婚約破棄に向けて悪役令嬢始めました

樹里

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第69話 常に毅然と……ありたい

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 エリーゼ嬢は人目を気にするような素振りをしたので、私たちは教室から少し離れた所に移動した。

「今日、ミーナ様はお見えにはならないの?」
「はい。お休みするようです」

 確かに教室内では昨日の話題で持ちきりだろうから、来るに来られなかったのだろう。

「そうですか。あれから何か分かりましたか?」
「いいえ。ミーナはシャルロット様が憎らしかったから、とだけしか」

 憎かったから行動した? 誰かに見られるかもしれない危険まで犯して?
 そんな必要があるだろうか。シャルロット嬢の疑惑は晴れていない。彼女を陥れたいのなら、追加で盗難騒動を起こしても無意味な気がする。……それとも最近沈静化していたから、再燃を狙って?

「ディアナ様も個人的に後で問い詰めたそうですが、頑なに口を割らなかったとのことです」

 彼女にも言わなかったとは、余程のことのように思える。何が彼女をそうさせたのか。そうせざるを得ない程の強い思いだったのか。

「シャルロット様が憎らしかったというのはなぜ?」
「よく分かりません。自分が実際、盗難被害に遭うまでは――あ」

 本当にシャルロット嬢が盗ったと証明できないと、私が以前言ったからだろう。
 彼女は慌てて口を噤む。

「いいのよ。続けて」
「も、申し訳ありません。えっと。彼女が自分でその身になるまでは、冷めた目で遠巻きに見ていただけです。それ以降は彼女に当たりが強くなりましたが」

 そう言えば、シャルロット嬢は初めてのことではないと言っていた。
 ミーナ嬢は自分が被害にあってから彼女に疑惑の目を向けて嫌悪するようになったとなると、何件かの盗難未遂というのはミーナ嬢の仕業ではないこと? あるいは嫌っている素振りを見せなかっただけ?

「例えば。……そうね、例えばミーナ様がご好意を抱いている方が、シャルロット様と懇意にされていたとかは?」

 エミリア・コーラル男爵令嬢の時はそれが原因の一つだった。しかしそんな話があるのなら、最初から言ってくれるだろう。
 あまり期待していなかったけれど、彼女は案の定、首を振る。

「いいえ。そのような人はいませんでしたし、彼女の婚約者はこの学院をご卒業されているもっと年上の方ですから。とにかく人の色恋事には興味がない人ですので。他に彼女を恨む理由も思いつきません」
「そう」

 ミーナ嬢は何がしたかったのだろう。これと言った理由が無いのだとしたら、彼女の行動は理屈で説明できない。
 ……あー、もう! 一体何なの!

 エリーゼ嬢はびっくりしたように目を丸くしたのを見て、自分が思わず叫んでいたことに気付いた。
 取り繕うために一つこほんと咳払いする。

「失礼いたしました」
「い、いえ」

 話が途切れたついでに、各々教室に戻ることを提案しよう。

「そろそろ授業が始まりますわね。長く引き留めてしまい、申し訳ございませんでした」
「いえ。それではここで失礼いたします」

 彼女は軽く礼を取って踵を返したけれど、その肩がいつもよりやけに小さく見える。実際に肩身が狭い思いなのだろう。
 小さな背中に胸が痛くなって、私は口を開いた。

「エリーゼ様、顔を上げて胸を張りなさい」
「……え」

 俯き加減で歩いていた彼女が足を止め、驚きの表情と共に振り返る。
 私はそんな彼女を真っ直ぐに見つめた。

「確かにお友達の異変に気付けなかったことは残念でした。けれど、あなたには人から後ろ指さされるようなことは何一つございません。それなのに暗い顔をして俯いていては、やはりやましいことがあったのかと人は受け取ります。いえ、人は往々にしてそう受け取りたがるのです」

 俯いても、歯を食いしばっても、泣いても、叫んでも外野は誰も助けてはくれない。興味本位に心配する振りをするだけ。自分を立て直せるのは、やはり自分の力と信頼しあえる人たちの力だけだ。

「人間ですから、人目が気になるのは仕方がないこと。ありもしない自分の噂話で傷つくのも仕方がないこと。ですが、自分には恥じ入るところはないのだと、常に毅然としていなさい。好奇の目に負けては駄目」
「――っ」

 人様に偉そうに言える立場ではないのは分かっている。きっとこれは自分にも言い聞かせている言葉だ。

「大丈夫。あなたには大切なお友達がいるわ。敬愛できるディアナ様もいる。そしてこのわたくしもいる。――ああ、最後のは余計だったかしらね」

 私は苦笑して肩をすくめると、彼女は涙目で首を激しく振る。

「ありがっ、ありがとうございます」
「ええ。――さあ。では、あなたもまたお友達のために側にいてさしあげて」
「はい!」

 彼女は深々と礼を取ると、今度こそ身を翻して教室へと駆けて行った。
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