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第65話 読まれた心
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「ヴィヴィアンナ、お前、何を隠し――」
「それでは散歩も終わりましたことですし、わたくしはこれでごきげ」
最後まで言い切る内に私は軽く礼を取ると身を翻す。そのまま歩いて行こうとするけれど、それは彼に手首を掴まれたことで阻止された。
「ごきげんよくはないぞ」
「――っ」
痛みを感じるくらい強く握られて振りほどけそうにもない。
「コーラル、悪いが二人にしてくれ」
「はい。それではお先に失礼いたします」
彼女はすぐさま返事すると、置いて行かないでと目で訴える私に少し笑って無情にも去って行った。
以心伝心の仲ではないから致し方ない……。
私はため息を落とすと、あらためて殿下の方へと向き直る。
「殿下、そろそろ手をお離しいただけますか。手首が痛いのですが」
「あ、ああ。悪かった。強く握りすぎた」
少し非難めいた口調で言うと手は離され、私は自分の手首を取り戻すとさする。
その間、殿下は口を閉ざしたままだったので、早く切り上げたい私は手を止めて促した。
「それでわたくしを引き留めたのはなぜでしょう」
「じゃあ、率直に聞く。これを落とした犯人に心当たりがあるのか?」
本来の用途としての性質を失って、破片と化した水桶を足先でこんと蹴りながら殿下は尋ねてくる。
あるような無いような。本当に自分を狙って落としてきたものなのかすら分からない。
「これが落ちてきた時はどんな様子でしたか? 本当にうっかり落とされただけだったのですか? それとも故意に落とされたようでしたか」
それに狙って投げつけられたものなのか、脅しのために落とされただけなのか。どちらにしても当たれば大怪我は避けられない。
「どんな様子って、いきなりだったから分からないな」
思わずもう一つ大きなため息をついてみせようと思ったけれど、ぐっと我慢した。
だいたい姿も見ていないのだから元々期待はしていなかったし、確かにそんな切羽詰まった状況で冷静に分析できるはずもない。
「で。故意に落とされたとしたら、それはお前に関係があるのか。ここに来たことと関係があるのか。答えろ。……と言っても命じているわけじゃない。心配なだけだ」
気遣わしそうにそこまで言われて、頑なに黙りを決めるほど意固地じゃない――と思う。
私は今度こそ息を吐いた。
「手紙で呼び出されました。でも正直、これを落とされるほど恨まれているのかと言えば、分かりません」
人の言動の受け取り方の大きさは人それぞれで、恨みの大きさもまた人それぞれだ。その人にしか分からない。
「誰に呼び出された?」
「差出人の名前はありませんでした」
でもきっと差出人はあの人だろう。彼女の言葉を押さえつけた私を快く思ってはいなかっただろうから。
「では、手紙の内容は?」
シャルロット嬢のことだと言えば、今度こそ禁じられるかもしれない。この学院では身分差なしで過ごさなければならないことを謳っているものの、殿下の婚約者である立場だということは最優先されるべきことだろう。我が儘だけで彼の指示に逆らうことはきっと許されない。
「ヴィヴィアンナ」
静かに、けれど促すように声をかける殿下に唇を噛みしめる。
「少し。少しお時間を頂けませんか」
「できない相談だな」
あっさりと却下されて、私は目を剥いた。
「なぜ! 少しくらいお時間を下さっても」
「お前の身が危険かもしれないのに放っておけと俺に言うのか?」
「――っ」
そんな言い方、ずるい。何も言えなくなる。でもこれは私の問題。今、殿下に出てこられるのは困るのだ。……ここは適当に話を流そうか。
再び口を噤んで考えると、殿下は腕を組んで片目を伏せた。
「と、言いたいところだが」
「え?」
「下手に俺が押さえつけると、お前のことだから適当にこの場を誤魔化して、かえって無茶しそうだ」
読まれて悔しいやら、恥ずかしいやら、自然と目が泳いでしまう。
それを見た殿下は苦笑いする。
「やっぱり図星か」
返す言葉もございません。
「分かった。今はお前の意思を尊重しよう。だけど無茶だけはするなよ。何かあれば俺に言え。これだけは約束しろ」
「……はい。ありがとうございます。承知いたしました」
私は素直に感謝した。
「それでは散歩も終わりましたことですし、わたくしはこれでごきげ」
最後まで言い切る内に私は軽く礼を取ると身を翻す。そのまま歩いて行こうとするけれど、それは彼に手首を掴まれたことで阻止された。
「ごきげんよくはないぞ」
「――っ」
痛みを感じるくらい強く握られて振りほどけそうにもない。
「コーラル、悪いが二人にしてくれ」
「はい。それではお先に失礼いたします」
彼女はすぐさま返事すると、置いて行かないでと目で訴える私に少し笑って無情にも去って行った。
以心伝心の仲ではないから致し方ない……。
私はため息を落とすと、あらためて殿下の方へと向き直る。
「殿下、そろそろ手をお離しいただけますか。手首が痛いのですが」
「あ、ああ。悪かった。強く握りすぎた」
少し非難めいた口調で言うと手は離され、私は自分の手首を取り戻すとさする。
その間、殿下は口を閉ざしたままだったので、早く切り上げたい私は手を止めて促した。
「それでわたくしを引き留めたのはなぜでしょう」
「じゃあ、率直に聞く。これを落とした犯人に心当たりがあるのか?」
本来の用途としての性質を失って、破片と化した水桶を足先でこんと蹴りながら殿下は尋ねてくる。
あるような無いような。本当に自分を狙って落としてきたものなのかすら分からない。
「これが落ちてきた時はどんな様子でしたか? 本当にうっかり落とされただけだったのですか? それとも故意に落とされたようでしたか」
それに狙って投げつけられたものなのか、脅しのために落とされただけなのか。どちらにしても当たれば大怪我は避けられない。
「どんな様子って、いきなりだったから分からないな」
思わずもう一つ大きなため息をついてみせようと思ったけれど、ぐっと我慢した。
だいたい姿も見ていないのだから元々期待はしていなかったし、確かにそんな切羽詰まった状況で冷静に分析できるはずもない。
「で。故意に落とされたとしたら、それはお前に関係があるのか。ここに来たことと関係があるのか。答えろ。……と言っても命じているわけじゃない。心配なだけだ」
気遣わしそうにそこまで言われて、頑なに黙りを決めるほど意固地じゃない――と思う。
私は今度こそ息を吐いた。
「手紙で呼び出されました。でも正直、これを落とされるほど恨まれているのかと言えば、分かりません」
人の言動の受け取り方の大きさは人それぞれで、恨みの大きさもまた人それぞれだ。その人にしか分からない。
「誰に呼び出された?」
「差出人の名前はありませんでした」
でもきっと差出人はあの人だろう。彼女の言葉を押さえつけた私を快く思ってはいなかっただろうから。
「では、手紙の内容は?」
シャルロット嬢のことだと言えば、今度こそ禁じられるかもしれない。この学院では身分差なしで過ごさなければならないことを謳っているものの、殿下の婚約者である立場だということは最優先されるべきことだろう。我が儘だけで彼の指示に逆らうことはきっと許されない。
「ヴィヴィアンナ」
静かに、けれど促すように声をかける殿下に唇を噛みしめる。
「少し。少しお時間を頂けませんか」
「できない相談だな」
あっさりと却下されて、私は目を剥いた。
「なぜ! 少しくらいお時間を下さっても」
「お前の身が危険かもしれないのに放っておけと俺に言うのか?」
「――っ」
そんな言い方、ずるい。何も言えなくなる。でもこれは私の問題。今、殿下に出てこられるのは困るのだ。……ここは適当に話を流そうか。
再び口を噤んで考えると、殿下は腕を組んで片目を伏せた。
「と、言いたいところだが」
「え?」
「下手に俺が押さえつけると、お前のことだから適当にこの場を誤魔化して、かえって無茶しそうだ」
読まれて悔しいやら、恥ずかしいやら、自然と目が泳いでしまう。
それを見た殿下は苦笑いする。
「やっぱり図星か」
返す言葉もございません。
「分かった。今はお前の意思を尊重しよう。だけど無茶だけはするなよ。何かあれば俺に言え。これだけは約束しろ」
「……はい。ありがとうございます。承知いたしました」
私は素直に感謝した。
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