婚約破棄に向けて悪役令嬢始めました

樹里

文字の大きさ
上 下
61 / 113

第61話 人は噂を好む

しおりを挟む
 裏庭で初めて会った時も、ミーナ嬢はディアナ侯爵令嬢の制止を振り切ってまで発言していた。
 だからこの場でも発言することは目に見えていたはずなのに、ディアナ嬢が場を収めてくれたからつい油断してしまった。

「ミーナ。それはこの場で言うことではないでしょう」
「いいえ。ディアナ様。言わせてください」

 ありがとうございます、ディアナ様。
 ミーナ嬢を窘めてくれている間に体勢を整える。

「シャルロット、あなた――」
「ミーナ様。少しお待ちになって」

 彼女はシャルロット嬢に向かって口を開こうとしたので私が言葉を被せると、敵意を込めた瞳で私に視線を向けてきた。

「……何ですか? 公爵家・・・のお力で私の言葉を止めてみますか?」
「ミーナ!」

 少し厳しい声でいさめるディアナ嬢にも挑発的なミーナ嬢は怯まない。
 私は余裕の笑みを作ってみせた。

「いいえ。この場で家の力を誇示しようだなんて、とんでもないことですわ。わたくしはただ、ミーナ様のご覚悟の程を確認したかっただけです」
「覚悟?」

 眉根を寄せる彼女を真っ直ぐに見つめた。

「感情的にお話しすることはとても容易いものです。けれど手紙と違い、一度口に出してしまった言葉を戻すことは決してできません。ですからこのような大勢の場でご発言なさる以上、自分の言葉に対してとても大きな責任を負わなければなりません」
「責任?」
「ええ。なぜなら、もしあなたのご発言に間違いがあったとすれば、誰かを傷つけたり、その人生を狂わせることになる可能性が大いにあるからです。あなたはその責任を果たすご覚悟はございますか」

 目を見張る彼女に畳みかけるように続ける。

「噂というものは恐ろしいものです。自分は軽い気持ちで発言したとしましょう。ところが人から人へと伝わる内に実態の伴わないそれは、いつしか当初の発信者の手を離れてどんどん膨れあがっていくのです」

 私が腰を痛めて、エミリア嬢に落とした教科書類を拾ってもらった時も、殿下に伝わった時は、彼女に嫉妬した私が突き飛ばした上、物をぶちまけたとのお話に変わっていたのだから。

「もっとも周りの人間はそれが嘘でも本当でも構わない。むしろ嘘が楽しい話ならば、その嘘を真実として受け止めたがるものです。噂される誰かの感情のことなど頭にもないでしょう。けれど噂された当事者はどうでしょう? 噂は当事者を傷つけ、好奇の目で晒されるだけに飽き足らず、その人の未来を傷つけて崩壊させることにもなりかねません」

 それはまさに私のように。……いえ。きっと噂の対象とされる全ての人のように。

「それら全てをあなたは背負えるのですか、というお話です」

 彼女はそれでもまだ闘志は残っているようで、こくんと喉を鳴らした後、口を開いた。

「では。人に何か言いたいことがあっても、理性で押さえ込めと? 我慢してやり過ごせと言うのですか。ケンカ一つするなと?」
「いいえ。人間ですから、感情的になって思ってもない暴言を吐いたり、本音を吐いたりすることもあるでしょう。またそのような噂話を聞くこともあるかもしれません。その結果、仲違いすることになっても個人間ならば、関係を修復することも可能です」

 ディアナ嬢の件も、エミリア嬢の件における私と殿下の間でも誤解が解けたと思う。……おそらくね。

「ただし、その他大勢の人間に発信してしまったのならば、それを期待するのは無駄というもの。事実が判明した時に、発信者が慌てて否定に回ってももう手遅れです。噂は手の届かないところまで成長して、もはや誰にも消すことはできません」

 それでもあなたは続けますか。
 最後の言葉は口にせず、ミーナ嬢を見た。ぐっと黙り込んではいるけれど、こちらへの睨み付けは変わらない。
 するとディアナ嬢は目を伏せて一つため息をついた。

「ミーナ、もうよいでしょう」
「……ディアナ様」
「あなたのお話は個人的なことです。また別の機会にしましょう。確かに、言葉には常に責任が伴います。ミーナにも。――ヴィヴィアンナ様にも」

 不意に振られて目を丸くする私に、ディアナ嬢は少し笑う。

「もちろんわたくしにも。そしてここにいる皆様にもです。自分の言動を今一度、省みることにしましょう」

 いつの間にか静まりかえっていたこの部屋に、彼女の凜とした声が響いた。
 彼女の言葉は一貫している。
 呼び出したのは何もシャルロット嬢個人や私のことだけではなく、周りへの牽制の意味もあったのだろうか。そこまで計算していたとしたら大したものだ。

 熱く語ってしまった割に、最後の締めは彼女に持って行かれた。今回は彼女にしてやられたけれど……悪い気はしない。
 思わず頬が綻んでいるとディアナ嬢と目が合い、少し気恥ずかしくなりながらも互いに微笑みあった。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します

けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」  五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。  他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。 だが、彼らは知らなかった――。 ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。 そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。 「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」 逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。 「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」 ブチギレるお兄様。 貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!? 「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!? 果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか? 「私の未来は、私が決めます!」 皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です> 【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】 今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜

言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。 しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。 それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。 「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」 破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。 気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。 「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。 「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」 学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス! "悪役令嬢"、ここに爆誕!

処理中です...