69 / 113
第69話 常に毅然と……ありたい
しおりを挟む
エリーゼ嬢は人目を気にするような素振りをしたので、私たちは教室から少し離れた所に移動した。
「今日、ミーナ様はお見えにはならないの?」
「はい。お休みするようです」
確かに教室内では昨日の話題で持ちきりだろうから、来るに来られなかったのだろう。
「そうですか。あれから何か分かりましたか?」
「いいえ。ミーナはシャルロット様が憎らしかったから、とだけしか」
憎かったから行動した? 誰かに見られるかもしれない危険まで犯して?
そんな必要があるだろうか。シャルロット嬢の疑惑は晴れていない。彼女を陥れたいのなら、追加で盗難騒動を起こしても無意味な気がする。……それとも最近沈静化していたから、再燃を狙って?
「ディアナ様も個人的に後で問い詰めたそうですが、頑なに口を割らなかったとのことです」
彼女にも言わなかったとは、余程のことのように思える。何が彼女をそうさせたのか。そうせざるを得ない程の強い思いだったのか。
「シャルロット様が憎らしかったというのはなぜ?」
「よく分かりません。自分が実際、盗難被害に遭うまでは――あ」
本当にシャルロット嬢が盗ったと証明できないと、私が以前言ったからだろう。
彼女は慌てて口を噤む。
「いいのよ。続けて」
「も、申し訳ありません。えっと。彼女が自分でその身になるまでは、冷めた目で遠巻きに見ていただけです。それ以降は彼女に当たりが強くなりましたが」
そう言えば、シャルロット嬢は初めてのことではないと言っていた。
ミーナ嬢は自分が被害にあってから彼女に疑惑の目を向けて嫌悪するようになったとなると、何件かの盗難未遂というのはミーナ嬢の仕業ではないこと? あるいは嫌っている素振りを見せなかっただけ?
「例えば。……そうね、例えばミーナ様がご好意を抱いている方が、シャルロット様と懇意にされていたとかは?」
エミリア・コーラル男爵令嬢の時はそれが原因の一つだった。しかしそんな話があるのなら、最初から言ってくれるだろう。
あまり期待していなかったけれど、彼女は案の定、首を振る。
「いいえ。そのような人はいませんでしたし、彼女の婚約者はこの学院をご卒業されているもっと年上の方ですから。とにかく人の色恋事には興味がない人ですので。他に彼女を恨む理由も思いつきません」
「そう」
ミーナ嬢は何がしたかったのだろう。これと言った理由が無いのだとしたら、彼女の行動は理屈で説明できない。
……あー、もう! 一体何なの!
エリーゼ嬢はびっくりしたように目を丸くしたのを見て、自分が思わず叫んでいたことに気付いた。
取り繕うために一つこほんと咳払いする。
「失礼いたしました」
「い、いえ」
話が途切れたついでに、各々教室に戻ることを提案しよう。
「そろそろ授業が始まりますわね。長く引き留めてしまい、申し訳ございませんでした」
「いえ。それではここで失礼いたします」
彼女は軽く礼を取って踵を返したけれど、その肩がいつもよりやけに小さく見える。実際に肩身が狭い思いなのだろう。
小さな背中に胸が痛くなって、私は口を開いた。
「エリーゼ様、顔を上げて胸を張りなさい」
「……え」
俯き加減で歩いていた彼女が足を止め、驚きの表情と共に振り返る。
私はそんな彼女を真っ直ぐに見つめた。
「確かにお友達の異変に気付けなかったことは残念でした。けれど、あなたには人から後ろ指さされるようなことは何一つございません。それなのに暗い顔をして俯いていては、やはりやましいことがあったのかと人は受け取ります。いえ、人は往々にしてそう受け取りたがるのです」
俯いても、歯を食いしばっても、泣いても、叫んでも外野は誰も助けてはくれない。興味本位に心配する振りをするだけ。自分を立て直せるのは、やはり自分の力と信頼しあえる人たちの力だけだ。
「人間ですから、人目が気になるのは仕方がないこと。ありもしない自分の噂話で傷つくのも仕方がないこと。ですが、自分には恥じ入るところはないのだと、常に毅然としていなさい。好奇の目に負けては駄目」
「――っ」
人様に偉そうに言える立場ではないのは分かっている。きっとこれは自分にも言い聞かせている言葉だ。
「大丈夫。あなたには大切なお友達がいるわ。敬愛できるディアナ様もいる。そしてこのわたくしもいる。――ああ、最後のは余計だったかしらね」
私は苦笑して肩をすくめると、彼女は涙目で首を激しく振る。
「ありがっ、ありがとうございます」
「ええ。――さあ。では、あなたもまたお友達のために側にいてさしあげて」
「はい!」
彼女は深々と礼を取ると、今度こそ身を翻して教室へと駆けて行った。
「今日、ミーナ様はお見えにはならないの?」
「はい。お休みするようです」
確かに教室内では昨日の話題で持ちきりだろうから、来るに来られなかったのだろう。
「そうですか。あれから何か分かりましたか?」
「いいえ。ミーナはシャルロット様が憎らしかったから、とだけしか」
憎かったから行動した? 誰かに見られるかもしれない危険まで犯して?
そんな必要があるだろうか。シャルロット嬢の疑惑は晴れていない。彼女を陥れたいのなら、追加で盗難騒動を起こしても無意味な気がする。……それとも最近沈静化していたから、再燃を狙って?
「ディアナ様も個人的に後で問い詰めたそうですが、頑なに口を割らなかったとのことです」
彼女にも言わなかったとは、余程のことのように思える。何が彼女をそうさせたのか。そうせざるを得ない程の強い思いだったのか。
「シャルロット様が憎らしかったというのはなぜ?」
「よく分かりません。自分が実際、盗難被害に遭うまでは――あ」
本当にシャルロット嬢が盗ったと証明できないと、私が以前言ったからだろう。
彼女は慌てて口を噤む。
「いいのよ。続けて」
「も、申し訳ありません。えっと。彼女が自分でその身になるまでは、冷めた目で遠巻きに見ていただけです。それ以降は彼女に当たりが強くなりましたが」
そう言えば、シャルロット嬢は初めてのことではないと言っていた。
ミーナ嬢は自分が被害にあってから彼女に疑惑の目を向けて嫌悪するようになったとなると、何件かの盗難未遂というのはミーナ嬢の仕業ではないこと? あるいは嫌っている素振りを見せなかっただけ?
「例えば。……そうね、例えばミーナ様がご好意を抱いている方が、シャルロット様と懇意にされていたとかは?」
エミリア・コーラル男爵令嬢の時はそれが原因の一つだった。しかしそんな話があるのなら、最初から言ってくれるだろう。
あまり期待していなかったけれど、彼女は案の定、首を振る。
「いいえ。そのような人はいませんでしたし、彼女の婚約者はこの学院をご卒業されているもっと年上の方ですから。とにかく人の色恋事には興味がない人ですので。他に彼女を恨む理由も思いつきません」
「そう」
ミーナ嬢は何がしたかったのだろう。これと言った理由が無いのだとしたら、彼女の行動は理屈で説明できない。
……あー、もう! 一体何なの!
エリーゼ嬢はびっくりしたように目を丸くしたのを見て、自分が思わず叫んでいたことに気付いた。
取り繕うために一つこほんと咳払いする。
「失礼いたしました」
「い、いえ」
話が途切れたついでに、各々教室に戻ることを提案しよう。
「そろそろ授業が始まりますわね。長く引き留めてしまい、申し訳ございませんでした」
「いえ。それではここで失礼いたします」
彼女は軽く礼を取って踵を返したけれど、その肩がいつもよりやけに小さく見える。実際に肩身が狭い思いなのだろう。
小さな背中に胸が痛くなって、私は口を開いた。
「エリーゼ様、顔を上げて胸を張りなさい」
「……え」
俯き加減で歩いていた彼女が足を止め、驚きの表情と共に振り返る。
私はそんな彼女を真っ直ぐに見つめた。
「確かにお友達の異変に気付けなかったことは残念でした。けれど、あなたには人から後ろ指さされるようなことは何一つございません。それなのに暗い顔をして俯いていては、やはりやましいことがあったのかと人は受け取ります。いえ、人は往々にしてそう受け取りたがるのです」
俯いても、歯を食いしばっても、泣いても、叫んでも外野は誰も助けてはくれない。興味本位に心配する振りをするだけ。自分を立て直せるのは、やはり自分の力と信頼しあえる人たちの力だけだ。
「人間ですから、人目が気になるのは仕方がないこと。ありもしない自分の噂話で傷つくのも仕方がないこと。ですが、自分には恥じ入るところはないのだと、常に毅然としていなさい。好奇の目に負けては駄目」
「――っ」
人様に偉そうに言える立場ではないのは分かっている。きっとこれは自分にも言い聞かせている言葉だ。
「大丈夫。あなたには大切なお友達がいるわ。敬愛できるディアナ様もいる。そしてこのわたくしもいる。――ああ、最後のは余計だったかしらね」
私は苦笑して肩をすくめると、彼女は涙目で首を激しく振る。
「ありがっ、ありがとうございます」
「ええ。――さあ。では、あなたもまたお友達のために側にいてさしあげて」
「はい!」
彼女は深々と礼を取ると、今度こそ身を翻して教室へと駆けて行った。
10
お気に入りに追加
582
あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。


妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!
たぬきち25番
恋愛
気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡
※マルチエンディングです!!
コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m
2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。
楽しんで頂けると幸いです。
婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します
けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」
五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。
他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。
だが、彼らは知らなかった――。
ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。
そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。
「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」
逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。
「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」
ブチギレるお兄様。
貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!?
「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!?
果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか?
「私の未来は、私が決めます!」
皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!
お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です>
【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】
今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜
言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。
しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。
それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。
「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」
破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。
気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。
「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。
「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」
学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス!
"悪役令嬢"、ここに爆誕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる