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第41話 悪役の定義
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彼女らが完全に消え去るのを見届けてから、私は教室内に入る。
「お疲れ様です」
「ああ、うん。ありがとう」
私の姿を認めた彼は椅子から立ち上がり、少し笑みを漏らした。
「お見事でしたね。お芝居とはとても思えませんでしたわ」
「いや、そうでもないよ。天敵のヴィヴィアンナ・ローレンスに対抗するという役を演じるわけだから緊張していたよ」
「あら、ご謙遜を。緊張の色など全く無く、まるで本音をそのままおっしゃっていただけに見えましたわ」
おどけた風に肩をすくめてみせる彼に、私は顎に手を当てて小首を傾げる。
「まさかあ。心にもないことを口にするわけだから、ドキドキだったよ」
「そうですか。だとしたら役者の才がおありのようね。羨ましいわ」
「おだてないでよ。すぐ自惚れちゃうからさ、俺」
「まあ」
私は口元に手を当ててほほほと、彼はにこにこと互いに一歩も譲らず、一頻り笑ったところで彼が椅子を引き、どうぞと座るよう促したので私はそれに従う。
「さあて。これで彼女たちは大人しくなるかな」
「そうですね。あなたの監視の目が入るわけですし、自由に動けなくなったのは間違いないでしょう」
それに彼女らは彼を巻き込んだことで、私の仕業にはできなくなったはずなので一石二鳥だ。……まあ、彼が中立か、あるいは私側に立ってくれるのならば、という前提の下だけれども。
「で? ヴィヴィアンナ・ローレンスさんは彼女の取り巻きの男たちも気に入らなかったわけ?」
皮肉げに笑う彼に私は唇に笑みをのせて返す。
「興味ございませんわ」
「だろうね。となると、彼女たちは随分と抜け目が無いと言うか、腹黒いと言うか」
「女性の末恐ろしさを垣間見られたでしょう。良い経験をされましたわね」
「あはは。まあね」
彼は呆れたような、苦笑いするような表情を見せた。
「ああ。それで話を変えるけど、君が悪役かどうか見極めるって話だけどね」
「ええ」
「自分で演じてみて分かった。役者として一流の俺から言わせると、君は三流の悪役だよ。やっぱり悪役になりきれないようでは、どうしようもないからね」
「どういう意味です」
ご自分が口八丁だからと言って、言いたい放題だこと。
私は腕を組んで顎を少し上げると、彼はくすりと小さく笑った。
「まあ、さすが公爵令嬢だけあって、普通の人にはない独特の威圧感はあるよ。でもね。本当の悪役は誰がやったことであろうと、全ての悪事をひっくるめて引き受けて高笑いできるような奴だよ。少なくとも今回のことは止めずに見守るべきだった。そうすれば、君の悪評判にとして、いずれ広まっただろうから」
「ですからそれは――」
「嫌なんだよね? 自分がしたことの責任は持つ。でも自分とは関係の無い出来事を自分のせいにはされたくない」
「そうです」
これまでずっと他の誰かの悪事を自分に押しつけられてきて、それがすごく辛かった。ならば今世は悪役に徹すれば楽になれると思っていた。……けれど、それでも自分の中で越えたくない一線はある。
「気位が高い心が、本当の意味で黒く染まるのを邪魔しているんだろうね。結構なことだ。でもその崇高な信念がある限り、本当の悪役にはなれないよ」
嫌味っぽく笑う彼の言い分にはむっと来るけれど、反論する言葉は持たない。
正論に黙り込んでいると、彼はにっと笑った。
「でもさ。それもいいかもね」
「え?」
「君が目指す気高い悪役っていうものも、見てみたい気がするよ。そんなもの現実にはどこにも無いと思うから。だからこそ君が目指すなら、それを見てみたい」
思わず目を見開いて彼を見ると、彼は少し照れたように頬を掻いた。
「ま。そういうわけで、俺はこれからも引き続き君を注視するから」
「えぇ? それはすごく迷惑ですわ」
「言葉だけは辛辣すぎ!」
歯をむき出しにして主張する彼に、私は何だかおかしくなってくすくすと笑う。
私が目指す悪役が最終的にどんな自分となるのか分からない。けれど、格好悪くてもいい、今の私のままで前に進んでいいのだと、彼のおかげでそう思えたから。
だから私は彼に笑顔を向けた。
「ありがとうございました。……何とかオーブリーさん」
「うん。――って、いやいや待って!? 今の今まで俺の名前を思い出してなかったわけ?」
「いえ、まさか。違いますよ」
私はふふと笑って否定する。
「今も思い出しておりません」
「……やっぱ君、人を煽る悪役気質あるわ」
何とかオーブリーさんは顔を引きつらせて笑った。
「お疲れ様です」
「ああ、うん。ありがとう」
私の姿を認めた彼は椅子から立ち上がり、少し笑みを漏らした。
「お見事でしたね。お芝居とはとても思えませんでしたわ」
「いや、そうでもないよ。天敵のヴィヴィアンナ・ローレンスに対抗するという役を演じるわけだから緊張していたよ」
「あら、ご謙遜を。緊張の色など全く無く、まるで本音をそのままおっしゃっていただけに見えましたわ」
おどけた風に肩をすくめてみせる彼に、私は顎に手を当てて小首を傾げる。
「まさかあ。心にもないことを口にするわけだから、ドキドキだったよ」
「そうですか。だとしたら役者の才がおありのようね。羨ましいわ」
「おだてないでよ。すぐ自惚れちゃうからさ、俺」
「まあ」
私は口元に手を当ててほほほと、彼はにこにこと互いに一歩も譲らず、一頻り笑ったところで彼が椅子を引き、どうぞと座るよう促したので私はそれに従う。
「さあて。これで彼女たちは大人しくなるかな」
「そうですね。あなたの監視の目が入るわけですし、自由に動けなくなったのは間違いないでしょう」
それに彼女らは彼を巻き込んだことで、私の仕業にはできなくなったはずなので一石二鳥だ。……まあ、彼が中立か、あるいは私側に立ってくれるのならば、という前提の下だけれども。
「で? ヴィヴィアンナ・ローレンスさんは彼女の取り巻きの男たちも気に入らなかったわけ?」
皮肉げに笑う彼に私は唇に笑みをのせて返す。
「興味ございませんわ」
「だろうね。となると、彼女たちは随分と抜け目が無いと言うか、腹黒いと言うか」
「女性の末恐ろしさを垣間見られたでしょう。良い経験をされましたわね」
「あはは。まあね」
彼は呆れたような、苦笑いするような表情を見せた。
「ああ。それで話を変えるけど、君が悪役かどうか見極めるって話だけどね」
「ええ」
「自分で演じてみて分かった。役者として一流の俺から言わせると、君は三流の悪役だよ。やっぱり悪役になりきれないようでは、どうしようもないからね」
「どういう意味です」
ご自分が口八丁だからと言って、言いたい放題だこと。
私は腕を組んで顎を少し上げると、彼はくすりと小さく笑った。
「まあ、さすが公爵令嬢だけあって、普通の人にはない独特の威圧感はあるよ。でもね。本当の悪役は誰がやったことであろうと、全ての悪事をひっくるめて引き受けて高笑いできるような奴だよ。少なくとも今回のことは止めずに見守るべきだった。そうすれば、君の悪評判にとして、いずれ広まっただろうから」
「ですからそれは――」
「嫌なんだよね? 自分がしたことの責任は持つ。でも自分とは関係の無い出来事を自分のせいにはされたくない」
「そうです」
これまでずっと他の誰かの悪事を自分に押しつけられてきて、それがすごく辛かった。ならば今世は悪役に徹すれば楽になれると思っていた。……けれど、それでも自分の中で越えたくない一線はある。
「気位が高い心が、本当の意味で黒く染まるのを邪魔しているんだろうね。結構なことだ。でもその崇高な信念がある限り、本当の悪役にはなれないよ」
嫌味っぽく笑う彼の言い分にはむっと来るけれど、反論する言葉は持たない。
正論に黙り込んでいると、彼はにっと笑った。
「でもさ。それもいいかもね」
「え?」
「君が目指す気高い悪役っていうものも、見てみたい気がするよ。そんなもの現実にはどこにも無いと思うから。だからこそ君が目指すなら、それを見てみたい」
思わず目を見開いて彼を見ると、彼は少し照れたように頬を掻いた。
「ま。そういうわけで、俺はこれからも引き続き君を注視するから」
「えぇ? それはすごく迷惑ですわ」
「言葉だけは辛辣すぎ!」
歯をむき出しにして主張する彼に、私は何だかおかしくなってくすくすと笑う。
私が目指す悪役が最終的にどんな自分となるのか分からない。けれど、格好悪くてもいい、今の私のままで前に進んでいいのだと、彼のおかげでそう思えたから。
だから私は彼に笑顔を向けた。
「ありがとうございました。……何とかオーブリーさん」
「うん。――って、いやいや待って!? 今の今まで俺の名前を思い出してなかったわけ?」
「いえ、まさか。違いますよ」
私はふふと笑って否定する。
「今も思い出しておりません」
「……やっぱ君、人を煽る悪役気質あるわ」
何とかオーブリーさんは顔を引きつらせて笑った。
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