婚約破棄に向けて悪役令嬢始めました

樹里

文字の大きさ
上 下
54 / 113

第54話 考える時間を

しおりを挟む
 殿下と別れた後、私はある場所に足を向けた。そこは寒い季節になった今、彼も常連客となっているからだ。

「オーブリーさん、わたくしのいる所、どこにでもいますね。もしかしてわたくしに好意を持っています?」

 私は、書庫室で梯子に登って本を手に取っているオーブリー公爵子息を見上げながら声をかける。
 すると振り返った彼は冷ややかな笑顔を落としてきた。

「よく言うよ。先にいたのは俺の方なんだけど」
「そうでしたね」
「と言うか、君でも冗談を言うんだ」

 遠回しで、冗談にも程がある、笑わせないでよと言われましたが大丈夫。想定内です。

 彼はちょっと待ってと言って本を棚に戻すと、梯子を下りてくる。
 その様子を見ながら、あれから梯子は修理されたのだなとふと気付いた。一応どこかに管理者はいるのだろう。普段は見かけないけれども。

「本はよろしいのですか?」
「うん、いいよ。で、何か用?」
「なぜわたくしがあなたに用だと?」
「用じゃなければ、見かけても俺に声なんてかけないでしょ」

 私は彼の言葉を少し考えた後、頷いた。

「なるほど。確かにそれもそうですね」
「はっきり言ってくれるねー」
「冗談です。――と、はっきり言い切れないのが辛いところです」
「……この不毛な会話はもういいよ。で、何?」

 顔を引きつらせて笑いつつ促してくるので、私は辺りを見回して私たち以外、人っ子一人いないのを確認して口を開く。

「シャルロット・ボルドー男爵令嬢のことです。彼女の噂について何かお聞きしたことはございますか?」

 彼は腕を組み、眉をひそめた。

「俺を何だと思っているの? 情報屋じゃないよ」
「ですね。ではごきげん――」
「待って! 早い早い! 知っているよ!」

 身を翻しながら、礼を欠いたお別れのご挨拶をしようとしたところ、慌てて引き留められた。

「ご存知だったのなら、出し惜しみなさらなければよろしいのに」
「いや。とりあえずそれぐらい言わせてよ。それで、ボルドー男爵令嬢の噂だっけ? 何も聞いたことがないの?」
「そうですね。学年も違いますし、あまり耳にしたことは」
「おまけに君、友達いないもんね」

 ずばっと心を切り裂かれても、反論できない私はただにっこりと笑う。
 その笑みが余程危機迫るものだったのだろう。彼は気まずそうに目をそらし、自分の首に手をやった。

「ごめん。失言だった」
「謝らないでください。そちらの方がダメージが来ます」
「あー、ハイ。……で、彼女のことだったね。えーっと。そうだね。よく男に囲まれているのは見るよ。守ってあげたくなる小動物みたいだもんね、彼女」

 小動物かどうかはさておいて、言いたいことは分かる。

「そこがエミリア・コーラルと違う所。彼女は男たちとの身分差上、仕方なく相手にしていたって感じだったから」
「そうなのですか」
「うん。――ああ、そうだ。他にも最近、高級そうな装飾品を身に付けているらしく、男たちに色々貢がせているんじゃないかって話を聞いたな」
「男に貢がせるですって!?」

 私は思わず眉根を寄せた。

「君は見たことないの?」
「ええ。毎日お会いするわけではありませんし。……本当のお話ですか?」
「さあね。噂ではだよ。聞きたいのは噂の内容でしょ?」

 なるほど。彼の言う通りだ。真実かどうかまで彼に求めることはできない。私が確かめるべきことだ。

「ええ。ごめんなさい。噂はそれだけですか?」
「あと……女友達もできたみたいだよ」

 女友達ができたというのなら、おめでたい話のはずなのに、言い難そうな口調だったのはなぜか。

「どういうお友達です?」
「うーん。そうだね。……つまり公爵令嬢である君と仲が良いと知っているお友達ってところかな。彼女の本心までは分からないけど」

 ああ、つまりはそういうこと。けれど、彼女がそのことで不利益を被らないのならば別に問題はない。

「そうですか」
「それでいいの? はっきり言うけど、君は利用されているんだよ。ボルドー男爵令嬢にも、そのお友達にも」
「良いか悪いかで言えば、別に構いません」
「へえ。大人だねー」
「……というのは建前です。新しいお友達ができたというのは羨ま妬ましいですわ」

 澄まし顔で続けたら、彼はぷっと吹き出した。

「意外と素直だね。でも君は取り巻き・・・・が欲しいわけじゃないんでしょ」
「ええ。よくお分かりで」
「まあ。俺も同じような立場だし。何なら似たもの同士、俺と友達になる?」

 私は思ってもいなかった言葉に目をぱちくりとさせた。そして顎に手をやって目を細める。

「……そうですね。一年ほど考える時間を頂けますか」
「冷たいな!」

 彼は苦笑いをした。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

21時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜

言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。 しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。 それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。 「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」 破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。 気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。 「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。 「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」 学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス! "悪役令嬢"、ここに爆誕!

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

処理中です...