婚約破棄に向けて悪役令嬢始めました

樹里

文字の大きさ
上 下
37 / 113

第37話 ただの傍観者

しおりを挟む
「そこまで言ってわたくしを止めるからには、何かとても大切なご用があるのね? 何かしら。手短にお願いします」

 別に年上を敬えと言う気はないけれど、顔見知り程度の相手にしては随分とケンカ腰だ。年は違えど、私と身分差はないと考えているからこその口調でもあるのだろう。

「用事というか、純粋な興味だよ。エミリア・コーラルに執心している君に対しての興味」

 執心! 確かに私が実際にしていることは第三者から見れば、執心しているように見えるのかもしれない。けれど、彼がどこまで私の行動を把握しているかは分からない。慎重に探ろう。
 私は余裕の笑みを見せるために、口角を上げた。

「なぜそう思われるのかしら」
「彼女は俺のクラスメートなんだ。だから嫌がらせの数々は見て知っているよ。彼女は周りに知られないよう誤魔化そうとしてはいるけどね」

 エミリア嬢への警告文(私の原文)は彼女の机に入れたけれども、やはり私の手の届かない所でも行われているのか。それにしてもまだのうのうと正面切って彼女に近付いているということね、あの無神経殿下は。
 思わず唇を噛みしめ、睨むように彼を見る。

「それとわたくしとどういう関係が?」
「白々しいね……と言いたかったんだけど、どうも違ったみたいだ」

 彼は肩すかしを食らったように眉を下げてため息をついた。
 こちらこそ肩すかしを食らった。なぜあっさりと私ではないと思ったのか。

「自尊心が傷つけられたって顔をしているから」

 こちらが何も問わない内から彼がそう言って笑った。
 やっぱりこの男、気に食わない。

「……はじめ、わたくしが嫌がらせの首謀者だと考えられたのはなぜですか」
「まあ。君が彼女と接触した時の態度とか聞いているし、見たこともあるからね。評判が悪いのは耳にしているよ。俺じゃなくても君だと思うでしょ」
「そうですか」

 やはり周りの評判については成功しているらしい。
 笑みが少しだけ零れる。

「は? 何で自分の評判が悪いと聞いて笑っていられるわけ? 薄気味悪い」

 彼は嫌そうに眉をひそめた。
 この正直者め。
 私は一つ咳払いする。

「それで何ですか? もしわたくしが嫌がらせの首謀者なら、文句の一つでも言ってやろうと思って止めたのですか?」

 気に食わないけれど、もしエリミア嬢のことを気にかけているのならば、彼女を助け――。

「まさか! 何でそんな事を俺がしなけりゃいけないんだ」

 呆れたように歪んだ笑みを浮かべる彼に、思わず目を見張る。

「では。では、なぜ私に近付いたのです」

 彼は足を組み、ベンチに両手をつくと顎をくいっと上げてさらに狡猾そうに笑った。

「面白そうじゃん? だからだよ」
「……面白そう?」
「そう。攻撃された者がどうやってそれをかわし、どうやって反撃するのかっていうゲームが目の前で繰り広げられているんだからさ。弱者が強者を屈伏させるなら、なお面白い。それを見届けたいだけ」

 誰だって自分の身が一番大事だ。自分の身には何事もなく、平穏無事に過ごしたい。私だって人のためではなく、私自身のためだけに動いている。自分が善人であるとは決して言わない。だけどこの男は。

「でも最近は目立った動きが無いし、火種を投下してやろうかと思ってね」
「火種?」
「そう。教室で行われている嫌がらせは君じゃなくても、ルイス殿下が親しくする・・・・・彼女には興味があるんだよね? そのネタなら持っているからさ。もっと俺を楽しませてよ、ローレンス公爵令嬢」

 この男は――人の不幸の蜜をすする最低な人間だ。

「……そんなに面白いことをお望みならば、あなた自身がそのゲームに参加すればよろしいでしょう?」
「はっ。冗談はやめてほしいね。俺はゲームを繰り広げている人間を高みの見物して、嘲笑っているのが楽しいんだよ。駒になるつもりは一切無い」

 彼が笑うのを見て、すぅっと心が冷える。なのに口元だけは笑みが浮かんでくる。

「高みの見物をする人間がお偉いとでもお思い? 盤上の駒と違って人間は自ら駒になれば、勝負の行方を左右することだってできるのに、あなたにはそれができない」
「はあ?」

 私は身を屈めると、馬鹿にしたように笑う彼に自分の顔を間近まで寄せて見下ろす。

「見ていれば分かりますわ。あなたは自分の安全圏の中でしか、物事を見届けることができない臆病者です」
「――っ」

 かつての私だったように。
 私は目を細め、唇を薄く引いて笑った。

「だからね。臆病者なら臆病者らしくお父様の背中にでも隠れて――ただの傍観者でいらっしゃい」
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

21時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜

言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。 しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。 それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。 「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」 破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。 気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。 「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。 「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」 学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス! "悪役令嬢"、ここに爆誕!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...