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第58話 乗りかかった船
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校内で随分堂々としたやり方だと思っていたら、こういうことだったとは。
もしかしたら最初から私を誘い込む罠だったのかもしれない。つまり、私はシャルロット嬢を奪還しに来た狩人ではなく、燃え盛る火に飛び込んだ虫だったというわけね。
何とも私らしいというか。エリーゼ嬢が止めるわけだ。
最初に私がここに足を踏み入れた時こそ、一瞬静かになったが、またそれぞれ会話を始めている。無関心を装ってはいるものの、こちらの様子を窺いながらというのはひしひしと伝わってくる。
とは言え、ここにいる全ての女子生徒がディアナ嬢の取り巻きというわけではなく、静観者、もしくは観客、立ち会い証人と言ったところだろう。
ここで自分の力を誇示しつつ、正当性を認めさせるつもりだろうか。
「どうぞ。おかけになって、ヴィヴィアンナ様」
ディアナ嬢は自分の右隣の空いた席を右手で指し示した。
彼女のテーブルには、不安そうな表情を浮かべているシャルロット嬢がいる限り、場違いでしたわ、ごきげんようと回れ右するわけにもいかない。厄介な出来事にことごとく足を踏み入れてしまう自分の性格に自嘲してしまう。
けれど仕方がない。乗りかかった船だ。
私はそつなく笑顔を浮かべ、勧められた席へと移動することにした。
そのテーブルにはディアナ嬢、シャルロット嬢の他に敵意を隠そうともしないミーナと呼ばれたご令嬢が着座している他、三人分の空席がある。
先ほどの三人の席かもしれない。彼女たちは私をこの部屋に誘導するためだったのか、あるいは本当に止めるためだったのかは分からないけれど、その役目は終わったのだから、戻ってもいいはず。何なら私が呼んできてもいい。
などと意識を他にやることで、少しでも緊張感を緩めてみた。
「ありがとうございます。ディアナ様。それではお邪魔いたしますね」
「ええ、どうぞ。すぐにお茶を用意させますわ」
ディアナ嬢が慣れた口調で人を使う様は、さすが侯爵令嬢の風格がある。
思わず感心しながらその一連の所作を見つめていると、それに気付いた彼女は何も言わなかったけれど少しだけ眉をひそめた。
私もまた何も言わず彼女から視線をそらすと、目の前のシャルロット嬢が申し訳なさそうに目配せしてきたので、私は一度だけ目を伏せて返した。
「とても良い香りですね」
気品ある華やかさが辺りから香り立ち、私の興味は目の前に用意された美しい茶器に移る。
「あら。公爵令嬢のヴィヴィアンナ様のお口に合いますでしょうか」
少しばかりの嫌味っぽさが含まれた物言いだったけれど、見るからに上質なこのお茶に責任はない。ありがたく頂戴することにした。
「頂きます」
口に含むと芳醇な香りが広がり、自然と頬がほころぶ。私はその表情のまま視線をディアナ嬢に向けた。
「なるほど。そうですね。わたくしの方がお茶に合わせないといけませんね」
「……はい?」
彼女はすぐさま不愉快そうな口調で眉を上げると、各々雑談をしているはずの周りに緊張が走るのが分かった。
それに対して、私はにっこりと笑う。
「ブランシェ侯爵様はこの国で一番お茶に造詣が深いお方ですものね。普段から最上級のお茶の中でも、さらにご自分で厳選されて嗜まれているとお聞きしておりますわ」
「え、ええ。確かにそうですが」
いきなり自分のお父様の話を持ち出されるとは思わなかったのか、彼女は戸惑っている様子だけれど、私は構わず続ける。
「五年前にブランシェ侯爵様が主催されたパーティーで頂いたお茶が思い出されます。それは子供ながらとても感動いたしました。けれど今も昔も、わたくしにはその素晴らしさを表現する感性に乏しいことが残念でなりません。せっかく極上のお茶を頂きましたのに、言葉足らずで申し訳ございません」
「い、いえ。そ、そうですか」
拍子抜けしたようだ。あるいは振り上げた拳をどこにやればいいのか、困っているのかもしれない。何にせよ、最初の洗礼は横に軽く流せたようだ。
本題はこれから先。
読書にふける時間とは違って、長く感じられる時間となるだろうと思い、私はまた一時の安らぎを得るためにお茶を口にして、うん美味しいと笑顔で呟いた。
もしかしたら最初から私を誘い込む罠だったのかもしれない。つまり、私はシャルロット嬢を奪還しに来た狩人ではなく、燃え盛る火に飛び込んだ虫だったというわけね。
何とも私らしいというか。エリーゼ嬢が止めるわけだ。
最初に私がここに足を踏み入れた時こそ、一瞬静かになったが、またそれぞれ会話を始めている。無関心を装ってはいるものの、こちらの様子を窺いながらというのはひしひしと伝わってくる。
とは言え、ここにいる全ての女子生徒がディアナ嬢の取り巻きというわけではなく、静観者、もしくは観客、立ち会い証人と言ったところだろう。
ここで自分の力を誇示しつつ、正当性を認めさせるつもりだろうか。
「どうぞ。おかけになって、ヴィヴィアンナ様」
ディアナ嬢は自分の右隣の空いた席を右手で指し示した。
彼女のテーブルには、不安そうな表情を浮かべているシャルロット嬢がいる限り、場違いでしたわ、ごきげんようと回れ右するわけにもいかない。厄介な出来事にことごとく足を踏み入れてしまう自分の性格に自嘲してしまう。
けれど仕方がない。乗りかかった船だ。
私はそつなく笑顔を浮かべ、勧められた席へと移動することにした。
そのテーブルにはディアナ嬢、シャルロット嬢の他に敵意を隠そうともしないミーナと呼ばれたご令嬢が着座している他、三人分の空席がある。
先ほどの三人の席かもしれない。彼女たちは私をこの部屋に誘導するためだったのか、あるいは本当に止めるためだったのかは分からないけれど、その役目は終わったのだから、戻ってもいいはず。何なら私が呼んできてもいい。
などと意識を他にやることで、少しでも緊張感を緩めてみた。
「ありがとうございます。ディアナ様。それではお邪魔いたしますね」
「ええ、どうぞ。すぐにお茶を用意させますわ」
ディアナ嬢が慣れた口調で人を使う様は、さすが侯爵令嬢の風格がある。
思わず感心しながらその一連の所作を見つめていると、それに気付いた彼女は何も言わなかったけれど少しだけ眉をひそめた。
私もまた何も言わず彼女から視線をそらすと、目の前のシャルロット嬢が申し訳なさそうに目配せしてきたので、私は一度だけ目を伏せて返した。
「とても良い香りですね」
気品ある華やかさが辺りから香り立ち、私の興味は目の前に用意された美しい茶器に移る。
「あら。公爵令嬢のヴィヴィアンナ様のお口に合いますでしょうか」
少しばかりの嫌味っぽさが含まれた物言いだったけれど、見るからに上質なこのお茶に責任はない。ありがたく頂戴することにした。
「頂きます」
口に含むと芳醇な香りが広がり、自然と頬がほころぶ。私はその表情のまま視線をディアナ嬢に向けた。
「なるほど。そうですね。わたくしの方がお茶に合わせないといけませんね」
「……はい?」
彼女はすぐさま不愉快そうな口調で眉を上げると、各々雑談をしているはずの周りに緊張が走るのが分かった。
それに対して、私はにっこりと笑う。
「ブランシェ侯爵様はこの国で一番お茶に造詣が深いお方ですものね。普段から最上級のお茶の中でも、さらにご自分で厳選されて嗜まれているとお聞きしておりますわ」
「え、ええ。確かにそうですが」
いきなり自分のお父様の話を持ち出されるとは思わなかったのか、彼女は戸惑っている様子だけれど、私は構わず続ける。
「五年前にブランシェ侯爵様が主催されたパーティーで頂いたお茶が思い出されます。それは子供ながらとても感動いたしました。けれど今も昔も、わたくしにはその素晴らしさを表現する感性に乏しいことが残念でなりません。せっかく極上のお茶を頂きましたのに、言葉足らずで申し訳ございません」
「い、いえ。そ、そうですか」
拍子抜けしたようだ。あるいは振り上げた拳をどこにやればいいのか、困っているのかもしれない。何にせよ、最初の洗礼は横に軽く流せたようだ。
本題はこれから先。
読書にふける時間とは違って、長く感じられる時間となるだろうと思い、私はまた一時の安らぎを得るためにお茶を口にして、うん美味しいと笑顔で呟いた。
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