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第49話 靴占い
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私が振り返った先に見た彼の姿は、のんきそうにズボンについた砂埃を払っているところだった。
そう、彼は。
「…………オーブリーさん」
「今さ。今、絶対何とかオーブリーさんと言おうと思ったでしょ!」
「言わなかったのだから、いいではありませんか。それより盗み聞きですか? 趣味が悪いですわ」
さらっと彼の言葉を流すと彼は少し嫌な顔をしたけれど、すぐに肩をすくめた。
「失礼だな。後から来たのは君たちの方。俺は最初からここにいたよ。さっさと立ち去ろうと思ったのに、女同士のいざこざが始まるから出るに出られなかったんだ」
なるほど。嘘は言っていないようだけれど、彼のことだ。大方、これ幸いと傍観を始めたのだろう。
笑顔でこちらに近付いてくる彼を見て思った。
「そうですか。ところでなぜあなたの風邪がわたくしのせいだと?」
私の前までやって来るとすぐ、近くのベンチに腰を下ろした。そして足を組んで私を見上げる。
「君たちがこのベンチで長々話し始めたでしょ」
「そうですか。それは失礼いたしました。どうかお風邪を召されませんように」
「心にも無いことをよく口にできるねー」
とりあえず面倒なので棒読みすると彼は苦笑いする。
「余計な軋轢を生じさせないための処世術ですわ」
「処世術とか言ってんじゃん。変わらず俺を煽るのが上手いね?」
「まあ。とんでもなく心外ですけれども」
彼は苦笑いを継続させたまま、分かった分かったと言ってその話を切った。
「それで? ローレンス公爵令嬢サマは友達ごっごでも始めるわけ?」
「……はい?」
「彼女を助けようなんて馬鹿な考えは捨てた方がいいよ。人を助けていい人間は、自分とその人を守れるだけの力と余裕がある人間だけだ。自分まで巻き込まれるようではかえって足を引っ張ることになる。君にその力と余裕があるなら別だけどね」
彼が言う力とは公爵家の力ではなくて、私自身の力のことだろう。公爵家の力で先ほどのように一時的に収めることはできても、根本的な解決にはならない。そして同時にその事態を収める力は私にはないと暗に言っているのだろう。
図星すぎて返す言葉もない。それでも何かできることがあるのではないか。
私が黙ったままでいると、彼は私の心を汲んだようで眉根を寄せた。
「今回のことはエミリア・コーラルの時と訳が違う。関わり合いにならない方が良いよ」
「訳が違うとはどういう意味です?」
彼の言葉を聞く耳を持っている私に、彼は少し頬を緩ませた。
「うん。まず第一にさっきの彼女を助けたところで、君にとって何のメリットもないこと。第二に今回は彼女が被害者でもあり、加害者でもありうることだ」
利害関係だけで人間は動いていないから第一は考えなくてもいいとしよう。問題は第二の言葉だ。
「ですが、彼女はやっていないと」
「さっきの君の言葉を借りるとしたら、彼女は身の潔白を証明できない以上、彼女が加害者かもしれないという疑いは拭えない」
「では、犯人を見つければ……」
「クラスが違う、クラス内に協力者はいない。そもそも学年が違う。さて君はどうやってその犯人とやらを見つけるのかな?」
嫌味っぽい言い方だけれど、彼の言葉は真実だ。
「悪いことは言わない。君ができることは何もないから、この件は忘れなよ」
誰だって自分が一番可愛いから、人は皆、傍観者になるのだ。
私も他のことに構っていられる程、余裕なんてない。だから私だって傍観者になっても――。
私は諦めのため息をついた。
「あなたの言う通りです。私には彼女を助ける力も余裕もありません。でも私は彼女とお話しする約束をしました」
自分勝手だけれど、目の前で悩み苦しんでいる人を静観する自分が嫌だと思う。
「あのさあ。正直、彼女と話をするのもどうかと俺は思うよ」
「なぜそう思われるのです?」
「うーん。……俺の勘かな」
「勘? 勘でお話しされていたのですか?」
途端にこれまでの彼への信頼がぐらついた私は靴を片方脱ぐと、足先に靴を引っかける。
「何やってんの?」
「東の国の占いです。表を向けばあなたの言葉通り、極力関わり合いを避けましょう。裏向けばその逆です」
「は? え? ちょ、ちょっと待って」
「では行きます」
止めにかかる彼を無視して靴を放り投げると。
「――裏ですね。それでは私は彼女とお話しすることを選びます」
「それの結果、俺の言葉より重いわけ? 俺の扱い酷くない?」
彼は顔を引きつらせて笑った。
そう、彼は。
「…………オーブリーさん」
「今さ。今、絶対何とかオーブリーさんと言おうと思ったでしょ!」
「言わなかったのだから、いいではありませんか。それより盗み聞きですか? 趣味が悪いですわ」
さらっと彼の言葉を流すと彼は少し嫌な顔をしたけれど、すぐに肩をすくめた。
「失礼だな。後から来たのは君たちの方。俺は最初からここにいたよ。さっさと立ち去ろうと思ったのに、女同士のいざこざが始まるから出るに出られなかったんだ」
なるほど。嘘は言っていないようだけれど、彼のことだ。大方、これ幸いと傍観を始めたのだろう。
笑顔でこちらに近付いてくる彼を見て思った。
「そうですか。ところでなぜあなたの風邪がわたくしのせいだと?」
私の前までやって来るとすぐ、近くのベンチに腰を下ろした。そして足を組んで私を見上げる。
「君たちがこのベンチで長々話し始めたでしょ」
「そうですか。それは失礼いたしました。どうかお風邪を召されませんように」
「心にも無いことをよく口にできるねー」
とりあえず面倒なので棒読みすると彼は苦笑いする。
「余計な軋轢を生じさせないための処世術ですわ」
「処世術とか言ってんじゃん。変わらず俺を煽るのが上手いね?」
「まあ。とんでもなく心外ですけれども」
彼は苦笑いを継続させたまま、分かった分かったと言ってその話を切った。
「それで? ローレンス公爵令嬢サマは友達ごっごでも始めるわけ?」
「……はい?」
「彼女を助けようなんて馬鹿な考えは捨てた方がいいよ。人を助けていい人間は、自分とその人を守れるだけの力と余裕がある人間だけだ。自分まで巻き込まれるようではかえって足を引っ張ることになる。君にその力と余裕があるなら別だけどね」
彼が言う力とは公爵家の力ではなくて、私自身の力のことだろう。公爵家の力で先ほどのように一時的に収めることはできても、根本的な解決にはならない。そして同時にその事態を収める力は私にはないと暗に言っているのだろう。
図星すぎて返す言葉もない。それでも何かできることがあるのではないか。
私が黙ったままでいると、彼は私の心を汲んだようで眉根を寄せた。
「今回のことはエミリア・コーラルの時と訳が違う。関わり合いにならない方が良いよ」
「訳が違うとはどういう意味です?」
彼の言葉を聞く耳を持っている私に、彼は少し頬を緩ませた。
「うん。まず第一にさっきの彼女を助けたところで、君にとって何のメリットもないこと。第二に今回は彼女が被害者でもあり、加害者でもありうることだ」
利害関係だけで人間は動いていないから第一は考えなくてもいいとしよう。問題は第二の言葉だ。
「ですが、彼女はやっていないと」
「さっきの君の言葉を借りるとしたら、彼女は身の潔白を証明できない以上、彼女が加害者かもしれないという疑いは拭えない」
「では、犯人を見つければ……」
「クラスが違う、クラス内に協力者はいない。そもそも学年が違う。さて君はどうやってその犯人とやらを見つけるのかな?」
嫌味っぽい言い方だけれど、彼の言葉は真実だ。
「悪いことは言わない。君ができることは何もないから、この件は忘れなよ」
誰だって自分が一番可愛いから、人は皆、傍観者になるのだ。
私も他のことに構っていられる程、余裕なんてない。だから私だって傍観者になっても――。
私は諦めのため息をついた。
「あなたの言う通りです。私には彼女を助ける力も余裕もありません。でも私は彼女とお話しする約束をしました」
自分勝手だけれど、目の前で悩み苦しんでいる人を静観する自分が嫌だと思う。
「あのさあ。正直、彼女と話をするのもどうかと俺は思うよ」
「なぜそう思われるのです?」
「うーん。……俺の勘かな」
「勘? 勘でお話しされていたのですか?」
途端にこれまでの彼への信頼がぐらついた私は靴を片方脱ぐと、足先に靴を引っかける。
「何やってんの?」
「東の国の占いです。表を向けばあなたの言葉通り、極力関わり合いを避けましょう。裏向けばその逆です」
「は? え? ちょ、ちょっと待って」
「では行きます」
止めにかかる彼を無視して靴を放り投げると。
「――裏ですね。それでは私は彼女とお話しすることを選びます」
「それの結果、俺の言葉より重いわけ? 俺の扱い酷くない?」
彼は顔を引きつらせて笑った。
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