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第54話 考える時間を
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殿下と別れた後、私はある場所に足を向けた。そこは寒い季節になった今、彼も常連客となっているからだ。
「オーブリーさん、わたくしのいる所、どこにでもいますね。もしかしてわたくしに好意を持っています?」
私は、書庫室で梯子に登って本を手に取っているオーブリー公爵子息を見上げながら声をかける。
すると振り返った彼は冷ややかな笑顔を落としてきた。
「よく言うよ。先にいたのは俺の方なんだけど」
「そうでしたね」
「と言うか、君でも冗談を言うんだ」
遠回しで、冗談にも程がある、笑わせないでよと言われましたが大丈夫。想定内です。
彼はちょっと待ってと言って本を棚に戻すと、梯子を下りてくる。
その様子を見ながら、あれから梯子は修理されたのだなとふと気付いた。一応どこかに管理者はいるのだろう。普段は見かけないけれども。
「本はよろしいのですか?」
「うん、いいよ。で、何か用?」
「なぜわたくしがあなたに用だと?」
「用じゃなければ、見かけても俺に声なんてかけないでしょ」
私は彼の言葉を少し考えた後、頷いた。
「なるほど。確かにそれもそうですね」
「はっきり言ってくれるねー」
「冗談です。――と、はっきり言い切れないのが辛いところです」
「……この不毛な会話はもういいよ。で、何?」
顔を引きつらせて笑いつつ促してくるので、私は辺りを見回して私たち以外、人っ子一人いないのを確認して口を開く。
「シャルロット・ボルドー男爵令嬢のことです。彼女の噂について何かお聞きしたことはございますか?」
彼は腕を組み、眉をひそめた。
「俺を何だと思っているの? 情報屋じゃないよ」
「ですね。ではごきげん――」
「待って! 早い早い! 知っているよ!」
身を翻しながら、礼を欠いたお別れのご挨拶をしようとしたところ、慌てて引き留められた。
「ご存知だったのなら、出し惜しみなさらなければよろしいのに」
「いや。とりあえずそれぐらい言わせてよ。それで、ボルドー男爵令嬢の噂だっけ? 何も聞いたことがないの?」
「そうですね。学年も違いますし、あまり耳にしたことは」
「おまけに君、友達いないもんね」
ずばっと心を切り裂かれても、反論できない私はただにっこりと笑う。
その笑みが余程危機迫るものだったのだろう。彼は気まずそうに目をそらし、自分の首に手をやった。
「ごめん。失言だった」
「謝らないでください。そちらの方がダメージが来ます」
「あー、ハイ。……で、彼女のことだったね。えーっと。そうだね。よく男に囲まれているのは見るよ。守ってあげたくなる小動物みたいだもんね、彼女」
小動物かどうかはさておいて、言いたいことは分かる。
「そこがエミリア・コーラルと違う所。彼女は男たちとの身分差上、仕方なく相手にしていたって感じだったから」
「そうなのですか」
「うん。――ああ、そうだ。他にも最近、高級そうな装飾品を身に付けているらしく、男たちに色々貢がせているんじゃないかって話を聞いたな」
「男に貢がせるですって!?」
私は思わず眉根を寄せた。
「君は見たことないの?」
「ええ。毎日お会いするわけではありませんし。……本当のお話ですか?」
「さあね。噂ではだよ。聞きたいのは噂の内容でしょ?」
なるほど。彼の言う通りだ。真実かどうかまで彼に求めることはできない。私が確かめるべきことだ。
「ええ。ごめんなさい。噂はそれだけですか?」
「あと……女友達もできたみたいだよ」
女友達ができたというのなら、おめでたい話のはずなのに、言い難そうな口調だったのはなぜか。
「どういうお友達です?」
「うーん。そうだね。……つまり公爵令嬢である君と仲が良いと知っているお友達ってところかな。彼女の本心までは分からないけど」
ああ、つまりはそういうこと。けれど、彼女がそのことで不利益を被らないのならば別に問題はない。
「そうですか」
「それでいいの? はっきり言うけど、君は利用されているんだよ。ボルドー男爵令嬢にも、そのお友達にも」
「良いか悪いかで言えば、別に構いません」
「へえ。大人だねー」
「……というのは建前です。新しいお友達ができたというのは羨ま妬ましいですわ」
澄まし顔で続けたら、彼はぷっと吹き出した。
「意外と素直だね。でも君は取り巻きが欲しいわけじゃないんでしょ」
「ええ。よくお分かりで」
「まあ。俺も同じような立場だし。何なら似たもの同士、俺と友達になる?」
私は思ってもいなかった言葉に目をぱちくりとさせた。そして顎に手をやって目を細める。
「……そうですね。一年ほど考える時間を頂けますか」
「冷たいな!」
彼は苦笑いをした。
「オーブリーさん、わたくしのいる所、どこにでもいますね。もしかしてわたくしに好意を持っています?」
私は、書庫室で梯子に登って本を手に取っているオーブリー公爵子息を見上げながら声をかける。
すると振り返った彼は冷ややかな笑顔を落としてきた。
「よく言うよ。先にいたのは俺の方なんだけど」
「そうでしたね」
「と言うか、君でも冗談を言うんだ」
遠回しで、冗談にも程がある、笑わせないでよと言われましたが大丈夫。想定内です。
彼はちょっと待ってと言って本を棚に戻すと、梯子を下りてくる。
その様子を見ながら、あれから梯子は修理されたのだなとふと気付いた。一応どこかに管理者はいるのだろう。普段は見かけないけれども。
「本はよろしいのですか?」
「うん、いいよ。で、何か用?」
「なぜわたくしがあなたに用だと?」
「用じゃなければ、見かけても俺に声なんてかけないでしょ」
私は彼の言葉を少し考えた後、頷いた。
「なるほど。確かにそれもそうですね」
「はっきり言ってくれるねー」
「冗談です。――と、はっきり言い切れないのが辛いところです」
「……この不毛な会話はもういいよ。で、何?」
顔を引きつらせて笑いつつ促してくるので、私は辺りを見回して私たち以外、人っ子一人いないのを確認して口を開く。
「シャルロット・ボルドー男爵令嬢のことです。彼女の噂について何かお聞きしたことはございますか?」
彼は腕を組み、眉をひそめた。
「俺を何だと思っているの? 情報屋じゃないよ」
「ですね。ではごきげん――」
「待って! 早い早い! 知っているよ!」
身を翻しながら、礼を欠いたお別れのご挨拶をしようとしたところ、慌てて引き留められた。
「ご存知だったのなら、出し惜しみなさらなければよろしいのに」
「いや。とりあえずそれぐらい言わせてよ。それで、ボルドー男爵令嬢の噂だっけ? 何も聞いたことがないの?」
「そうですね。学年も違いますし、あまり耳にしたことは」
「おまけに君、友達いないもんね」
ずばっと心を切り裂かれても、反論できない私はただにっこりと笑う。
その笑みが余程危機迫るものだったのだろう。彼は気まずそうに目をそらし、自分の首に手をやった。
「ごめん。失言だった」
「謝らないでください。そちらの方がダメージが来ます」
「あー、ハイ。……で、彼女のことだったね。えーっと。そうだね。よく男に囲まれているのは見るよ。守ってあげたくなる小動物みたいだもんね、彼女」
小動物かどうかはさておいて、言いたいことは分かる。
「そこがエミリア・コーラルと違う所。彼女は男たちとの身分差上、仕方なく相手にしていたって感じだったから」
「そうなのですか」
「うん。――ああ、そうだ。他にも最近、高級そうな装飾品を身に付けているらしく、男たちに色々貢がせているんじゃないかって話を聞いたな」
「男に貢がせるですって!?」
私は思わず眉根を寄せた。
「君は見たことないの?」
「ええ。毎日お会いするわけではありませんし。……本当のお話ですか?」
「さあね。噂ではだよ。聞きたいのは噂の内容でしょ?」
なるほど。彼の言う通りだ。真実かどうかまで彼に求めることはできない。私が確かめるべきことだ。
「ええ。ごめんなさい。噂はそれだけですか?」
「あと……女友達もできたみたいだよ」
女友達ができたというのなら、おめでたい話のはずなのに、言い難そうな口調だったのはなぜか。
「どういうお友達です?」
「うーん。そうだね。……つまり公爵令嬢である君と仲が良いと知っているお友達ってところかな。彼女の本心までは分からないけど」
ああ、つまりはそういうこと。けれど、彼女がそのことで不利益を被らないのならば別に問題はない。
「そうですか」
「それでいいの? はっきり言うけど、君は利用されているんだよ。ボルドー男爵令嬢にも、そのお友達にも」
「良いか悪いかで言えば、別に構いません」
「へえ。大人だねー」
「……というのは建前です。新しいお友達ができたというのは羨ま妬ましいですわ」
澄まし顔で続けたら、彼はぷっと吹き出した。
「意外と素直だね。でも君は取り巻きが欲しいわけじゃないんでしょ」
「ええ。よくお分かりで」
「まあ。俺も同じような立場だし。何なら似たもの同士、俺と友達になる?」
私は思ってもいなかった言葉に目をぱちくりとさせた。そして顎に手をやって目を細める。
「……そうですね。一年ほど考える時間を頂けますか」
「冷たいな!」
彼は苦笑いをした。
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