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第52話 エミリア嬢とシャルロット嬢
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ある日のこと。
「ヴィヴィアンナ様」
廊下を歩いていると、ひどく珍しく女性の声で呼び止められて振り返った。
その先にいたのはエミリア嬢で、これまた珍しい。なぜならこの階は全学年共有の教室は無く、上級生のクラスしかないからだ。
「エミリア様、ごきげんよう。こんな所でどうなさったの?」
「こんにちは。あの……少しお話ししたいことがございまして」
「ええ。何かしら」
彼女は人目を気にしたような様子を見せている。
また彼女への嫌がらせが頻発しているのだろうか。
「場所を変えた方がよろしいですか?」
「い、いえ。シャルロット・ボルドー男爵令嬢のことで、最近、ヴィヴィアンナ様が懇意になさっていると耳にしたのですが」
「ええ。よくお話しさせていただいております。あなたととても親しいそうね。シャルロット様がそうおっしゃっていたわ」
「親しい? 私とですか? え、ええ、そうですね」
エミリア嬢は戸惑ったような表情を見せた。
「どうかされました?」
「あ、あの。……いえ。単刀直入にお伺いいたしますが、彼女が人の物を盗んだという話をお聞きしたことがございますか?」
もしかしてこれは私に配慮してくれているのだろうか。
「ええ。最初に彼女と知り合いになった経緯は、そのお話で他のご令嬢と揉めている時に出くわしたものですから。でも彼女は冤罪を訴えておられますし、特に気にしておりませんわ。最近はそういう事もなくなったとお聞きしておりますし」
「そ、そうですか」
彼女は半ば目を伏せた。
そもそも悪い評判なら慣れたもので、今更自分の評判がこれ以上、下がったとしてもどうとも思わない。ただ、私がこう言っても彼女の顔が一向に晴れないことが少し気になる。
「……何か気になることでも? 何でもおっしゃって」
「は、はい。実はあの最近、彼女――」
何やら決意し、エミリア嬢は口を開こうとしたその時。
「ヴィヴィアンナ様!」
可愛らしい声が上がり、前から小走りにシャルロット嬢がやって来た。
「ごきげんよう、シャルロット様」
「こんにちは、ヴィヴィアンナ様! ――エミリアも」
彼女はすぐにエミリア嬢に気付き、にっこりと笑みを浮かべると小首を傾げる。
「エミリア、こんな所でどうしたの?」
「え、あ。ええ。従兄弟のジャンに会いに来たのよ」
「そう。ジャン様。ヴィヴィアンナ様とは何のお話を?」
本当にジャンとやらの従兄弟に会いに来たのか、ただの言い訳なのか、私には分からない。けれど、シャルロット嬢が納得したところをみると、私と同学年に彼女の従兄弟がいることだけは確からしい。
「お会いしたから、ご挨拶を申し上げていたの。……あなたは?」
「私はヴィヴィアンナ様にご用があって来たの。あなたのご挨拶はもう済んだ?」
シャルロット嬢は無垢な笑みをエミリア嬢に向けると、彼女は少し顔を強ばらせて頷いた。
「ええ。そうね。じゃあ、お先に失礼するわ。――ヴィヴィアンナ様、それではここで失礼いたします」
「……ええ、ごきげんよう」
彼女は私に向けて軽く礼を取ると去って行った。
「ヴィヴィアンナ様。エミリアとは何のお話を?」
「彼女にはご挨拶いただいただけよ」
「そうですか」
シャルロット嬢が尋ねてくるので、エミリア嬢の言葉通り返すと、彼女はにっこりと笑った。
「ええ。ところで、シャルロット様はわたくしにご用とのことでしたが、何のお話かしら?」
「ああ! 実はですね。明日は用事ができてしまいまして、お会いできないとお伝えしにきたのです」
「そうでしたか。それは残念です。ではまた次にしましょう」
「ええ。次の機会、楽しみにしていますね!」
彼女は私の手を取った。
周りの人がちらちら見てくるのが、何となく気恥ずかしい。
「え、ええ。ではまたね」
あらためて時間を設けることを約束して私たちは別れた。
するとすぐに。
「ヴィヴィアンナ!」
背後から声がかかる。
今日はよく声をかけられる日だ。私は声の主に振り返った。
「ヴィヴィアンナ様」
廊下を歩いていると、ひどく珍しく女性の声で呼び止められて振り返った。
その先にいたのはエミリア嬢で、これまた珍しい。なぜならこの階は全学年共有の教室は無く、上級生のクラスしかないからだ。
「エミリア様、ごきげんよう。こんな所でどうなさったの?」
「こんにちは。あの……少しお話ししたいことがございまして」
「ええ。何かしら」
彼女は人目を気にしたような様子を見せている。
また彼女への嫌がらせが頻発しているのだろうか。
「場所を変えた方がよろしいですか?」
「い、いえ。シャルロット・ボルドー男爵令嬢のことで、最近、ヴィヴィアンナ様が懇意になさっていると耳にしたのですが」
「ええ。よくお話しさせていただいております。あなたととても親しいそうね。シャルロット様がそうおっしゃっていたわ」
「親しい? 私とですか? え、ええ、そうですね」
エミリア嬢は戸惑ったような表情を見せた。
「どうかされました?」
「あ、あの。……いえ。単刀直入にお伺いいたしますが、彼女が人の物を盗んだという話をお聞きしたことがございますか?」
もしかしてこれは私に配慮してくれているのだろうか。
「ええ。最初に彼女と知り合いになった経緯は、そのお話で他のご令嬢と揉めている時に出くわしたものですから。でも彼女は冤罪を訴えておられますし、特に気にしておりませんわ。最近はそういう事もなくなったとお聞きしておりますし」
「そ、そうですか」
彼女は半ば目を伏せた。
そもそも悪い評判なら慣れたもので、今更自分の評判がこれ以上、下がったとしてもどうとも思わない。ただ、私がこう言っても彼女の顔が一向に晴れないことが少し気になる。
「……何か気になることでも? 何でもおっしゃって」
「は、はい。実はあの最近、彼女――」
何やら決意し、エミリア嬢は口を開こうとしたその時。
「ヴィヴィアンナ様!」
可愛らしい声が上がり、前から小走りにシャルロット嬢がやって来た。
「ごきげんよう、シャルロット様」
「こんにちは、ヴィヴィアンナ様! ――エミリアも」
彼女はすぐにエミリア嬢に気付き、にっこりと笑みを浮かべると小首を傾げる。
「エミリア、こんな所でどうしたの?」
「え、あ。ええ。従兄弟のジャンに会いに来たのよ」
「そう。ジャン様。ヴィヴィアンナ様とは何のお話を?」
本当にジャンとやらの従兄弟に会いに来たのか、ただの言い訳なのか、私には分からない。けれど、シャルロット嬢が納得したところをみると、私と同学年に彼女の従兄弟がいることだけは確からしい。
「お会いしたから、ご挨拶を申し上げていたの。……あなたは?」
「私はヴィヴィアンナ様にご用があって来たの。あなたのご挨拶はもう済んだ?」
シャルロット嬢は無垢な笑みをエミリア嬢に向けると、彼女は少し顔を強ばらせて頷いた。
「ええ。そうね。じゃあ、お先に失礼するわ。――ヴィヴィアンナ様、それではここで失礼いたします」
「……ええ、ごきげんよう」
彼女は私に向けて軽く礼を取ると去って行った。
「ヴィヴィアンナ様。エミリアとは何のお話を?」
「彼女にはご挨拶いただいただけよ」
「そうですか」
シャルロット嬢が尋ねてくるので、エミリア嬢の言葉通り返すと、彼女はにっこりと笑った。
「ええ。ところで、シャルロット様はわたくしにご用とのことでしたが、何のお話かしら?」
「ああ! 実はですね。明日は用事ができてしまいまして、お会いできないとお伝えしにきたのです」
「そうでしたか。それは残念です。ではまた次にしましょう」
「ええ。次の機会、楽しみにしていますね!」
彼女は私の手を取った。
周りの人がちらちら見てくるのが、何となく気恥ずかしい。
「え、ええ。ではまたね」
あらためて時間を設けることを約束して私たちは別れた。
するとすぐに。
「ヴィヴィアンナ!」
背後から声がかかる。
今日はよく声をかけられる日だ。私は声の主に振り返った。
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