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第61話 人は噂を好む
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裏庭で初めて会った時も、ミーナ嬢はディアナ侯爵令嬢の制止を振り切ってまで発言していた。
だからこの場でも発言することは目に見えていたはずなのに、ディアナ嬢が場を収めてくれたからつい油断してしまった。
「ミーナ。それはこの場で言うことではないでしょう」
「いいえ。ディアナ様。言わせてください」
ありがとうございます、ディアナ様。
ミーナ嬢を窘めてくれている間に体勢を整える。
「シャルロット、あなた――」
「ミーナ様。少しお待ちになって」
彼女はシャルロット嬢に向かって口を開こうとしたので私が言葉を被せると、敵意を込めた瞳で私に視線を向けてきた。
「……何ですか? 公爵家のお力で私の言葉を止めてみますか?」
「ミーナ!」
少し厳しい声でいさめるディアナ嬢にも挑発的なミーナ嬢は怯まない。
私は余裕の笑みを作ってみせた。
「いいえ。この場で家の力を誇示しようだなんて、とんでもないことですわ。わたくしはただ、ミーナ様のご覚悟の程を確認したかっただけです」
「覚悟?」
眉根を寄せる彼女を真っ直ぐに見つめた。
「感情的にお話しすることはとても容易いものです。けれど手紙と違い、一度口に出してしまった言葉を戻すことは決してできません。ですからこのような大勢の場でご発言なさる以上、自分の言葉に対してとても大きな責任を負わなければなりません」
「責任?」
「ええ。なぜなら、もしあなたのご発言に間違いがあったとすれば、誰かを傷つけたり、その人生を狂わせることになる可能性が大いにあるからです。あなたはその責任を果たすご覚悟はございますか」
目を見張る彼女に畳みかけるように続ける。
「噂というものは恐ろしいものです。自分は軽い気持ちで発言したとしましょう。ところが人から人へと伝わる内に実態の伴わないそれは、いつしか当初の発信者の手を離れてどんどん膨れあがっていくのです」
私が腰を痛めて、エミリア嬢に落とした教科書類を拾ってもらった時も、殿下に伝わった時は、彼女に嫉妬した私が突き飛ばした上、物をぶちまけたとのお話に変わっていたのだから。
「もっとも周りの人間はそれが嘘でも本当でも構わない。むしろ嘘が楽しい話ならば、その嘘を真実として受け止めたがるものです。噂される誰かの感情のことなど頭にもないでしょう。けれど噂された当事者はどうでしょう? 噂は当事者を傷つけ、好奇の目で晒されるだけに飽き足らず、その人の未来を傷つけて崩壊させることにもなりかねません」
それはまさに私のように。……いえ。きっと噂の対象とされる全ての人のように。
「それら全てをあなたは背負えるのですか、というお話です」
彼女はそれでもまだ闘志は残っているようで、こくんと喉を鳴らした後、口を開いた。
「では。人に何か言いたいことがあっても、理性で押さえ込めと? 我慢してやり過ごせと言うのですか。ケンカ一つするなと?」
「いいえ。人間ですから、感情的になって思ってもない暴言を吐いたり、本音を吐いたりすることもあるでしょう。またそのような噂話を聞くこともあるかもしれません。その結果、仲違いすることになっても個人間ならば、関係を修復することも可能です」
ディアナ嬢の件も、エミリア嬢の件における私と殿下の間でも誤解が解けたと思う。……おそらくね。
「ただし、その他大勢の人間に発信してしまったのならば、それを期待するのは無駄というもの。事実が判明した時に、発信者が慌てて否定に回ってももう手遅れです。噂は手の届かないところまで成長して、もはや誰にも消すことはできません」
それでもあなたは続けますか。
最後の言葉は口にせず、ミーナ嬢を見た。ぐっと黙り込んではいるけれど、こちらへの睨み付けは変わらない。
するとディアナ嬢は目を伏せて一つため息をついた。
「ミーナ、もうよいでしょう」
「……ディアナ様」
「あなたのお話は個人的なことです。また別の機会にしましょう。確かに、言葉には常に責任が伴います。ミーナにも。――ヴィヴィアンナ様にも」
不意に振られて目を丸くする私に、ディアナ嬢は少し笑う。
「もちろんわたくしにも。そしてここにいる皆様にもです。自分の言動を今一度、省みることにしましょう」
いつの間にか静まりかえっていたこの部屋に、彼女の凜とした声が響いた。
彼女の言葉は一貫している。
呼び出したのは何もシャルロット嬢個人や私のことだけではなく、周りへの牽制の意味もあったのだろうか。そこまで計算していたとしたら大したものだ。
熱く語ってしまった割に、最後の締めは彼女に持って行かれた。今回は彼女にしてやられたけれど……悪い気はしない。
思わず頬が綻んでいるとディアナ嬢と目が合い、少し気恥ずかしくなりながらも互いに微笑みあった。
だからこの場でも発言することは目に見えていたはずなのに、ディアナ嬢が場を収めてくれたからつい油断してしまった。
「ミーナ。それはこの場で言うことではないでしょう」
「いいえ。ディアナ様。言わせてください」
ありがとうございます、ディアナ様。
ミーナ嬢を窘めてくれている間に体勢を整える。
「シャルロット、あなた――」
「ミーナ様。少しお待ちになって」
彼女はシャルロット嬢に向かって口を開こうとしたので私が言葉を被せると、敵意を込めた瞳で私に視線を向けてきた。
「……何ですか? 公爵家のお力で私の言葉を止めてみますか?」
「ミーナ!」
少し厳しい声でいさめるディアナ嬢にも挑発的なミーナ嬢は怯まない。
私は余裕の笑みを作ってみせた。
「いいえ。この場で家の力を誇示しようだなんて、とんでもないことですわ。わたくしはただ、ミーナ様のご覚悟の程を確認したかっただけです」
「覚悟?」
眉根を寄せる彼女を真っ直ぐに見つめた。
「感情的にお話しすることはとても容易いものです。けれど手紙と違い、一度口に出してしまった言葉を戻すことは決してできません。ですからこのような大勢の場でご発言なさる以上、自分の言葉に対してとても大きな責任を負わなければなりません」
「責任?」
「ええ。なぜなら、もしあなたのご発言に間違いがあったとすれば、誰かを傷つけたり、その人生を狂わせることになる可能性が大いにあるからです。あなたはその責任を果たすご覚悟はございますか」
目を見張る彼女に畳みかけるように続ける。
「噂というものは恐ろしいものです。自分は軽い気持ちで発言したとしましょう。ところが人から人へと伝わる内に実態の伴わないそれは、いつしか当初の発信者の手を離れてどんどん膨れあがっていくのです」
私が腰を痛めて、エミリア嬢に落とした教科書類を拾ってもらった時も、殿下に伝わった時は、彼女に嫉妬した私が突き飛ばした上、物をぶちまけたとのお話に変わっていたのだから。
「もっとも周りの人間はそれが嘘でも本当でも構わない。むしろ嘘が楽しい話ならば、その嘘を真実として受け止めたがるものです。噂される誰かの感情のことなど頭にもないでしょう。けれど噂された当事者はどうでしょう? 噂は当事者を傷つけ、好奇の目で晒されるだけに飽き足らず、その人の未来を傷つけて崩壊させることにもなりかねません」
それはまさに私のように。……いえ。きっと噂の対象とされる全ての人のように。
「それら全てをあなたは背負えるのですか、というお話です」
彼女はそれでもまだ闘志は残っているようで、こくんと喉を鳴らした後、口を開いた。
「では。人に何か言いたいことがあっても、理性で押さえ込めと? 我慢してやり過ごせと言うのですか。ケンカ一つするなと?」
「いいえ。人間ですから、感情的になって思ってもない暴言を吐いたり、本音を吐いたりすることもあるでしょう。またそのような噂話を聞くこともあるかもしれません。その結果、仲違いすることになっても個人間ならば、関係を修復することも可能です」
ディアナ嬢の件も、エミリア嬢の件における私と殿下の間でも誤解が解けたと思う。……おそらくね。
「ただし、その他大勢の人間に発信してしまったのならば、それを期待するのは無駄というもの。事実が判明した時に、発信者が慌てて否定に回ってももう手遅れです。噂は手の届かないところまで成長して、もはや誰にも消すことはできません」
それでもあなたは続けますか。
最後の言葉は口にせず、ミーナ嬢を見た。ぐっと黙り込んではいるけれど、こちらへの睨み付けは変わらない。
するとディアナ嬢は目を伏せて一つため息をついた。
「ミーナ、もうよいでしょう」
「……ディアナ様」
「あなたのお話は個人的なことです。また別の機会にしましょう。確かに、言葉には常に責任が伴います。ミーナにも。――ヴィヴィアンナ様にも」
不意に振られて目を丸くする私に、ディアナ嬢は少し笑う。
「もちろんわたくしにも。そしてここにいる皆様にもです。自分の言動を今一度、省みることにしましょう」
いつの間にか静まりかえっていたこの部屋に、彼女の凜とした声が響いた。
彼女の言葉は一貫している。
呼び出したのは何もシャルロット嬢個人や私のことだけではなく、周りへの牽制の意味もあったのだろうか。そこまで計算していたとしたら大したものだ。
熱く語ってしまった割に、最後の締めは彼女に持って行かれた。今回は彼女にしてやられたけれど……悪い気はしない。
思わず頬が綻んでいるとディアナ嬢と目が合い、少し気恥ずかしくなりながらも互いに微笑みあった。
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