38 / 113
第38話 悪役なりの矜持
しおりを挟む
私は身を起こし、青ざめて言葉を失っている彼から離れた。
言いたいことを言ったら、すっとした。さあ、退散だ。
「それではね。これで失礼いたしますわ。ごきげんよう」
そう言い残して、今度こそ身を翻していこうとすると。
「ま、待てよ!」
衝撃から立ち直ったらしい彼がこちらへと腕を伸ばすのを感じたので、私は腕を上げ、肩越しに振り返って見据えた。
「分かりませんか? わたくしに触れるなと言ったのです」
「っ!」
彼は息を詰め、腕を落とすように下ろす。
所詮、公爵令息のボンボンに過ぎなかったらしい。まあ、それに関しては人のことをとかく言えた立場ではない。
と、上から目線で思っていたら、彼はこちらを睨み返してきた。
「あんた、俺を臆病者だと言ったな」
あら。口調が変わった。
「……確かにそう言いましたが何か」
「その言葉を今すぐ訂正しろ」
私は彼に向き直ると腕を組んで、まだ相手にしなければならないかと思い、ため息をつく。
「なぜあなたに訂正しろと命じられなければならないのです」
「俺がこのゲームに参加するからだよ」
「……ゲームに参加? 自ら駒になるつもりだと?」
「ああ。その代わりに俺を前線に立たせろ」
さっきまでは飄々としていたのに、途端に熱くなっている。ボンボンなりに多少のプライドは傷ついたのか。それとも考えていた以上に単純だったのか。
かと言って、殊更好感度は上がらないけれど。
「前線ねぇ。あなたが矢面に立つということですか?」
「そうだ。俺と勝負しろ」
彼は私を指さしてきた。
厄介な相手に絡まれた。さっさと立ち去っておけば良かったのだ。そもそも勝負とは、私と一体何がしたいと言うのか。
頭痛でこめかみに手をやり、顔をしかめる。
「わたくし、あなたを相手にしている程、暇ではございませんの。他を当たってくださらない?」
「あんたの都合なんて知らないよ」
ああ、もう。これ以上、厄介事は背負いたくないのに、どうして次から次へと問題事が。
「先ほどお話しされた根も葉もない噂を潰して回り、また、わたくし自身でエミリア様に対峙しなくてはいけないので、あなたのお相手までできませんわ」
「は? 何でそんな事するわけ?」
「わたくしは自分がしたことには責任を持ちます。けれど自分がしたこと以外で、責任を負わされるのだけは我慢なりません。悪役にだって悪役なりの矜持があるのです」
「悪役って君が? 普通自分で言う?」
しまった。悪役発言は不必要だった。
表情をふっと緩めたかと思うとすぐ眉をひそめる彼に、私は余裕の笑みを浮かべてみせる。
「ええ。あなただってそう思われたから、わたくしに絡んできたのでしょう」
「そうだけどさ。でもエミリア・コーラルに嫌がらせをしたことは君じゃないなら、別に自分で悪役って言わなくてもいいんじゃないの」
「……わたくしが悪役でいることを望まれているのですよ、世界には」
「何?」
ぼそりと小さく呟いた私の声を拾いきれなかった彼は眉根を寄せた。
「あなたも言っていたではありませんか。弱者が強者をくじくのならば、なお面白いと。その強者が悪役であれば、さらに皆に喜ばれるのでは?」
「だからって自ら進んで悪役になる必要はないじゃないか。そんなことをしたら、醜聞が広まって王家との婚約も白紙に戻される可能せ――」
彼はそこまで言うと言葉を切った。そして真剣な目を私に向ける。
「まさか君、ルイス殿下との婚姻を取りやめたいのか?」
先ほどまでは無能感を全面的に出していたのに、ここに来てまた鋭い指摘をする彼に大きく息を吐いた。
ああ、頭が痛い。
「人聞きが悪いですわね。違いますわ、そんなことは望んでおりません。彼女は身分も弁えず、わたくしの婚約者に馴れ馴れしく近付いているのですもの。きちんとご理解いただくためにご説明するのは当然のことでしょう? それが人から見たら意地悪や悪者だと言うのでしたら、そうなのでしょう」
私は腕を組みながら横目で彼を見る。
これで何とか誤魔化せただろうか。
「ふーん」
「そんなわけですから、あなたに構っている暇はございませんの」
「分かった」
あら。意外と物分かりが良かったよう――。
「じゃあ、君が本当に悪役かどうか、自分の目で確かめさせてもらう」
ああ。やはり厄介な人間だった……。
言いたいことを言ったら、すっとした。さあ、退散だ。
「それではね。これで失礼いたしますわ。ごきげんよう」
そう言い残して、今度こそ身を翻していこうとすると。
「ま、待てよ!」
衝撃から立ち直ったらしい彼がこちらへと腕を伸ばすのを感じたので、私は腕を上げ、肩越しに振り返って見据えた。
「分かりませんか? わたくしに触れるなと言ったのです」
「っ!」
彼は息を詰め、腕を落とすように下ろす。
所詮、公爵令息のボンボンに過ぎなかったらしい。まあ、それに関しては人のことをとかく言えた立場ではない。
と、上から目線で思っていたら、彼はこちらを睨み返してきた。
「あんた、俺を臆病者だと言ったな」
あら。口調が変わった。
「……確かにそう言いましたが何か」
「その言葉を今すぐ訂正しろ」
私は彼に向き直ると腕を組んで、まだ相手にしなければならないかと思い、ため息をつく。
「なぜあなたに訂正しろと命じられなければならないのです」
「俺がこのゲームに参加するからだよ」
「……ゲームに参加? 自ら駒になるつもりだと?」
「ああ。その代わりに俺を前線に立たせろ」
さっきまでは飄々としていたのに、途端に熱くなっている。ボンボンなりに多少のプライドは傷ついたのか。それとも考えていた以上に単純だったのか。
かと言って、殊更好感度は上がらないけれど。
「前線ねぇ。あなたが矢面に立つということですか?」
「そうだ。俺と勝負しろ」
彼は私を指さしてきた。
厄介な相手に絡まれた。さっさと立ち去っておけば良かったのだ。そもそも勝負とは、私と一体何がしたいと言うのか。
頭痛でこめかみに手をやり、顔をしかめる。
「わたくし、あなたを相手にしている程、暇ではございませんの。他を当たってくださらない?」
「あんたの都合なんて知らないよ」
ああ、もう。これ以上、厄介事は背負いたくないのに、どうして次から次へと問題事が。
「先ほどお話しされた根も葉もない噂を潰して回り、また、わたくし自身でエミリア様に対峙しなくてはいけないので、あなたのお相手までできませんわ」
「は? 何でそんな事するわけ?」
「わたくしは自分がしたことには責任を持ちます。けれど自分がしたこと以外で、責任を負わされるのだけは我慢なりません。悪役にだって悪役なりの矜持があるのです」
「悪役って君が? 普通自分で言う?」
しまった。悪役発言は不必要だった。
表情をふっと緩めたかと思うとすぐ眉をひそめる彼に、私は余裕の笑みを浮かべてみせる。
「ええ。あなただってそう思われたから、わたくしに絡んできたのでしょう」
「そうだけどさ。でもエミリア・コーラルに嫌がらせをしたことは君じゃないなら、別に自分で悪役って言わなくてもいいんじゃないの」
「……わたくしが悪役でいることを望まれているのですよ、世界には」
「何?」
ぼそりと小さく呟いた私の声を拾いきれなかった彼は眉根を寄せた。
「あなたも言っていたではありませんか。弱者が強者をくじくのならば、なお面白いと。その強者が悪役であれば、さらに皆に喜ばれるのでは?」
「だからって自ら進んで悪役になる必要はないじゃないか。そんなことをしたら、醜聞が広まって王家との婚約も白紙に戻される可能せ――」
彼はそこまで言うと言葉を切った。そして真剣な目を私に向ける。
「まさか君、ルイス殿下との婚姻を取りやめたいのか?」
先ほどまでは無能感を全面的に出していたのに、ここに来てまた鋭い指摘をする彼に大きく息を吐いた。
ああ、頭が痛い。
「人聞きが悪いですわね。違いますわ、そんなことは望んでおりません。彼女は身分も弁えず、わたくしの婚約者に馴れ馴れしく近付いているのですもの。きちんとご理解いただくためにご説明するのは当然のことでしょう? それが人から見たら意地悪や悪者だと言うのでしたら、そうなのでしょう」
私は腕を組みながら横目で彼を見る。
これで何とか誤魔化せただろうか。
「ふーん」
「そんなわけですから、あなたに構っている暇はございませんの」
「分かった」
あら。意外と物分かりが良かったよう――。
「じゃあ、君が本当に悪役かどうか、自分の目で確かめさせてもらう」
ああ。やはり厄介な人間だった……。
12
お気に入りに追加
582
あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた
21時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。


妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
鋼なるドラーガ・ノート ~S級パーティーから超絶無能の烙印を押されて追放される賢者、今更やめてくれと言われてももう遅い~
月江堂
ファンタジー
― 後から俺の実力に気付いたところでもう遅い。絶対に辞めないからな ―
“賢者”ドラーガ・ノート。鋼の二つ名で知られる彼がSランク冒険者パーティー、メッツァトルに加入した時、誰もが彼の活躍を期待していた。
だが蓋を開けてみれば彼は無能の極致。強い魔法は使えず、運動神経は鈍くて小動物にすら勝てない。無能なだけならばまだしも味方の足を引っ張って仲間を危機に陥れる始末。
当然パーティーのリーダー“勇者”アルグスは彼に「無能」の烙印を押し、パーティーから追放する非情な決断をするのだが、しかしそこには彼を追い出すことのできない如何ともしがたい事情が存在するのだった。
ドラーガを追放できない理由とは一体何なのか!?
そしてこの賢者はなぜこんなにも無能なのに常に偉そうなのか!?
彼の秘められた実力とは一体何なのか? そもそもそんなもの実在するのか!?
力こそが全てであり、鋼の教えと闇を司る魔が支配する世界。ムカフ島と呼ばれる火山のダンジョンの攻略を通して彼らはやがて大きな陰謀に巻き込まれてゆく。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!
たぬきち25番
恋愛
気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡
※マルチエンディングです!!
コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m
2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。
楽しんで頂けると幸いです。

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜
言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。
しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。
それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。
「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」
破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。
気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。
「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。
「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」
学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス!
"悪役令嬢"、ここに爆誕!

旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる