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第51話 思いが込められた物
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シャルロット嬢と別れ、自分の教室に戻って席に着くとあらためてハンカチを解き、殿下から頂いたしおりを見つめた。
いくつかの赤い小さな花が妙に規則的にまっすぐ配置されており、でもうまく開ききっておらず変に花びらが折れたような花もある。葉も申し訳程度についているけれど、もう少し緑色があっても良かったかもしれない。
配色に関しても配置に関しても、素晴らしい美的感覚があるとは決して言い難い。……言い難いけれど、殿下らしい荒削りな味があると言えば、そうだ。
それにしても殿下は一体どんな顔をしてこの押し花に挑戦したのだろう。
昔から何でも自分の手で試してみようとする行動があったことが思い出される。
暴言の詫びだと言っていたけれど、それ以上に迷惑を掛けられているのですから、これくらいで許されると思ったら大間違いなんですからね。
ふと周りのざわめきを感じ、私は咳払いするといつの間にか緩んでいた頬を引き締めた。
家に帰り、ハンカチから取り出したしおりを机に置いてじっと見つめる。
このしおりはどこで使おう。借りた本に挟んでおくと、抜き忘れてそのまま返却したりすると大変なことになる。引き出しにでも大切に、いや違った、普通に保管しておくのがいいかもしれない。
そう決めてしおりを手に取った瞬間。
「あら。可愛いしおりですね!」
柔らかい女性の声が降ってきた。
私は聞き覚えのある声にも、びくりと肩を震わせた。
「ユ、ユーナ! だから気配を消して近付くのは止めてちょうだいとあれ程!」
「うふふ。失礼いたしました」
私が振り返って非難しても、ユーナは全く反省がありませんようで。
「このしおりは可愛いのですが、ただ、少々バランスが悪いですね。ああ。配色も悪いです。つまり全体的に拙いですね」
「……ルイス殿下に頂いたのよ」
「まあ! 何てことです! それはそれはとてもとても素敵な贈り物ですわ!」
ユーナは表情を明るくして、一転それを褒め称えた。
手の平返しの早いこと、早いこと。
私はとりあえず突っ込んでみる。
「バランスも配色も悪い。全体的に拙いと言ったわよね」
「いえ。大丈夫です! その分、殿下の愛でカバーしておりますから!」
……殿下の愛はともかく、自分の批評は否定しないらしい。なかなかの正直者の強者だ。
苦笑しながら私は引き出しに収めようとすると、ユーナは小首を傾げた。
「あら。仕舞われるのですか? どうしてお使いにならないのですか?」
「万が一無くしでもしたら一大事でしょ。何を言われることか分からないもの」
「大事に仕舞いたいお気持ちは理解できますが、殿下はヴィヴィアンナ様に使っていただきたくてお渡しになられたのでは?」
大事に仕舞いたい気持ちということに関しては理解していないようだけれども、確かに使わなければ使わないで殿下は拗ねそうだ。本当に厄介な人だから。
彼の不機嫌顔が容易に想像できてしまい、思わず笑みが零れた。
その私の表情を見たユーナがこれまた何かを勘違いしたのだろう。からかうような笑顔が零れているのが、何とも癪に障る。
私はとりわけ大きく、ごほんごほんと咳払いすると険しい顔を作ってみせた。
「やっぱり置いておくわ」
「肌身外さずお持ちになれば、殿下はお喜びになられますよ。押し花は時間と手間がとてもかかるものですから」
「え? そうなの?」
「ええ。お花の種類によりますが、数日から十日以上はかかりますよ。その間ずっとヴィヴィアンナ様のことを想われていたのでしょうね」
そんなにかかっていたとは。お詫びとは言え、本当に私のことを考えてくれていたのだろうか。まあ……殿下の真意は分からない。でもそんなに手間がかかっていたならば、公爵令嬢としての礼儀を見せなければならないでしょう。
「そうね。ユーナの言う通りだわ。使わなければまた文句を言われそうだもの……殿下を喜ばせるために持つのではないわよ。不機嫌にならないように持つの」
ただ、やはり借りている本には使わず、筆記具と一緒に持ち歩くことにしよう。
「はいはい。承知いたしました。では、そういうことにしておきましょう」
くすくす笑うユーナの横で私はツンと顔を背けた後、再びハンカチでそれをそっと包んだ。
いくつかの赤い小さな花が妙に規則的にまっすぐ配置されており、でもうまく開ききっておらず変に花びらが折れたような花もある。葉も申し訳程度についているけれど、もう少し緑色があっても良かったかもしれない。
配色に関しても配置に関しても、素晴らしい美的感覚があるとは決して言い難い。……言い難いけれど、殿下らしい荒削りな味があると言えば、そうだ。
それにしても殿下は一体どんな顔をしてこの押し花に挑戦したのだろう。
昔から何でも自分の手で試してみようとする行動があったことが思い出される。
暴言の詫びだと言っていたけれど、それ以上に迷惑を掛けられているのですから、これくらいで許されると思ったら大間違いなんですからね。
ふと周りのざわめきを感じ、私は咳払いするといつの間にか緩んでいた頬を引き締めた。
家に帰り、ハンカチから取り出したしおりを机に置いてじっと見つめる。
このしおりはどこで使おう。借りた本に挟んでおくと、抜き忘れてそのまま返却したりすると大変なことになる。引き出しにでも大切に、いや違った、普通に保管しておくのがいいかもしれない。
そう決めてしおりを手に取った瞬間。
「あら。可愛いしおりですね!」
柔らかい女性の声が降ってきた。
私は聞き覚えのある声にも、びくりと肩を震わせた。
「ユ、ユーナ! だから気配を消して近付くのは止めてちょうだいとあれ程!」
「うふふ。失礼いたしました」
私が振り返って非難しても、ユーナは全く反省がありませんようで。
「このしおりは可愛いのですが、ただ、少々バランスが悪いですね。ああ。配色も悪いです。つまり全体的に拙いですね」
「……ルイス殿下に頂いたのよ」
「まあ! 何てことです! それはそれはとてもとても素敵な贈り物ですわ!」
ユーナは表情を明るくして、一転それを褒め称えた。
手の平返しの早いこと、早いこと。
私はとりあえず突っ込んでみる。
「バランスも配色も悪い。全体的に拙いと言ったわよね」
「いえ。大丈夫です! その分、殿下の愛でカバーしておりますから!」
……殿下の愛はともかく、自分の批評は否定しないらしい。なかなかの正直者の強者だ。
苦笑しながら私は引き出しに収めようとすると、ユーナは小首を傾げた。
「あら。仕舞われるのですか? どうしてお使いにならないのですか?」
「万が一無くしでもしたら一大事でしょ。何を言われることか分からないもの」
「大事に仕舞いたいお気持ちは理解できますが、殿下はヴィヴィアンナ様に使っていただきたくてお渡しになられたのでは?」
大事に仕舞いたい気持ちということに関しては理解していないようだけれども、確かに使わなければ使わないで殿下は拗ねそうだ。本当に厄介な人だから。
彼の不機嫌顔が容易に想像できてしまい、思わず笑みが零れた。
その私の表情を見たユーナがこれまた何かを勘違いしたのだろう。からかうような笑顔が零れているのが、何とも癪に障る。
私はとりわけ大きく、ごほんごほんと咳払いすると険しい顔を作ってみせた。
「やっぱり置いておくわ」
「肌身外さずお持ちになれば、殿下はお喜びになられますよ。押し花は時間と手間がとてもかかるものですから」
「え? そうなの?」
「ええ。お花の種類によりますが、数日から十日以上はかかりますよ。その間ずっとヴィヴィアンナ様のことを想われていたのでしょうね」
そんなにかかっていたとは。お詫びとは言え、本当に私のことを考えてくれていたのだろうか。まあ……殿下の真意は分からない。でもそんなに手間がかかっていたならば、公爵令嬢としての礼儀を見せなければならないでしょう。
「そうね。ユーナの言う通りだわ。使わなければまた文句を言われそうだもの……殿下を喜ばせるために持つのではないわよ。不機嫌にならないように持つの」
ただ、やはり借りている本には使わず、筆記具と一緒に持ち歩くことにしよう。
「はいはい。承知いたしました。では、そういうことにしておきましょう」
くすくす笑うユーナの横で私はツンと顔を背けた後、再びハンカチでそれをそっと包んだ。
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