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第43話 減らず口を黙らせるのは
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「ヴィヴィアンナ!」
この学院で私をそう呼ぶのはただ一人だけだ。私は振り返る。
「まあ、これはこれは我が敬愛す国王陛下の第一後継者、麗しきルイス・ブルックリン殿下。万年二位脱却、誠におめでとうございます。初の三位達成ですわね!」
「お前なぁ。口を開けば減らず口か」
微笑んで小さく拍手を送ると、殿下は私の両頬を引っ張った。
試験では私には勝てない彼のささやかな抵抗だろう。仕方がないな。私も大人になって大目に見てあげましょう。
……と思うわけがない!
私も彼の頬に手を伸ばすと、一瞬早く私の頬から手を離して距離を取った。
学習したようだ。彼は腕を組んでふふんと笑った。
「二度も同じ手を食わないぞ」
「そうですか。それでどうかされましたか? まさかわたくしの減らず口をわざわざ引っ張りに見えただけですか?」
「……用が無ければ、話しかけちゃいけないのかよ」
「え? 何ですか?」
ぼそりと呟く殿下の声を拾えなくて、聞き返すけれど何でもないと不満そうに答えられた。
何でもない顔ではないのだけれど。
「ああ、そうだ。さっきの掲示板前でのやり取りを見ていたぞ。ちょっとハラハラしていた」
「あら。なぜハラハラされたのです。まさかわたくしが彼に何かするとでも思われたのでしょうか」
腰に手を当てて、ぐぐぐいと身を乗り出して殿下を仰ぎ見ながら問うと、その気迫に負けたようで彼は一歩下がる。
「い、いや。そういうわけじゃない。ただ、お前は人付き合いが器用じゃなくて人から誤解されやすいから、言動一つで面倒なことにならないかと思っただけだ」
……なるほど。心配してくれていたようだ。そんな彼の心に私も素直で応えようと思う。
私は表情を緩め、仰ぎ見るために上げていた踵を落とした。
「お心遣い、ありがとうございます。でも誤解されてもいいのです。不器用な自分でも、格好悪い自分でもそれが自分の素の姿ならば、そのままの姿で生きていこうと決心しましたから」
心からそう思える気持ちを伝えると殿下は目を見張った。
「何だか、お前強くなったよな。いや、昔から強かったけどさ。以前は弱さを隠すために自分を強く大きく見せていたようだった」
鈍感殿下にしては鋭い指摘だ。今も決して自信満々というわけではないけれど、一歩一歩前に進んでいる気がしているから。
「ありがとうございます。わたくしも成長したというところでしょうか」
「……ふぅん」
「殿下もお早く成長なさってくださいな」
もっと自分の立場を考えて行動するとか。少しは私を楽にさせてください。……と思ったけれど、殿下とエミリア嬢との接触を無くすわけにはいかない。
やはり私が苦労するしかなさそう。やれやれ。殿下と成長の差がまたついてしまうわ。
私はこっそりと皮肉げに笑う。
――だから。
「俺が? まさか。これ以上、成長しようがないな」
ふんと鼻を鳴らして笑われた日には、こめかみに青筋の一つも立てたくなるわけで。
私は口元に手を当てて、ほほほと笑った。
「まあ。わたくしから見ますと、伸びしろしかございませんが」
「言ってくれるな」
殿下は腕を組んで不敵な笑みを返してくる。
「自分では気付かないこともあるのですよ。わたくしもある人に言われましたから、気持ちを切り換えることができましたの」
「ある人って誰だ?」
「少なくとも殿下ではない誰かですね」
オーブリー公爵のご子息の名前を出すと厄介なことになりそうだから、敢えて伏せたけれど、それが意味深に聞こえたみたいだ。
彼は少し不快そうに眉根を寄せる。
「ふぅん。だから誰」
「あら。殿下、わたくしに興味がおありなのですか?」
「は? ……おありだよ。当然だろ」
「――っ!」
冗談のつもりで言ったのに、真っ直ぐに返されて私は目を見張り、咄嗟に言葉を失う。
「で。誰だって?」
「な、内緒です」
動揺した私は熱くなった頬を隠すようにツンと顔を背けた。
この学院で私をそう呼ぶのはただ一人だけだ。私は振り返る。
「まあ、これはこれは我が敬愛す国王陛下の第一後継者、麗しきルイス・ブルックリン殿下。万年二位脱却、誠におめでとうございます。初の三位達成ですわね!」
「お前なぁ。口を開けば減らず口か」
微笑んで小さく拍手を送ると、殿下は私の両頬を引っ張った。
試験では私には勝てない彼のささやかな抵抗だろう。仕方がないな。私も大人になって大目に見てあげましょう。
……と思うわけがない!
私も彼の頬に手を伸ばすと、一瞬早く私の頬から手を離して距離を取った。
学習したようだ。彼は腕を組んでふふんと笑った。
「二度も同じ手を食わないぞ」
「そうですか。それでどうかされましたか? まさかわたくしの減らず口をわざわざ引っ張りに見えただけですか?」
「……用が無ければ、話しかけちゃいけないのかよ」
「え? 何ですか?」
ぼそりと呟く殿下の声を拾えなくて、聞き返すけれど何でもないと不満そうに答えられた。
何でもない顔ではないのだけれど。
「ああ、そうだ。さっきの掲示板前でのやり取りを見ていたぞ。ちょっとハラハラしていた」
「あら。なぜハラハラされたのです。まさかわたくしが彼に何かするとでも思われたのでしょうか」
腰に手を当てて、ぐぐぐいと身を乗り出して殿下を仰ぎ見ながら問うと、その気迫に負けたようで彼は一歩下がる。
「い、いや。そういうわけじゃない。ただ、お前は人付き合いが器用じゃなくて人から誤解されやすいから、言動一つで面倒なことにならないかと思っただけだ」
……なるほど。心配してくれていたようだ。そんな彼の心に私も素直で応えようと思う。
私は表情を緩め、仰ぎ見るために上げていた踵を落とした。
「お心遣い、ありがとうございます。でも誤解されてもいいのです。不器用な自分でも、格好悪い自分でもそれが自分の素の姿ならば、そのままの姿で生きていこうと決心しましたから」
心からそう思える気持ちを伝えると殿下は目を見張った。
「何だか、お前強くなったよな。いや、昔から強かったけどさ。以前は弱さを隠すために自分を強く大きく見せていたようだった」
鈍感殿下にしては鋭い指摘だ。今も決して自信満々というわけではないけれど、一歩一歩前に進んでいる気がしているから。
「ありがとうございます。わたくしも成長したというところでしょうか」
「……ふぅん」
「殿下もお早く成長なさってくださいな」
もっと自分の立場を考えて行動するとか。少しは私を楽にさせてください。……と思ったけれど、殿下とエミリア嬢との接触を無くすわけにはいかない。
やはり私が苦労するしかなさそう。やれやれ。殿下と成長の差がまたついてしまうわ。
私はこっそりと皮肉げに笑う。
――だから。
「俺が? まさか。これ以上、成長しようがないな」
ふんと鼻を鳴らして笑われた日には、こめかみに青筋の一つも立てたくなるわけで。
私は口元に手を当てて、ほほほと笑った。
「まあ。わたくしから見ますと、伸びしろしかございませんが」
「言ってくれるな」
殿下は腕を組んで不敵な笑みを返してくる。
「自分では気付かないこともあるのですよ。わたくしもある人に言われましたから、気持ちを切り換えることができましたの」
「ある人って誰だ?」
「少なくとも殿下ではない誰かですね」
オーブリー公爵のご子息の名前を出すと厄介なことになりそうだから、敢えて伏せたけれど、それが意味深に聞こえたみたいだ。
彼は少し不快そうに眉根を寄せる。
「ふぅん。だから誰」
「あら。殿下、わたくしに興味がおありなのですか?」
「は? ……おありだよ。当然だろ」
「――っ!」
冗談のつもりで言ったのに、真っ直ぐに返されて私は目を見張り、咄嗟に言葉を失う。
「で。誰だって?」
「な、内緒です」
動揺した私は熱くなった頬を隠すようにツンと顔を背けた。
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