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第64話 狙われたのは
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「失礼いたしました。どうやらわたくしの何にも揺さぶられない城壁の理性でもってしても、抗いがたいくらいのとても大きな心の声だったようです」
「あのな。俺はお前の城壁の理性とやらを人生で一度も見たことはないぞ」
「あら。ご冗談を」
おほほほと私は上品そうに笑ってみせると、殿下は諦めのため息をついた。
「……まあ、それはいい。ところで、いつまでコーラルの手を取っているんだ?」
コーラルじゃないよ、オーラルだよ!
と思ったけれど、よくよく考えたらコーラルで合っていましたね。ようやく人の名前を覚える気になったらしい。
何となく面白くなさそうな殿下の言葉に、私は今まで彼女の手を取っていたことに気が付いた。
別に彼女に危害を加えたりしませんよとこちらも若干不愉快になる。
「そうでしたね。申し訳ありません、エミリア様」
「い、いえ」
彼女から手を離すと、それを見計らって殿下は私に質問を投げかけてきた。
「ヴィヴィアンナは何でここに来たんだ?」
手紙で呼び出されたと答えるべきかもしれないけれど。
「……お散歩ですわ」
少しだけ視線を逸らしながら適当に答える。
「こんな寒い時期に?」
「寒い時期に散歩してはいけないのですか?」
「いや、そうじゃない。ただ、何でここに来たのかと思っただけだ」
殿下はちらりとエミリア嬢を見た。
ああ、そういうこと。逢い引きのために二人はここに来ていたのか。そして殿下は殿下なりにその最中を仮初めの婚約者に見られて、少しは気が咎めているというわけですね。
「これは失礼いたしました。わたくしはお邪魔でしたね」
「いや、待て。お前、誤解しているだろ!?」
誤解とは何か。
抱き合っていたのは、仮に彼女を助けるためだったとしても、ここに二人で会っているのは紛れもない事実だ。
「何も誤解しておりません」
ただ、私には人付き合いに対して慎重にしろと命じておいて、自分は好き勝手にしていることが頭に来ているだけです。きっと殿下というご身分ならば、何をしても許されるのでしょう。そう、殿下ならね。
……とは言わないで、胸にしまっておこう。
「だから全部言ってるつーの!」
「そうですか。では心の声が」
「いや。それはもういい」
確かにこの無駄な会話を続けても意味が無い。手で会話を止めてきた殿下から視線を外して、私はエミリア嬢に向き直った。
「エミリア様も、もちろん落とした人の顔をご覧になっていらっしゃらないわね」
「ええ。私は校舎に背を向けていましたから」
そうね。私が駆け付けるまで殿下と抱き合っていたのだから、見上げてはいないでしょう。
「うっかり落とした人も怖くなって、慌てて引っ込んでしまったのだと思います」
「うっかり? うっかり落としてしまったと思われるの?」
彼女の言葉に引っかかりを感じる。
バルコニーも無いのに、どうやったらうっかり水桶を窓の側にまで持ってきて落とせるというのだろうか。
「それは」
「当たり前だろ。故意に誰が落とすって言うんだよ」
殿下はエミリア嬢の言葉に被せてきたので、私はむっとして腕を組んだ。
「むしろ故意ではなく落とす理由があるなら知りたいものですわ」
「誰かがふざけてやっていたんだろ」
とてもふざけてやる遊びではない。そんな答えで誰が納得できると――。
そこまで考えてはっとした。
私はエミリア嬢がまた嫌がらせを受けたのだと思っていた。『植木鉢を上から落とされた』という事件が起こる予定だったのだから。
けれど殿下たちの仲は公然の秘密だったしても、今日ここで会うことまでは誰にも予測できなかったはず。となると、彼女は間違われただけで、本当に狙われたのは……手紙で呼び出された私の方?
「どうした? 大丈夫か? ヴィヴィアンナ、顔色が悪いぞ」
顔を強ばらせて考え込んだ私に気付いた殿下は眉をひそめた。
「い、いえ。大丈夫です」
「……ヴィヴィアンナ、もう一度聞くぞ」
私の表情から何かを読み取ったのだろうか。殿下は表情を厳しくする。
「お前はここに何をしに来た?」
「さ、先ほど申し上げました通り――散歩です」
思いの外、威圧的な彼の物言いに少し怯んだけれど、私は同じ答えを返した。
「あのな。俺はお前の城壁の理性とやらを人生で一度も見たことはないぞ」
「あら。ご冗談を」
おほほほと私は上品そうに笑ってみせると、殿下は諦めのため息をついた。
「……まあ、それはいい。ところで、いつまでコーラルの手を取っているんだ?」
コーラルじゃないよ、オーラルだよ!
と思ったけれど、よくよく考えたらコーラルで合っていましたね。ようやく人の名前を覚える気になったらしい。
何となく面白くなさそうな殿下の言葉に、私は今まで彼女の手を取っていたことに気が付いた。
別に彼女に危害を加えたりしませんよとこちらも若干不愉快になる。
「そうでしたね。申し訳ありません、エミリア様」
「い、いえ」
彼女から手を離すと、それを見計らって殿下は私に質問を投げかけてきた。
「ヴィヴィアンナは何でここに来たんだ?」
手紙で呼び出されたと答えるべきかもしれないけれど。
「……お散歩ですわ」
少しだけ視線を逸らしながら適当に答える。
「こんな寒い時期に?」
「寒い時期に散歩してはいけないのですか?」
「いや、そうじゃない。ただ、何でここに来たのかと思っただけだ」
殿下はちらりとエミリア嬢を見た。
ああ、そういうこと。逢い引きのために二人はここに来ていたのか。そして殿下は殿下なりにその最中を仮初めの婚約者に見られて、少しは気が咎めているというわけですね。
「これは失礼いたしました。わたくしはお邪魔でしたね」
「いや、待て。お前、誤解しているだろ!?」
誤解とは何か。
抱き合っていたのは、仮に彼女を助けるためだったとしても、ここに二人で会っているのは紛れもない事実だ。
「何も誤解しておりません」
ただ、私には人付き合いに対して慎重にしろと命じておいて、自分は好き勝手にしていることが頭に来ているだけです。きっと殿下というご身分ならば、何をしても許されるのでしょう。そう、殿下ならね。
……とは言わないで、胸にしまっておこう。
「だから全部言ってるつーの!」
「そうですか。では心の声が」
「いや。それはもういい」
確かにこの無駄な会話を続けても意味が無い。手で会話を止めてきた殿下から視線を外して、私はエミリア嬢に向き直った。
「エミリア様も、もちろん落とした人の顔をご覧になっていらっしゃらないわね」
「ええ。私は校舎に背を向けていましたから」
そうね。私が駆け付けるまで殿下と抱き合っていたのだから、見上げてはいないでしょう。
「うっかり落とした人も怖くなって、慌てて引っ込んでしまったのだと思います」
「うっかり? うっかり落としてしまったと思われるの?」
彼女の言葉に引っかかりを感じる。
バルコニーも無いのに、どうやったらうっかり水桶を窓の側にまで持ってきて落とせるというのだろうか。
「それは」
「当たり前だろ。故意に誰が落とすって言うんだよ」
殿下はエミリア嬢の言葉に被せてきたので、私はむっとして腕を組んだ。
「むしろ故意ではなく落とす理由があるなら知りたいものですわ」
「誰かがふざけてやっていたんだろ」
とてもふざけてやる遊びではない。そんな答えで誰が納得できると――。
そこまで考えてはっとした。
私はエミリア嬢がまた嫌がらせを受けたのだと思っていた。『植木鉢を上から落とされた』という事件が起こる予定だったのだから。
けれど殿下たちの仲は公然の秘密だったしても、今日ここで会うことまでは誰にも予測できなかったはず。となると、彼女は間違われただけで、本当に狙われたのは……手紙で呼び出された私の方?
「どうした? 大丈夫か? ヴィヴィアンナ、顔色が悪いぞ」
顔を強ばらせて考え込んだ私に気付いた殿下は眉をひそめた。
「い、いえ。大丈夫です」
「……ヴィヴィアンナ、もう一度聞くぞ」
私の表情から何かを読み取ったのだろうか。殿下は表情を厳しくする。
「お前はここに何をしに来た?」
「さ、先ほど申し上げました通り――散歩です」
思いの外、威圧的な彼の物言いに少し怯んだけれど、私は同じ答えを返した。
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