婚約破棄に向けて悪役令嬢始めました

樹里

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第74話 無邪気な笑顔

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 まだいるだろうか。彼女はまだ。……いるといいのだけれど。
 私は教室に足を運び、扉を少し開けると中を覗き込む。

 ――いた。
 窓際で数人のお友達と談笑しているようだ。
 私はその姿を確認して中に入って行くと、場は少し華やいだ雰囲気に変わった。

「ごきげんよう、シャルロット様」
「ヴィヴィアンナ様! まだ学校にいらっしゃったんですね」
「ええ。あなたもまだお帰りでなくて良かったわ。シャルロット様」
「はい。友達と話をしていたんです」

 彼女がにこやかに私のお友達ですと紹介すると、彼女らはそれぞれ私に礼を取りながら自己紹介していくので私は軽く笑みを返した。
 以前、シャルロット嬢がディアナ侯爵令嬢に連れて行かれたと私に伝えてくれた女子生徒もいる。

「そう。よろしくね」

 最後の一人にそう返すと、彼女らは顔を綻ばせた。
 私はあらためてシャルロット嬢を見る。

「ところでお友達とお話し中に申し訳ないのだけれど、わたくしもあなたにお話があるの」
「はい。何でしょうか」

 私は彼女のお友達らを見回す。

「ごめんなさい。席を外していただけるかしら」

 落ち着いて言ったつもりだった。けれど有無を言わせない意思を感じ取ったのだろうか。彼女らは少し怯んだように頷き、手早く鞄を持つとお先に失礼いたしますと慌てて出て行った。

 私は彼女らの姿を見送った後、シャルロット嬢に振り返る。
 さすがに重い雰囲気を感じ取ったようだ。彼女は少し肩をすくめて笑った。

「どうなさったのですか? ヴィヴィアンナ様らしくなく、高圧的でしたよ」
「高圧的。そう見えましたか。失礼いたしました。では後日、彼女たちに謝罪いたしますわ」

 私は逸る気持ちを抑えるために息を吐く。

「本当にどうかなさったのですか? 顔色も良くないみたいですし」
「実はね。あなただけに言うのだけれど、殿下に頂いたしおりを無くしてしまったの」
「ええっ!? 大変じゃないですか!」

 彼女は驚きで目を見開く。
 まるで何も知らずにいたかのように。……それが本当にそうならばいい。

「色んな所を探したけれど、見当たらないの。それでふっと思ったの。何かの手違いで、あなたのハンカチと入れ替わったのではないかと」
「え? 持ってはいますが、今日は一度も出していませんよ」
「そう。でも、念のために見せていただけない?」
「ええ。いいですよ。――どうぞ」

 彼女はハンカチを取り出し、広げて私に見せた。
 そこにしおりは無い。

「そう。……残念だわ」
「落ち込まないでください。殿下に正直におっしゃったら、きっと許していただけるはずです」
「そうかもしれませんね。返してくださらないならそうするわ」
「え?」

 私は目を伏せると再び大きく息を吐き、高まる動悸を抑える。そして目を開くと彼女を強く見据えた。

「シャルロット様、わたくしのしおりをお返しいただけるかしら」
「は?」

 彼女は眉をひそめつつ笑みを作ってみせた。けれどすぐに彼女は悲しそうに眉を落とす。

「まさかヴィヴィアンナ様まで、私が盗んだとでもおっしゃるのですか? 動揺されているとは言え、酷いです。自分が無くしたのを人のせいになさるだなんて。ヴィヴィアンナ様がそんな方だとは思わな――」
「ハンカチが違うのよ」

 苛立ちを抑えて彼女の言葉を遮った。

「わたくしとあなたのハンカチでは違うの」
「何を言っているんですか? お揃いだって」
「ええ。お揃いよ。色違いのね」
「――っ!」

 私は今持っているハンカチを取り出すと広げ、端を指さして彼女に見せる。

「わたくしのハンカチには赤い花が刺繍されているの。あなたにあげたのは黄色の花が刺繍されたものよ。今、わたくしの手の中にあるハンカチはあなたにあげたはずの黄色い花のハンカチ。そしてあなたが持っているハンカチは」

 赤い花。
 私が指さすと彼女はつられるようにハンカチに視線を落とした。

「あの時、わたくしは色の話まではしなかったわ。でも少し注意して見れば、あなたにだってすぐに分かったことでしょう。こんな事をして気付かれないとでも思ったのですか?」
「……証拠は?」
「何ですって?」
「私に下さったハンカチが黄色の花の刺繍だった証拠。犯人とするなら証拠が必要ですよね」

 勝ち誇ったような笑顔のシャルロット嬢は、本当に私が今まで付き合ってきた彼女なのだろうか。
 私はそんな彼女から目をそらすように半ば目を伏せた。 

「私の扱い方が悪かったからそのハンカチには、しおりの赤い花の色が数カ所ついてしまったの。赤い染みとしおりの花の間隔は重なり合うわ」
「……ああ、なるほど」

 彼女がため息をつく。それは観念したかのように。

「そっか。気付かなかったな」
「え?」
「だって。もらったその日から今日持ってくるまで、家のテーブルの上にずっと放ったらかし・・・・・だったんですもの。花の刺繍がついてることすら、ぜーんぜん気付きませんでした!」

 彼女は無邪気そうに笑った。
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