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第35話 最後の瞬間まで
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ぷにっ。
殿下は手を伸ばしてくると、両手で私の頬を引っ張った。
……は?
「ほら。またそんな顔をする。ちゃんとこの口で言えって、言ってるだろ!」
「ちょっ!」
「変な顔すんな。……どうしていいか分からなくなるから。いつもの怒ったような顔のお前でいろ」
またこの男は顔のことを言う!
私は負けじと手を伸ばすと、殿下の頬を強く引っ張り返した。
「いってー!」
反撃されると思わなかったのか、彼は私の頬から手を離す。
「お、俺はそんなに強く引っ張ってないだろ」
「乙女の繊細な肌に容易く触れて、引っ張ったりするからですわ」
「あー。それはどうもスミマセン」
自分の頬を取り返すと手をやり、撫でて解す。そんな私を見て、殿下は苦笑いした。
「……ご用はそれだけ? それだけならもう戻らせていただきます」
「いや。ヴィヴィアンナ、俺に話したいことは無いのか?」
「話したいこと? ありませ――ああ、ありました」
私は殿下にびしっと指を突きつけた。
「な、何だよ?」
「学校ではいくら身分は関係なく平等であるべきとされてはいるけれど、それを素直に受け入れている人間はいませんわ。身分が高い者であるほどね。ですから殿下も、エミリア様のことを本当に思っていらっしゃるなら、人前で馴れ馴れしくなさらないことですね」
殿下が彼女に近付く度に、私に面倒事が増えるのだから。彼にもしっかり牽制しておかなくては。
「馴れ馴れしくって、別にしていないだろ」
何だか面倒くさそうに前髪を掻き上げる殿下に、少しばかりの苛立ちを感じる。
「あなたがその態度だからいけないんです」
「何怒っているんだよ」
「怒ってなどいません」
ただ、無頓着で無神経なあなたに苛立っているだけです。
「怒ってない顔――ああ、いや。このくだりはもういい。本当に俺はエミリアとは馴れ馴れしくなんてしていないぞ」
「よく言いますわ。エミリアと名前で呼んでおいて」
「え? ああ! それか」
白々しい態度にこちらまでしらっとした視線を送ってしまう。それに対して殿下はちょっと焦った表情になる。
「いや。何て言うか……彼女の名前はほら、フォーラルだか、コーラムだったか自信がなかったから」
「は? 信じられない! 名前を覚えていないと? コーラルです! エミリア・コーラル!」
私が前のめりになって言うと、殿下は逆に身を引いてごほんと咳払いした。
「あ、ああ。そうだったか。コーラルね。コーラル。分かった、覚えておこう」
「つまり何ですか? 深い意味はなくエミリアと呼んでいたと?」
「いや。だから名前をうろ覚えだったから」
それが深い意味はないと言うのだ。
私は呆れと不愉快さを隠さずに腕を組んだ。
「はいはい。分かりましたわ」
「はいはい、ってお前ね」
「けれどもね、殿下はそう思っていらしたかもしれませんが、周りはそう取ってはくださいませんよ」
「ふーん。……だったらお前も? あ。なるほど。だからあの顔か!」
「は!?」
逆に指を突きつけられて、私は足を一歩後ずさりした。
「ど、どの顔なんです」
「だからあの泣き――」
「もう結構ですっ。とにかくわたくしは警告しましたからね」
殿下の言葉を遮り、身を翻して歩きだそうとしたけれど、彼に腕を取られた。渋々振り返る。
「まだ何かご用ですか」
「ヴィヴィアンナ、他に俺に言いたい事は無いのか?」
先ほどのからかうような笑みを消して尋ねてくる殿下に、言葉に出したくても出せない息苦しさを感じた。
ここで全てを打ち明けられたら、どんなにいいだろう。
――けれど。
「……いいえ。ありません。仮にあったとしても言いません。絶対に。口が裂けても、あなたにだけは絶対に言いません」
最後の、本当の最後の瞬間まで絶対に。
強い瞳で見据えると、殿下は目を見開いた。
私はふっと表情を崩すと、小さく笑みを浮かべてみせる。
「それではごきげんよう、殿下」
「お、おい。ヴィヴィアンナ!」
彼の腕に手をやって落とし、背を向けて足を進めた。
殿下は手を伸ばしてくると、両手で私の頬を引っ張った。
……は?
「ほら。またそんな顔をする。ちゃんとこの口で言えって、言ってるだろ!」
「ちょっ!」
「変な顔すんな。……どうしていいか分からなくなるから。いつもの怒ったような顔のお前でいろ」
またこの男は顔のことを言う!
私は負けじと手を伸ばすと、殿下の頬を強く引っ張り返した。
「いってー!」
反撃されると思わなかったのか、彼は私の頬から手を離す。
「お、俺はそんなに強く引っ張ってないだろ」
「乙女の繊細な肌に容易く触れて、引っ張ったりするからですわ」
「あー。それはどうもスミマセン」
自分の頬を取り返すと手をやり、撫でて解す。そんな私を見て、殿下は苦笑いした。
「……ご用はそれだけ? それだけならもう戻らせていただきます」
「いや。ヴィヴィアンナ、俺に話したいことは無いのか?」
「話したいこと? ありませ――ああ、ありました」
私は殿下にびしっと指を突きつけた。
「な、何だよ?」
「学校ではいくら身分は関係なく平等であるべきとされてはいるけれど、それを素直に受け入れている人間はいませんわ。身分が高い者であるほどね。ですから殿下も、エミリア様のことを本当に思っていらっしゃるなら、人前で馴れ馴れしくなさらないことですね」
殿下が彼女に近付く度に、私に面倒事が増えるのだから。彼にもしっかり牽制しておかなくては。
「馴れ馴れしくって、別にしていないだろ」
何だか面倒くさそうに前髪を掻き上げる殿下に、少しばかりの苛立ちを感じる。
「あなたがその態度だからいけないんです」
「何怒っているんだよ」
「怒ってなどいません」
ただ、無頓着で無神経なあなたに苛立っているだけです。
「怒ってない顔――ああ、いや。このくだりはもういい。本当に俺はエミリアとは馴れ馴れしくなんてしていないぞ」
「よく言いますわ。エミリアと名前で呼んでおいて」
「え? ああ! それか」
白々しい態度にこちらまでしらっとした視線を送ってしまう。それに対して殿下はちょっと焦った表情になる。
「いや。何て言うか……彼女の名前はほら、フォーラルだか、コーラムだったか自信がなかったから」
「は? 信じられない! 名前を覚えていないと? コーラルです! エミリア・コーラル!」
私が前のめりになって言うと、殿下は逆に身を引いてごほんと咳払いした。
「あ、ああ。そうだったか。コーラルね。コーラル。分かった、覚えておこう」
「つまり何ですか? 深い意味はなくエミリアと呼んでいたと?」
「いや。だから名前をうろ覚えだったから」
それが深い意味はないと言うのだ。
私は呆れと不愉快さを隠さずに腕を組んだ。
「はいはい。分かりましたわ」
「はいはい、ってお前ね」
「けれどもね、殿下はそう思っていらしたかもしれませんが、周りはそう取ってはくださいませんよ」
「ふーん。……だったらお前も? あ。なるほど。だからあの顔か!」
「は!?」
逆に指を突きつけられて、私は足を一歩後ずさりした。
「ど、どの顔なんです」
「だからあの泣き――」
「もう結構ですっ。とにかくわたくしは警告しましたからね」
殿下の言葉を遮り、身を翻して歩きだそうとしたけれど、彼に腕を取られた。渋々振り返る。
「まだ何かご用ですか」
「ヴィヴィアンナ、他に俺に言いたい事は無いのか?」
先ほどのからかうような笑みを消して尋ねてくる殿下に、言葉に出したくても出せない息苦しさを感じた。
ここで全てを打ち明けられたら、どんなにいいだろう。
――けれど。
「……いいえ。ありません。仮にあったとしても言いません。絶対に。口が裂けても、あなたにだけは絶対に言いません」
最後の、本当の最後の瞬間まで絶対に。
強い瞳で見据えると、殿下は目を見開いた。
私はふっと表情を崩すと、小さく笑みを浮かべてみせる。
「それではごきげんよう、殿下」
「お、おい。ヴィヴィアンナ!」
彼の腕に手をやって落とし、背を向けて足を進めた。
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