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第72話 あなたの心に一撃
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「確固たる証拠はありません。けれど私は確信しています」
「エミリア様……」
エミリア嬢でもこんな強い瞳と感情を持つのかと、私は彼女の名前を呼ぶことしかできなかった。
すると彼女は瞳の色をふっと緩め、自嘲するようにくすりと小さく笑った。
「半分くらい私怨が入った意見です。ご参考になさるかどうかは、ヴィヴィアンナ様ご自身がご判断ください」
「……そのことを誰かにお話しになった?」
「いいえ。誰にも。ヴィヴィアンナ様にだけです」
証拠も無いのに口にするわけにはいかなかったのだろうか。あるいはもしかすると声に出したのに、信用してもらえなかった過去でもあるのかもしれない。
「そうですか。お話しいだたいてありがとうございます。重々心に留めておきます」
「ええ。私もお話しできて良かったです。……あと、殿下のことですが」
「殿下のこと?」
きょとんとしていると彼女は少し気まずそうにした。
「誤解なさっているのではないかと思いまして」
「誤解」
「え、ええ。先日は殿下に助けていただいただけで」
「ああ。そのことですか」
あの熱い抱擁ですね。むしろすっかり忘れておりました。そしてたった今、またあの時の感情がふつふつと思い起こされてきました。
私はとりわけにっこりと笑みを作ってみせる。
「わたくしのことはお気になさらず。全く気にしておりませんわ」
「えと。あ、あの、でも。その本は……」
「本?」
彼女の視線を追って私は自分が持っている本を見た。
その題名はと言うと。
『不実な男の心を一撃で仕留める華麗なる復讐テクニック集 下巻』
だった。
「あら、いやだ。わたくしとしましたことが。間違えて手に取ってしまったようですわ」
おほほほと笑って本棚に直すと、彼女はほっとしたように笑う。
「そ、そうでしたか。そうですよね」
「ええ。こちらからですものね。――上巻」
あらためて本を取り出してエミリア嬢に見せると、口をあんぐりとさせ、その美しい顔を崩壊させた。
「――ンナ」
本日の授業は終了した。
あれからもう五日は経つけれど、ミーナ嬢は学校に来ていないようだ。彼女がしてしまった事を考えれば、来にくいのは分かるけれど。
私たちはこの学院を卒業すれば、大抵すぐにお嫁に行く(私は牢獄? あるいは国外追放?)ことになる。しかし、一方で在学中に婚姻を理由に辞めていく人もいる。
女に学を望まないという人もあるだろうし、何らかの事情で辞めて、家で先生をつける場合もある。
彼女にも年上の婚約者がいるとの話だったので、もしかしたらもうこのまま来ないという可能性も……。
「――アンナ!」
家で先生をつける余裕のある家庭ならば、一層のこと、その方がいいかもしれない。逃げられる環境にあるのならば逃げたっていい。……私の場合はそういうわけにはいかなかったけれど。相手が相手なだけに。
「おい、ヴィヴィアンナ! 聞いているのか!」
「……聞いていますよ」
目の前に立ち塞いできた殿下にようやく焦点を合わせ、ため息をついてみせた。
「今、あなたのことを考えていたのですから」
「え? 俺のことを?」
私はすぐさま手で制止する。
「ああ、特に深い意味はありませんから。念のため」
「お前な……。上げておいて奈落の底に突き落とすのは止めろよ」
「あ」
ついユーナ相手にするような対応を取ってしまったことに気付く。
「すみません。別に厄介だとか、ああ面倒だわとか、相手するのは疲れるとか、そういうことを考えていたわけではありません」
それにしても奈落の底って。私ごときの浅い底に突き落とされたところで、傷一つ負っていないでしょうに。
「とどめを刺しに来るな!」
「申し訳ありません」
とりあえず謝罪すると今度は彼がため息をつき、小さく呟いた。
「扱いが邪険だな。こうなるとあれもどうなっていることやら」
ん? あれ? もしかして頂いたしおりのこと? 扱いが邪険って無礼な。文句を言われると思って、ちゃんと持っていますよ。本当に失礼ですね。
私はハンカチを取り出して広げる。
この通りちゃんと後生大事にしまって――。
「っ!?」
……無い!
「エミリア様……」
エミリア嬢でもこんな強い瞳と感情を持つのかと、私は彼女の名前を呼ぶことしかできなかった。
すると彼女は瞳の色をふっと緩め、自嘲するようにくすりと小さく笑った。
「半分くらい私怨が入った意見です。ご参考になさるかどうかは、ヴィヴィアンナ様ご自身がご判断ください」
「……そのことを誰かにお話しになった?」
「いいえ。誰にも。ヴィヴィアンナ様にだけです」
証拠も無いのに口にするわけにはいかなかったのだろうか。あるいはもしかすると声に出したのに、信用してもらえなかった過去でもあるのかもしれない。
「そうですか。お話しいだたいてありがとうございます。重々心に留めておきます」
「ええ。私もお話しできて良かったです。……あと、殿下のことですが」
「殿下のこと?」
きょとんとしていると彼女は少し気まずそうにした。
「誤解なさっているのではないかと思いまして」
「誤解」
「え、ええ。先日は殿下に助けていただいただけで」
「ああ。そのことですか」
あの熱い抱擁ですね。むしろすっかり忘れておりました。そしてたった今、またあの時の感情がふつふつと思い起こされてきました。
私はとりわけにっこりと笑みを作ってみせる。
「わたくしのことはお気になさらず。全く気にしておりませんわ」
「えと。あ、あの、でも。その本は……」
「本?」
彼女の視線を追って私は自分が持っている本を見た。
その題名はと言うと。
『不実な男の心を一撃で仕留める華麗なる復讐テクニック集 下巻』
だった。
「あら、いやだ。わたくしとしましたことが。間違えて手に取ってしまったようですわ」
おほほほと笑って本棚に直すと、彼女はほっとしたように笑う。
「そ、そうでしたか。そうですよね」
「ええ。こちらからですものね。――上巻」
あらためて本を取り出してエミリア嬢に見せると、口をあんぐりとさせ、その美しい顔を崩壊させた。
「――ンナ」
本日の授業は終了した。
あれからもう五日は経つけれど、ミーナ嬢は学校に来ていないようだ。彼女がしてしまった事を考えれば、来にくいのは分かるけれど。
私たちはこの学院を卒業すれば、大抵すぐにお嫁に行く(私は牢獄? あるいは国外追放?)ことになる。しかし、一方で在学中に婚姻を理由に辞めていく人もいる。
女に学を望まないという人もあるだろうし、何らかの事情で辞めて、家で先生をつける場合もある。
彼女にも年上の婚約者がいるとの話だったので、もしかしたらもうこのまま来ないという可能性も……。
「――アンナ!」
家で先生をつける余裕のある家庭ならば、一層のこと、その方がいいかもしれない。逃げられる環境にあるのならば逃げたっていい。……私の場合はそういうわけにはいかなかったけれど。相手が相手なだけに。
「おい、ヴィヴィアンナ! 聞いているのか!」
「……聞いていますよ」
目の前に立ち塞いできた殿下にようやく焦点を合わせ、ため息をついてみせた。
「今、あなたのことを考えていたのですから」
「え? 俺のことを?」
私はすぐさま手で制止する。
「ああ、特に深い意味はありませんから。念のため」
「お前な……。上げておいて奈落の底に突き落とすのは止めろよ」
「あ」
ついユーナ相手にするような対応を取ってしまったことに気付く。
「すみません。別に厄介だとか、ああ面倒だわとか、相手するのは疲れるとか、そういうことを考えていたわけではありません」
それにしても奈落の底って。私ごときの浅い底に突き落とされたところで、傷一つ負っていないでしょうに。
「とどめを刺しに来るな!」
「申し訳ありません」
とりあえず謝罪すると今度は彼がため息をつき、小さく呟いた。
「扱いが邪険だな。こうなるとあれもどうなっていることやら」
ん? あれ? もしかして頂いたしおりのこと? 扱いが邪険って無礼な。文句を言われると思って、ちゃんと持っていますよ。本当に失礼ですね。
私はハンカチを取り出して広げる。
この通りちゃんと後生大事にしまって――。
「っ!?」
……無い!
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