婚約破棄に向けて悪役令嬢始めました

樹里

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第37話 ただの傍観者

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「そこまで言ってわたくしを止めるからには、何かとても大切なご用があるのね? 何かしら。手短にお願いします」

 別に年上を敬えと言う気はないけれど、顔見知り程度の相手にしては随分とケンカ腰だ。年は違えど、私と身分差はないと考えているからこその口調でもあるのだろう。

「用事というか、純粋な興味だよ。エミリア・コーラルに執心している君に対しての興味」

 執心! 確かに私が実際にしていることは第三者から見れば、執心しているように見えるのかもしれない。けれど、彼がどこまで私の行動を把握しているかは分からない。慎重に探ろう。
 私は余裕の笑みを見せるために、口角を上げた。

「なぜそう思われるのかしら」
「彼女は俺のクラスメートなんだ。だから嫌がらせの数々は見て知っているよ。彼女は周りに知られないよう誤魔化そうとしてはいるけどね」

 エミリア嬢への警告文(私の原文)は彼女の机に入れたけれども、やはり私の手の届かない所でも行われているのか。それにしてもまだのうのうと正面切って彼女に近付いているということね、あの無神経殿下は。
 思わず唇を噛みしめ、睨むように彼を見る。

「それとわたくしとどういう関係が?」
「白々しいね……と言いたかったんだけど、どうも違ったみたいだ」

 彼は肩すかしを食らったように眉を下げてため息をついた。
 こちらこそ肩すかしを食らった。なぜあっさりと私ではないと思ったのか。

「自尊心が傷つけられたって顔をしているから」

 こちらが何も問わない内から彼がそう言って笑った。
 やっぱりこの男、気に食わない。

「……はじめ、わたくしが嫌がらせの首謀者だと考えられたのはなぜですか」
「まあ。君が彼女と接触した時の態度とか聞いているし、見たこともあるからね。評判が悪いのは耳にしているよ。俺じゃなくても君だと思うでしょ」
「そうですか」

 やはり周りの評判については成功しているらしい。
 笑みが少しだけ零れる。

「は? 何で自分の評判が悪いと聞いて笑っていられるわけ? 薄気味悪い」

 彼は嫌そうに眉をひそめた。
 この正直者め。
 私は一つ咳払いする。

「それで何ですか? もしわたくしが嫌がらせの首謀者なら、文句の一つでも言ってやろうと思って止めたのですか?」

 気に食わないけれど、もしエリミア嬢のことを気にかけているのならば、彼女を助け――。

「まさか! 何でそんな事を俺がしなけりゃいけないんだ」

 呆れたように歪んだ笑みを浮かべる彼に、思わず目を見張る。

「では。では、なぜ私に近付いたのです」

 彼は足を組み、ベンチに両手をつくと顎をくいっと上げてさらに狡猾そうに笑った。

「面白そうじゃん? だからだよ」
「……面白そう?」
「そう。攻撃された者がどうやってそれをかわし、どうやって反撃するのかっていうゲームが目の前で繰り広げられているんだからさ。弱者が強者を屈伏させるなら、なお面白い。それを見届けたいだけ」

 誰だって自分の身が一番大事だ。自分の身には何事もなく、平穏無事に過ごしたい。私だって人のためではなく、私自身のためだけに動いている。自分が善人であるとは決して言わない。だけどこの男は。

「でも最近は目立った動きが無いし、火種を投下してやろうかと思ってね」
「火種?」
「そう。教室で行われている嫌がらせは君じゃなくても、ルイス殿下が親しくする・・・・・彼女には興味があるんだよね? そのネタなら持っているからさ。もっと俺を楽しませてよ、ローレンス公爵令嬢」

 この男は――人の不幸の蜜をすする最低な人間だ。

「……そんなに面白いことをお望みならば、あなた自身がそのゲームに参加すればよろしいでしょう?」
「はっ。冗談はやめてほしいね。俺はゲームを繰り広げている人間を高みの見物して、嘲笑っているのが楽しいんだよ。駒になるつもりは一切無い」

 彼が笑うのを見て、すぅっと心が冷える。なのに口元だけは笑みが浮かんでくる。

「高みの見物をする人間がお偉いとでもお思い? 盤上の駒と違って人間は自ら駒になれば、勝負の行方を左右することだってできるのに、あなたにはそれができない」
「はあ?」

 私は身を屈めると、馬鹿にしたように笑う彼に自分の顔を間近まで寄せて見下ろす。

「見ていれば分かりますわ。あなたは自分の安全圏の中でしか、物事を見届けることができない臆病者です」
「――っ」

 かつての私だったように。
 私は目を細め、唇を薄く引いて笑った。

「だからね。臆病者なら臆病者らしくお父様の背中にでも隠れて――ただの傍観者でいらっしゃい」
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