婚約破棄に向けて悪役令嬢始めました

樹里

文字の大きさ
上 下
62 / 113

第62話 贈り物

しおりを挟む
 ディアナ嬢のおかげで、何とかお茶会は平穏無事に終えることができた。

「ヴィヴィアンナ様」

 各々解散となり、ほっとした様子のシャルロット嬢と共にサロンを出ようとした時、ディアナ嬢から声をかけられた。
 彼女の後ろには四人のお友達が静かに控えている。もちろんミーナ嬢は決して愉快そうな表情ではないけれど。

「サロンに来られるなら大歓迎いたしますと申しました先ほどの言葉ですが、社交辞令でした」
「あ、ハイ」

 わざわざ言っていただかなくても分かっているのですが……。
 おそらく私はぽかんとした表情を浮かべていると思う。
 ディアナ嬢はくすりと小さく笑う。

「あらためて心から申し上げます。ヴィヴィアンナ様がサロンに来られるならいつでも大歓迎いたします」
「……え?」

 彼女の言葉がとっさに理解できなくて、反応が遅れた。

「わたくし、ヴィヴィアンナ様のことを誤解していたようです。家の力を振りかざして押さえつけ、人の話にも耳を貸さぬ孤高を気取る高慢ちきな女性だと思っていました」

 ず、随分な言われようですね。
 あながち間違っておりませんが、ただ、孤高を気取るのではなく、ぼっちなだけなのです。

「でも違ったのですね。わたくしは本人を知ろうとする努力もしないで、ただ噂に振り回されておりました。今日お話しさせていただいて、少しだけ分かりましたわ。相手のお話をしっかりと聞き、それが正しいならばきちんと認める方だと。また、才色兼備で淑女であるヴィヴィアンナ様でも、愚痴をこぼされる一面もあるのだということも。ですからもっとヴィヴィアンナ様の別のお顔を知りたいと思ったのです」

 才色兼備の淑女とは誰のことやら……。思わず身が縮む思いです。それに悪女道を突き進むなら、誤解されたままの方が良かったのかもしれないと考えると複雑に思う。
 私はたまらず口を開いた。

「淑女なんてとんでもないお話です。本当のわたくしを知ったら、愕然となさるかもしれませんよ」
「それならそれで、どんと構えて受けて立ちますわ。ですからよろしければまたご一緒にお茶会をいたしましょう」

 意外にもたくましい言葉と共に笑うディアナ嬢を前に、私も自然と笑みが零れる。

「……ええ。ありがとうございます。では、またお邪魔させていただきますね」

 私たちは社交辞令ではない挨拶を交わして別れた。


「何とかなって良かったわ。ディアナ様が良い方で助かりました」

 シャルロット嬢と二人、廊下を歩きながら会話する。

「ええ……そうですね」

 少し気落ちしたような彼女に私は眉を落とした。

「今朝は気付かなくてごめんなさい。もっと早くに言っていれば、こんなことにはならなかったのに」
「いいえ。私こそお手を煩わせてしまいました」

 シャルロット嬢の手には既に外された胸飾りが載せられている。それに目が行った私はハンカチを取り出すと彼女に手渡した。

「これにお包みになって」
「ありがとうございます。――あ」

 彼女がお礼を言ってそれを開くと、そこには殿下から頂いたしおりが挟まっていた。

「あの、これ……」
「あ! し、失礼いたしました」

 慌ててそれを取り上げると、彼女は口元に薄く笑みを浮かべた。

「肌身離さず持ち歩いていらっしゃるんですね」
「い、いえ。たまたま取り出すのを忘れていただけですわ。こ、こちらをどうぞ」

 私はもう一枚同じ柄のハンカチを渡す。

「ありがとうございます。お借りいたします。とても上質で上品なハンカチですね。素敵」

 彼女はあらためてお礼を言って受け取り、首飾りを優しく包む。その様子を眺めながら私は尋ねた。

「個人的なことを聞いていいのか分からないけれど」
「はい?」
「単刀直入に聞くわね。それは誰に頂いた物なの?」

 シャルロット嬢は意味深に小さく笑みをこぼす。

「男性に貰った物です」

 貢がせたとか言い出すのではと不安に駆られる。

「どうしてそんな事をお聞きになるのですか?」
「え、ええっと」
「……もしかしてヴィヴィアンナ様も妙な噂を聞かれました?」

 すっと目を細めて見つめてくるシャルロット嬢に思わず閉口すると、彼女はすぐにおかしそうに笑った。

「これ、誕生日に父から貰ったんですよ」
「そ、そう。お父様! ――え? お誕生日だったの? わたくし、何も用意していません」
「いいえ。そんなつもりでは」
「でも。何かさせてほしいわ」

 罪悪感もあって食い下がると、彼女は少し遠慮がちに口を開く。

「では、このハンカチを頂いてもよろしいでしょうか」
「え? で、でもそれでいいのかしら?」

 綺麗な方ではあるけれど、何回か持ち歩いたハンカチだ。

「はい。とても素敵なハンカチですから」
「私とお揃いになってしまうけれど」

 それぞれ、黄色と赤色の花が角に刺繍されている。

「そうなのですか!? なおさら頂きたいです!」
「そ、そう。では。お誕生日おめでとうございます」

 彼女は感謝と共に大切にしますと嬉しそうに笑った。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...