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第45話 理不尽な巻き添え
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「直す?」
「はい。老朽化でもしていたのか、以前使った時にグラつきが気になっていたのです。ですからわたくしが修理しようかと思いまして」
適当な事を言って流そうと思っていたけれど、殿下は違うところに食いついた。
「お前が修理? 冗談だろ? お前、スプーンより重い物を持ったことはないんじゃないのか?」
「スプーンよりって今時、何の冗談なのですか。修理もちゃんとできますよ」
私は工具を手にくるくると高速で華麗に回し、上に放り投げると後ろ手で取ってみせた。
「おぉ!?」
「わぁ!」
もう一つの感激の高い声はエミリア嬢のものだ。
我知らず頬が緩む。
「ま。これくらいお手の物ですわ。手早くやってしまいましょう」
得意げになっていた私だったけれど、梯子の側に行って跪いた時に、ふとある事に気付いて動きを止める。
「どうした?」
「それがそのぉ。――釘がありませんでした」
私は素直に白状した。
それはそうだ。
さっきの人は梯子を壊すために釘を抜くだけで良かったのだから、釘を持ってくる必要もない。おまけに今、床に落ちている釘は曲がっていて使えそうにない。これでは修理のしようがもちろん――ない。
「はあ? 今の格好つけは何だったんだ。相変わらず肝心なところが抜けているな、お前」
「まったくもって返す言葉もございません」
「ま、まあ。準備漏れは誰にでもよくあることですよね。とりあえず今日の所は端に置いて、故障中と貼っておきませんか」
小さくなって謝罪していると、エミリア嬢が横から助け船してくれる。……良い子だ。
「それよ。とても良い考えだわ。そうしましょう」
私はプライドを捨て、媚びを売るように手を合わせると頬に当てて笑った。
修理中と私が書いて貼り付けた椅子を、殿下が端の方に寄せてくれた。
とりあえずこれでエミリア嬢が落下することは未然に防げたし、これから先も気を付けてくれるだろう。おまけに修理しようと試みた態度だけは見せたから、私が梯子に細工したとは思わないでくれる……ことを期待しよう。
そのエミリア嬢というと、その梯子をじっと見つめている。
もしかして老朽化ではなく、意図的に人の手が加えられていると気付かれただろうか。聡明な子だからその可能性もある。
「エミリア様」
私は彼女の興味を梯子から逸らそうとして話しかける。
「あ、は、はい」
彼女は弾かれたようにこちらを見た。
「エミリア様は誰かに頼まれてこちらに見えたのですか?」
「え? いえ? 私が借りたいものがあったので来たのですが、なぜですか」
あ。しまった。
先走りしすぎてしまった。
「い、いえ。ここの書庫はあまり利用者がいないので、誰かに頼まれたのかと思いましたの」
ご令嬢方は、休み時間は談話に忙しく、この部屋が盛況になっているのを見たことがない。むしろ閑散としていて、私は休み時間中、この部屋でこもることもある。
「そうなのですか。私は時々利用させていただいているんです。ヴィヴィアンナ様はよく利用されるのですか?」
「え? ええ。そうなの。二、三日に一度くらいは利用しているかしら」
考えてみれば、プライドの高い上級貴族なら借りるという行為は嫌がるかもしれない。
私は読書好きで利用が多かったりするわけなのだけれども。それに例えばお母様に『悪女』関係の本が欲しいなどとねだったら、卒倒されるに違いない。
「そうですか」
何だろう? 何か考え込んでいるようだけれど。
さっきの梯子は私がやったとか考えていたりしないとは……さすがに思いたい。
そう言えば、エミリア嬢は誰かに頼まれて来たのではなく、借りたい物があるから来たと言っていた。
とすると、彼女を狙ったものではなく、この件は全く関係の無い愉快犯だったのか。
あ、いえ、待って。この事故には続きがあって、エミリア嬢を助けた人がいた。つまり彼女の好意を得るために、わざと故障させて助けたという事実を作ろうとした人間の仕業かも。そう、さっきの男子生徒に違いない。
うん、それだわ!
何と人騒がせな。私は忙しいのだ。余計な手を煩わせないでほしい!
イライラしながらも合点がいった。
だから。
「そうだ。ヴィヴィアンナ、さっき言おうと戻ったことなんだが。次の休み……忙しいか?」
尋ねる殿下の言葉に対して。
「はい。忙しいです」
つい素っ気ない返事をしてしまった私だった。
「はい。老朽化でもしていたのか、以前使った時にグラつきが気になっていたのです。ですからわたくしが修理しようかと思いまして」
適当な事を言って流そうと思っていたけれど、殿下は違うところに食いついた。
「お前が修理? 冗談だろ? お前、スプーンより重い物を持ったことはないんじゃないのか?」
「スプーンよりって今時、何の冗談なのですか。修理もちゃんとできますよ」
私は工具を手にくるくると高速で華麗に回し、上に放り投げると後ろ手で取ってみせた。
「おぉ!?」
「わぁ!」
もう一つの感激の高い声はエミリア嬢のものだ。
我知らず頬が緩む。
「ま。これくらいお手の物ですわ。手早くやってしまいましょう」
得意げになっていた私だったけれど、梯子の側に行って跪いた時に、ふとある事に気付いて動きを止める。
「どうした?」
「それがそのぉ。――釘がありませんでした」
私は素直に白状した。
それはそうだ。
さっきの人は梯子を壊すために釘を抜くだけで良かったのだから、釘を持ってくる必要もない。おまけに今、床に落ちている釘は曲がっていて使えそうにない。これでは修理のしようがもちろん――ない。
「はあ? 今の格好つけは何だったんだ。相変わらず肝心なところが抜けているな、お前」
「まったくもって返す言葉もございません」
「ま、まあ。準備漏れは誰にでもよくあることですよね。とりあえず今日の所は端に置いて、故障中と貼っておきませんか」
小さくなって謝罪していると、エミリア嬢が横から助け船してくれる。……良い子だ。
「それよ。とても良い考えだわ。そうしましょう」
私はプライドを捨て、媚びを売るように手を合わせると頬に当てて笑った。
修理中と私が書いて貼り付けた椅子を、殿下が端の方に寄せてくれた。
とりあえずこれでエミリア嬢が落下することは未然に防げたし、これから先も気を付けてくれるだろう。おまけに修理しようと試みた態度だけは見せたから、私が梯子に細工したとは思わないでくれる……ことを期待しよう。
そのエミリア嬢というと、その梯子をじっと見つめている。
もしかして老朽化ではなく、意図的に人の手が加えられていると気付かれただろうか。聡明な子だからその可能性もある。
「エミリア様」
私は彼女の興味を梯子から逸らそうとして話しかける。
「あ、は、はい」
彼女は弾かれたようにこちらを見た。
「エミリア様は誰かに頼まれてこちらに見えたのですか?」
「え? いえ? 私が借りたいものがあったので来たのですが、なぜですか」
あ。しまった。
先走りしすぎてしまった。
「い、いえ。ここの書庫はあまり利用者がいないので、誰かに頼まれたのかと思いましたの」
ご令嬢方は、休み時間は談話に忙しく、この部屋が盛況になっているのを見たことがない。むしろ閑散としていて、私は休み時間中、この部屋でこもることもある。
「そうなのですか。私は時々利用させていただいているんです。ヴィヴィアンナ様はよく利用されるのですか?」
「え? ええ。そうなの。二、三日に一度くらいは利用しているかしら」
考えてみれば、プライドの高い上級貴族なら借りるという行為は嫌がるかもしれない。
私は読書好きで利用が多かったりするわけなのだけれども。それに例えばお母様に『悪女』関係の本が欲しいなどとねだったら、卒倒されるに違いない。
「そうですか」
何だろう? 何か考え込んでいるようだけれど。
さっきの梯子は私がやったとか考えていたりしないとは……さすがに思いたい。
そう言えば、エミリア嬢は誰かに頼まれて来たのではなく、借りたい物があるから来たと言っていた。
とすると、彼女を狙ったものではなく、この件は全く関係の無い愉快犯だったのか。
あ、いえ、待って。この事故には続きがあって、エミリア嬢を助けた人がいた。つまり彼女の好意を得るために、わざと故障させて助けたという事実を作ろうとした人間の仕業かも。そう、さっきの男子生徒に違いない。
うん、それだわ!
何と人騒がせな。私は忙しいのだ。余計な手を煩わせないでほしい!
イライラしながらも合点がいった。
だから。
「そうだ。ヴィヴィアンナ、さっき言おうと戻ったことなんだが。次の休み……忙しいか?」
尋ねる殿下の言葉に対して。
「はい。忙しいです」
つい素っ気ない返事をしてしまった私だった。
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