婚約破棄に向けて悪役令嬢始めました

樹里

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第50話 目には目を 減らず口には減らず口を

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 シャルロット嬢に会うために裏庭に向かおうとした時、正面から殿下が小走りにやって来るのが見えた。

「ごきげんよう、殿下」
「ああ。昼休みになるとすぐに姿を消すよな。どこかに行くところだったのか?」
「ええ」

 ですからお話を早めに切り上げていただけると嬉しいのですが。

「……誰かに会うのか?」
「ええ。お友達です」

 お友達と言って良いのか分からないけれ――。

「友達だって!? ……妄想の友達?」

 私はぐっと手を握りしめた。

「実在のお友達です! シャルロット・ボルドー男爵令嬢様ですっ」
「ボルドー男爵令嬢? ――お前、天変地異でも起こすつもりか!?」
「殿下。今からこの拳を振り下ろしますが、ここは学院内ですから学生同士の些細ないざこざ程度ですわよね」

 にっこり笑って振りかぶった私の拳を見た殿下は身を引き、手で押しとどめようとする。

「じょ、冗談だって。悪かったよ、悪かった!」

 まったくもう。殿下も十分減らず口を聞くではないか。
 私はため息をつくと、拳を下ろした。

「では。そういう訳ですからわたくし、失礼いたしますわ」
「あ。ちょっと待て」
「何ですか?」

 殿下は何かを取り出すと、こちらに手渡そうとする。

「……さっきの詫びだ」

 何だろう。まさかまた失敗したクッキーの類いではないでしょうね。
 気まずそうな殿下の顔に不安を抱きながら、おそるおそる受け取ると、それは小さな赤い花の押し花だった。

「これは……しおりですね」
「ああ。お前、よく本を読んでいるからな。まあ、持っているだろうけど、たまたま貰ったからお前にやる。俺は使わないしな」

 人に渡すにしては少々不格好な形なのだけれど、それを殿下・・に渡すだろうか。おそらくこれは……。
 とりあえず鎌をかけてみることにする。

「殿下が頂いたものなのですか?」
「ああ、そうだ」
「そうですか。随分と残念な出来ですね。さぞかし手先が不器用な方だったのでしょう」
「は!? 残念な出来とか、不器用ってお前な! 俺が時間をかけてせっかく――いや。何でもない」
「俺が時間をかけて?」

 はっと表情を変えて、ごほんと咳払いする殿下に追い打ちをかける私は、我ながら悪役らしく非情だと思う。

「何でもない。じゃあな」

 早々に会話を切り上げて踵を返す彼の背中に声をかけた。

「あの、殿下。これ」
「ああ。捨てるなり焼くなり好きにし――」
「大切にします」
「え?」

 殿下は歩き出そうとした足を止めて振り返る。
 まじまじとこちらを見る彼に、怯んで視線を少し下に落としたけれど、私は胸にそれを抱いてもう一度言った。

「大切にします。ありがとうございました」
「……ああ」

 にっと輝くような笑みを浮かべた殿下に恥ずかしくなって、私は同じように少しだけ笑みを返した。


 殿下とのやり取りを追えた後、裏庭に向かうとシャルロット嬢はいつものベンチに座って待っていた。

「ごきげんよう、シャルロット様。長くお待ちいただいたのでは?」

 頬から赤味を失っているシャルロット嬢の顔を見ながら尋ねた。
 裏庭は冷たい風の吹きざらしでさすがに寒い。人がいない点ではいいのだけれど、そろそろ場所を変えるべきかもしれない。

「ヴィヴィアンナ様! いえ。今、来たところです」
「ごめんなさいね。場所を変えましょうか」
「いいえ。ここで大丈夫ですよ」

 彼女は寒さで顔を引きつらせながらも笑った。

「そうですか。でも次からは変えましょう。寒くなってきたものね」
「はい」
「それでその後、いかがですか?」

 関わり合いにならない方が良いと言われたけれど、この話を無かったことにして会話が進むとも思えない。
 私はきちんと尋ねることにした。

「ありがとうございます。あれからは特に問題は起こっていません」
「そうなのですか? それならば良かったのですが」
「ええ。ヴィヴィアンナ様のおかげですわ」
「わたくしは何も」

 本当に私は何もしていない。何もできることがないから。

「いえ。こうして一緒にいてくださるだけで私は心強いんです」
「シャルロット様……」

 謙虚な彼女に対して申し訳ない気持ちになる。校内でも見かけたら声をかけてくれるけれど、私と一緒の所をあまり人に見られない方がいいのではないかと思ってしまう。
 すると。

「あら? ヴィヴィアンナ様、何を持っていらっしゃるのですか?」

 彼女は目ざとく私の手の中にあったハンカチに注目した。殿下に頂いたしおりを包んでおいたものだ。

「あ、ああ、これ。先ほど……殿下に頂いたの」

 私はその包みを解いて見せる。

「えー! ルイス殿下からの贈り物!? もしかして殿下の手作りですか? 素敵!」
「ぶ、不格好ですけれども」

 自分のことのように表情を明るくする彼女の一方、私は恥じらいを隠すために素っ気なく答えた。
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