婚約破棄に向けて悪役令嬢始めました

樹里

文字の大きさ
上 下
43 / 113

第43話 減らず口を黙らせるのは

しおりを挟む
「ヴィヴィアンナ!」

 この学院で私をそう呼ぶのはただ一人だけだ。私は振り返る。

「まあ、これはこれは我が敬愛す国王陛下の第一後継者、麗しきルイス・ブルックリン殿下。万年二位脱却、誠におめでとうございます。初の三位達成ですわね!」
「お前なぁ。口を開けば減らず口か」

 微笑んで小さく拍手を送ると、殿下は私の両頬を引っ張った。
 試験では私には勝てない彼のささやかな抵抗だろう。仕方がないな。私も大人になって大目に見てあげましょう。
 ……と思うわけがない!

 私も彼の頬に手を伸ばすと、一瞬早く私の頬から手を離して距離を取った。
 学習したようだ。彼は腕を組んでふふんと笑った。

「二度も同じ手を食わないぞ」
「そうですか。それでどうかされましたか? まさかわたくしの減らず口をわざわざ引っ張りに見えただけですか?」
「……用が無ければ、話しかけちゃいけないのかよ」
「え? 何ですか?」

 ぼそりと呟く殿下の声を拾えなくて、聞き返すけれど何でもないと不満そうに答えられた。
 何でもない顔ではないのだけれど。

「ああ、そうだ。さっきの掲示板前でのやり取りを見ていたぞ。ちょっとハラハラしていた」
「あら。なぜハラハラされたのです。まさかわたくしが彼に何かするとでも思われたのでしょうか」

 腰に手を当てて、ぐぐぐいと身を乗り出して殿下を仰ぎ見ながら問うと、その気迫に負けたようで彼は一歩下がる。

「い、いや。そういうわけじゃない。ただ、お前は人付き合いが器用じゃなくて人から誤解されやすいから、言動一つで面倒なことにならないかと思っただけだ」

 ……なるほど。心配してくれていたようだ。そんな彼の心に私も素直で応えようと思う。
 私は表情を緩め、仰ぎ見るために上げていた踵を落とした。

「お心遣い、ありがとうございます。でも誤解されてもいいのです。不器用な自分でも、格好悪い自分でもそれが自分の素の姿ならば、そのままの姿で生きていこうと決心しましたから」

 心からそう思える気持ちを伝えると殿下は目を見張った。

「何だか、お前強くなったよな。いや、昔から強かったけどさ。以前は弱さを隠すために自分を強く大きく見せていたようだった」

 鈍感殿下にしては鋭い指摘だ。今も決して自信満々というわけではないけれど、一歩一歩前に進んでいる気がしているから。

「ありがとうございます。わたくしも成長したというところでしょうか」
「……ふぅん」
「殿下もお早く成長なさってくださいな」

 もっと自分の立場を考えて行動するとか。少しは私を楽にさせてください。……と思ったけれど、殿下とエミリア嬢との接触を無くすわけにはいかない。
 やはり私が苦労するしかなさそう。やれやれ。殿下と成長の差がまたついてしまうわ。
 私はこっそりと皮肉げに笑う。
 ――だから。

「俺が? まさか。これ以上、成長しようがないな」

 ふんと鼻を鳴らして笑われた日には、こめかみに青筋の一つも立てたくなるわけで。
 私は口元に手を当てて、ほほほと笑った。

「まあ。わたくしから見ますと、伸びしろしかございませんが」
「言ってくれるな」

 殿下は腕を組んで不敵な笑みを返してくる。

「自分では気付かないこともあるのですよ。わたくしもある人に言われましたから、気持ちを切り換えることができましたの」
「ある人って誰だ?」
「少なくとも殿下ではない誰かですね」

 オーブリー公爵のご子息の名前を出すと厄介なことになりそうだから、敢えて伏せたけれど、それが意味深に聞こえたみたいだ。
 彼は少し不快そうに眉根を寄せる。

「ふぅん。だから誰」
「あら。殿下、わたくしに興味がおありなのですか?」
「は? ……おありだよ。当然だろ」
「――っ!」

 冗談のつもりで言ったのに、真っ直ぐに返されて私は目を見張り、咄嗟に言葉を失う。

「で。誰だって?」
「な、内緒です」

 動揺した私は熱くなった頬を隠すようにツンと顔を背けた。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

21時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜

言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。 しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。 それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。 「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」 破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。 気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。 「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。 「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」 学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス! "悪役令嬢"、ここに爆誕!

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

処理中です...