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第57話 虎穴に入らずんば
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遅い。遅すぎる。
空き部屋で待っていた私は本を閉じた。
時間にすれば大して経ってはいないと思う。けれど、いつも私よりも先に来て待っているシャルロット嬢の姿はなく、私が彼女を待っている状態だ。
今朝、彼女に会った時、会う約束したので何かあったに違いない。これは予感ではなく確信だ。
私は彼女の教室へと向かった。
彼女の教室の前で来て中を覗くと、その姿はない。入れ違いになったとも思えないし、人に聞いてみようかと考えていると、二、三人の女子生徒がおずおずと私の元に来た。
代表して一人の子が口を開く。
「あ、あの。ローレンス様。もしかしてシャルロットのことでしょうか」
「ええ。そうなの。何かご存知?」
「実は……」
辺りを注意深く見回しながら、彼女は小声で言った。
「ディアナ・ブランシェ侯爵令嬢様がシャルロットをお呼びになって」
「――っ! どこに行ったかお分かり?」
「さ、最上階のサロンです。外にクラスメートが立っていて、私たちでは入れてもらえなくて」
呼び出しは裏庭だと相場が決まっていると思っていたけれど、サロンとは。見張りまで立てて、昼間から校内で行うにしては余りにも大胆な行動だ。
「そう。ありがとう。行ってみますわ」
私はお礼を告げると、その足でサロンに向かう。
サロンなんて人の集まる所にわざわざ足を踏み入れるのは久々で、緊張感があると言ったら人に笑われるかもしれない。けれどそれぐらいの気持ちだ。
廊下の角からサロンの方へと目をやると、確かに扉の前で女子生徒が立っているのが見える。
私は一度顔を引っ込めると深呼吸をし、気合いを入れ直した。そしてゆったり余裕を見せながら、サロンの扉へと近付く。
彼女たちは私の顔を見た途端、表情を強ばらせた。扉の前に立つ女子生徒はディアナ嬢が連れていた取り巻きだ。
「ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう、ヴィヴィアンナ様」
「こんな所で何をなさっているの? 中に入らないの?」
私は優しくにっこりと笑いかけた。
「え。えと。こ、ここで待ち合わせを」
「そう。わたくしは中に入りたいのだけれど、よろしいかしら?」
「こ、ここは。ここは今お通しできません」
狼狽えながらも、ディアナ嬢の言いつけを守ろうとする彼女たちの勇気は見上げたものだ。
「なぜですか?」
「それは……」
口ごもる彼女らの言葉をのんびり悠長に待っているほど暇はない。気は進まないけれど、ここは公爵家の名前を借りることにする。
「ねえ、あなた方。この部屋はこの学院に通う者ならば、誰にでも利用できる場所ではなかったかしら。違いますか? ――アニエス・マーレ伯爵令嬢様、エリーゼ・ヴェルト伯爵令嬢様、セリア・ランバート子爵令嬢様」
私は順番に一人ずつ顔を見つめながら名前を呼ぶと、彼女らは顔を蒼白にした。
ディアナ嬢とはあれきりで終わるとは思っていなかったから、やはり彼女らの名前を確認しておいてよかった。
「それでもあなた方はわたくしに、ここに入ってはいけないと命じますか?」
息を詰めていた彼女らだったけれど、お互いの顔を見合わせて目配せすると、扉から横へとずれた。
「い、いえ。とんでもありません。どうぞお入りください」
「ありがとうございます」
そのまま扉に手をかけて入ろうとしたけれど、思いとどまり振り返る。
さすがに後味が悪かったからだ。
「脅すような真似をして、はしたなかったわね。ごめんなさい」
「え……」
彼女らは目を見開いて固まったけれど、すぐに我に返って否定した。
「い、いえ!」
「とんでもございません」
「わ、私どもも失礼いたしました」
私はいいえと言って彼女らに笑顔で返すと、ふっと場が緩んだような気がする。自分がそう思うだけかもしれないけれど。
「それでは失礼いたしますね」
「ヴィ、ヴィヴィアンナ様!」
再び扉に向かおうとすると、呼び止められた。
「ちょ、ちょっと、エリーゼ!」
「こ、声が大きいですわ。静かにっ」
私の目の前で、待ちなさいだの、だってだの、今更どうするのだの、一悶着起こしている彼女らだったけれど、エリーゼ嬢が振り切ったようだ。
「ヴィヴィアンナ様。今ここで引き返すべきです」
「……中にシャルロット様はいらっしゃる?」
エリーゼ嬢は少しためらったけれど、頷いた。
「そう。でしたら入ります」
彼女は初めから私を止められるとは思っていなかったようだ。再び頷いた。
「では、どうぞお気を引き締めて」
「ありがとうございます」
彼女の言葉に嫌な予感を意識せざるを得なくなる。しかし息を吐くのは心の中だけにして、私は扉を解放した。
すると、サロンには女子生徒で一杯となっている光景が目に飛び込んでくる。そして、その中心の席で迎えるのはディアナ嬢の笑顔だ。
「あら、ヴィヴィアンナ様。ごきげんよう。ご一緒にお茶はいかがですか?」
ああ、なるほど。……やられました。
空き部屋で待っていた私は本を閉じた。
時間にすれば大して経ってはいないと思う。けれど、いつも私よりも先に来て待っているシャルロット嬢の姿はなく、私が彼女を待っている状態だ。
今朝、彼女に会った時、会う約束したので何かあったに違いない。これは予感ではなく確信だ。
私は彼女の教室へと向かった。
彼女の教室の前で来て中を覗くと、その姿はない。入れ違いになったとも思えないし、人に聞いてみようかと考えていると、二、三人の女子生徒がおずおずと私の元に来た。
代表して一人の子が口を開く。
「あ、あの。ローレンス様。もしかしてシャルロットのことでしょうか」
「ええ。そうなの。何かご存知?」
「実は……」
辺りを注意深く見回しながら、彼女は小声で言った。
「ディアナ・ブランシェ侯爵令嬢様がシャルロットをお呼びになって」
「――っ! どこに行ったかお分かり?」
「さ、最上階のサロンです。外にクラスメートが立っていて、私たちでは入れてもらえなくて」
呼び出しは裏庭だと相場が決まっていると思っていたけれど、サロンとは。見張りまで立てて、昼間から校内で行うにしては余りにも大胆な行動だ。
「そう。ありがとう。行ってみますわ」
私はお礼を告げると、その足でサロンに向かう。
サロンなんて人の集まる所にわざわざ足を踏み入れるのは久々で、緊張感があると言ったら人に笑われるかもしれない。けれどそれぐらいの気持ちだ。
廊下の角からサロンの方へと目をやると、確かに扉の前で女子生徒が立っているのが見える。
私は一度顔を引っ込めると深呼吸をし、気合いを入れ直した。そしてゆったり余裕を見せながら、サロンの扉へと近付く。
彼女たちは私の顔を見た途端、表情を強ばらせた。扉の前に立つ女子生徒はディアナ嬢が連れていた取り巻きだ。
「ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう、ヴィヴィアンナ様」
「こんな所で何をなさっているの? 中に入らないの?」
私は優しくにっこりと笑いかけた。
「え。えと。こ、ここで待ち合わせを」
「そう。わたくしは中に入りたいのだけれど、よろしいかしら?」
「こ、ここは。ここは今お通しできません」
狼狽えながらも、ディアナ嬢の言いつけを守ろうとする彼女たちの勇気は見上げたものだ。
「なぜですか?」
「それは……」
口ごもる彼女らの言葉をのんびり悠長に待っているほど暇はない。気は進まないけれど、ここは公爵家の名前を借りることにする。
「ねえ、あなた方。この部屋はこの学院に通う者ならば、誰にでも利用できる場所ではなかったかしら。違いますか? ――アニエス・マーレ伯爵令嬢様、エリーゼ・ヴェルト伯爵令嬢様、セリア・ランバート子爵令嬢様」
私は順番に一人ずつ顔を見つめながら名前を呼ぶと、彼女らは顔を蒼白にした。
ディアナ嬢とはあれきりで終わるとは思っていなかったから、やはり彼女らの名前を確認しておいてよかった。
「それでもあなた方はわたくしに、ここに入ってはいけないと命じますか?」
息を詰めていた彼女らだったけれど、お互いの顔を見合わせて目配せすると、扉から横へとずれた。
「い、いえ。とんでもありません。どうぞお入りください」
「ありがとうございます」
そのまま扉に手をかけて入ろうとしたけれど、思いとどまり振り返る。
さすがに後味が悪かったからだ。
「脅すような真似をして、はしたなかったわね。ごめんなさい」
「え……」
彼女らは目を見開いて固まったけれど、すぐに我に返って否定した。
「い、いえ!」
「とんでもございません」
「わ、私どもも失礼いたしました」
私はいいえと言って彼女らに笑顔で返すと、ふっと場が緩んだような気がする。自分がそう思うだけかもしれないけれど。
「それでは失礼いたしますね」
「ヴィ、ヴィヴィアンナ様!」
再び扉に向かおうとすると、呼び止められた。
「ちょ、ちょっと、エリーゼ!」
「こ、声が大きいですわ。静かにっ」
私の目の前で、待ちなさいだの、だってだの、今更どうするのだの、一悶着起こしている彼女らだったけれど、エリーゼ嬢が振り切ったようだ。
「ヴィヴィアンナ様。今ここで引き返すべきです」
「……中にシャルロット様はいらっしゃる?」
エリーゼ嬢は少しためらったけれど、頷いた。
「そう。でしたら入ります」
彼女は初めから私を止められるとは思っていなかったようだ。再び頷いた。
「では、どうぞお気を引き締めて」
「ありがとうございます」
彼女の言葉に嫌な予感を意識せざるを得なくなる。しかし息を吐くのは心の中だけにして、私は扉を解放した。
すると、サロンには女子生徒で一杯となっている光景が目に飛び込んでくる。そして、その中心の席で迎えるのはディアナ嬢の笑顔だ。
「あら、ヴィヴィアンナ様。ごきげんよう。ご一緒にお茶はいかがですか?」
ああ、なるほど。……やられました。
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