婚約破棄に向けて悪役令嬢始めました

樹里

文字の大きさ
上 下
55 / 113

第55話 尾行

しおりを挟む
 私はオーブリー公爵子息に別れを告げると書庫を出た。

 これからシャルロット嬢のことはどうしよう。実際、男性を侍らせているだの、貢がせているだのの話があったとして、確かに淑女としての立ち振る舞いとしては相応しくないと思うけれど、それを私が何様気取りで口出すのか。
 しかしそれができないと言うのならば殿下の言う通り、今はまだ彼の婚約者である以上、彼の言葉に従うべきなのか。

 はっ。
 いつの間にか、これまでのように従う思考になっている。そうではない。私が彼女をどう見て、どう行動するかの問題だ。殿下は関係がない。
 とりあえず明日の昼休みは用事があると言っていたから、彼女の普段の様子を探ってみることにしよう。彼女の私事を見張るだなんて無礼にも程があるし、心苦しいけれど。

 ……それにしても今回はシャルロット嬢身辺を探ることになるのか。今世は取り巻きを連れるのではなく、私が人に付きまとう人生らしい。しかも学院内で陰からそっと。
 ますます不審化していく自分ではあったけれど、気付かなかったことにした。


 次の日。

「ヴィヴィアンナ」

 昼休みが始まってすぐに席を立ち、シャルロット嬢の教室へと向かおうとするところを呼び止められた。

「ごきげんよう、殿下」

 一体何用か。急いでいるのだけれど。
 その不機嫌さが顔に出ていたのだろう。彼は少し眉を落とした。

「昨日はその……悪かった」
「……はい?」

 突然の訳の分からない謝罪に目を見張った。

「いや。昨日、ちょっときつい物言いだったかなとあれから反省した」

 意外だ。別れた後、私との会話を振り返って考えていたとは。
 私は怒らせていた肩を落とし、逸る気持ちも落ち着かせる。

「いいえ。殿下の言葉には間違いがございませんでした。わたくしに謝罪されるようなことはございません」
「そうか。……怒ってないのか?」

 これまた意外な言葉だ。何だか沈み込んだ様子なので、仕方がないから私が大人になってあげることにした。
 私は腰に両手をやって胸を張る。

「失礼ですわね。わたくしの顔がそんなに怒っている顔に見えるのですか?」
「ああ。――いや、ごめん。見えない!」

 殿下は私が行動する前に手で制し、すぐに謝罪した。

「まったく。もういいですわよ」
「うん。ごめん。……ありがとう」

 こちらの気持ちを見透かされたようなお礼に私は思わ――あっ! こんなことをしている場合じゃない。

「すみません。この後、急ぎの用事がありましたの」
「おい、またかよ!?」

 ええ。あなたのおかげで。

「今度、時間を作りますから」
「……分かった。絶対だぞ」
「ええ。はい。ではまた」

 念押しする殿下に対して適当に答えると、シャルロット嬢への教室へと急いだ。

 用事があると言っていたので、まだ彼女は教室にいるか不安だったけれど、私が彼女の教室が目に入った時には丁度一人でどこかに向かって歩いて行くところだった。

 私は十分な距離を取って彼女の跡をつけると、彼女はどんどん奥に進んで行く。
 周りから人気がなくなってくると、彼女はむしろ人目を気にするようなそぶりをしだしたから、その度に身を隠す羽目になる。瞬発力が必要だ。
 奥には学年共有の教室があったと思うけれど、この時間だと空き教室になっているはず。恋人との逢瀬かもしれないし、さすがにこれ以上の尾行は控えよう。
 足を止めて踵を返した時。

「お待たせしました」

 扉を開けたシャルロット嬢が可愛らしい声で、中の誰かに声をかけて入っていった。
 私は少し考えた後、また足を前に進めると部屋の前まで近付く。
 さすがにしっかり閉められた扉を開けるだけの勇気はないので、扉に耳を近づけた。

 やはり相手は恋人らしい。男性の声と甘えるような彼女の声が聞こえてくる。
 ……彼女の踏みこむべきではない個人的な領域まで侵害して、私は一体何をやっているんだろう。

 ため息をつくと、私はそこを後にした。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します

けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」  五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。  他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。 だが、彼らは知らなかった――。 ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。 そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。 「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」 逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。 「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」 ブチギレるお兄様。 貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!? 「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!? 果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか? 「私の未来は、私が決めます!」 皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です> 【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】 今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜

言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。 しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。 それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。 「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」 破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。 気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。 「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。 「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」 学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス! "悪役令嬢"、ここに爆誕!

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

処理中です...