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第71話 衝撃発言
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私はずっと続く胸のもやもや感を趣味の読書で解消しようと、書庫へと向かった。
扉を軋ませて開けるとすぐ目に入ったのは、先客であるエミリア・コーラル嬢だった。
本を取ろうとしていたようで、本の背に手を置いている。
「あら。エミリア様、いらっしゃったの。ごきげんよう」
「こんにちは、ヴィヴィアンナ様」
私は扉を閉めてすぐ彼女に近付こうとしたけれど、何となく後ろ手で鍵をかけた。
かちゃんと静かな部屋に響く音にエミリア嬢は緊張感を抱いたようだ。本から手を下ろすと少し顔を強ばらせている。
自分が読んできた書籍の中でも、こんな場面があったような気がする。それはヒロインに悪意を持つ人間が今にも襲いかからんとするような――いやいやいや! 待って。私はそんなつもりがないですから!
私は敵意がないことを見せるために、彼女の前を通り過ぎると少し離れた所で止まり、本棚に手を伸ばすと適当に取って両手で開いてみせた。
殴りかかったりするつもりは無いと言う意味も込めて。
「エミリア様」
「は、はい」
一度は離れたと思われた興味が再び彼女に向いたためだろう、硬い声で返してきた。
私は彼女の緊張を和らげようと、極力優しい声を心がける。
「先日は大変でしたね。お心を痛めておられないか、心配でしたの」
「お心遣いありがとうございます」
彼女の感謝の言葉は少し心苦しい。私が配慮を怠ったせいで起こったことだから。
「あれから身に危険を感じたりなどは?」
「いえ。大丈夫です」
「そうですか。ならば良いのですが」
私が微笑むと、彼女もようやく笑みを零した。
やはり無駄に演出してしまった舞台が悪かったらしい。
「ヴィヴィアンナ様はいかがですか?」
「わたくし?」
彼女からの思いがけない言葉に私は瞬いた。しかし彼女の目は真剣そのものだ。
私は小さく笑う。
「わたくしは大丈夫ですわ」
「そうですか。良かった」
「ご心配ありがとうございます。――ああ、そうだわ。少しお聞きしたいことがございますの」
「はい。何でしょうか」
私は少々重くなってきた本をぱたん閉じると、古い本独特の香りが立った。ちゃんと管理ができていないわねと、少々むっとしながらそれを片腕に持ち直す。
「シャルロット様のことです。以前、わたくしに何か言おうとなさっていたのを覚えておられますか?」
「あ……はい」
「あれは何だったのでしょうか」
エミリア嬢は少し考えた後、重い口を開いた。
「これは昔話だと思ってお聞きください」
「ええ」
あまり明るいお話ではなさそうだ。
「シャルロット様とは年齢も近く、貴族階級としては同じ身なので、小さい頃から付き合いはありました。ボルドー男爵家は女の子が彼女一人なのもあって、小さい頃から蝶よ花よと育てられてきたと聞きます。ですから」
彼女は一度言葉を切った。
その後は言葉にしようかしまいか悩んでいる彼女の表情を見ていれば、おおよその想像はつく。我がまま娘に育っていて、それを前提して聞いてほしいということだろう。
私が頷くと彼女は少し笑って頷き返す。けれど、心づもりしていたのに、彼女の次の言葉は衝撃的だった。
「自分が気に入った物は人の物でも、全て自分の物と言ってしまうところがあり、人から取り上げることもありました。……私も取られたことがあります」
「――っ!」
思わず何ですってと声を上げそうになって、私は慌てて口を押さえた。
「この学院に入ってからも、彼女の噂は時々耳にしておりました。ですからヴィヴィアンナ様が親しくされているとのことで、少し心配になり、お声をかけさせていただきました」
彼女は気の毒そうに目を少し細める。
別に私に媚びを売るつもりでもなく、自分に何の得もないのに人を気遣える優しい子だなと思う。
「そう」
「ただ、ヴィヴィアンナ様がお声をかけられてからは、そんな話も聞かなくなったのも確かです」
確かに彼女からそういった嫌がらせは無くなったと聞いていた。
私はきゅっと唇を噛む。
「……シャルロット様と同じクラスのミーナ・グランデ伯爵令嬢についての話をお聞きになりました?」
「はい」
「どう思われます?」
彼女は少し困った顔をする。
「そうですね。グランデ様のことは存じませんので何とも言えませんが、当初の犯人はシャルロット様ではないかと私は考えております」
あまりにもはっきりと口にするエミリア嬢に、私は本日二度目の衝撃を受けた。
扉を軋ませて開けるとすぐ目に入ったのは、先客であるエミリア・コーラル嬢だった。
本を取ろうとしていたようで、本の背に手を置いている。
「あら。エミリア様、いらっしゃったの。ごきげんよう」
「こんにちは、ヴィヴィアンナ様」
私は扉を閉めてすぐ彼女に近付こうとしたけれど、何となく後ろ手で鍵をかけた。
かちゃんと静かな部屋に響く音にエミリア嬢は緊張感を抱いたようだ。本から手を下ろすと少し顔を強ばらせている。
自分が読んできた書籍の中でも、こんな場面があったような気がする。それはヒロインに悪意を持つ人間が今にも襲いかからんとするような――いやいやいや! 待って。私はそんなつもりがないですから!
私は敵意がないことを見せるために、彼女の前を通り過ぎると少し離れた所で止まり、本棚に手を伸ばすと適当に取って両手で開いてみせた。
殴りかかったりするつもりは無いと言う意味も込めて。
「エミリア様」
「は、はい」
一度は離れたと思われた興味が再び彼女に向いたためだろう、硬い声で返してきた。
私は彼女の緊張を和らげようと、極力優しい声を心がける。
「先日は大変でしたね。お心を痛めておられないか、心配でしたの」
「お心遣いありがとうございます」
彼女の感謝の言葉は少し心苦しい。私が配慮を怠ったせいで起こったことだから。
「あれから身に危険を感じたりなどは?」
「いえ。大丈夫です」
「そうですか。ならば良いのですが」
私が微笑むと、彼女もようやく笑みを零した。
やはり無駄に演出してしまった舞台が悪かったらしい。
「ヴィヴィアンナ様はいかがですか?」
「わたくし?」
彼女からの思いがけない言葉に私は瞬いた。しかし彼女の目は真剣そのものだ。
私は小さく笑う。
「わたくしは大丈夫ですわ」
「そうですか。良かった」
「ご心配ありがとうございます。――ああ、そうだわ。少しお聞きしたいことがございますの」
「はい。何でしょうか」
私は少々重くなってきた本をぱたん閉じると、古い本独特の香りが立った。ちゃんと管理ができていないわねと、少々むっとしながらそれを片腕に持ち直す。
「シャルロット様のことです。以前、わたくしに何か言おうとなさっていたのを覚えておられますか?」
「あ……はい」
「あれは何だったのでしょうか」
エミリア嬢は少し考えた後、重い口を開いた。
「これは昔話だと思ってお聞きください」
「ええ」
あまり明るいお話ではなさそうだ。
「シャルロット様とは年齢も近く、貴族階級としては同じ身なので、小さい頃から付き合いはありました。ボルドー男爵家は女の子が彼女一人なのもあって、小さい頃から蝶よ花よと育てられてきたと聞きます。ですから」
彼女は一度言葉を切った。
その後は言葉にしようかしまいか悩んでいる彼女の表情を見ていれば、おおよその想像はつく。我がまま娘に育っていて、それを前提して聞いてほしいということだろう。
私が頷くと彼女は少し笑って頷き返す。けれど、心づもりしていたのに、彼女の次の言葉は衝撃的だった。
「自分が気に入った物は人の物でも、全て自分の物と言ってしまうところがあり、人から取り上げることもありました。……私も取られたことがあります」
「――っ!」
思わず何ですってと声を上げそうになって、私は慌てて口を押さえた。
「この学院に入ってからも、彼女の噂は時々耳にしておりました。ですからヴィヴィアンナ様が親しくされているとのことで、少し心配になり、お声をかけさせていただきました」
彼女は気の毒そうに目を少し細める。
別に私に媚びを売るつもりでもなく、自分に何の得もないのに人を気遣える優しい子だなと思う。
「そう」
「ただ、ヴィヴィアンナ様がお声をかけられてからは、そんな話も聞かなくなったのも確かです」
確かに彼女からそういった嫌がらせは無くなったと聞いていた。
私はきゅっと唇を噛む。
「……シャルロット様と同じクラスのミーナ・グランデ伯爵令嬢についての話をお聞きになりました?」
「はい」
「どう思われます?」
彼女は少し困った顔をする。
「そうですね。グランデ様のことは存じませんので何とも言えませんが、当初の犯人はシャルロット様ではないかと私は考えております」
あまりにもはっきりと口にするエミリア嬢に、私は本日二度目の衝撃を受けた。
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