50 / 113
第50話 目には目を 減らず口には減らず口を
しおりを挟む
シャルロット嬢に会うために裏庭に向かおうとした時、正面から殿下が小走りにやって来るのが見えた。
「ごきげんよう、殿下」
「ああ。昼休みになるとすぐに姿を消すよな。どこかに行くところだったのか?」
「ええ」
ですからお話を早めに切り上げていただけると嬉しいのですが。
「……誰かに会うのか?」
「ええ。お友達です」
お友達と言って良いのか分からないけれ――。
「友達だって!? ……妄想の友達?」
私はぐっと手を握りしめた。
「実在のお友達です! シャルロット・ボルドー男爵令嬢様ですっ」
「ボルドー男爵令嬢? ――お前、天変地異でも起こすつもりか!?」
「殿下。今からこの拳を振り下ろしますが、ここは学院内ですから学生同士の些細ないざこざ程度ですわよね」
にっこり笑って振りかぶった私の拳を見た殿下は身を引き、手で押しとどめようとする。
「じょ、冗談だって。悪かったよ、悪かった!」
まったくもう。殿下も十分減らず口を聞くではないか。
私はため息をつくと、拳を下ろした。
「では。そういう訳ですからわたくし、失礼いたしますわ」
「あ。ちょっと待て」
「何ですか?」
殿下は何かを取り出すと、こちらに手渡そうとする。
「……さっきの詫びだ」
何だろう。まさかまた失敗したクッキーの類いではないでしょうね。
気まずそうな殿下の顔に不安を抱きながら、おそるおそる受け取ると、それは小さな赤い花の押し花だった。
「これは……しおりですね」
「ああ。お前、よく本を読んでいるからな。まあ、持っているだろうけど、たまたま貰ったからお前にやる。俺は使わないしな」
人に渡すにしては少々不格好な形なのだけれど、それを殿下に渡すだろうか。おそらくこれは……。
とりあえず鎌をかけてみることにする。
「殿下が頂いたものなのですか?」
「ああ、そうだ」
「そうですか。随分と残念な出来ですね。さぞかし手先が不器用な方だったのでしょう」
「は!? 残念な出来とか、不器用ってお前な! 俺が時間をかけてせっかく――いや。何でもない」
「俺が時間をかけて?」
はっと表情を変えて、ごほんと咳払いする殿下に追い打ちをかける私は、我ながら悪役らしく非情だと思う。
「何でもない。じゃあな」
早々に会話を切り上げて踵を返す彼の背中に声をかけた。
「あの、殿下。これ」
「ああ。捨てるなり焼くなり好きにし――」
「大切にします」
「え?」
殿下は歩き出そうとした足を止めて振り返る。
まじまじとこちらを見る彼に、怯んで視線を少し下に落としたけれど、私は胸にそれを抱いてもう一度言った。
「大切にします。ありがとうございました」
「……ああ」
にっと輝くような笑みを浮かべた殿下に恥ずかしくなって、私は同じように少しだけ笑みを返した。
殿下とのやり取りを追えた後、裏庭に向かうとシャルロット嬢はいつものベンチに座って待っていた。
「ごきげんよう、シャルロット様。長くお待ちいただいたのでは?」
頬から赤味を失っているシャルロット嬢の顔を見ながら尋ねた。
裏庭は冷たい風の吹きざらしでさすがに寒い。人がいない点ではいいのだけれど、そろそろ場所を変えるべきかもしれない。
「ヴィヴィアンナ様! いえ。今、来たところです」
「ごめんなさいね。場所を変えましょうか」
「いいえ。ここで大丈夫ですよ」
彼女は寒さで顔を引きつらせながらも笑った。
「そうですか。でも次からは変えましょう。寒くなってきたものね」
「はい」
「それでその後、いかがですか?」
関わり合いにならない方が良いと言われたけれど、この話を無かったことにして会話が進むとも思えない。
私はきちんと尋ねることにした。
「ありがとうございます。あれからは特に問題は起こっていません」
「そうなのですか? それならば良かったのですが」
「ええ。ヴィヴィアンナ様のおかげですわ」
「わたくしは何も」
本当に私は何もしていない。何もできることがないから。
「いえ。こうして一緒にいてくださるだけで私は心強いんです」
「シャルロット様……」
謙虚な彼女に対して申し訳ない気持ちになる。校内でも見かけたら声をかけてくれるけれど、私と一緒の所をあまり人に見られない方がいいのではないかと思ってしまう。
すると。
「あら? ヴィヴィアンナ様、何を持っていらっしゃるのですか?」
彼女は目ざとく私の手の中にあったハンカチに注目した。殿下に頂いたしおりを包んでおいたものだ。
「あ、ああ、これ。先ほど……殿下に頂いたの」
私はその包みを解いて見せる。
「えー! ルイス殿下からの贈り物!? もしかして殿下の手作りですか? 素敵!」
「ぶ、不格好ですけれども」
自分のことのように表情を明るくする彼女の一方、私は恥じらいを隠すために素っ気なく答えた。
「ごきげんよう、殿下」
「ああ。昼休みになるとすぐに姿を消すよな。どこかに行くところだったのか?」
「ええ」
ですからお話を早めに切り上げていただけると嬉しいのですが。
「……誰かに会うのか?」
「ええ。お友達です」
お友達と言って良いのか分からないけれ――。
「友達だって!? ……妄想の友達?」
私はぐっと手を握りしめた。
「実在のお友達です! シャルロット・ボルドー男爵令嬢様ですっ」
「ボルドー男爵令嬢? ――お前、天変地異でも起こすつもりか!?」
「殿下。今からこの拳を振り下ろしますが、ここは学院内ですから学生同士の些細ないざこざ程度ですわよね」
にっこり笑って振りかぶった私の拳を見た殿下は身を引き、手で押しとどめようとする。
「じょ、冗談だって。悪かったよ、悪かった!」
まったくもう。殿下も十分減らず口を聞くではないか。
私はため息をつくと、拳を下ろした。
「では。そういう訳ですからわたくし、失礼いたしますわ」
「あ。ちょっと待て」
「何ですか?」
殿下は何かを取り出すと、こちらに手渡そうとする。
「……さっきの詫びだ」
何だろう。まさかまた失敗したクッキーの類いではないでしょうね。
気まずそうな殿下の顔に不安を抱きながら、おそるおそる受け取ると、それは小さな赤い花の押し花だった。
「これは……しおりですね」
「ああ。お前、よく本を読んでいるからな。まあ、持っているだろうけど、たまたま貰ったからお前にやる。俺は使わないしな」
人に渡すにしては少々不格好な形なのだけれど、それを殿下に渡すだろうか。おそらくこれは……。
とりあえず鎌をかけてみることにする。
「殿下が頂いたものなのですか?」
「ああ、そうだ」
「そうですか。随分と残念な出来ですね。さぞかし手先が不器用な方だったのでしょう」
「は!? 残念な出来とか、不器用ってお前な! 俺が時間をかけてせっかく――いや。何でもない」
「俺が時間をかけて?」
はっと表情を変えて、ごほんと咳払いする殿下に追い打ちをかける私は、我ながら悪役らしく非情だと思う。
「何でもない。じゃあな」
早々に会話を切り上げて踵を返す彼の背中に声をかけた。
「あの、殿下。これ」
「ああ。捨てるなり焼くなり好きにし――」
「大切にします」
「え?」
殿下は歩き出そうとした足を止めて振り返る。
まじまじとこちらを見る彼に、怯んで視線を少し下に落としたけれど、私は胸にそれを抱いてもう一度言った。
「大切にします。ありがとうございました」
「……ああ」
にっと輝くような笑みを浮かべた殿下に恥ずかしくなって、私は同じように少しだけ笑みを返した。
殿下とのやり取りを追えた後、裏庭に向かうとシャルロット嬢はいつものベンチに座って待っていた。
「ごきげんよう、シャルロット様。長くお待ちいただいたのでは?」
頬から赤味を失っているシャルロット嬢の顔を見ながら尋ねた。
裏庭は冷たい風の吹きざらしでさすがに寒い。人がいない点ではいいのだけれど、そろそろ場所を変えるべきかもしれない。
「ヴィヴィアンナ様! いえ。今、来たところです」
「ごめんなさいね。場所を変えましょうか」
「いいえ。ここで大丈夫ですよ」
彼女は寒さで顔を引きつらせながらも笑った。
「そうですか。でも次からは変えましょう。寒くなってきたものね」
「はい」
「それでその後、いかがですか?」
関わり合いにならない方が良いと言われたけれど、この話を無かったことにして会話が進むとも思えない。
私はきちんと尋ねることにした。
「ありがとうございます。あれからは特に問題は起こっていません」
「そうなのですか? それならば良かったのですが」
「ええ。ヴィヴィアンナ様のおかげですわ」
「わたくしは何も」
本当に私は何もしていない。何もできることがないから。
「いえ。こうして一緒にいてくださるだけで私は心強いんです」
「シャルロット様……」
謙虚な彼女に対して申し訳ない気持ちになる。校内でも見かけたら声をかけてくれるけれど、私と一緒の所をあまり人に見られない方がいいのではないかと思ってしまう。
すると。
「あら? ヴィヴィアンナ様、何を持っていらっしゃるのですか?」
彼女は目ざとく私の手の中にあったハンカチに注目した。殿下に頂いたしおりを包んでおいたものだ。
「あ、ああ、これ。先ほど……殿下に頂いたの」
私はその包みを解いて見せる。
「えー! ルイス殿下からの贈り物!? もしかして殿下の手作りですか? 素敵!」
「ぶ、不格好ですけれども」
自分のことのように表情を明るくする彼女の一方、私は恥じらいを隠すために素っ気なく答えた。
11
お気に入りに追加
582
あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。


妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!
たぬきち25番
恋愛
気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡
※マルチエンディングです!!
コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m
2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。
楽しんで頂けると幸いです。
お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です>
【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】
今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜
言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。
しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。
それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。
「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」
破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。
気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。
「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。
「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」
学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス!
"悪役令嬢"、ここに爆誕!
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる