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第62話 贈り物
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ディアナ嬢のおかげで、何とかお茶会は平穏無事に終えることができた。
「ヴィヴィアンナ様」
各々解散となり、ほっとした様子のシャルロット嬢と共にサロンを出ようとした時、ディアナ嬢から声をかけられた。
彼女の後ろには四人のお友達が静かに控えている。もちろんミーナ嬢は決して愉快そうな表情ではないけれど。
「サロンに来られるなら大歓迎いたしますと申しました先ほどの言葉ですが、社交辞令でした」
「あ、ハイ」
わざわざ言っていただかなくても分かっているのですが……。
おそらく私はぽかんとした表情を浮かべていると思う。
ディアナ嬢はくすりと小さく笑う。
「あらためて心から申し上げます。ヴィヴィアンナ様がサロンに来られるならいつでも大歓迎いたします」
「……え?」
彼女の言葉がとっさに理解できなくて、反応が遅れた。
「わたくし、ヴィヴィアンナ様のことを誤解していたようです。家の力を振りかざして押さえつけ、人の話にも耳を貸さぬ孤高を気取る高慢ちきな女性だと思っていました」
ず、随分な言われようですね。
あながち間違っておりませんが、ただ、孤高を気取るのではなく、ぼっちなだけなのです。
「でも違ったのですね。わたくしは本人を知ろうとする努力もしないで、ただ噂に振り回されておりました。今日お話しさせていただいて、少しだけ分かりましたわ。相手のお話をしっかりと聞き、それが正しいならばきちんと認める方だと。また、才色兼備で淑女であるヴィヴィアンナ様でも、愚痴をこぼされる一面もあるのだということも。ですからもっとヴィヴィアンナ様の別のお顔を知りたいと思ったのです」
才色兼備の淑女とは誰のことやら……。思わず身が縮む思いです。それに悪女道を突き進むなら、誤解されたままの方が良かったのかもしれないと考えると複雑に思う。
私はたまらず口を開いた。
「淑女なんてとんでもないお話です。本当のわたくしを知ったら、愕然となさるかもしれませんよ」
「それならそれで、どんと構えて受けて立ちますわ。ですからよろしければまたご一緒にお茶会をいたしましょう」
意外にもたくましい言葉と共に笑うディアナ嬢を前に、私も自然と笑みが零れる。
「……ええ。ありがとうございます。では、またお邪魔させていただきますね」
私たちは社交辞令ではない挨拶を交わして別れた。
「何とかなって良かったわ。ディアナ様が良い方で助かりました」
シャルロット嬢と二人、廊下を歩きながら会話する。
「ええ……そうですね」
少し気落ちしたような彼女に私は眉を落とした。
「今朝は気付かなくてごめんなさい。もっと早くに言っていれば、こんなことにはならなかったのに」
「いいえ。私こそお手を煩わせてしまいました」
シャルロット嬢の手には既に外された胸飾りが載せられている。それに目が行った私はハンカチを取り出すと彼女に手渡した。
「これにお包みになって」
「ありがとうございます。――あ」
彼女がお礼を言ってそれを開くと、そこには殿下から頂いたしおりが挟まっていた。
「あの、これ……」
「あ! し、失礼いたしました」
慌ててそれを取り上げると、彼女は口元に薄く笑みを浮かべた。
「肌身離さず持ち歩いていらっしゃるんですね」
「い、いえ。たまたま取り出すのを忘れていただけですわ。こ、こちらをどうぞ」
私はもう一枚同じ柄のハンカチを渡す。
「ありがとうございます。お借りいたします。とても上質で上品なハンカチですね。素敵」
彼女はあらためてお礼を言って受け取り、首飾りを優しく包む。その様子を眺めながら私は尋ねた。
「個人的なことを聞いていいのか分からないけれど」
「はい?」
「単刀直入に聞くわね。それは誰に頂いた物なの?」
シャルロット嬢は意味深に小さく笑みをこぼす。
「男性に貰った物です」
貢がせたとか言い出すのではと不安に駆られる。
「どうしてそんな事をお聞きになるのですか?」
「え、ええっと」
「……もしかしてヴィヴィアンナ様も妙な噂を聞かれました?」
すっと目を細めて見つめてくるシャルロット嬢に思わず閉口すると、彼女はすぐにおかしそうに笑った。
「これ、誕生日に父から貰ったんですよ」
「そ、そう。お父様! ――え? お誕生日だったの? わたくし、何も用意していません」
「いいえ。そんなつもりでは」
「でも。何かさせてほしいわ」
罪悪感もあって食い下がると、彼女は少し遠慮がちに口を開く。
「では、このハンカチを頂いてもよろしいでしょうか」
「え? で、でもそれでいいのかしら?」
綺麗な方ではあるけれど、何回か持ち歩いたハンカチだ。
「はい。とても素敵なハンカチですから」
「私とお揃いになってしまうけれど」
それぞれ、黄色と赤色の花が角に刺繍されている。
「そうなのですか!? なおさら頂きたいです!」
「そ、そう。では。お誕生日おめでとうございます」
彼女は感謝と共に大切にしますと嬉しそうに笑った。
「ヴィヴィアンナ様」
各々解散となり、ほっとした様子のシャルロット嬢と共にサロンを出ようとした時、ディアナ嬢から声をかけられた。
彼女の後ろには四人のお友達が静かに控えている。もちろんミーナ嬢は決して愉快そうな表情ではないけれど。
「サロンに来られるなら大歓迎いたしますと申しました先ほどの言葉ですが、社交辞令でした」
「あ、ハイ」
わざわざ言っていただかなくても分かっているのですが……。
おそらく私はぽかんとした表情を浮かべていると思う。
ディアナ嬢はくすりと小さく笑う。
「あらためて心から申し上げます。ヴィヴィアンナ様がサロンに来られるならいつでも大歓迎いたします」
「……え?」
彼女の言葉がとっさに理解できなくて、反応が遅れた。
「わたくし、ヴィヴィアンナ様のことを誤解していたようです。家の力を振りかざして押さえつけ、人の話にも耳を貸さぬ孤高を気取る高慢ちきな女性だと思っていました」
ず、随分な言われようですね。
あながち間違っておりませんが、ただ、孤高を気取るのではなく、ぼっちなだけなのです。
「でも違ったのですね。わたくしは本人を知ろうとする努力もしないで、ただ噂に振り回されておりました。今日お話しさせていただいて、少しだけ分かりましたわ。相手のお話をしっかりと聞き、それが正しいならばきちんと認める方だと。また、才色兼備で淑女であるヴィヴィアンナ様でも、愚痴をこぼされる一面もあるのだということも。ですからもっとヴィヴィアンナ様の別のお顔を知りたいと思ったのです」
才色兼備の淑女とは誰のことやら……。思わず身が縮む思いです。それに悪女道を突き進むなら、誤解されたままの方が良かったのかもしれないと考えると複雑に思う。
私はたまらず口を開いた。
「淑女なんてとんでもないお話です。本当のわたくしを知ったら、愕然となさるかもしれませんよ」
「それならそれで、どんと構えて受けて立ちますわ。ですからよろしければまたご一緒にお茶会をいたしましょう」
意外にもたくましい言葉と共に笑うディアナ嬢を前に、私も自然と笑みが零れる。
「……ええ。ありがとうございます。では、またお邪魔させていただきますね」
私たちは社交辞令ではない挨拶を交わして別れた。
「何とかなって良かったわ。ディアナ様が良い方で助かりました」
シャルロット嬢と二人、廊下を歩きながら会話する。
「ええ……そうですね」
少し気落ちしたような彼女に私は眉を落とした。
「今朝は気付かなくてごめんなさい。もっと早くに言っていれば、こんなことにはならなかったのに」
「いいえ。私こそお手を煩わせてしまいました」
シャルロット嬢の手には既に外された胸飾りが載せられている。それに目が行った私はハンカチを取り出すと彼女に手渡した。
「これにお包みになって」
「ありがとうございます。――あ」
彼女がお礼を言ってそれを開くと、そこには殿下から頂いたしおりが挟まっていた。
「あの、これ……」
「あ! し、失礼いたしました」
慌ててそれを取り上げると、彼女は口元に薄く笑みを浮かべた。
「肌身離さず持ち歩いていらっしゃるんですね」
「い、いえ。たまたま取り出すのを忘れていただけですわ。こ、こちらをどうぞ」
私はもう一枚同じ柄のハンカチを渡す。
「ありがとうございます。お借りいたします。とても上質で上品なハンカチですね。素敵」
彼女はあらためてお礼を言って受け取り、首飾りを優しく包む。その様子を眺めながら私は尋ねた。
「個人的なことを聞いていいのか分からないけれど」
「はい?」
「単刀直入に聞くわね。それは誰に頂いた物なの?」
シャルロット嬢は意味深に小さく笑みをこぼす。
「男性に貰った物です」
貢がせたとか言い出すのではと不安に駆られる。
「どうしてそんな事をお聞きになるのですか?」
「え、ええっと」
「……もしかしてヴィヴィアンナ様も妙な噂を聞かれました?」
すっと目を細めて見つめてくるシャルロット嬢に思わず閉口すると、彼女はすぐにおかしそうに笑った。
「これ、誕生日に父から貰ったんですよ」
「そ、そう。お父様! ――え? お誕生日だったの? わたくし、何も用意していません」
「いいえ。そんなつもりでは」
「でも。何かさせてほしいわ」
罪悪感もあって食い下がると、彼女は少し遠慮がちに口を開く。
「では、このハンカチを頂いてもよろしいでしょうか」
「え? で、でもそれでいいのかしら?」
綺麗な方ではあるけれど、何回か持ち歩いたハンカチだ。
「はい。とても素敵なハンカチですから」
「私とお揃いになってしまうけれど」
それぞれ、黄色と赤色の花が角に刺繍されている。
「そうなのですか!? なおさら頂きたいです!」
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