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第44話 言うべきことはただ一つ
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私は気を取り直すために、こほんと一つ咳払いした。
「殿下、わたくしはこれから行きたい所がございますので、ご用が無ければこれで失礼したいのですが」
「いつも忙しそうにしているな、お前」
ええ。主にあなたのせいで。ほぼあなたのせいで。やっぱり全てあなたのせいで。
「ところでどこに行くんだ?」
「書庫に行きたいのです」
「そう言えば、よく本を読んでいるな」
「ええ」
と言っても、今回は本を借りに行くのではない。
エミリア嬢が梯子を使って本を取ろうとした時に、壊れていた梯子から落ちるところを誰かに助けられる予定なのだ。
本当の事故にすぎず、助けられるなら放置しておいても別にいいのだけれど、これもなぜか私の責任にされたから対処しなければならない。
確かに本を借りに書庫へ頻繁に出入りしてるからと言って、何でもかんでも私のせいにしておけばいいものではないでしょうに。
正直、これは図書の管理者の責任でしょう。その責任者は見かけたことがないけれども!
ともかく、使われる前に梯子をどこかに隠してしまわなければ。
エミリア嬢が誰かに助けられると言うのならば、初めからその人物に取ってもらえば良いことだ。
「じゃあ、そこまで一緒に」
「殿下も本をお借りするのですか?」
嫌だな。困ったな。邪魔だな。
という表情を必死で隠して笑みを浮かべる。
「いや、別に。書庫には寄らない」
「そうですか」
ほっとした反面、それでは何の用で向こうまで行くのだろうかという疑問が湧く。
聞いてみてもいいけれど、あまり意味の無いことのような気がして聞かないことにした。
「ヴィヴィアンナは普段どんな本を読んでいるんだ?」
「え? そうですね。最近読みましたのは『男を操る魔性の女』とか『天使の微笑みを持つ蠱惑の悪女』、『戦慄! 身の毛もよだつ世界の毒婦たち』などでしょうか」
「……お前は何を目指しているんだ。というか、悪趣味にも程がある」
殿下が若干引き気味に顔を引きつらせたので、私はそこまで性悪ではなく、心外だと思って釈明する。
「いえ。さすがに『戦慄! 身の毛もよだつ世界の毒婦たち』は恐ろしさのあまり、最初の百五、六十ページで本を閉じましたわ」
「いやいや。結構読んでる読んでる」
そんな話をしながら最後まで誤解が解けぬまま、書庫の前までやって来た。
「では殿下ここで失礼いたします」
「ああ。じゃあな」
「はい」
殿下と別れ、書庫の扉をぎしりと音を立てて開けたその瞬間。
「――っ!?」
誰かが私の肩にぶつかりながら出て来たかと思うと、あっという間に走り去って行った。
後ろ姿からは男子生徒だとは分かるのだけれど、顔までは確認できなかったのが悔しい。
まったく! ぶつかっておいて何も言わずに逃げ去るとは失礼な人だ。
少し不快に思いながら中へと入っていくと、ふんと本独特の香りがする。人気も無く、この静かな部屋はいつも特別な空間に思える。
いつもならこのまま読書にふけるのだけれど、本日の目的は別だ。
私は件の梯子を探そうと見回すと、すぐに見つけることができた。そしてその側に工具が落ちているのに気付き、身を屈めるとそれを手に取る。
「あら? もしかして今の人が直そうとしたのかし――あっ」
違う。留め具が外されている。これで外した?
ではこれは事故ではなく、エミリア嬢への嫌がらせの一環だったということ? それなら細工の最中に、私が扉を開けたことで逃げるように去った理由も分かる。
でも誰が最初にこの梯子を使うか分からないはずなのに。――ああ、そうだわ。エミリア嬢が誰かに頼まれたとしたならば、次に彼女が使うということが分かる。つまり彼女に本を取ってくるようにお願いした誰かが犯人だ。
何という名推理! 天才かしら私。
誰もこれまでの私の功績と努力を褒めてくれないから、自分で自分を褒めてみた。……うん。なかなかに虚しい。
とりあえずこの梯子を人が使わないように端に寄せようと、身を起こした時、扉が開く音がして振り返る。
するとそこにはエミリア嬢の姿が。
「あら。ヴィヴィアンナ様、いらっしゃったのですか。失礼いたしました。……え? 手に何を」
さらには運の悪いことには、なぜか殿下が戻って来て同じように顔を覗かせたことだ。
「ヴィヴィアンナ。ああ、オーラルもいたのか」
「え。えっと。こ、こんにちは」
「ああ。ヴィヴィアンナ、さっき言い忘れたん――お前、何やっているんだ?」
オーラルじゃないよ。コーラルだよ!
と殿下に突っ込むよりも、梯子を前に工具を掴んだままの私が言うべきことはただ一つ。
「ご覧の通り。……梯子を直そうかと」
である。
「殿下、わたくしはこれから行きたい所がございますので、ご用が無ければこれで失礼したいのですが」
「いつも忙しそうにしているな、お前」
ええ。主にあなたのせいで。ほぼあなたのせいで。やっぱり全てあなたのせいで。
「ところでどこに行くんだ?」
「書庫に行きたいのです」
「そう言えば、よく本を読んでいるな」
「ええ」
と言っても、今回は本を借りに行くのではない。
エミリア嬢が梯子を使って本を取ろうとした時に、壊れていた梯子から落ちるところを誰かに助けられる予定なのだ。
本当の事故にすぎず、助けられるなら放置しておいても別にいいのだけれど、これもなぜか私の責任にされたから対処しなければならない。
確かに本を借りに書庫へ頻繁に出入りしてるからと言って、何でもかんでも私のせいにしておけばいいものではないでしょうに。
正直、これは図書の管理者の責任でしょう。その責任者は見かけたことがないけれども!
ともかく、使われる前に梯子をどこかに隠してしまわなければ。
エミリア嬢が誰かに助けられると言うのならば、初めからその人物に取ってもらえば良いことだ。
「じゃあ、そこまで一緒に」
「殿下も本をお借りするのですか?」
嫌だな。困ったな。邪魔だな。
という表情を必死で隠して笑みを浮かべる。
「いや、別に。書庫には寄らない」
「そうですか」
ほっとした反面、それでは何の用で向こうまで行くのだろうかという疑問が湧く。
聞いてみてもいいけれど、あまり意味の無いことのような気がして聞かないことにした。
「ヴィヴィアンナは普段どんな本を読んでいるんだ?」
「え? そうですね。最近読みましたのは『男を操る魔性の女』とか『天使の微笑みを持つ蠱惑の悪女』、『戦慄! 身の毛もよだつ世界の毒婦たち』などでしょうか」
「……お前は何を目指しているんだ。というか、悪趣味にも程がある」
殿下が若干引き気味に顔を引きつらせたので、私はそこまで性悪ではなく、心外だと思って釈明する。
「いえ。さすがに『戦慄! 身の毛もよだつ世界の毒婦たち』は恐ろしさのあまり、最初の百五、六十ページで本を閉じましたわ」
「いやいや。結構読んでる読んでる」
そんな話をしながら最後まで誤解が解けぬまま、書庫の前までやって来た。
「では殿下ここで失礼いたします」
「ああ。じゃあな」
「はい」
殿下と別れ、書庫の扉をぎしりと音を立てて開けたその瞬間。
「――っ!?」
誰かが私の肩にぶつかりながら出て来たかと思うと、あっという間に走り去って行った。
後ろ姿からは男子生徒だとは分かるのだけれど、顔までは確認できなかったのが悔しい。
まったく! ぶつかっておいて何も言わずに逃げ去るとは失礼な人だ。
少し不快に思いながら中へと入っていくと、ふんと本独特の香りがする。人気も無く、この静かな部屋はいつも特別な空間に思える。
いつもならこのまま読書にふけるのだけれど、本日の目的は別だ。
私は件の梯子を探そうと見回すと、すぐに見つけることができた。そしてその側に工具が落ちているのに気付き、身を屈めるとそれを手に取る。
「あら? もしかして今の人が直そうとしたのかし――あっ」
違う。留め具が外されている。これで外した?
ではこれは事故ではなく、エミリア嬢への嫌がらせの一環だったということ? それなら細工の最中に、私が扉を開けたことで逃げるように去った理由も分かる。
でも誰が最初にこの梯子を使うか分からないはずなのに。――ああ、そうだわ。エミリア嬢が誰かに頼まれたとしたならば、次に彼女が使うということが分かる。つまり彼女に本を取ってくるようにお願いした誰かが犯人だ。
何という名推理! 天才かしら私。
誰もこれまでの私の功績と努力を褒めてくれないから、自分で自分を褒めてみた。……うん。なかなかに虚しい。
とりあえずこの梯子を人が使わないように端に寄せようと、身を起こした時、扉が開く音がして振り返る。
するとそこにはエミリア嬢の姿が。
「あら。ヴィヴィアンナ様、いらっしゃったのですか。失礼いたしました。……え? 手に何を」
さらには運の悪いことには、なぜか殿下が戻って来て同じように顔を覗かせたことだ。
「ヴィヴィアンナ。ああ、オーラルもいたのか」
「え。えっと。こ、こんにちは」
「ああ。ヴィヴィアンナ、さっき言い忘れたん――お前、何やっているんだ?」
オーラルじゃないよ。コーラルだよ!
と殿下に突っ込むよりも、梯子を前に工具を掴んだままの私が言うべきことはただ一つ。
「ご覧の通り。……梯子を直そうかと」
である。
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