざわざ足をお運びに!?」
「ええ。ごめんなさいね」
私が眉を落としてあらためて謝罪すると、皆、恐縮したようだった。
「とんでもありません! 私たちのことは、お気になさらないでください」
他のお友達も同意するように力強く頷く。
「ありがとうございます」
彼女らに笑みを返していると、登校してきたばかりのシャルロット嬢の姿が目の端に入る。けれど私は気付かなかったように目を伏せた。
結局のところ、彼女がなぜ私にまで牙をむいたのかは分からない。私のことを毛嫌いしていたとしても、利用価値ならまだあったはずだろうに。
ただ、一つ手掛かりとなりそうなのは、彼女のあの言葉。
『ヴィヴィアンナ様はエミリアと仲が良いのですか?』
『ヴィヴィアンナ様は、私だけのヴィヴィアンナ様でいてくださったら嬉しいなと思っただけです』
もしかしたら彼女は私とエミリア嬢と一緒にいるところを何回か目撃して、私が嘘をついているとでも思ったのかもしれない。あるいは一度は手に入れたモノが人に渡りそうになって、その憎さが私に向いたのか。
それともエミリア嬢と接触して本性を知ってしまった私の前に、もう取り繕う必要もないと考えたのか。それら全てか。
……いえ。私には考えが及ばないもっと違う理由があるのかもしれない。
いくら推測を並べても、シャルロット嬢に尋ねるしか真実は分からないことだ。しかし、今となってはもう無用の質問。彼女とお揃いの二枚のハンカチは既に棚の奥底へと片付け、過去のものとしたのだから。
私は伏せていた瞼を上げた。
「シャルロット様! ヴィヴィアンナ様がいらっしゃっているわよ」
一人の子が気付いて手招きしながら呼ぶと、シャルロット嬢は逼迫した様子で駆け寄ってこようとする。
「ヴィ、ヴィヴィアンナ様! き、昨日! わ、私、どうかして――」
「あら。どなた?」
「……え?」
シャルロット嬢は茫然としたように足を止めた。
「ごめんなさい。あなたは、どちら様でしょう?」
頬に手を当てて再度優しい口調で尋ねると、教室内は異変を感じ取って不穏にざわついた。けれどすぐに彼女は我に返ると、取りすがるようにこちらへと手を伸ばす。
「ま、待って。ヴィヴィア――」
私は構わずに視線を流すと、すぐ側の彼女らに問うた。
「あなた方の新しいお友達かしら」
唇を薄く引いて笑うと、シャルロット嬢は目を見開き、私の前に立つ彼女らも一同に顔を強ばらせる。
自分の言葉の影響力の程は分かっている。これはあまりにも冷酷無比な私刑だと。しかし悪役令嬢が行う制裁としては、これこそ相応しい所業かもしれない。
彼女たちは途端に口ごもりながらおどおどしだして、互いの顔を見合わせる。どちらにつくかはすぐ決定された。互いに小さく頷くと、一人の子が代表して口を開く。
「い、いえ。そんな。ち、違います。私たちの友達ではありません。ク、クラスメートですが、仲良くは……」
彼女の言葉が誘因となって、シャルロット嬢に集中していた周りの視線も波が引くかのように一斉に遠ざかって、しんと静寂に包まれる。
そんな中、私は青ざめて震える彼女を見続けた。
その顔をしっかりと自分の目に焼き付けるために。決して忘れないように。――自分の手で人を傷つけたこの行為を。
誰かのためでもない。正義のためでもない。単なる私個人の身勝手な断罪だから。
「あら。そうだったの。ごめんなさいね」
私はそう言いながらシャルロット嬢から彼女たちに視線を戻す。
「お名前を呼んでいたから勘違いしたわ。でも、クラスメートならお名前くらい呼びますものね。許していただけるかしら」
「い、いえ。その、も、もちろんです」
「良かった。ありがとうございます」
私はにっこりと彼女らにできるだけ穏やかな笑顔を向ける。
「ああ。そろそろ授業が始まりますわね。それでは、またお会いしましょうね」
「は、はい!」
「では。ごきげんよう」
――さようなら。
最後にシャルロット嬢を見ると、この挨拶をもって私は彼女と決別した。
少し憂鬱な気分になりつつ、私は昨日、シャルロット嬢と話をする際、追い返してしまった女子生徒たちに謝罪するために教室へと向かう。
教室の中を覗き込むと大半が既に来ており、だるそうにあくびしていたり、各々挨拶をしていたり、たわいもない話をして笑っている学生の姿が見受けられた。
私は足を踏み入れると目的の彼女らを見つけ、小さく手を振る。すると彼女らはいそいそと駆けつけてくる。
「ごきげんよう、皆様」
「ヴィヴィアンナ様! お、おはようございます!」
「ご、ごきげんよう。ヴィヴィアンナ様」
「お、おはようございます」
彼女らとはまだ信頼関係が築けていないため、少しぎこちなく朝の挨拶を交わした。
「昨日は追い返すような真似をしてしまい、失礼いたしました」
「そ、そんな」
「まさか、それでわざわざ足をお運びに!?」
「ええ。ごめんなさいね」
私が眉を落としてあらためて謝罪すると、皆、恐縮したようだった。
「とんでもありません! 私たちのことは、お気になさらないでください」
他のお友達も同意するように力強く頷く。
「ありがとうございます」
彼女らに笑みを返していると、登校してきたばかりのシャルロット嬢の姿が目の端に入る。けれど私は気付かなかったように目を伏せた。
結局のところ、彼女がなぜ私にまで牙をむいたのかは分からない。私のことを毛嫌いしていたとしても、利用価値ならまだあったはずだろうに。
ただ、一つ手掛かりとなりそうなのは、彼女のあの言葉。
『ヴィヴィアンナ様はエミリアと仲が良いのですか?』
『ヴィヴィアンナ様は、私だけのヴィヴィアンナ様でいてくださったら嬉しいなと思っただけです』
もしかしたら彼女は私とエミリア嬢と一緒にいるところを何回か目撃して、私が嘘をついているとでも思ったのかもしれない。あるいは一度は手に入れたモノが人に渡りそうになって、その憎さが私に向いたのか。
それともエミリア嬢と接触して本性を知ってしまった私の前に、もう取り繕う必要もないと考えたのか。それら全てか。
……いえ。私には考えが及ばないもっと違う理由があるのかもしれない。
いくら推測を並べても、シャルロット嬢に尋ねるしか真実は分からないことだ。しかし、今となってはもう無用の質問。彼女とお揃いの二枚のハンカチは既に棚の奥底へと片付け、過去のものとしたのだから。
私は伏せていた瞼を上げた。
「シャルロット様! ヴィヴィアンナ様がいらっしゃっているわよ」
一人の子が気付いて手招きしながら呼ぶと、シャルロット嬢は逼迫した様子で駆け寄ってこようとする。
「ヴィ、ヴィヴィアンナ様! き、昨日! わ、私、どうかして――」
「あら。どなた?」
「……え?」
シャルロット嬢は茫然としたように足を止めた。
「ごめんなさい。あなたは、どちら様でしょう?」
頬に手を当てて再度優しい口調で尋ねると、教室内は異変を感じ取って不穏にざわついた。けれどすぐに彼女は我に返ると、取りすがるようにこちらへと手を伸ばす。
「ま、待って。ヴィヴィア――」
私は構わずに視線を流すと、すぐ側の彼女らに問うた。
「あなた方の新しいお友達かしら」
唇を薄く引いて笑うと、シャルロット嬢は目を見開き、私の前に立つ彼女らも一同に顔を強ばらせる。
自分の言葉の影響力の程は分かっている。これはあまりにも冷酷無比な私刑だと。しかし悪役令嬢が行う制裁としては、これこそ相応しい所業かもしれない。
彼女たちは途端に口ごもりながらおどおどしだして、互いの顔を見合わせる。どちらにつくかはすぐ決定された。互いに小さく頷くと、一人の子が代表して口を開く。
「い、いえ。そんな。ち、違います。私たちの友達ではありません。ク、クラスメートですが、仲良くは……」
彼女の言葉が誘因となって、シャルロット嬢に集中していた周りの視線も波が引くかのように一斉に遠ざかって、しんと静寂に包まれる。
そんな中、私は青ざめて震える彼女を見続けた。
その顔をしっかりと自分の目に焼き付けるために。決して忘れないように。――自分の手で人を傷つけたこの行為を。
誰かのためでもない。正義のためでもない。単なる私個人の身勝手な断罪だから。
「あら。そうだったの。ごめんなさいね」
私はそう言いながらシャルロット嬢から彼女たちに視線を戻す。
「お名前を呼んでいたから勘違いしたわ。でも、クラスメートならお名前くらい呼びますものね。許していただけるかしら」
「い、いえ。その、も、もちろんです」
「良かった。ありがとうございます」
私はにっこりと彼女らにできるだけ穏やかな笑顔を向ける。
「ああ。そろそろ授業が始まりますわね。それでは、またお会いしましょうね」
「は、はい!」
「では。ごきげんよう」
――さようなら。
最後にシャルロット嬢を見ると、この挨拶をもって私は彼女と決別した。
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