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第56話 輝くのは笑顔と
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私は学院へ通うのに馬車で通学している。
馬車は上流階級の人間が好んで利用するものだけれど、私は目立ちたくないので時間がかかっても徒歩で行きたいところではある。
しかし実際のところ、公爵家としての面子や徒歩で通学させることに対する警備の面もあるし、何よりも他の上級貴族が公爵家を差し置いて馬車通学はできなくなると見て、迷惑するだろうということで仕方なく馬車通学となっている。
華美な外見の馬車に反して中に乗る人物と言えば、それに似つかわしくない人目を気にするような狭小な人物で、我ながら何とも滑稽だと思う。
自嘲しているところに、シャルロット嬢のことを考えるとさらに頭が痛い。
憂鬱のため息を一つ落とすと、ユーナがすかさず殿下とまた何かあったのですか、などど遠からず近からずの話を振ってくるのもまた面倒だ。
眠いのよなどと適当に話を流していると、学校に到着した。
玄関前でユーナに別れの挨拶をして、校内へと向かっていると。
「おはようございます、ヴィヴィアンナ様!」
「……あら。おはようございます」
「とても素敵な馬車でお越しなのですね! さすが公爵様のお乗り物は違いますね」
振り返って挨拶する相手は頭痛の種、シャルロット嬢である。私と違って明るい表情で楽しそうだ。
「いえ。そんな」
私の力で手に入れた馬車でもないわけですし……。
微妙な返しをしつつ肩を並べながら、互いの教室まで途中、一緒に行くことにした。
「昨日はお会いできなくて残念でしたわ」
「ええ。こちらこそ」
彼女の跡をつけたことに罪悪感に抱く私は、前だけを見ながら言葉少なげに返す。
「……ところでヴィヴィアンナ様。昨日、私の教室に来てくださったと聞いたのですが」
「え?」
その言葉に思わず彼女の顔を見つめた。
彼女の教室は覗かなかったし、あの階は学年共有の教室も多い。けれど、今、彼女と懇意にしていることは知れているようだから、会いに来たと周りに思われたのだろう。
私はああそうかと素直に頷く。
「ええ。そうなの。あなたに用事があることをすっかり忘れていて、お見えにならないなと思って教室を訪ねたの」
彼女の教室にすぐに訪れたのではなく、殿下に止められたことで時間稼ぎできたことは、今となってはもっけの幸いだ。
昨日は邪険な扱いをしたけれど、ありがとうございます殿下と心の中でだけ感謝を申し上げてみた。
「まあ。そうだったのですね。申し訳ございません」
「いいえ。わたくしが忘れていたのですから。それよりも、やはり目立ってしまったようでご迷惑だったわね。ごめんなさい」
「いえ! とんでもありません。わざわざ足をお運びいただいて嬉しかったです。ただ、お約束していたのに反故にしてしまったことが心苦しくて」
彼女は嫌味の無い笑顔だったので、それは本心だと思う。私は続けてそれとなく言ってみた。
「いいえ。シャルロット様も良い方の一人もいらっしゃるでしょうし、そういった方とのお約束もあるでしょう。わたくしのことは気になさらないで」
「え? 良い人だなんて! とんでもありません。そんな方、いませんよ」
では昨日のあれは何だったというのか。とても何でもない男性相手に出す声音ではなかった。しかしそんな事を口に出すこともできず、私は素知らぬ顔をしてみせた。
「……そう? シャルロット様はお可愛らしいし、男性に好意を持たれることも多いでしょうに」
「いえ。そんなことありません! でもヴィヴィアンナ様にそう言っていただけるのは嬉しいです」
輝くような笑顔を浮かべる彼女は、これまでにない華やかな装飾品を胸元に身につけている。
一応、学内でも装飾品を身につけることは禁止されていないが、そこは暗黙の了解で派手すぎるものは避けられている。
そういうことは何も考えない男性からの贈り物かもしれない。けれど、家でご用意されたものかもしれず、判断がつかない私は敢えてそれに触れることはしなかった。
しかし、またそれがトラブルの種になるのならば、多少嫌な顔をされてもその場で言うべきだったと思う……。
馬車は上流階級の人間が好んで利用するものだけれど、私は目立ちたくないので時間がかかっても徒歩で行きたいところではある。
しかし実際のところ、公爵家としての面子や徒歩で通学させることに対する警備の面もあるし、何よりも他の上級貴族が公爵家を差し置いて馬車通学はできなくなると見て、迷惑するだろうということで仕方なく馬車通学となっている。
華美な外見の馬車に反して中に乗る人物と言えば、それに似つかわしくない人目を気にするような狭小な人物で、我ながら何とも滑稽だと思う。
自嘲しているところに、シャルロット嬢のことを考えるとさらに頭が痛い。
憂鬱のため息を一つ落とすと、ユーナがすかさず殿下とまた何かあったのですか、などど遠からず近からずの話を振ってくるのもまた面倒だ。
眠いのよなどと適当に話を流していると、学校に到着した。
玄関前でユーナに別れの挨拶をして、校内へと向かっていると。
「おはようございます、ヴィヴィアンナ様!」
「……あら。おはようございます」
「とても素敵な馬車でお越しなのですね! さすが公爵様のお乗り物は違いますね」
振り返って挨拶する相手は頭痛の種、シャルロット嬢である。私と違って明るい表情で楽しそうだ。
「いえ。そんな」
私の力で手に入れた馬車でもないわけですし……。
微妙な返しをしつつ肩を並べながら、互いの教室まで途中、一緒に行くことにした。
「昨日はお会いできなくて残念でしたわ」
「ええ。こちらこそ」
彼女の跡をつけたことに罪悪感に抱く私は、前だけを見ながら言葉少なげに返す。
「……ところでヴィヴィアンナ様。昨日、私の教室に来てくださったと聞いたのですが」
「え?」
その言葉に思わず彼女の顔を見つめた。
彼女の教室は覗かなかったし、あの階は学年共有の教室も多い。けれど、今、彼女と懇意にしていることは知れているようだから、会いに来たと周りに思われたのだろう。
私はああそうかと素直に頷く。
「ええ。そうなの。あなたに用事があることをすっかり忘れていて、お見えにならないなと思って教室を訪ねたの」
彼女の教室にすぐに訪れたのではなく、殿下に止められたことで時間稼ぎできたことは、今となってはもっけの幸いだ。
昨日は邪険な扱いをしたけれど、ありがとうございます殿下と心の中でだけ感謝を申し上げてみた。
「まあ。そうだったのですね。申し訳ございません」
「いいえ。わたくしが忘れていたのですから。それよりも、やはり目立ってしまったようでご迷惑だったわね。ごめんなさい」
「いえ! とんでもありません。わざわざ足をお運びいただいて嬉しかったです。ただ、お約束していたのに反故にしてしまったことが心苦しくて」
彼女は嫌味の無い笑顔だったので、それは本心だと思う。私は続けてそれとなく言ってみた。
「いいえ。シャルロット様も良い方の一人もいらっしゃるでしょうし、そういった方とのお約束もあるでしょう。わたくしのことは気になさらないで」
「え? 良い人だなんて! とんでもありません。そんな方、いませんよ」
では昨日のあれは何だったというのか。とても何でもない男性相手に出す声音ではなかった。しかしそんな事を口に出すこともできず、私は素知らぬ顔をしてみせた。
「……そう? シャルロット様はお可愛らしいし、男性に好意を持たれることも多いでしょうに」
「いえ。そんなことありません! でもヴィヴィアンナ様にそう言っていただけるのは嬉しいです」
輝くような笑顔を浮かべる彼女は、これまでにない華やかな装飾品を胸元に身につけている。
一応、学内でも装飾品を身につけることは禁止されていないが、そこは暗黙の了解で派手すぎるものは避けられている。
そういうことは何も考えない男性からの贈り物かもしれない。けれど、家でご用意されたものかもしれず、判断がつかない私は敢えてそれに触れることはしなかった。
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