婚約破棄に向けて悪役令嬢始めました

樹里

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第73話 枯葉散る

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 今朝、家を出る前は確認した。そしてお昼、シャルロット嬢と会った時も確かにあった。
 なのに、なぜ今ここに無いの!?
 私は慌てて他の所もまさぐるが、一向に見つからない。

「どうした?」

 血相を変えた私の様子に殿下は眉をひそめた。
 ハンカチからしおりだけ取り出して、本に挟んだ記憶も無い。だとしら、どこで落としたとしか考えられない。
 非常に軽い物だ。どこかに飛んで行ってしまっている可能性だってある。今日、歩き回った所以外も当たらないと。

「おい、ヴィヴィアンナ。大丈夫か? 顔色が悪いぞ」

 私ははっと視線を上げた。

「い、いえ。大丈夫です。わたくし、急ぎの用がございますので。ごきげんよう」
「え。ちょっ――」

 次の言葉をかけられる前に私は身を翻すと、人目もはばからず走り出した。


 無い。無い。――無いっ!
 今日、動き回った教室や廊下や化粧室、行かなかった書庫まで全て見回ったけれどどこにも無い。

 どうしよう。どうしよう。
 ふと冷たい空気が私の頭を冷やそうとでもしてくれるかのように、自分の頬を撫でるのに気付いた。
 そう言えば一時期、教室の窓が開いていた。もしかしたら風に乗って裏庭に落ちた可能性もある?

 私は思い立つとすぐに階段を駆け下りて裏庭に出る。

「あ……」

 辺りは枯葉で一面敷き詰められていた。
 平常時なら、赤や黄や茶色の大小様々な葉が入り交じったこの場所を美しいと思う感性が働くだろう。けれど今は絶望しか感じない。この中から赤色の花のしおりをどうやって探せばいいのか。

 一瞬茫然としてしまったけれど、すぐに気合いを入れ直して地面に膝をつくと、四つん這いになりながら枯葉をかき分ける。
 もう他は探し尽くした。ここ以外に無いなら、もう……見つからないかもしれない。

 ぽとり。

 葉を濡らす雫はまさか自分からかと思ったけれど、そうではないらしい。続いてぽつぽつ雫が辺りに落とされる。雨が降り出したようだ。
 冷たい雨は私の捜索を阻むようで挫けそうになる。また慌てて出てきたから当然、防寒はしていない。まだ冬は深まっていないとはいえ、手がかじかんでくる。
 私は耐えるように唇を強く噛みしめた。

 すると。

「ローレンスさん? ……その格好。一体何してんの」

 不意に落ち葉を踏みしめる音と共に、聞いたことのある低い声が頭上から降ってきた。
 顔を上げると、驚いた表情をしているオーブリーさんが少し身を屈めてこちらを見ている。帰るところだったのだろうか、防寒着を着込み、鞄を手にしていた。

「これっ、これくらいのしおりを見ませんでしたか!? 赤い花が並んでいる」

 私は手で大きさを示しながら、オーブリーさんに尋ねる。

「……雨降ってきたから、とりあえず立って」

 彼は私を立たせて近くのひさし・・・に誘導すると、自身は防寒着を脱ぎ、私の肩に被せた。

「そんなに必死になっているってことは、もしかして人からもらった物?」
「で、殿下にです! お、落としたみたいで、いろ、色んな所を回ったけれど見つからなくて!」

 あのしおりはたとえ薄くても、親同士が勝手に結んだ関係以外で、私と殿下を繋ぐ唯一のものだったのに。それすら失ってしまったら、私は。

「どうしよう」
「最後に見たのは?」
「どう、どうしたら」

 見つからない。いいえ。こんな広い場所で見つかる可能性なんて、初めからあるはずもなかった。

「――ついて」

 それでも見つけたかった。だって。

「……聞いてる?」

 だって、もし見つからなかったら、私と殿下の絆は切れ――。
 胸の前で強く握りしめて血色を失った手を彼がつかみ上げると叫んだ。

「ヴィヴィアンナ・ローレンス公爵令嬢!」

 名前を呼ばれてはっと我に返る。

「まずは一呼吸。落ち着いて。冷静にね。分かった? ヴィヴィアンナ・ローレンス公爵令嬢」

 再び名前を呼ばれて、聞く耳を持たなかった自分の心を落ち着かせた。

「すみません……」
「いいよ。殿下からもらった物を無くしたら、それぐらい取り乱すよね。ともかく寒いし、手短に行こう」

 彼は手をこすり合わせる。
 そう言えば、上着を貸してくれていた。ひ弱そうなのに大丈夫だろうか。

「ひ弱そうって声に出ているから!」
「すみません」
「まあ、調子が戻って来たみたいだから、今の失言は許す。とにかく最後に見たのはいつ?」
「お昼です。シャルロット様に頼まれて見せました」

 私も手短く答える。

「……ふーん。じゃあ、その時に落としたんじゃない?」
「いいえ。確かにハンカチに包みました。これです」

 ハンカチを取り出して見せる。最初二つ折りにしたものをしおりを挟んで、さらに細く折りたたんでいる。

「折りたたんであるこちら側に挟まっているとかは?」

 彼が私の手の中でハンカチを何気なく広げ、さっきは気付かなかったそれが目に入った瞬間。

「っ! ど、うして――」

 私は動揺を抑えるように口を押さえた。
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