婚約破棄に向けて悪役令嬢始めました

樹里

文字の大きさ
上 下
72 / 113

第72話 あなたの心に一撃

しおりを挟む
「確固たる証拠はありません。けれど私は確信しています」
「エミリア様……」

 エミリア嬢でもこんな強い瞳と感情を持つのかと、私は彼女の名前を呼ぶことしかできなかった。
 すると彼女は瞳の色をふっと緩め、自嘲するようにくすりと小さく笑った。

「半分くらい私怨が入った意見です。ご参考になさるかどうかは、ヴィヴィアンナ様ご自身がご判断ください」
「……そのことを誰かにお話しになった?」
「いいえ。誰にも。ヴィヴィアンナ様にだけです」

 証拠も無いのに口にするわけにはいかなかったのだろうか。あるいはもしかすると声に出したのに、信用してもらえなかった過去でもあるのかもしれない。

「そうですか。お話しいだたいてありがとうございます。重々心に留めておきます」
「ええ。私もお話しできて良かったです。……あと、殿下のことですが」
「殿下のこと?」

 きょとんとしていると彼女は少し気まずそうにした。

「誤解なさっているのではないかと思いまして」
「誤解」
「え、ええ。先日は殿下に助けていただいただけで」
「ああ。そのことですか」

 あの熱い抱擁ですね。むしろすっかり忘れておりました。そしてたった今、またあの時の感情がふつふつと思い起こされてきました。
 私はとりわけにっこりと笑みを作ってみせる。

「わたくしのことはお気になさらず。全く気にしておりませんわ」
「えと。あ、あの、でも。その本は……」
「本?」

 彼女の視線を追って私は自分が持っている本を見た。
 その題名はと言うと。

『不実な男の心を一撃で仕留める華麗なる復讐テクニック集 下巻』

 だった。

「あら、いやだ。わたくしとしましたことが。間違えて手に取ってしまったようですわ」

 おほほほと笑って本棚に直すと、彼女はほっとしたように笑う。

「そ、そうでしたか。そうですよね」
「ええ。こちらからですものね。――上巻」

 あらためて本を取り出してエミリア嬢に見せると、口をあんぐりとさせ、その美しい顔を崩壊させた。


「――ンナ」

 本日の授業は終了した。
 あれからもう五日は経つけれど、ミーナ嬢は学校に来ていないようだ。彼女がしてしまった事を考えれば、来にくいのは分かるけれど。

 私たちはこの学院を卒業すれば、大抵すぐにお嫁に行く(私は牢獄? あるいは国外追放?)ことになる。しかし、一方で在学中に婚姻を理由に辞めていく人もいる。
 女に学を望まないという人もあるだろうし、何らかの事情で辞めて、家で先生をつける場合もある。
 彼女にも年上の婚約者がいるとの話だったので、もしかしたらもうこのまま来ないという可能性も……。

「――アンナ!」

 家で先生をつける余裕のある家庭ならば、一層のこと、その方がいいかもしれない。逃げられる環境にあるのならば逃げたっていい。……私の場合はそういうわけにはいかなかったけれど。相手が相手なだけに。

「おい、ヴィヴィアンナ! 聞いているのか!」
「……聞いていますよ」

 目の前に立ち塞いできた殿下にようやく焦点を合わせ、ため息をついてみせた。

「今、あなたのことを考えていたのですから」
「え? 俺のことを?」

 私はすぐさま手で制止する。

「ああ、特に深い意味はありませんから。念のため」
「お前な……。上げておいて奈落の底に突き落とすのは止めろよ」
「あ」

 ついユーナ相手にするような対応を取ってしまったことに気付く。

「すみません。別に厄介だとか、ああ面倒だわとか、相手するのは疲れるとか、そういうことを考えていたわけではありません」

 それにしても奈落の底って。私ごときの浅い底に突き落とされたところで、傷一つ負っていないでしょうに。

「とどめを刺しに来るな!」
「申し訳ありません」

 とりあえず謝罪すると今度は彼がため息をつき、小さく呟いた。

「扱いが邪険だな。こうなるとあれもどうなっていることやら」

 ん? あれ? もしかして頂いたしおりのこと? 扱いが邪険って無礼な。文句を言われると思って、ちゃんと持っていますよ。本当に失礼ですね。
 私はハンカチを取り出して広げる。

 この通りちゃんと後生大事にしまって――。

「っ!?」

 ……無い!
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します

けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」  五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。  他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。 だが、彼らは知らなかった――。 ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。 そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。 「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」 逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。 「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」 ブチギレるお兄様。 貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!? 「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!? 果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか? 「私の未来は、私が決めます!」 皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜

言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。 しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。 それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。 「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」 破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。 気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。 「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。 「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」 学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス! "悪役令嬢"、ここに爆誕!

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

出て行ってほしいと旦那様から言われたのでその通りにしたら、今になって後悔の手紙がもたらされました

新野乃花(大舟)
恋愛
コルト第一王子と婚約者の関係にあったエミリア。しかし彼女はある日、コルトが自分の家出を望んでいる事を知ってしまう。エミリアはそれを叶える形で、静かに屋敷を去って家出をしてしまう…。コルトは最初こそその状況に喜ぶのだったが、エミリアの事を可愛がっていた国王の逆鱗に触れるところとなり、急いでエミリアを呼び戻すべく行動するのであったが…。

処理中です...